新宿区後援・新宿フレンズ6月講演会

          災害時への備えと対応 

      −東日本大震災の避難所での事例から学ぶ−

   講師 慶應義塾大学医学部精神神経科学教室 新村秀人先生

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【【東日本大震災の避難所で】

 3月11日の東日本大震災後、多くの方々が避難生活を余儀なくされています。大勢が一緒に暮らす避難所の中には、以前から精神疾患の治療を受けていた人も多く、治療が途絶えて調子を崩した方々も少なくありません。

 私は福島第一原発から直線距離で約50kmの福島県郡山市の避難所で、そうした方々の診療に当たっています。その体験も含めて、災害時にどう備え、対応したらよいかについてお話しましょう。

 今回の震災で、郡山市内では塀が崩れ、建物の壁にひびが入り、天井や瓦が落ちて、ビルのガラスが割れるといった被害がありました。

 停電はなかったのですが、4日間の断水、ガソリン不足は3週間続き、ガソリンスタンドに車が100台くらい並んで渋滞が続くという状態でした。新幹線は1ヵ月全く使えず、駅は閉鎖、街中には人の姿がない状態でした。

【ストレスが高い避難所生活】

 避難所の環境はストレスが高い。体育館やホールは住むにはつらい環境です。広いところに何百人も、たどり着いたときは何もなくて、高さ約1メートルのダンボールを立てて仕切りを作り、底冷えする固い床に毛布を敷いて寝ています。立ち上がれば隣が丸見えでプライバシーも全然ない。着替えに困り、音は筒抜けで、夜も歩く音が聞こえて眠れません。 

 食事は、当初は基本がパンと炊き出しのお握りだけ。毎日三食この繰り返しで1ヵ月も肉と野菜がないので、栄養が偏ってしまいます。その後、三食お弁当が届くようになりましたが、今度はカロリーが多過ぎ、栄養バランスが難しい。

 トイレも不便ですし、お風呂はないので自衛隊の巨大なテントの中に、ビニールシートでつくった2メートル四方くらいの正方形のお風呂に入る。それも行列で時間がかかり大変です。洗濯も最初はできず、干す場所もなく困りました。今は、コインランドリーが設置されています。

 避難所生活が長くなると、食事の配給に並ぶくらいで、他にすることがない。スペースも狭く、足の踏み場もないので、のびのびもできないから、だんだん疲れてきます。そういう生活がずっと続いているのです。

【ストレスによる心の病気】

 それらの結果、ストレス関連の身体症状が出る人が増えます。今まで病院にかかったことがなかった人でも血圧が180とか200とか高くなり、頭痛も出て降圧剤を飲むことになる。ストレス性胃炎、胃潰瘍などもよく起こります。災害では、精神的ストレスは身体的な問題として出やすい、これを心身症と言います。

 ストレス関連の精神・行動症状で、まず目立つのは不安です。将来への不安もありますが、漠然とした不安もあります。環境的要因もあって眠れない、疲れやすいという方もたくさん出ました。子どもの場合は退行が起こります。甘えや夜尿など、赤ちゃん返りのような行動が出てしまうのです。

 災害のことを思い出して眠れない、感情の麻痺など急性ストレス障害、PTSDも見られます。避難所の生活が長引いてくると、お酒に手が出てしまう人も増え、トラブルを起こします。アルコール依存になる人も出てきます。このように、ストレスからいろいろな問題が起こります。

 統合失調症にかかっている人は、もともと人の多いところが苦手です。見られている気がして避難所に入れず、駐車場に停めた車の中で、ずっと過ごす人もいました。入院歴があり治療中断して自宅で引きこもっていた人で、保健師さんが何とか食事をとらせ、お風呂に入るように促しました。

【診療情報の不足】

 多くの避難者は、震災に備えていたわけではありません。突然、災害にあって、命からがら逃げてきたわけです。通院していた病院やクリニックも壊れ、機能しなくなり閉鎖してしまいました。災害支援の医療チームが来ても、紹介状はもちろん、「お薬手帳」もない、薬や空のシートすらないのです。

 「どんな薬を飲んでいましたか?」と聞いても、「白い粒で…」くらいで、病名も薬名も分からない。「どんな病気でしたか?」「どんな症状でしたか?」と聞いても、本人は答えられないことも多いのです。正確な情報はいっさい分からず、推測するしかないことがありました。

【災害時の心理的反応】 

 次に、災害の後にどのような心理的反応が起こるのかを、お話しします。

1.恐怖の心的トラウマ:地震の揺れや音、火災の炎や熱、爆発の音や熱風など、災害時の強い刺激に直面した後は、交感神経が高ぶって恐怖心を高め、強く記憶に刻まれます。そして、場所が離れ時間がたっても、同じようなシーンが勝手に浮かんできてしまって、当時と同じように苦しい、となると、これは、心の傷(トラウマ)です。そして気分が落ち込んだり、不安で眠れなくなったり、食欲も落ち、注意が散漫になったりします。

2.悲嘆、喪失感、怒りと罪責:震災直後は何がなんだか分からず、強い衝撃や混乱のショックで感情や思考が麻痺した状態で、現実的な判断が及ばないのですが、時間が経つと家族を亡くした喪失感、災害による負傷、家財の被害などが、だんだん実感となってきます。

3.社会・生活ストレス:いきなり避難所での集団生活になるなど、環境変化のストレス、学校や仕事のこと、乳幼児や高齢者の世話、通院先も今までと違うなど日常生活のストレス、また、補償を受ける手続き、避難所で仮設住宅の抽選の書類を書くなどの、新たな負担もあります。

【ストレスの表れと対処】

1.災害の直後から数日間:予期しなかった恐怖や衝撃で茫然自失、強い不安で取り乱してしまい、じっとしておれずに、話し方や行動もまとまらなくなり、急に泣きだすような状態です。ゆっくり休ませ、眠ることが一番良いでしょう。

2.災害後1か月まで:症状が不安定で、精神医学的にはPTSD(心的外傷後ストレス障害)の診断はまだ難しい状態です。大きな災害の後、心を防衛するために現実感がなくなるのは自然なことで、そのストレスを受け止め、不安の原因となることがはっきりしていれば、情報や具体的な援助を与えるなどの対処をして、自然な回復を待ちます。

3.災害後1か月以上:1ヵ月以内の場合は、急性ストレス障害といいます。それが1ヵ月以上たっても続くものをPTSDといいます。

【PTSDへの対処】

 PTSD(Post- Traumatic Stress Disorder:心的外傷後ストレス障害)は、生命の危険を伴うような強い恐怖をもたらす体験、自然災害とか戦争、悲惨な死を目撃する、犯罪に巻き込まれるなどで生じるストレス反応です。

 思い出したくないのに恐ろしい場面を思い出し、強い不安感が起きます。交感神経が高ぶってドキドキし、冷や汗が出たりします。体験を思い出させる物やにおい、音などを回避しようとします。そして、現在の出来事が自分の傍らを関係なく流れていく、過去の体験を思い出そうとしても霞がかかったようで思い出せない、といった現実感が失われる症状が出ます。

 PTSDの診断がされても、基本的には、多くの人には回復する力が備わっていますので、二次的な被害を避け、適切なサポートで安心を得て、その症状が自然になくなっていくのを待つのが基本です。

そうはいっても、なかなか症状が治まらなくて、専門家の治療やSSRI(抗うつ薬の一種)の服薬が必要になる場合もあります。認知行動療法やEMDR(Eye Movement Desensitization and Reprocessing:眼球運動による脱感作と再処理法。眼の前で治療者が指を一定の速度で左右に動かし、それを目で追いながら過去の外傷体験を想起するという治療法。眼球運動で脳を直接的に刺激し、結果的に心を落ち着かせると考えられている)も行われます。

【災害への備え】

 災害は突然やってきますから、その時どう対応するか、どういうふうに病気と付き合うかを、普段から考えておくことが大事です。防災グッズも備えておくといいでしょう。

 避難所の環境をよくすることは容易ではありません。さらに、平常とは違った心理状態になることで不安になり、どのような援助を求めればよいかが分からなくなります。

 そこで、避難所などのスペースでは、どれほどストレスフルな状況になってしまうのか、被災後はどんな心理的変化が生じるか、原因は何か、どのような対応が必要なのか、どのような援助を受けられるかについても学び、情報を得ておくことが有効です。被災時には、広報、保健師による訪問などを通じて、こうした心理教育も行われます。

 初めて会う医師や医療関係者にも分かるように、病名、治療法、薬の種類と量、服薬状態、通院先などの基本的な情報は、手帳やカードに書いて持っていると良いでしょう。

 普段から通院・服薬をきちんとしている人は、しばらくは薬がなくても大丈夫なことが多いのです。飲んでいない人や中断している人は、災害の恐怖や環境の変化など激しいストレスにより、容易に悪化しています。

 お薬手帳・医療保険証・自立支援医療受給者証・障害者手帳・年金手帳もひとまとめにして非常時に持ち出せるようにしておくとよいでしょう。避難所などでの医療費は、最初はボランティアや国が負担しますが、長期的には保険証なども必要になります。

【家族に頼らずに】

 災害の場合、不幸にも家族が亡くなることもあります。日頃から家族に頼らず、自分で出来るだけのことはする習慣をつけることも大切です。

 避難所はストレスが多い場所なので、自分はどんなふうになったとき悪化するのか、早期警告サインを知っていることが大切です。イライラするとか、何か言われている気がする、眠れないで早く目覚めてしまうなど初期症状を知っていると、調子が悪く症状が出始めたと本人が気づけるので、早めに周りに相談できます。

【避難所生活のコツ】

 避難所でも、できれば役所の出先機関などの近くにいて、信頼できる情報を得ることが大切です。1.地震、津波、放射能などの災害情報 2.避難場所の情報 3.水、食料、医療の情報 4.仮設住宅の情報、補償の情報など。「仮設住宅の抽選があるのに知らなかった」となると困ります。行政から出る情報は漏らさないようにチェックしておく必要があります。仮設住宅の入居に際しては、精神疾患があって集団生活が苦手なことを申込書に書くと配慮される可能性が高くなると思います。

 ストレスが多い避難所の中で、どう過ごすかも問題になります。狭いスペースでゴロゴロしていることが多くなりがちですので、少しでも体を動かすことにより、エコノミークラス症候群(血管の中に血栓ができる)を防ぎましょう。

 何か困ったら、SOSを早目に出すこと、周囲に支援をお願いするのも大事です。「こういうところは苦手なので、こういう風にしてもらえませんか。」とか、寝る場所については「ストレスになるから通路から離れたところにしてほしい」とか、希望を言った方がいいのです。

 自分の暮らしや病気について分かっていること、他人にきちんと説明できることが、非常時には力になります。家族も本人も平時の備えを心がけてください。普段の自分の病気との付き合い方が問われます。

<参考文献>

金吉晴ら「災害時地域精神保健医療活動ガイドライン」(平成13年度厚生科学研究費補助金)2003年

国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 成人精神保健部「被災地での心のケアチーム活動マニュアル Ver.1」2011年
                                   −了−

平成17年4月からの新宿フレンズホームページ「勉強会」の表示形式について

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新宿フレンズへのお誘い 

 新宿フレンズでは毎月第2土曜日、12時半から新宿区立障害者福祉センターに集まって、お互いの情報交換や、外部からの情報交換を行い、2時からは勉強会で講師の先生をお招きして家族が精神障害の医学的知識や社会福祉制度を学び、患者さんの将来に向けて学習しています。
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編集後記

 梅雨の真っただ中、とはいえ空には入道雲が沸いている。夕立ちが来れば梅雨が明けたという説までが変わってしまったのか。とにかく異常が続く世界の気象である。そして、地球上では大震災と、まさに天変地異の様相である。

 それにしても東日本大震災は日本人にとって、大きな教訓を与えてくれた。今月の新村先生の講演テーマもその一つである。テレビ、新聞では伝わらない災害事の精神的なトラブル、こんなにも多くの問題を抱えているとは思わなかった。

 避難所でのストレス。これ一つとっても恐らく相当なストレスがあるだろうことは想像に難くない。まして、当事者は人の集まるところが苦手であるという方が多い。また、避難所でのプライバシーの侵害がある。他人に見られることを極端に拒否する人が多いのもこの病気の特徴だ。

 そして災害時の心理的反応の面からもトラウマや悲嘆、喪失感、社会、生活のストレス、これらが一挙に当事者を攻め立てる。

 さらに思い出したくないのに恐ろしい場面を思い出し、強い不安感からPTSDのストレス反応を出す患者も多いだろう。

 これに対し、先生は丁寧に応えてくれた。災害への備えとして病名、治療法、薬の種類と量、服薬状態、通院先などを書いたカードを持つようにと。これは何も災害時だけでなく、普段の生活の常識として備えておきたい。

 最後に家族に頼らず、という。日頃から自分でできることは自分で行う習慣をつけておくこと。そして、症状が悪化したと思ったらその時の対処法を身につけておくこと。これができれば災害時でなくとも心配は半減する。  

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