新宿区後援・4月新宿フレンズ講演会

      統合失調症の妄想・幻聴について

    

    講師 慶應義塾大学医学部 精神・神経科学教室 新村秀人先生

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【精神疾患以外の妄想・幻聴も】

 妄想・幻聴には精神疾患でのみ現れるのではなく、健常者にも幻覚体験はあります。例えば入眠時幻覚。目覚め際に多い金縛りといわれるものは、健常者の3割が体験しています。ナルコレプシーという突然眠くなる疾患では、その9割が入眠時幻覚を体験します。入眠時幻覚は睡眠・覚醒のリズムと関係して現れると言われています。
 身体疾患でも、幻覚・妄想状態を呈することが起り得ます。ウィルス性脳炎や髄膜炎などの感染症、甲状腺・副甲状腺などの内分泌疾患、サイアミン欠乏症やビタミンB12欠乏症などの栄養疾患、てんかんや多発性硬化症などの神経疾患、肝不全、腎不全、低血糖などの全身疾患、がんなどの新生物、大麻、コカインなどの麻薬や、アルコール、副腎皮質ホルモン剤、鎮痛薬、抗コリン薬などの薬物、水銀、マンガン、ヒ素、タリウムなどの金属曝露でも精神病状態になります。

【健常と病的の境界】

 幻覚・妄想と言っても、どこまでが正常でどこからが病気かを見極めるのはなかなか難しいものです。もともと人間は正しい決定や行為ができているわけではありません。認知バイアスといって、例えば以下のような傾向があります。

・最近の出来事、印象に残る出来事、代表的な事例を重視しがち。

・簡単に入手できる情報を重視し、入手困難な情報を軽視しがち。

・明らかに相反する見解を、同時に抱いていることに気づかない。

・矛盾が見られると、外部の要因によって生じたと判断しがち。

・一旦重大な決断をすると、明らかに間違っていても、前言を撤回しづらい。

【幻覚・妄想はなぜ起こるか】

 幻覚・妄想の原因はいろいろですが、どれも何らかの脳機能障害・機能低下があって起こるものと考えられ、複雑であっても根は同じものがあります。例えば血圧が上がるのは、血管が硬くなる、循環する血液量が増えるといった原因ですが、幻覚・妄想も認知や思考の経路と関係すると思われます。しかし、それが直接的には結びつかないので、議論のあるところです。

【統合失調症の病態が起きる原因仮説】

 素因とストレス→発達障害→認知障害:臨床的に精神病症状(幻覚・妄想、陰性症状、解体症状)が表出するまでの過程には、遺伝子、ウィルス、栄養、何らかの毒素、出生時損傷、心理体験など、さまざまな素因とストレスが絡んでいます。

 そして出生から思春期までに、神経細胞形成,移動や刈り込み、アポトーシス(プログラムされた細胞死)などの異常から神経発達障害が生じ、神経細胞間の結合・伝達の機能的障害を引き起こします。

 その結果、基本的な認知過程に障害を起こし、注意・記憶・言語・実行機能・感情など複数の障害を生じて、幻覚・妄想を生むことになると考えられています。

脳機能障害:脳画像研究において、幻覚の成因をみていくと、内言語(心の中でつぶやくこと)と、自己モニタリング(自分を客観的に見ること)の2つの脳機能の障害が重なって幻聴が生じるということが分かりつつあります。

 声が聞こえること自体が精神病症状ではなくて、心の中で考えた内的な情報源の聴覚情報を、外的な声と解釈してしまうことで精神病症状を呈するのです。自分の中で考えることと、自分を見つめることが、どうもリンク(連結)してしまうらしいのです。 

 統合失調症の妄想・病識と関連する脳領域は、大脳皮質の正中内側部構造という視覚・聴覚・体性感覚などの知覚情報が集まる部位のうち、知覚情報を分析して刺激への対応を判断する眼窩(がんか)・腹内側部前頭前野と、聞こえている声が内言語か他人の声かを判断する背内側前頭前野の、2つの部位の機能障害が関連していると言われています。

知覚情報の歪み:人は外部からの知覚(感覚情報)を脳で処理して、様々の予測をし、そこから感情・動機・記憶・信念が生まれます。予測には誤差が絶えずありますが、脳は予測誤差の信号を絶えず修正しています。ところが、この予測誤差に異常が生まれることがあり、それにドパミンが関与していると言われます。

 信号の異常は、重要でない環境刺激への注意喚起を促し、世界は奇妙で悪意を含んだものに変容します。その歪んだ情報の学習効果により、不適切な世界モデルが更新されてしまい、それが妄想として顕在化します。それを何度も繰り返すことで記憶の増強が生じ、歪んだ知覚体験にも適用されて、訂正不能な確固たる信念に深化していくのです。

自己主体感の喪失:別の仮説では、統合失調症では、自己主体感(Sense of self-agency)が減弱・喪失し、そのために例えば「体が勝手に動く」感覚を持ってしまいます。それが過大になると、「自分の言動が各地に天災を生じさせ、世界が崩壊する」などと思い込むようなことも起きてしまいます。

妄想の固定化:妄想や信念は記憶の一種で、記憶は脳の中に貯蔵されるだけではありません。予想外の出来事に出合うと、思い出は新たな情報によって改変・更新され、その記憶が強化されます。妄想がいったん形成されると、予測との誤差は、逆説的に妄想の再活性化、再強化に繋がってしまいます。

抗精神病薬は、脳内の異常な予測誤差信号の発生を抑制し、消去学習効果を介して一時的に妄想を覆い隠す効果があります。したがって、妄想を支える記憶を完全に消すわけでないのです。ですから薬物治療を中断すれば、妄想は再燃・再発するので、服薬を続けることが大事です。

【妄想の進化論的意味】

 古代より、人類は飢えていたので、身体にブドウ糖を蓄えておかないと、低血糖を起こして頭がボーっとしてきて意識がなくなり、死に至るという危険と隣り合わせでした。ですから生命を維持するために、人間には血糖値を上げるホルモンは4つあるのに、下げるホルモンは1つしかありません。そのため、飽食の現代では、糖尿病になりやすいのです。

 また、人類は猛獣の足跡を見つけて回避できるように、周囲の些細な兆候を見つけるシステムを身に付けて来ました。しかし、現代の複雑な情報社会では、危険を避けるために感度を上げていろんなことを読み取ろうとする能力は、妄想を引き起こす原因になってしまうのです。

 人間は抽象的・象徴的思考を獲得したことで、本来的には無関係な物事の間に新たな結びつきを見出せるようになりました。その成果が、宗教、思想、哲学、芸術、技術、科学などの創造です。ところが、関係のないものを結びつける人間の能力が、働き過ぎると妄想になってしまいます。ですから、妄想は非常に人間的なものなのです。

幻聴・妄想の効用:統合失調症の病初期には、本人は「周りの様子が変だ、いろんなことが起こってどうしてよいか分からない。怖い」と非常に混乱しています。そのときに何かのパターンが脳に浮かぶのですね。健常の人の空耳や空想と違うのは、その内容は恐怖が土台にあることです。統合失調症の底にあるのは恐怖です。

そのいろいろに湧き起こる恐ろしい体験を、脳が必死に整理して、予想がついて安心するパターン(妄想)に持ち込もうとします。つまり、幻聴・妄想は1度に1つのことしか頭の中に浮かばないようにするために作られ、繰返しなら予想がついて、あまり驚かなくても済むようになります。そのため幻聴・妄想は、自由連想から、同じパターンの繰り返しになっていくと考えられます。

【幻覚・妄想の治療と対応】

 基本的な治療には、脳内の情報のノイズを抑え、情報の流れを適切なものにするために抗精神病薬を使います。シナプス間の神経伝達にブレーキをかけるという作用によって幻覚・妄想を抑制しています。

 次に、対応です。幻覚・妄想は錯覚や勘違いと異なり、思い直しがききません。「ひょっとしたら悪く考え過ぎているんじゃないか?」と諭しても、「そんなことはない。これは事実だ」と否定される。幻覚・妄想は、本人にとっては事実・現実として経験されているのです。

 ですから、「あなたの思い違いだ」と訂正するのは良くないのです。真っ向から否定されると、自分のことを信じてもらえないと感じて、信頼関係が崩れてしまいます。かといって「そうだね」と肯定すると妄想を強化してしまう。そこで「それは不思議なことだね」などと、否定も肯定もしないのが基本の対応になります。そして、「そうだったら、つらいよね」と、その人が体験している苦しさには共感して、苦しさを思いやるような対応が良いのです。

 しかし、「あいつが悪口を言うから、やっつけてやる」などと、自傷他害につながるような切迫した幻覚・妄想を訴えたときは、「そう考えているのは分かったけれど、もし間違いだったら大変なことになるから慎重に考えよう」と、ブレーキをかける必要も出てきます。

 病的な体験を本人が客観視することは困難ですが、周囲の人は、本人が体験している幻聴は、通常の声とは区別が可能であることを気づかせることが重要です。目の前の人が話しているのと、聞こえるはずのない場所で声が聞こえた「あの声」との体験様式の違いに注目することで、病的体験を対象化して、やがては遠ざけることができるようになります。「あの声が聞こえてきたら(あの内容だったら)気をつけよう」と、幻聴の時の感覚を本人がつかむことで、正常な知覚と区別できるようにすることが大切です。

 もう1つ、当人の土俵に乗る、つまり妄想を真に受けて、一緒に対応を考えていくと言うやり方もありますが、これは治療者の行うやや難しい方法です。

 最後に、幻覚や妄想への対処として、中井久夫先生の工夫からいくつか紹介したいと思います。

 聞き飽きた対応をしない:本人が聞き飽きているようなことは言っても仕方がないのです。それより幻聴が消え得るものであることを伝える。例えば、「その幻聴はなぜ夢では聞こえないんだろう」と聞いてみる。本人が思ってもみないような問いの言葉を耳にして、その人が「なぜだろう」と考えるようにすること、それがその人の考えを広げていき、妄想・幻聴に囚われている状態から自由にしていきます。

幻聴は、自分の自信のないところを突いてきたり、心中で密かに恐れていることを罵るなど、被害的な内容が多いのです。その一方で、おだてる幻聴、話がうますぎる幻聴もあります。

本人の語る幻聴を毎回聞かされるのは苦痛でしょうが、「何を馬鹿なことを」「そんなことあるはずがない」「解らん」ではなく、「なるほどなあ、そう考えるのか。でも不思議だねえ」と聞く側は、本人がそれを不思議と感じられるような合いの手を磨くことが大切です。

そのために使う言葉は「もし…だったら…としても…だろうよ」です。「もうやくざは追いかけてこない」とキッパリ否定するよりも、「もし、やくざがあなたを迫害しているのだったら、例え追っているとしても、ここまでは追いかけてこないだろうよ」と「もし」を使う表現のほうが良いでしょう。

妄想を「語れるようになる」時期:妄想と一体化しているときには言葉にはなりません。妄想は「過去を振り返って」という形でしか言葉にはならないものです。妄想について語れるようになったということは、言葉にできるくらい妄想から距離ができたことを意味しており、妄想を総括してまとめて捨てて行く、その準備の時期が到来したのです。

そういう時は、「おお、話せたね。そういうことだったの。そうだとしたら不思議だね」「不思議ですけど、そうなんだよ」「そう、不思議だね」といった合いの手を打つことがよいのです。

幻覚・妄想の話を聞く家族は辛い気持ちでしょう。しかし、上手に相手をして、疑問を持たせ、距離を持たせることで、だんだん現実との区別がつくように努めてみてはどうでしょうか。

(参考文献)

堀口淳 編「脳とこころのプライマリケア6 幻覚と妄想」シナジー 2011年

濱田秀伯「精神症候学」弘文堂1994年

中井久夫「こんなとき私はどうしてきたか」医学書院2007年

                                   〜了〜         

平成17年4月からの新宿フレンズホームページ「勉強会」の表示形式について

 新宿フレンズでは4月から「勉強会」ホームページの表示について、概略掲載とすることになりました。そして、「フレンズ」(新宿フレンズ会報紙)ではいままで同様、あるいはより内容を充実させて発行することにしました。これまで同様に勉強会抄録をお読みくださる方は、賛助会員になっていただけますと「フレンズ」紙面版が送られますので、そちらでお読みできます。
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編集後記
 
今月号は少々無体裁になってしまった。新村先生の色濃い内容ゆえだろう。また、黒田君の「読者の作品」コーナーを誕生させた。かつて新宿フレンズに在籍し、その後北海道の故郷へ帰った彼から投稿があった。  

 新村先生からはいろいろ教えられたが、私自身の問題としても興味深かったのは「生命を維持するために、人間には血糖値を上げるホルモンは4つあるのに、下げるホルモンは1つしかありません。そのため、飽食の現代では、糖尿病になりやすいのです。」のくだりだ。

 古来より人間が生きて行くために人間の体は出来ている。当たり前だが、それを普段は忘れている。身体にブドウ糖を蓄えておかないと、低血糖を起こして頭がボーっとしてきて意識がなくなり、死に至るという危険と隣り合わせでした。・・・なるほどと思わせる。そして、人類は生きるために猛獣の足跡を探し危険を避けてきた。しかし現代社会はそんな余裕などない。韓国のセウォル号沈没のように、ライフジャケットを着て居ながら外に出るなと言われて海にのまれるという悲惨さがある。

 その一方で人間は抽象的、象徴的思考を持ったことで宗教、思想、哲学、芸術、技術、科学などの創造心を持った。これら無関係の中で新たな結びつきを考えるようになったと説明する。しかし、精神科の世界では、この関係のないものを結びつけようとする能力が働き過ぎると妄想になると先生は述べている。

 とにかく、妄想なり幻聴なりは経験したことがないものには全く分からない世界である。先生は統合失調症の底にあるのは恐怖だ、と言い切っている。息子に対峙するとき、つい声を荒げてしまう親であることを反省しつつ・・。                    

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