7月勉強会より
   引きこもりの現状と対策
   
〜引きこもり訪問施行事業の成果〜 
 
  講師 東京都精神医学総合研究所 社会病理研究部門 白石弘巳先生


 こんにちは。きょうは新宿家族会勉強会にお招きいただきありがとうございました。本題に入る前に、これまで私が治療の現場で学んできた精神疾患についての特徴と、回復に向けてどのような点に心がけたら良いかについて述べたいと思います。

【病気の経過に影響を与える諸要因】
 病気になるといろいろな闘わなければならい要因が出てきます。場合によっては5つも6つも同時に闘わなければなりません。
1つは病気の症状の辛さとの闘いです。
2番目は薬を飲んだときの不快感、副作用と闘わなければなりません。副作用を当然のこととしてほおっておくわけにはいきません。少しでもそういうものを減らす努力をすることが闘いとなります。
3番目は、治療をめぐる戦いです。本当は、治療を受けている医療がこれでいいのか、医者、病院、自分を診てくれている専門家がこれでいいのか、自分はどういう治療を受けたらいいのか、そういうことを考えながら治療を受けなければなりません。考えた末に現在のところでいいと納得して治療を受けて、続けることが理想です。もし、そうしないとすれば、もっといい病院を見つけるとか、いい医師と巡りあうとか、そういうことが課題になると思います。たまたま行った先生が良かったという場合もあるかも知れませんが、必ずしもそうはならないというのが現実です。

4番目は生活を確保する上の闘いです。病気になると働けなくなる、勉強ができなくなります。
 病気のあるなしにかかわらず、人は、誰も役割がなくて、何もしなくていい、という状況には耐えられないのが普通です。人から期待されていない状況といってもいいかもしれません。だから、どこかで何かしなければいけない。でも、仕事ができない、学校に行けない、といったときにどこで何をするのかは、そう簡単には決まりません。家にいて何もしない、学校や仕事をする、その両極端ともうまくいかない。その中間を選べるか、選択肢はどこにあるか、病気になった人が、適切に自分が行くべき場所を選ぶということはなかなか難しい問題で、これも大げさに言えば闘いだと思います。当たり前のように実行できるものではありません。

5番目が社会の偏見です。自分がいくら自分なりに立場を分かって前向きに生きていこうと思っても、精神疾患という病気を抱えながら生きていくとなると、病気を隠さなければならない、病気の部分を他人にカバーしてもらわなければならない、いろんな意味で他の人との関係にますますストレスを感じるでしょう。そのとき、社会の人と自分がどういう風に対峙するか。どういう風にお付き合いしていくか。そこにも工夫しなければならない。これも大げさに言えば闘いです。差別を克服して政治とかに訴えることも闘いですが、もっと日常的に自分がお付き合いしたり、普段接する人と非常に緊張しながら生きていかなければならない闘いです。

6番目が最後で、自分との闘いです。私は病気になったからといって、その人が生きている以上、人生に対する責任もあるし、周りの人に対する責任もあると思います。自分ができる範囲で一生懸命やることが、どんな状況にいる人にとっても課題であると思います。往々にして病気になると人生を投げてしまったり、依存的になってしまったり、いろんなことが二次的に起こってきます。それは起こるべくして起こることですが、だからといってそのままほおっておいては1番から5番までの問題に向かって闘えません。やはり自分自身が前向きになってファイテングポーズを取らない限り、いままで申し上げた1つ1つについて最善なものは得られなのではないかと思います。

 お手元の図を見てください。下段に精神症状・うつ、幻覚や妄想、パニックとあるのが、いわば出発点で、症状を治すために服薬します。でも、すぐ効果が出て症状が治るとは限らず、場合によっては左側にある薬の副作用がでます。それから症状が続けば右側の肥満、タバコ、飲酒などの生活習慣の問題が出てくるかもしれません。

 さらに症状があると、日常生活を送る上での支障が出てきて、それが社会参加を阻害し、そこから自分が社会から取り残されているような感情を抱き、生きがいに対する悩みとなります。これらは翻って、病気そのものへ影響を与えます。つまり、生きがいをなくすこと、十分に社会参加をしていないこと、生活上での支障、つまり対人関係で躓くことなどは、今度は病気を悪化させる因子ともなります。 病気に始まり、表面化してくる問題がこの流れの何であれ、それを放置していることによって、さらに病気を悪化させる悪循環にはまってしまう可能性があるのです。

 しかし、逆の流れが起こる可能性もあります。つまり、自分が思い描いた人生ではないことへの悩みがあっても、これを悩まないようにうまく気持ちを切り替えたり、あるいは実際に生きがいを持つようにすることができれば、それがめぐりめぐって病気に対して良い影響を与えるようになります。

 同じように、何らかの社会参加をしているという状況ができて、それにとりあえず納得できれば、それも病気に対していい影響を与えるようになります。このように、どこの段階であっても、その段階に対処できる方法を身につければ、薬による治療法とは異なる治療効果が生じ、病気を悪くしないようにすることができ、ひいては病気の改善へとつながっていくのです。

 それはきょうやったから明日よくなるというものではありませんが、一般に統合失調症は、悪くしないように工夫していれば、半年、1年たつと自然と回復している、という病気だと思います。こういう良くなり方は薬だけで良くなったのとは一味違った良くなり方です。病気の治療に病院に行くこと、薬を飲むことは前提条件ですが、それだけでは十分ではありません。生活の中で、希望を持ち、前向きに生きることを通じて、その人のその時点での持てる力を十分に発揮していくことが改善につながるのだと思います。

 いままでの日本の精神医療体制は薬に頼り、医学的に頼り、入院に頼り過ぎていたといわざるを得ません。それが、入院10年の患者さんが10万人とかという数字を生んでいるのではないでしょうか。病気の予後を統計学的に見ると、今の日本では、人口の約1%弱に当たる100万人患者さんがおり、その内の20万人の患者さんが入院していて、さらにその内の10万人の患者さんが10年以上入院しているわけですが、もし十分な対応ができていたら、そんな状況にはなっていなかったものと思います。

 そこで、こうした状況にどう対処していったらよいかということですが、幻覚・妄想などの症状がある場合には医学的に治療が必要ですし、周りの方もある程度の対処方法は心得られていると思います。問題は陰性症状です。普段周りで接している人が陽性症状がなくなって、それでも十分ではない状況をどういう風に理解できるか、というところにこの病気と付き合っていくところのヒント、あるいはポイントがあると思っています。

【陰性症状の理解】
 病気と付き合っていくのはまず本人です。そして周りの人、さらに医療関係者です。陰性症状というといろんなものがあって、生活のしづらさと重なっています。私の個人的な考えですが、陰性症状に関して重要なのは以下の2点です。

1つは外から加わる刺激に対する弱さです。その弱さは2つあって、まず刺激が加わると過敏、過大に反応することです。でも、その逆に通常の刺激ではなかなか動けないという問題もあります。つまり、統合失調症の患者さんには、ちょっと刺激があると動き過ぎるし、逆に普通の刺激では動けない、という方が少なくないのです。ですから「弱さ」を一方向だけで理解し、刺激を与えないで、そうっとしておくだけが良いことでもないのです。そうすると、本人はただ閉じこもっているだけになります。その閉じこもりでは昼夜逆転になったり、喫煙、飲酒が増えたりということになります。ですから、本人がなんとか乗り越えられるような刺激の中に身を置いていけるような状況をどう作るかがポイントです。

 ご本人は余計な刺激を避けるために、どうしても失敗を避けるたい気持ちが強くなります。周りの方が、理由を説明して行動を促しても、ご本人が「わかった」とすぐに行動に移れることは少ないでしょう。むしろ「自分は違う」などとその必要性を否定したり、やると言っておきながら後で「やっぱり止める」となって、迷ったり躊躇し、最後の最後で、ようやく1歩を踏み出すというのが普通です。

2番目は刺激に対する「持続力のなさ」ということです。いくらご本人が何かに取り組んでみようという気持ちになったとしても、疲れが出やすいため、長くその状況を続けていくのが大変だということが大きな問題です。他人が8時間働けるところが、いくら能力がある人でも8時間働くのはかなりきつい、という現実があります。

 喩えとして、「作業所へ行きなさい」と言っても朝起きない人がいます。朝起きない人に対して、「じゃ、ディズニーランドへ遊びに行こう」といえば、周りが起こさなくても起きてしまいます。というよりも前の晩から寝ないでいます。それが刺激への過大な反応ということですが、われわれはそこで、「なんだ行こうと思えば行けるじゃないか」と判断してしまいます。そして「だったら作業所にも同じように行けばいい」と思いたくなりますが、そう単純なものでもありません。ディズニーランドに行く場合も、最初こそ元気がいいのですが、すぐに疲れてしまって、「早く帰ろう」となるか、帰ってきてから何日も疲れが回復しないという状況になります。ですから、見かけ上、朝張り切って起きても、その人がその日どういう経過をたどったかということを最後まで見届けなければ、その人が刺激に対してどれくらい関われるのかということが判らない。ご家族の方も、経験的にご本人の経過の中でおわかりだと思います。

 これはご本人がどんなに努力して前向きになっても、薬を使っても、リハビリをしても、すぐに改善されるものではありません。こういう状態を抱えながら、それでも尚且つ悪くしていかないようにすることがポイントになります。

【回復に向かう人のイメージ】
 ご本人が毎月病院と自宅の間を通院しているだけで回復に向かっているのだろうか、という心配があります。私は現在直接患者さんの治療を担当することはなくなりましたが、診察をしていた頃、この患者さんが5年後といった将来はどうなるだろうか。良くなるか、悪くなるかを想像し、次のようなイメージとして持つようになりました。悪くならない患者さんとは・・・

1)「病名を知っている」。できればキチンとした病名を知っていることです。
2)「自分なりの人生設計を持っている」。いまはこうだが、1年後はこうしたい。10年後はこうなっているだろうな、というような話ができることが大事です。前向きの人ほど10年後のことなどが話せますね。普通は10年後のことなど判らないといいます。しかし今、足が地について生活している人は、冗談で「金持ちになっている」などと言えるようになります。

3)「家の中で役割を持っている」。人間は役割を担うことで成長する部分があると思います。現代は、家庭内における子供の役割が変化して、家事を分担するより、学校でいい成績を残すことが重視されているようなところがあります。役割というのは家族との関係ですから、家族の中でも役割を持たなければなりません。

 患者さんも「自分は病気だから何もしないでいい」と本心から言う人は少ないと思います。そう言う人は、言わないとつらいから、あえて開き直って言うのだと私は理解します。こうした辛さから立ち直るためには、ご本人が家族の中で役割を持たなければいけません。私は、臨床の場で、どうしたら患者さんが役割を持つことができるかを絶えず考えていました。患者さんが退院するときに「あなたは家で何かできることはありませんか」と聞きます。「何もできない」といえば「お茶碗を流し台へ運べませんか」「朝起きたらカーテンを開けられませんか」と極く簡単なことでもいいですから、やっていただくようにしました。もし、ご本人が「お茶碗を流し台へ運ぶ役割」をきちんと果たしていれば、家族は「よくやっている」と認め、ご本人に対して「それでいい」というメッセージを送ることができるようになります。このメッセージが患者さんが落ち着くために是非必要であると思っています。
4)「病院以外に定期的に通うところがある」
5)「話せる友達が2人以上いる」。患者さんが病院に通うだけでも大変なことだと思います。家の中だけに篭っていたら、良くなるチャンスは100分の1、1000分の1です。だから、通院できていることはそれは労をねぎらってあげるに十分あたいすることではあります、が、それだけでは不足です。病院以外の場所に行けるところがあれば、回復の確率は何倍にも高まると思います。友達や家族以外の人と話すことが大事なのです。電話でも、逢ってでも、家族、主治医以外の人と話をすることで回復へのチャンスは何倍にも増えると信じています。

6)「親、兄弟姉妹と仲がいい」
7)「主治医等に信頼感を持っている」。家族から援助をもらう。その援助を気持ち良くもらう、ということが回復には必要です。これはご本人だけの努力ではだめで、家族との相互の仲がよいということです。私は治療の現場にいた頃、このご家族はどうしたら仲良くやっていけるのだろうか、という点に注目して話を伺っていました。

8)「自分の貯金を持っている」。患者さんのお金の使い方は使いすぎて残らないか、まったく使わないか、両極端です。その中で適切に使えるというのが理想ですが、どちらかというと、患者さんは使わないという人が多いです。ですから、適切に使えるためには、ある程度の貯金をもっていなければならいということです。

9)「自分のことを悪く言わない」。謙遜は誰にもありますが、自分を悪く言っているうちは回復は難しいと思います。このままでいい、とはなかなかいえませんが、少なくとも今はこれでしょうがない、それくらいには自分を認めてくれるようになっていただきたいと思います。
 以上のことが私が抱いた回復に向かう人のイメージですが、これらがすべて揃わないと回復できないか、というとそんなことはなく、この中の一つでもあれば、それを突破口にして回復に向かうことができるのではないかと思うようにしていました。

【回復のきっかけ】
○「自分の力への信頼感の獲得」 これは自分の力だけでコツコツと頑張ってやってきたという人です。しかし、これだけで回復できるケースはまれです。

○「家族の暖かいサポート」私が患者さんに「何がうれしかったですか」と聞くと、「入院しているときにお母さんたちが来てくれて、自分を励ましてくれたこと」とか「一人でいるとき、お父さんが釣りに誘ってくれたこと」といったことを言う人が多くいました。それは家族の人が自分にしてくれたことがうれしかったわけで、そういう家族の中にいられたことが回復のきっかけとなったと思います。

○「良き治療者と出会い」 それからいい治療者と出会ったことが回復のきっかけとなったという人もいます。「いい治療者」とはよく聞きますが、「いい薬(例・オランザピン)を飲んだから良くなった」という人はあまり聞きません。オランザピンを飲んでいる人は山ほどいます。ある薬を飲めば必ず良くなるというのであれば、皆、それを飲めば良くなるはずです。しかし、そんなことはないわけで、薬だけでは済まないのです。

 通常、先生はどの薬を飲めばその人が良くなるかと判断して薬を出していますが、それで十分良くなる人とそうでない人がいるわけです。それは、患者さんと先生の相性とでもいうような要素も無視できないものとしてあるからかもしれません。知識とか能力だけではない、人間性とかやさしさのようなものが、患者さんの医師に対する信頼感につながり良い影響を与えるのではないかと思います。

○「仲間との出会い」 これも私は診察の待ち時間のとき、誰とでもいいから話しかけてみたらどうかと促します。別に友達になるほどでなくても、そうやって何でも話せる人が見つかるかもしれない、と伝えます。すると、まれに友達ができたという人もいましたが、そういう人たちは1プラス1は2ではなくて、お互いにそれ以上の大きなものをつかんだと思います。

これも4つのことをすべてクリアするということではなくて、どれか1つでも得て、回復のきっかけにしていくことが大切です。良き治療者と出会えなかったといって病院を転々とするよりは、治療者はそのままに、良き仲間を見つける努力したほうが早道ということもあります。

【回復のステップ】
 回復するときにどういう風になってくるのか、私なりにまとめてみました。
 まずご本人が「今のままで大丈夫」という気持ちを持てたり、言ったりすることができるかということです。周囲の人が「今のままでいい」と言ってあげたことにご本人が「そうだ」と納得して答えられることが回復の第1歩です。

 いまのままじゃ駄目だから何かしようよ、というのは決して回復へのスタート台に立ったとは言えないと思います。むしろスタート台というのは、今を肯定することにあるのです。これに対し、「今のままでいい」だったら何も変わらないじゃないか、という言い方をする人がいますが、「変わらない」と思えば「変わる」と私は答えます。逆に「変わろう」と思ったら「変われない」。要するに背伸びをしてしまうのです。このままでいい、と心を決めるとゆとりができて、却って変われることができるのです。ですから、何がなんでも「今のままでいい」ということを認識して欲しいのです。それができなかったら、「とりあえず」という条件つきでもいいです。その条件として「家族の一員としての役割」を持っているから・・・、あるいは「家族以外の人とのパイプ(細くても)」があるのだから・・・、「目標が持てたから」・・・「今のままでいい」と言えればいいのです。

 これで、回復に向かえるのかといえば、次に大きなステップがあります。それは「一歩踏み出す勇気」です。ここをスーっと何の抵抗もなく通過できる人もいますが、ここで止まったまま次の一歩がなかなか出ないという人が往々にしてあります。そして、この一歩を踏み出すと、「こころを耕す」とか「人との関係を解きほぐす」「試行錯誤が当たり前」「病気も人生の一部と思えること」といったような段階に進めます。一歩踏み出す勇気が出ないという人は、「失敗が怖い」「後戻りできなくなる」などという心配があると思います。とにかくやってみて、駄目だったら戻ってくる。そして、もう一回踏み出す。この繰り返しができるという気持ちになれれば、一歩踏み出す勇気につながります。

 ここでスーっと問題なく通過できることが悪いわけではありませんが、踏み出して失敗したときに、「みんな誰でも、失敗して、踏みとどまって、乗り越えて来たのだ」、だから、「自分にも同じことが起こっているのだ」、だから「これでいいのだ」「これからが次のステップだ」という気持ちになれたら最高です。

 あるキッカケで踏み出したけれど、失敗して、残念なことに、以後また踏み出せなくなってしまう人がいます。この次の一歩の踏み出しができないまま、長期化し、ますます踏み出しにくい状況を固めていってしまう人がいることも事実です。従って、ご家族はどこまで待てるか、あるいはどのように待ったらいいのかが重要なポイントです。

 ご家族にとって、何もしないで、ご本人が一歩踏み出す勇気を持つまで待つということはとても大変なことなんですね。この状態で経過しているご本人を前にして、どのように対応したらいいのか、悩んでおられるご家族が少なくありません。

 次に「病気も人生の一部といえること」ですが、皆さんの辛さや苦しさを思えば「病気になってよかった」などとは私の口からはとてもいえません。しかし、いろんな試行錯誤を体験して、少なくても自分の人生の中に病気になったことが、空白としてではなくて、避けて通れない、今振り返れば仕方のない試練だったし、それなりに意味があったという程度には自分の人生を位置付けていただきたいと思います。そういう気持ちになれた人は自分の闘病の辛さを他人にも話せるようになるのではないでしょうか。自分のことを自分の中で整理することがある程度できた人は、他人に話すことでさらに自分の整理を高めたり、他人にもいい影響を与えられるようになるのだと思います。

 以上が回復のステップしてまとめたものですが、これがすべてではなく、またこの順序で生じるものでもありません。絶えず視野を広くもって、悲観的にならず、チャンスを見逃さず、適切な対応で患者さんの回復への道を開いてあげていただきたいと思います。

【心理的社会的リハビリテーション】
 これは、私が以前から関係しているアメリカ・ロスアンゼルスの精神障害者の社会復帰施設・ヴィレッジのヴァン・ホーンさんがいつも言っている、社会的リハビリテーションの原理・原則です。

1)「医学的治療よりも、地域生活や就労を重視」・・・医学的治療は大切ですが、でも本人が社会の中で生きるということこそ、回復へのリハビリという意味があるとしています。特に、ヴィレッジは就労するということを大事にしています。
2)「病理よりも、もっている力に着目」・・・そして、本人の悪いところを治すよりも、本人がもっている力を伸ばすというやり方です。

3)「成長する力を信じる/失敗からも学べる」・・・
4)「本人の自己決定の権利と責任を重視」・・・患者さんの権利を擁護することの重要さは言うまでもありませんが、権利は同時に責任を伴うことも伝えていくことが大切です。ヴァン・ホーンさんが話したのは、ある患者さんが他人に暴力を振るったら、躊躇なく警察を呼んで連れて行ってもらう。病気があろうがなかろうが、暴力を振るうということは良くないことで、良くないことを行ったのは、その人がとりあえず責任をとらなければならない。それが治療になるのか、罰を受けることであるのかは別にして、カッとなってやってしまったのであれば、カッとなったことを反省し、次はカッとならないようにする責任が本人にあるのです。確かに、あまりにストレートないい方では本人にその理屈を納得してもらえないこともありますが、専門家としては、いけないことをやってしまったのは病気だからといって許されない、と言うことを繰り返して伝えなくてはならないと思います。

5)「できる限り、地域で/現場でリハビリを行う」・・・
6)「スタッフは、権威主義的態度を可能な限り排除する」・・・スタッフはお友達としては付き合えないが、自分のプライバシーはまったく明かさないとか、高圧的に命令するやり方では患者さんの回復はおぼつかない。同じ人間同士であることを対応の基本としてお付き合いをして行くべきであるということです。

 実は、ここまでが本日のお話の前提だったのですが、本題の「引きこもりの現状と対策」にはいる前に、長々とお話ししてしまいました。でも、私がなぜ訪問事業のお手伝いをさせて頂いているのかについて、ご理解いただこうと思ってお話させていただきました。

【川崎あやめ会・引きこもり訪問事業】
 以前、こちらの新宿家族会でも講演されたあやめ会会長小松さん(現・全家連理事長)から、「通院はできてもそれ以外の外出ができない。行政はそれに対して何もしてくれない。だから手伝ってくれないか」と言われました。当時、私は全家連発行の「レビュー」に「引きこもりをどうみるか」と題して論文を書いたのが、きっかけでした。

 引きこもっている人が「医学的治療の対象」であると見るなら、薬などによる治療を優先させることになるでしょう。でも、「うまく対人行動ができない人」としてみれば、コミュニケーションの技術を磨いたり、リハビリテーションなどを行うことになるでしょう。第1段階とみて薬を変えても改善しない場合があります。第2段階であるリハビリテーションについても、専門機関を充実させることとは別に、既存のデイケアや作業所、その他のプログラムがあっても、そこに進めずに引きこもっている人には絵に描いた餅にすぎません。そう考えると、第3段階の見方として引きこもったまま「希望が叶えられず苦労している人」に、できないことを要求するのではなく、今の生活を楽しんだり、希望をうかがってそれを叶えるお手伝いをすることが唯一できることのように思えたのです。

 具体的には訪問をして、その人が望むことを一緒に行うことにしたらどうか。では、それを誰がやるか。私は一般の学生の方にやってもらうことを提案しました。学生さんは、医療や福祉の専門知識は十分ではありませんが、ここでは専門家より、1対1の人間関係を持つことが大切だからです。こうしたことから、ボランティアによる「窓の会」が作られ、活動が始まりました。具体的活動内容についてスライドをご覧ください。

(このあとスライド説明となりましたが、紙面の都合で以下省略させていただきます。なお、詳しくは

東京都精神医学総合研究所・Tel 03-3304-5701・白石先生までお尋ねください)


勉強会講演記録CDの2枚目が完成しました。
フレンズ編集室では講師の先生方の講演記録を生の声で聞いていただこうと、CD制作を行っていきます。
まず第1弾として、9月勉強会で講演していだいた曽根晴雄さんです。
タイトル『ちょっと私の話を聞いてください』  
 =聞けば見えてくる・精神分裂病当事者が語る患者の本音=

 家族は患者本人の気持ちを知っているようで理解できていません。二十数年間この病気と戦って来た曽根さんが、自らの体験をもとに訴える精神病者の苦悩、怒り、病気のこと、希望、それはすべての精神の病いに侵された人たちの声を代弁しています。
 また、当事者仲間の先輩として語る内容は、回復しつつある皆さんのお子さんが聞いても大いに励まされます。
 そして誰よりも聞いてもらいたいのは、分裂病を全く知らない人たちです。”もしあなたのお子さんが病気になったら”という目的の他に、各地で取りざたされる障害者の事件の度に生まれる誤解や偏見を防ぐためにです。一般の方に呼びかけてください。

第2弾は
「心の病を克服 そして ホームヘルプ事業へ」 
大石洋一さんです。
収録分数;61分 CDラジカセ、パソコン、カーステレオ等で聞けます。
価格;各¥1,200(送料共、2枚同時申込の場合2,270円)
   申し込みはフレンズ事務局へ E-mailでお申し込みください。frenz@big.or.jp
発売:平成14年1月
企画・制作 新宿家族会フレンズ編集室
(新宿家族会創立30周年記念事業)

編集後記 

 五月の伊勢田先生「生活臨床」に始まり、六月の水野先生「みなとねっと21」、そして、今回は白石先生の「窓の会」と、いずれも地域医療という点で共通したテーマだった。

 今回の白石先生の講演抄録では、肝心の訪問事業の中身まで紹介できなかった。しかし、お読みいただいた皆様には、窓の会がどのような方針、あるいはコンセプトで運営されているかは充分ご理解できたのではないだろうか。

 つまり、白石先生が定刻ぎりぎりまで「前置き」のお話に終始したのは、「窓の会」が単に在宅者を訪問してお話をすればそれで活動は終り、ということではなく、その患者さんの個性とでもいうものを充分理解して、患者さんの要求しているもの、あるいは不足しているものをカバーするという、そのような地域活動として運営している、ということを申されたのではないだろうか。

 先生の言葉の端々に感じられるのは、辛い想いで毎日を過ごしている患者さんを、周囲がいかに対応すれば救えるか、を考え続けてきた治療者の心であった。それは長い経験の中で培われた精神医療のエキスとでもいうもので、勉強会という短時間で聞くには勿体無い内容だった。個人的にもお世話になっている先生に改めてお礼を申しあげたい。                                          嵜

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新宿家族会 E-mail: frenz@big.or.jp