新宿区後援・5月新宿フレンズ講演会

    

障害者と事件−偏見・差別を考える 

講師 毎日新聞論説委員 野澤和弘さん

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 新聞社で論説委員をしており、社会保障全般が担当です。

 個人的には、30歳の長男が重度の知的障害と自閉症で、父親として厚生労働省など内閣府の審議会や検討会の委員や大学で教え、調査研究のNPOや知的・発達障害者への直接支援のNPOなどもしています。今日は、昨年の相模原事件を1つのきっかけとして、障害のある方と社会・メディアなどの問題について話します。

【事件から見えた精神科医療の問題】
 相模原事件の植松聖容疑者の本当の動機や原因は何か。精神鑑定では「自己愛性人格障害」という診断名が出ました。厚生労働省はすぐに相模原事件を、精神保健福祉課の所管として検証チームを作りました。つまり彼を精神障害者として扱い、精神病院のあり方に目をつけた。安倍首相がいち早く「措置入院について検証を」と言い、それを受けたわけです。しかし、問題はその背景にある優性思想で、それが社会の多様性を根底で揺るがしているわけです。

 容疑者は2年前から事件の5か月前まで津久井やまゆり園で働いていた元職員で、事件を起こす数か月前に衆議院議長公邸を訪れて手紙を渡します。「私は障害者総勢470名を抹殺することができます。保護者の疲れ切った表情、施設で働いている職員の生気の欠けた瞳、(略)私の目標は、(略)保護者の同意を得て安楽死できる世界です。(略)障害者は不幸を作ることしかできません」。

 その手紙は衝撃をもたらし、彼は措置入院となりました。当初はドアを蹴り、病院職員を大声で威嚇していましたが、5日後から症状が治まったので12日間で退院。今は理由がなくなった措置入院は人権侵害だという声が非常に強くて、大抵はどの病院でも症状が治まったら措置を解除します。

【見守りなのか、監視なのか】

 問題の1つは、退院時に容疑者は両親と同居すると言い、親が身元を引受けるならと相模原市は退院後のフォローをしませんでした。しかし彼は両親のもとには帰らず、病院は個人情報保護を理由に自治体にも連絡せず、退院後の地域との情報共有も支援もなかった。

 これが明らかになり「措置が解除された後のフォローを」と、今般の精神保健福祉法の改正法案に結び付くわけです。しかしこの改正案は「精神科医療を治安の維持に使うな」、あるいは「退院後もずっと監視されるのか」との批判を浴びています。

 自治体によっては措置解除の前に本人と家族、主治医、行政職員などによるケア会議を行って、退院後のフォロー体制を作っています。監視になってはいけないが、支援は当然考えても良いことでしょう。

 神奈川県の検証は、主に福祉施設の設備や防犯体制といったハード面に寄っていて、「この施設を運営する法人全体は、研修も熱心で落ち度はない」と強調していますが、本当にそうなのか? 一方的に施設側の話を聞いただけで結論付けてよいのでしょうか。

 容疑者の「障害者は価値がない、生きている資格がない」という偏見や真の動機は、彼の思想、家族関係や育ち、交友関係、大麻常用、特に施設内の仕事や人間関係を解明しないと分からない。すぐに安倍首相が措置入院の検証を指示したことで、一方的に「精神科医療の中で起きた出来事」というレッテルが貼られた。ここが今の法改正における議論の混乱と、政府に対する批判の一番の原因でしょう。

 人格障害や発達障害は治り難く、受け皿がないので取りあえず精神科病院に委ねられ、広い意味での精神医療ユーザーとされています。そういう彼らが事件を起こすと、狭い意味での精神障害者、特に統合失調症患者への偏見と誤解を呼ぶという捻れが繰り返されます。今の医療では治せない障害を持つ困窮者を一体、どうやって支援していけばよいのか。仕方がないから精神科病院に彼らを…が実態だろうと思います。

【被害者は匿名で良いのか】
 
警察の記者会見ではこの事件の被害者名は、ほとんど全員匿名で発表されました。事件の被害者の発表は実名か匿名かの議論は当然だと思います。問題だと思うのは、通常は警察は被害者を実名で発表するのに、この事件に関してだけ、なぜ、知的障害者施設の入所者で家族からの要望が強いという理由で匿名にしたのかです。その背景には、日本の隔離医療、精神科病院や施設の障害者を人格として認めない意識、あるいは世間の誤解や偏見、迫害が強いことではないか。社会の歪んだ障害者観が現れたのだと思うのです。

 私は基本的に実名で発表すべきだったと思います。被害者に対する共感は記号では起きない。30年余新聞記者として何度もそういう場面に直面するのですが、薬害エイズの事件を例に挙げます。

【薬害エイズの偏見を乗り越えて】
 エイズはアメリカでは1981年に初の患者、日本では1986年に外国人女性が帰国後にエイズ発症、その翌年には日本人初の患者が出て騒ぎになりました。そして厚生省は毎月、例えば「感染者3人、男性2人、女性1人。3人のうち性交渉が原因とみられるのは2人、注射の回し打ち1人。国内の感染者は累計73人、患者23人」などと発表します。

 ところが、このエイズサーベイランス(調査・監視報告)で注目すべきは欄外の小さな字の注意書きで、例えばの数字ですが「非加熱血液製剤の感染者456人、患者は244人、うち死者は129人」、3人とか23人とかのレベルではない。記者たちが何で大きく発表しないのかを問うと、「これは難病の血友病の方が薬で感染しただけであって、サーベイランスでは基本的には扱わない。血友病患者には偏見が強いのに、さらにエイズの蔓延が分かったら地域で生活できなくなるから報道しないでくれ」と。

 血友病は先天的に血液を凝固させる遺伝子が欠損する病気で、命に直結する血液凝固製剤は、アメリカからの輸入で、その血液プールにエイズの麻薬常習者の売血も入っていました。

 私の先輩が1987年ごろに厚生省の担当になり、欄外を見て調べ始めたが、厚生省内とか記者クラブでも情報をもらえない、会社でも冷遇される。彼が報道した時には、血友病患者の親たちからも抗議を受けて四面楚歌でした。

 その報道は、「実は何年も前から厚生省はアメリカ製の血液製剤の危険性に気付いていた」ことです。当時の担当課長が海外の文献をみて、エイズ研究班を設置し、そこで議論してストップをかけようと思ったのです。ところが当時、効果は劣っても安全な代替物クリオ製剤があったのに、厚生省は汚染された非加熱製剤を追認した。

 彼の調査で分かったのは、アメリカでは汚染された製剤は販売禁止になり、値下げして日本に輸出。特に国内で高く売って利益を得ていたミドリ十字には、厚生省の幹部が天下って歴代社長を務めていたのです。安全な製剤が開発されるまでの3年間に汚染された血液製剤はどんどん売られ、一気に血友病患者にエイズが拡がりました。

 先輩がその報道をした数か月後、東京と大阪で患者さんたちが国や製薬会社を相手取って裁判を起こし、「報道があったからこそ、裁判が起こせたと思う」と電話をかけてきました。

その動きの中で川田龍平君が初めて顔と名前を晒してテレビカメラの前に立ち、それを見た大学生たちがびっくりした。つまり何か特殊な世界の出来事だと思っていたのが、彼が自分たちと同じ普通の大学生だったからです。

 それで学生たちが原告団のボランティアに殺到して、患者たちと一緒に抗議した。厚生省が決断して、厚生大臣が両手をついて患者と家族にお詫びをしました。その瞬間、慟哭が起きました。私もペンを持つ手が震えた。

 制度や理屈、理論では世の中は動かないものがあって、川田龍平君の顔と声と言葉が多くの人たちの共感を拡げたのです。社会は感情でつなぎあっていると私は思います。相模原事件の被害者の19人は、何処の誰でどんな顔をして、何が好きで楽しみで、どんなふうに家族に愛されてきたのかが全然分からない。これは本当に悔しかったです。

【オープンにしてこそ得られる理解】
 もう1つ、精神の当事者の間では「障害名・通院歴が事件のたびに報道される」という批判があります。しかし今はネットの時代で、テレビや新聞が報道しなくても、ネットは容赦なくあることないことを流します。私は「障害名・通院歴しか報道しない」ことこそダメだと思うのです。深く掘り下げた報道をしないといけない。

 今、統合失調症は責任能力がないとされて措置入院になるケースが多いのですが、発達障害や人格障害は基本的に責任能力ありとされます。ところが刑務所や少年院に入っても、効果的な矯正プログラムはない。すると再犯率が高いまま出所して、地域での理解やサポートがないから再犯が繰り返されます。被害者や社会の処罰感情は満たせても、本人が矯正されないのでは社会の安全にも繋がりません。では、どうすれば良いのか。

 障害の特性を地域社会やメディア、捜査機関や司法機関へも理解してもらい、刑務所や少年院にもっと良い矯正プログラムを作ってもらう。また、彼らが罪を犯さずに充実して安心して暮らせるような、環境整備やコミュニケーションの日常の支援を行っていかなければなりません。発達障害や人格障害の本人を変えることは難しいけれども、社会的な支援状況は変えられます。

 かつて、新聞社の勉強会で民主党議員の菅直人氏の発表は、イギリスのブレア政権が課題に挙げた10項目ほどの重要政策でした。外交、防衛、経済と並んで、なんと精神障害者に対する支援と事件を起こさないための環境整備があるのです。精神障害者の触法を刑罰から矯正へ、理解と福祉サービスによって地域に包み込んでいく方向です。

 日本の医療観察法は、刑務所ではなくて専門医療機関に移して治療するイギリスの制度をモデルにしています。ところが2010年にイギリスで見た医療観察保護の保安病院には、統合失調症の人はほとんどいませんでした。統合失調症は今や薬で何とかよくなる。人格障害、発達障害など薬物治療では治らない人を、何とか矯正しようとしています。日本の医療観察保護施設・病院は、基本的に統合失調症の人が多く、違いがあります。

 アスペルガー症候群のゲイリー・マッキノンが、2002年にアメリカの国防総省へのハッキングに成功し、アメリカ政府はマッキノンの身柄引き渡しを求めました。ところがウィキリークスによれば、当時のブラウン首相はイギリス領土の島の軍事基地をアメリカの海兵隊に自由に使わせる、その代わりマッキノンの身柄はイギリスに止めおくと交渉している。これにはびっくりしました。

 日本の安倍首相が「基地を自由に使わせるから、この障害者を引き渡さない」と交渉することなど絶対あり得ない。これは、菅直人氏が「イギリスは外交、防衛、経済と同じ重点的政策として、精神障害者の支援と犯罪抑止がある」と語った1つの例でしょう。

 イギリスのブロードモア高度保安病院は非常に厳重な病院で、少し良くなると中度、低度、解放病棟と移り、地域に戻る。地域に出る時は、病院スタッフが居住環境や支援スタッフをコーディネートする。なぜイギリスはトラブルを起こす障害者に手厚く支援し財源を投じるのかが私の関心事でした。

 イギリスの自閉症協会は常時マスコミの報道をチェック、問題があると監督者や編集者に理解してもらう活動をし、自分たちの番組を持つなど負けない情報発信をしています。だから国政の場で重要な案件として議論され予算もつく。

 日本の報道で問題になる障害名や通院歴も、むしろ蓋をすることで大きなチャンスを潰しているような気がします。精神障害者は刑事手続きや裁判にかからないとしても、社会に対する説明責任はあります。背景や現状をきちんと報道するほうが長い目で見てメリットがあるのではないでしょうか。

【地域で受け入れるとは】
 
日本は処罰感情が強いので、微罪でも刑事裁判として扱います。この10年、凶悪犯罪は半減していますが刑務所はいっぱいで、微罪の障害者と認知症、高齢者が増えて福祉施設のようです。1年間にかかる公費は約500万円、2年目以降は300万円。オーストラリアは障害者の事件はメンタルヘルス裁判に分離し、「彼らは地域の福祉につないだ方が良い」とのことです。

 今回の加害者のような反社会的な言動でトラブルを起こす人とどう付き合えばよいのか。人格障害、発達障害、薬物依存…警察から刑務所や措置入院になれば社会からは隔離できても、警察は責任を問えないから病院へ、病院は暴れるからと警察に戻す。

 池田小事件の加害者について、毎日新聞の大阪の記者が10年間の行動を追ったところトラブル続きでした。ところが3年間だけ全くトラブルがない。調べてみたら女性と一緒に暮らしていたのです。女性に聞くと彼はこの間も奇行やトラブルばかりですが、警察や精神科病院の厄介にはなっていない。

 彼らに必要なのは司法でも医療でもなく、大事にしてくれる人がたった1人でもいれば、何とか地域で暮らしていけるのではないか。この女性も愛してくれる家族も制度で作ることはできませんが、家族を支える制度は作れるはずです。

 何もかも家族に頼るのは反対ですが、支えがないと家族が潰れてしまう。イギリスではケアラー支援法という家族介護者を支援する法律があります。この辺りに、トラブルを改善し家族の負担を減らし、本人に対する偏見を減らすヒントがあるのではないでしょうか。

底に流れる優生思想】
 なぜ、相模原事件がこれほど気になるのか。「障害者は生きている価値はない」「なぜ、障害者に金を使うのか」と思っている人は意外に多いのではないかと思います。

 ナチス時代は大量殺戮が行われ、戦後は人種や国籍の優劣をいう思想はタブーでしたが、70年経過した今日、このナチスの優生思想が再び流行しています。例えば生殖医療、代理母出産、卵子ドナー、精子バンクなどでは知能の高い見た目のよい人の卵子や精子が売買され、出生前診断では障害者の遺伝子は排除される。現在の格差社会では、知能や健康、身体的優位性への過度な価値感があり、人間の多様性は否定されています。

 多様性を世の中に広めるためにも、身近なトラブルに適切に対処して事件を減らし、障害者が暮らしやすい環境整備、理解、啓発が必要です。安定して自分を肯定してくれる人の中で生活役割や人間関係を作り出す。治療や教育やケアという受動的な立場だけではなく、「社会に貢献できる自分を作る」というアイデンティティをつかんでもらい、社会に能動的に関わり、人生を楽しめるように。それ以外に根本的な解決はないと思います。

 今回の事件をきっかけに障害者に理解がある優しい世の中に、根底から変えていくことが核心だと思います。

【みんなと生きる】
 
愛媛県愛南町の御荘診療所は、150床の精神科病院でしたが3代30年かけて変えていき、数年前に隔離病棟をグループホームに、昨年は病床をすべてなくして、診療所、ショートステイ施設、グループホームだけを残し、患者の多くは退院して地元で生活しています。温泉宿を精神障害者と高齢者だけで運営し、山をアボカド畑にしています。

 北海道のべてるの家の「ばらばら昆布」の売り上げは、年間2億円あるそうです。九州の施設では「何でも屋さん」というチラシを持って近所のお年寄りのところにいきます。掃除や買い物の付添いなど、次第に「ありがとう」の声をかけてくれるようになったそうです。

 石垣島では農園で知的障害者や非行少年が、マンゴーやパッションフルーツを育てています。千葉県香取市の「恋する豚研究所」という障害者就労継続A型事業所では、精神障害者や知的・発達障害者が働いています。

 こうした活動が多様性を広め、地域を作る土台になるのです。

【未来を変える】
 
私は3年前から東京大学で「障害者のリアルに迫るゼミ」で、障害者に話をしてもらっています。ALS(筋萎縮性側索硬化症)の岡部宏生さんは、寝たきりで、まぶたと唇の動きで母音と子音を合図してそれを組み合わせ、介助者が一文字ずつ読み取って言葉にします。

 岡部さんが来た時は、学生たちは戸惑っていました。ところが雰囲気がどんどん変わって、1人の1年生が、「岡部さんを最初に見たときはなんて不幸な人だろうとしか思えませんでした。しかし話を聞いてすごく生き生きと楽しんでいるんだなと思いました」と。岡部さんは「体が動かない不自由よりも、心が動かない不幸のほうが、私には耐えられません」と。学生は誰も声を出せなくなってしまいました。

 昨年の7月に相模原のやまゆり園に押し入った容疑者は、「声をかけても反応がない重度の障害者は生きている意味がない、社会に不幸を作ることしかしない。だから自分は安楽死させ、社会のためになることをした」と話しています。私は彼に岡部さんの話を聞いてもらい、「それでもあなたはこの人は生きている価値はないと思うか」と問いたい。

 世界で初めて「障害者差別禁止法(ADA)」をアメリカで作った担当者が来日した折、「世の中を変えるのは難しい。しかし、未来を変えることはできる。障害者に触れてもらい、同じ人間という価値観を持った子供たちが成長して社会を担うようになった時に、世の中は大きく変わる」と言いました。私もその言葉を信じたいと思います。

 障害者のリアルに触れて、心を揺り動かされた学生たちに日本を託したい。『障害者のリアル×東大生のリアル』は、このゼミの学生たち11人と作った本です。

 私も知的障害を持つ子の親として心配はつきません。相模原事件を起こしたような考えの人は過去もいたし、たぶん今この世の中にいっぱいいます。でも、それに負けない、優しくて強い心を持った若い人たち、子供たちをいっぱい作ることを考えています。
                                          〜了〜

平成17年4月からの新宿フレンズホームページ「勉強会」の表示形式について

 新宿フレンズでは4月から「勉強会」ホームページの表示について、概略掲載とすることになりました。そして、「フレンズ」(新宿フレンズ会報紙)ではいままで同様、あるいはより内容を充実させて発行することにしました。これまで同様に勉強会抄録をお読みくださる方は、賛助会員になっていただけますと「フレンズ」紙面版が送られますので、そちらでお読みできます。
どうぞ、この機会に是非賛助会員になっていただけますよう、お願い申し上げます。

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新宿フレンズへのお誘い 

 新宿フレンズでは毎月第2土曜日、12時半から新宿区立障害者福祉センターに集まって、お互いの情報交換や、外部からの情報交換を行い、2時からは勉強会で講師の先生をお招きして家族が精神障害の医学的知識や社会福祉制度を学び、患者さんの将来に向けて学習しています。
入会方法 


編集後記 
 早くも梅雨に入ったと天気予報で伝えていたが、依然雨の量は少ないような気がする。今年も関東の水瓶は渇水なのだろうか。

 今月、毎日新聞論説委員の野澤さんから相模原事件に絡む日本の精神社会の様子を伺った。ご自身、自閉症のお子さんを抱えているという。そのためか語り口には今の精神医療、福祉に対して強い要求、あるいは批判的な論調であった。

 まず問題にされたのが容疑者の「障害者は生きる価値がない。不幸を作る事しかできない」といった発想であった。事件前、容疑者は措置入院となるが、十二日間で退院となる。しかし、その後の周囲のケアを問題にしている。もし、病院や福祉の支援があれば結果は違っていたのではないか。

 池田小事件の時、容疑者の十年間の記録を毎日新聞大阪支社の記者が追った。トラブル続きの容疑者に三年間全くトラブルの無い期間があった。調べてみると、その間女性と暮らしていたという。つまり、彼らに必要なのはたった一人の支援者でもいれば救われるのである。しかし、女性を制度で作ることはできない。できるのは制度で周囲、多くは家族であるが、家族を支えることはできると野澤さんは言う。

 そして、最後に私に感動を与えたのがALSの難病の岡部宏生さんの言葉だ。「体が動かない不自由より心が動かない不自由が耐えられない」。これに対し五体満足の東大生たちが「岡部さんと我々のどちらが幸せか」と言わしめた。ここに教育の意味があると感じたの私だけではないだろう。野澤さんは優しく強い心を持った子供をいっぱい作ることだと結んだ。 

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新宿家族会 E-mail: frenz@big.or.jp