12月家族会勉強会

     精神科リハビリの進め方

               講師 慶應義塾大学医学部精神神経科 水野雅文先生



【はじめに】
 
リハビリテーションという言葉はとてもよく目につくようになりました、非常に流行っているといってもいいでしょう。ようやく、その必要性とか重要性が認識されてきたように思えます。いままでのリハビリテーションの概念は、障害の部分に対するアプローチであり、どのようにして障害がありながらできるだけ機能を高めようかとするものです。

 身体障害の場合は、外部障害とも言いますが、障害がまわりの人たちにも理解しやすい、もっと言えば誰の目にも明らかです。ところが精神障害は同じ障害ですが、なかなか一目ではわかりずらいというということがあります。これは体の病気にもありまして、例えば心臓の病気とか呼吸器の病気とかがありますが、呼吸器の病気の場合は酸素ボンベを持っていますから、この方は呼吸器障害がある、とわかります。心臓の機能とかではなかなか外部からではわかりません。

 例えば脳梗塞で左の脳の横に起こしたとします。ここには中大脳脈という血管がありますが、この血管が根元の方で詰まると言語領域が傷害され、言葉がしゃべれなくなくなってしまいます。そうすると、そこの部分について、脳細胞というのは現状では残念ながらなかなか再生しないのです。

 そうなりますと、言語訓練というのをやります。最初のテストでは何をやっているのかわかっていないのが、訓練を続けているうちに周辺とかがわかってきます。次第に言語機能が回復されてくるということがあります。しかし、それでも回復されてくる部位にもよりますが、なかなか完全には行かなかったりします。でも、そういっても言葉は非常に大事ですから、言語障害のある方はなんらかの機械を導入することで言葉のコミュニケーションができるようになることをめざしたりします。また、構語障害でしゃべれないという方はワープロを駆使してどんどん打って行けばよろしいわけですね。

 もう少し別な例で説明すれば、運動エリアが得られた場合ですが、左がやられた場合、右の麻痺がくるということがあります。そうすると右の手足が動かない。手足の筋肉はいいわけです。しかし、なぜか歩けない。昔の人たちのことを思い描いてもらって、身内の方が冬の朝起きたら動けなくなっているということがあって、右の手足の動きが利かないと。すると日本人の場合、本当に困ります。どこかに行こうという時には誰かが肩を貸しますでしょう。ここでリハビリの第1歩です。そして本人は木の棒を細工して杖をつくるでしょう。こうしてこの方は歩けるようになるでしょう。その時の松葉杖を健足の方に持ちます。右が悪い人は左で持ちます。ですから、大事なことは工夫とか発見と応用とによって歩けるようになる。リハビリテーションにより歩行機能を再獲得したことになるわけですね。

 そうしますと、精神障害の場合に「心の松葉杖」とは何か、という説明が必要になってきます。リハビリテーションの医学的な発想はこうくるべきなんです。ですから、その障害(精神の場合は固定にあらず)ですが一部には固定している部分ですが、その固定している障害の部分を代償していけるかということが大事な発想となります。もっと積極的にやるならば、動かなくなったところでの脳の中枢そのものに例えば電気的な刺激を加えて、より動きやすくすると、いうようなことも一種のリハビリということになります。

【脳の障害であること】
 とにかく、そのような形で障害を克服するにはどこが調子が悪いのか、この元をしっかり押さえていないと、先ほどの松葉杖を右側(具合が悪い方)で持ってしまったりすることになります。また脳の障害の場合は何が機能不全になっているのかというのを把握することがとても難しいです。そこのところが最初のリハビリテーションの第一歩だと思うのです。

 そこで、心の障害の場合どこが悪いのか、その元を探し当てるになぜ難しいかといいますと、やっぱり私たちは症状の方に目を奪われます。例えば興奮してしまうとか、幻覚妄想状態といったことというのはとかく症状の中でも目につきやすいわけです。しかし、こうした症状は大体お薬でとれるといわれています。ところが、こうしたお薬で抑えたりするものではなくて、問題は意欲をはじめ失われたものを出す方です。本来あった機能で、病気になってから無くなっちゃったものですね。例えば、早歩きするような病気になってしまったら、ゆっくり歩くようにさせてあげればいいわけです。お薬飲ませたりして、とにかくゆっくり歩いてくれればいいわけです。それが逆に歩けなくなってしまった人に早く歩いて欲しくても、これは不可能な問題です。

 そこで、精神障害の場合での障害されている部分の見つけ方としては、先ほどの歩く話でもそうですが、身体に麻痺が起こったとして、すると、その方は歩行障害ということになります。で、その方が家の中でじっとしていいんであれば、歩かなくてもいいわけです。歩ければ歩いた方がいいのはわかっていますが、歩かなくてもいいんであればそれほどの障害としては感じないわけです。

 ところが、社会というものは外部です。ですから、結局はどうしても出て行かざるを得ません。そうするとご本人は医学的には歩けないというダメージを持っていますが、しかし社会的な存在としては外出できないという障害になります。外出できない結果どんなことが起こるかというと、失業します。あるいは就職できないことになります。ですから本人の障害というのは、本人を中心に考えますとその身体に起こっていることもさることながら、その人が受ける様々なデメリットが非常に大きいわけで、そこをご本人を中心にみていって、そこでご本人が満足できるような生活が送れているかというように考えると、ご本人の障害というのがどんなものであるのかが見えてくると思います。 

 もとの病気や症状というのは意外に回復していながらも、社会的な意味でのデメリットというが残ってしまうことがしばしばあります。ご本人にとって回復したいものが何であるのか、それから家族にとって回復して欲しいものが何であるか、ということをよく考える必要があります。

 そういうことですから、例えば医学的には足が動かないという障害のリハビリはある意味では誰がなっても同じわけです。しかし、人はそれぞれ違った生活していますから、それこそ1日中家の中にいられる人にとってはそれほどのダメージとはなりませんが、片や外出して営業やスポーツ選手が我が人生と決めた人にとってはそのダメージは相当の大きさになります。

 このような個別的な内容は精神医療におきましても診察室にいてもなかなか見えない部分です。精神科医が症状にだけ目を奪われている場合は特にそうです。生活の場での不自由さというのは診察の場面では見えないものなんです。診察室というのはやはりその方がどこで困っているか、そこが見えて来ないということがあります。しかし往診とか、あるいは職場でのリハビリというのをやりますとよく分かります。

 ですから、そこのところというのは家族の方もよく見える方も少ないと思いますから、まずそういうところから直していっていただきたいと思います。どういうことが問題として上げられるか、どういうリハビリをやっていったらいいのか、ということを考える必要があるように思えます。

【リハビリは何時、何処で】
 次にそのリハビリを何時、何処でやるのか、という問題になってきますが、これはなかなかそのリハビリの施設が少ないと言われていますが、特に精神障害者のための特化された施設というのは少ないものです。では、諸外国でたくさん施設や設備が充分にある国があるかというと、これもないといえると思います。

 「リハビリ」という名前がついても単に社会から隔離していることになってしまいますから、本当の意味での精神障害のリハビリテーションが社会の中で行なわれるということの意味が大きいと思います。何故かといいますと、本人が感じている不自由さとか、実際の妨げの場面になるというのが社会的な場面の中で起こっているわけです。ですから、その障害のある部分について、やっぱり実際にリハビリ的に訓練したり、活用できる場でやっていないと、最終的なリハビリはしづらいものだろうと思います。

 たとえば、身体障害の方でも最近バリアフリーという概念が街の中に出回ってきましたが、それが整備されているところは行けます。だけど、これがないところには行けないということがあります。ですから、それができたところには参加できるわけですが、本人が本当の意味での自由な意思というのはこうしたところで発揮されるわけですが、このバリアフリーが全ての場所に設置されるかといいますと、これは不可能な話です。どこかの段階では段差があって、その段差を乗り越えるだけの筋力を鍛えるか、誰かに頼めるようなコミュニケーション能力を訓練するとか、やはり普遍的に使えるようなものを身につけていかなければならないわけです。

 そういう意味では全てのリハビリテーションというのは社会的な場面の中で行なわれるべきだろうと思います。精神の場合、特に対人機能とか大勢の中での流れの社会的な活動を行うとか、そういったところが苦手になるので、そこでどう活躍できたかが試されるようなリハビリが必要になると思います。おそらく皆さんが当事者に望まれるリハビリというのは社会復帰、社会参加でしょう。そうすると、ある程度保護されている状況の中で、その苦手な部分について援助されているようなところの中だけのコミュニケーションではなかなかゴールは見えて来ないのではないでしょか。

 ですから、施設が足りないといって嘆いているよりも、やっぱり街の中にある普通の施設の中で、活用できるものは何かを探し、またそれらを活用できるような働きかけが必要だろうと思います。それをやっていくということが、むしろ大事なことだろうと思います。私の知りあいの患者さんで普通のスポーツジムに入ろうとしていたら、入会を断られちゃった方がおりました。この場合は正当な入会金を払っての申請でしたが、こうした場面もあるんですね。

 社会の中で受け入れていくという、そのようなバリアフリーが訪れれば、精神障害者のリハビリテーション施設やチャンスというのは本来はどこにでもあるような気がします。ただ、なんでもいいから社会に出て行けばいいかということになりますと、これは一考を要します。

 例えば順序とか戦略があるわけですね。病院や作業所の中で行われているリハビリテーションの内容についても、例えば袋詰め作業とか、様々な軽作業がありますが、これらは先ほど申し上げましたような理由で、本当に右側損傷の時に左の手足で松葉杖を上手に使う練習をしていることになっているのか。また、健足な筋力を鍛えあげているのか、不自由な足を回復に向かわせるような訓練となっているのか。さらに、こうした運動を、精神科領域の作業療法士の人たちは本当に提供しているのか。このことは私の特に感じていることですが、現実はなかなかうまくいっていないような気がしています。

 日常過ごす場がないから、こうしたリハビリというような名目の場所に居ざるを得ないということを感じさせられます。特に精神保健では高次の脳を鍛えるような場を提供しているのか。例えばコミュニケーション能力であるとか、意欲であるとか、そういったものに本当に働きかけているのか、真剣に治して行こうということが行われているのか、ということ考えさせられてしまう場面もあるのが残念です。

【リハビリのプログラム】
 どうしてそういうことが起こるか、そうした状況から抜けられないかというと、どういう障害があるかということを、きっちり煮詰めて、評価して、そして先ほど述べた段差を超えるためのリハビリテーションの戦術をしっかり実行していないからだと思うからです。でも、これは一方的な見方でもあって、やはり難しいことなんだろうと思います。見えないものですからね。見えるものだったら段差のところへ箱を1個持ってきて置けば、一応は解決します。

 脳の機能の中で何がどう不具合があるのか、これを適切に手助けするような作業の内容とか、飽きずにできるようなプログラム作りを行うこと、これはつまり非常に高度な内容であろうと思います。ですから、そこまで考えてプログラムを提供しているようなところに出会いがある方は大変幸せだと思います。しかし、現状は多くの施設がそれができていないということだろうと思います。ですから、やはりそれは待っていてもなかなか難しいことですから、時間もかかりますしですね。ずっと身近で見ている方が観察している中で、この子はここのところが苦手なんだな、というようなことをヒントにして、リハビリテーションになりそうなことが何なのかということをよく工夫なさって行うことが必要だと思います。

 そのヒントは恐らく失敗した時の様子から判断されるものと思いますが、正解はうまく行ったところにあるんです。普段できないことがうまくいったときに、この状況は普段とどう違うのかということを深く分析して、こういうところが違うとか、今回はこうなったからうまくいったんではないか、とかを誰かに話したときに、それを積み上げていって、体験的にその方がうまくいくときの条件というものを知っていってそれをうまく作り出すような努力というようなものが必要でしょう。

 リハビリテーションというのは何か特殊な状況に入って「ヨーイドン」で始まるようなものではなくて、日常の中にいろんな工夫の余地がまだまだあるものなので、そういったところをどう探していくかな、といったところが大きな課題だと思います。

【リハビリと薬物療法】 
 最近、薬物療法などがリハビリテーションの邪魔になってしまっている、という考え方もあります。そこには古い抗精神病薬がてんこ盛りになっていれば、鎮静がかかりますから、意欲が湧かないということになって、活動が鈍くなってしまうことからこんな考えも生まれてきます。あるいは新たな分野に踏み出そうという意欲にブレーキがかかるということがあります。皆さんも酒に酔っているときはゲームのような細かい遊びはできませんね。それと同じで、精神の病でも薬が多すぎるときは患者さんはリハビリ的な意味で頭をうまく回して次に進んでいくというのは難しいことです。ですから、こうした場合は非定型抗精神病薬を、しかもできるだけ少量使うようにして身体的な条件を整えてリハビリテーションをしていくことが大事だろうと思います。

 これは例えばご老人であれば風邪をひいても精神症状が悪くなったり、不活発になったりします。それと同じようにコンディションを整えて置くことは、すごく大事なことだと感じております。そういう意味で生物学的治療と、リハビリ的な治療がうまく組み合わさってこそ初めていい成果がでるものと思います。

 それから時期についてですが、とにかく慢性期にやるのがリハビリテーションと決めているのではなく、できるだけ早い時期からどんどんリハビリは進めて行って言い訳で、再発したときに治療的にご熱心な先生は、入院したときからリハビリに向けての治療を進める方もいます。薬の選択もそうですし、治療の説明もそうしたことを前提に行って、あるいは病院以外の方との連携をとるというようなことなども考えていると思います。必ずしも予定した時期にリハビリが始まらなくても、やはりそういったことがあとにつながるような治療というのは近年では常識的です。ですから、そうした視点を最初の話から出してくるようなことが大事なことです。

 例えば就労している方が、急に悪くなって一時的に入院しなくてはならなくなって、入院しようとしたときに、それまでの職場を失ってしまうのは大変なダメージになります。そういうことから職場には事前にどんな風に話しておけばいいか、あるいは逆に良くなってきたらどんな状況になったら復帰できるかなどを職場と話しておくことも必要です。ですから、そういったことを相談に乗ってくれるような施設・職場が今後望まれますね。

 そういう意味ではリハビリテーションというのは具合のいい時だけがその期間というわけではありませんから、いつもリハビリ的に見ている、ということが大切だと思います。再発の予防という意味でもリハビリ的、積極的な生活をしていることが大事なことだと思いますので、そういう視点で患者さんを見て行ってもらいたいものです。そのときに大事なことはストレスをうまくよけておくということです。ストレス脆弱性モデルの話にもでましたが、ストレスをあまり溜めないでリハビリをしやすいような状況を整えておくということも忘れないでください。

【就労支援】
 それから、最近急に話題が増えてきたのが「就労支援」ということですね。最終的には皆さん就職したいというのがとても大きな希望であると思います。就労にしても遊びにしても同じ年代の人がやっていることが自分でもできるようになることが一つの自分の大きな目標として持っていただきたいと思うのです。なかなか現在の経済状態ですから完全な就職というのは難しいかも知れませんが、精神障害者の雇用算定基準の中に入りますし、いい方向というのは見えています。ですから、いつどんな出会いとかがあるかわかりませんので、そういう意味でも普段から希望のレベルを下げないでおくということが大切です。

 そうかといって、では仕事があるかといえば、そう仕事がたくさんあるわけではありません。やはり、そこでご本人が日々満足しながら生活できるようなフィードバックとか喜びがあるのか、という問題があります。

 最近、アメリカでは就労に必要な基本的な脳の機能についての論議が活発になってきていまして、その中で、もし、この仕事を行うには脳のどんな機能が必要とされるのか、といったような研究が盛んに行われています。アメリカの報告を読むと、1年くらいその就労支援プログラムというのをやると、すごく多くの方が就職しています。それは信じられないくらいですが、日本人の言う「就職できた」という判断とアメリカのそれとは大分違いがあるようです。日本人の場合、コンビニあたりでパートのような仕事に付いたとしますと、「パートについた」といいます。それは文化の違いということもありましょうから、呼び方はどうでもよろしいわけで、ご本人にしてみると「職に就けた」と言われた方がそれは嬉しいだろうと思います。アメリカの場合は本人にとって嬉しい表現で就労できた、と呼んでいるのだろうと思います。つまり、「仕事に付けた」というような表現になります。

 日本の場合は「月給取り」ということばがあるように、何か定職について一人前みたいな雰囲気があって、社会が求める線が高いように見えます。どうも、エンパワーメント、本人の満足度、喜び、といったことで言うと、かなりなレベルに到達をしないと一人前として認められない社会になっているなと感じられます。ですからものの言い方というのは難しいですが、個人のレベルでは少しでも得られた進歩というのは大きな成果という風に認めていくとうのが大事何なんだろうと思います。それが次へのステップになるわけですから、ご本人が仕事探しをしているときなど周りが自分の価値観でもってその仕事に対して接してはいけないと思います。ご本人にとっても最初に出合った仕事が一生の仕事ではないわけですから、ちょっと勤めて気にいらなかったらまた変える、ということでいいわけです。

特に毎回応募に行って落ちてしまう人がいますが、面接というのはリハビリテーションの場であると思います。知らない方に会って、自分のテンポではないテンポで相手と話し合う。時には嫌なことも言われるかもしれませんし、冗談としてかわさなければならない場合もあるでしょう。しかし、相手が真剣にご本人のために時間を取って話をしてくれるというのは、なかなかこの障害のある方には貴重な体験だろうと思います。ですから、たとえ落ちたとしても面接試験は受けられたら受けることをお勧めします。 

以上、精神科リハビリテーションについてお話いたしました。

(このあと質問コーナーとなりましたが紙面では割愛させていただきました。)


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 新宿家族会では毎月第3土曜日、12時半から新宿区立障害者福祉センターに集まって、お互いの情報交換や、外部からの情報交換を行い、2時からは勉強会で講師の先生をお招きして家族が精神障害の医学的知識や社会福祉制度を学び、患者さんの将来に向けて学習しています。

会費 3,000円(6ヶ月) また、学習会が終わったあと、有志の方は近くのお店で交流を深め、語り合いの場を設けています。誰でも、何時からでも入会できます。

詳しいお問合せ:新宿家族会事務局 電話03−3987−9788まで

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 新宿家族会ではインターネットを活用して勉強会の復習やCDの販売等を行っていますが、そのほかにメーリングリストによる家族会を行っています。ホームページから「ML家族会」をクリックして申し込むか、frenz@big.or.jpへ直接「ML参加希望」と大筋の「自己紹介」を書いてお送りください。事務局でML登録を行います。MLは毎日が家族会です。奮ってご参加ください。参加料:無料

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 ハンセン病体験者から学ぶ「偏見」問題。周囲はおろか家族からも「死んでくれたらいい」と言われながらも生き抜いた、その生きる原点は何なのか?涙ながらに語る森元さんの言葉は私たちに「人の良心」を教えてくれているようです。

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編集後記

 冬本番である。編集子も久々に風邪を患い、この一ヶ月間何事にも手も足も出なかった。病気を持った者にしかわからない億劫さと気弱さが襲っていた。そんな状況の中で、水野先生の精神科リハビリテーションについての講演録のテープ起こしを行った。

 常に三障害の最後に控える「精神科」は、ややもすれば障害であることすら忘れられてしまう。それは、症状の幅の広さ、種類の多さ、見た目には判らないこと、これらが相まって、より障害性とでもいうのか、障害の特色を失っている。

 他の二障害でのリハビリテーションは歴史的にも体制的にもガッチリ決められたものが出来上がっており、利用者もサポートする側も全てが日常的に、すんなりと進んでいるように思える。しかし精神の場合は、その当事者ごとに症状が異なり、リハビリの目的もグレードも異なる。そうしたときに、水野先生は施設の問題ではないという。精神のリハビリとは行動ではないのであるから、道具はいらない。では、何か・・。

 それには人が来るのであろう。人との接触のリハビリこそ精神に欠かせないリハビリではないだろうか。作業量でも製造個数でもない、といい切れる人間関係が求められるような気がする。

 また、「特に精神保健では高次の脳を鍛えるような場を提供しているのか」という問いかけも思い知らされた。これからのデイケア、作業所の重要性が再認識される思いだ。    

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