新宿家族会5月勉強会より

 家族のためのSST(Social Skills Training)  
   
「共感」と「同意」とは違う
        
                         
SSTリーダー・高森信子先生


 私は高森と申します。平成元年の秋からSSTに係わっています。1ヶ月に20ヵ所位の場所でSSTの指導を行っていますが、そのうち半分は作業所などで当事者のためのSSTです。あと半分が家族のためのSSTです。

 では、「SST(Social Skills Training)とは何か」からお話します。日本語では生活技能訓練といいます。本来は患者さんのための認知行動療法の一つです。では社会生活技能とは何か。それは受信機能(聞き取る能力)と処理機能(判断する能力)、送信機能(相手に伝える能力)で、それには言葉だけでなく行動や表情も入ります。

 しかし、患者さんは病気のためにこれらの機能がダウンしてしまった、ということです。もともと対人関係が苦手の人がかかりやすい病気ですから、それで病気になった人はますます対人関係がうまくいかなくなるのです。だから他人が怖い、人のいるところに行きたくない、独りぼっちになりたい、という結果を生んでいます。

 これはアメリカのリバーマン先生という人がベトナム戦争帰りの兵隊さんたちの中に精神病になる方が多くいて、急性期の患者さんは薬で治まるけど慢性期のいわゆる陰性症状の人は治らないので、このSSTによる行動療法を開発したということです。人間関係の苦手なものを取り上げて、少しづつでも治していこうというものです。

 大きな目的は対人関係のコミュニケーションをよくするための勉強ということです。では、それがなぜ家族のためのSSTということになるのか、ここに「良い分裂病治療の条件」というがありますが、それは4つあります。

1.適切な薬物療法 適切というのが大事ですが、素人では適切かどうかはわからない。お医者さんだってわからないこともありますね。でも、これは治療の第一条件であることには間違いないことです。

2.社会生活技能の障害 いま病院でこの生活技能訓練が保健点数で下りるようになったので、入院患者に限り保険でSSTが受けられるようになりました。だから外来患者は有料なので、これが受けられるチャンスがあったら受けておいたほうがいいです。

3.自己喪失の挫折感より救出するための精神療法 これには色々あります。

4.社会的支持、家族機能の回復による社会的不利益の改善 患者さんの受け皿を快適に過ごせるようにしてあげること。

 以上の4つの条件が統合的に行われることが、良い治療であり、回復の条件です。

 そこで、家族教室はこの4番目にあたります。つまり家族機能の回復の勉強と言うことです。皆さんの場合、4つのうち自信をもって条件を満たしていると思われる項目はいくつありますか。

 患者さんの再発率の統計を見てみますと、退院1年目では薬だけの治療では約50%の再発です。次に本人がSSTを受けると半分に減ります。これに家族療法が加わるとさらに半分に減ります。ですから、薬をきちんと飲んで、本人がSSTを受けて、家族が患者さんへの適切な対応ができれば、再発はゼロとなることが可能なのです。だから、家族の勉強がいかに再発のことを考えたら大切かということです。

 「ぜんかれん」4月号の「はい、相談室です」で三野善央先生が書かれていますが、これを参考にお話を進めましょう。

 ちょっとその前に私が読んでいる情報紙に「SSTニューズレター」というのがあって、そこで西園先生が次のようなことを書いています。

 「精神障害者はあまりお酒を飲んでいない。しかしコーヒーは大変皆さん飲んでいるようです。このコーヒーは向精神薬の中に入れるとセメントのようになってしまう。コーヒーを飲みすぎるとおなかの中に薬を入れても薬が吸収されにくく・・・云々 」

 そこで、これをある勉強会で生徒さんに息子さんに対して「コーヒーが薬を効かなくしてしまう」という情報だけ伝えるよう言ってみてください、と言ったところその生徒さんは「あなた、コーヒー飲み過ぎよ。コーヒーは薬をセメントにしてしまうんだって。だからこれからコーヒーは絶対止めてよね」とやさしい表情で言ってくれました。私は情報の提供だけといったのに、家族のこととなると普段から思っていた患者さんの否定的な部分が強く出ちゃって裁判官のように「あんたは飲み過ぎよ」と決め付けています。「絶対止めてよね」と押し付けがあります。これでは患者さんは拒否してしまいます。お母さんの言っていることは正しいのですが、伝え方で相手が拒否してしまうことがあるんです。

 では、(会場の出席者に)こちらのお父さんにもやっていただきましょう。息子さんに「コーヒーの飲みすぎは良くない」情報だけ伝えてください。

お父さん「お父さんはきょうSSTという話を聞いてきたんだけど、そこでコーヒーは薬をセメントみたいに固まらせてしまうというんだが、お前はどう思う」

息子役「そうは思わない。コーヒーはおいしいし、薬には影響ないよ」

お父さん「そうかな、お父さんはコーヒー飲んだ後、血圧の薬を飲んだらお腹に何かごろごろしたものがあるような気がしたよ」・・・・

 はいはい、まあ、いいでしょう。表情もにこやかだし、いいですね。でも、伝えることの大事なことはコーヒーの飲みすぎのことです。そして、理想的な対話は「せっかく飲んでいる薬がコーヒーの飲み過ぎで効かなくなってしまう、惜しいよね」ということです。

 だから、「お前はどう思う?」なんて言うと、「関係ないよ」と返ってくるのが普通です。コーヒーのおいしさを奪われてはたまんない、となってしまいます。そこでは情報の提供にとどめる、「お父さんはこのように聞いて来た」とだけ伝えればいいことです。「飲みすぎよ、止めてほしい」という押し付けの親心もわかるのですが、それが逆に人間関係をこわばらせてしまうのです。だから、「情報は伝える。だけどそのあとの選択はあなたが決めること」という点をしっかり理解していただきたいと思います。あるいは幅のある言い方を学んでほしいですね。ちょっと本論からズレてしまったから本題に戻りましょう。
 
参加者「質問ですが、紅茶の場合はどうなんでしょう?」

 それは書いてないからわかんないですよ。(爆笑)だから患者さんから聞かれたら「それは言ってなかったからわかんない」でいいんじゃないですか。でも、いずれにしても飲みすぎは良くないですよね。

 では美濃先生のお話です。「息子は18歳で発病、いま24歳ですが薬は母親が取りに行ってる。家族が感情的になっては再発すると教えられた。結果的には甘やかしになっている。薬さえ飲んでいればという雰囲気を作ってしまった。大きな再発はないが、このままでいいのか」という質問です。

 もう一つは「講演会で家族の寛容的態度が再発に関係すると聞き、何人かの方と我が家でも思い当たると聞いた。妹(患者)の態度がさらに気になるようになってしまった。我慢しなければという思いと我慢できない思いで自分自身がおかしくなってしまった。どうしたらいいか」という質問です。

 美濃先生の答えは最初の質問に対し「親子の間に遠慮の関係が出来てしまったのか。この場合遠慮はいらない。しかし親しき中にも礼儀ありだけは忘れないでほしい。問題点があれば患者さんとじっくり話してみてください」と答えています。

 二番目の方の質問には「あなたが普通の人だったら我慢してはいけません。ストレスを溜めないようにしてください。でも、感情表出が高いと再発率が高まるということがあります。ですから感情表出を抑える必要があります。感情表出には批判、敵意、そして感情的巻き込まれがありますが、特に感情的な巻き込まれは相手のペースにはまってしまう方で、こういう方が甘やかしに陥り易いですね。批判、敵意を持つ親はこういう勉強会なんて来ません。「あいつが変わればいいんだ」なんて決め付けるタイプですから。(笑い)

 それは患者さんというのはとっても感じやすい人だから、こうした家族の感情表出を感じ取ってしまうと調子が悪くなってしまうんです。だから、なかなか良くならないというのは、この感情表出のところが何か問題があるのかな、ということですね。ですから、感情的巻き込まれで親がハラハラドキドキ、心配のし過ぎも良くないのです。家族SSTとは、このような問題に対し「ドーンと構えた、安定感のある親」を目指すこととも言えます。では、このような親になるにはどうすればいいか。美濃先生は次のように説明しています。

 「私たちが腹立ちや心配をなくすことです。そのためには分裂病という病気の性質を良く理解することです。」つまり、相手を良く知るということですね。
次は「問題の対処方法を学ぶ。そのための家族教室が全国の保健所や病院で行われていますから問い合わせてください。」それが、いま私たちが行っている家族教室ですね。

 何よりも分裂病の患者さんが幸せに生きていける社会的な援助を普及させることで、社会的不利益の改善を家族会の力でどんどんやってください、ということですね。そして、未来は決して暗いものではありません。家族の心と身体が健康であることが大事です、といってます。

 家族SSTは何を勉強するかと言えば、この対処方法を勉強し、自分の感情表出を抑えて患者さんと接することができるようなお勉強ということになります。

 患者さんは他人に対して信頼がもてないということがあります。他人が怖い。他人の心がわからない。そこで、患者さんがこの他人との信頼関係を学ぶにはどこから学ぶかというと、ストレスの少ない人から学ぶ必要があります。それは誰かといえば「家族」です。家族から信頼関係を作ってあげないと他人様とのつながりはできません。赤ちゃんが成長につれて他人の中に入っていくのも、まず家族の中で信頼関係を身につけます。そして保育園や幼稚園に行って友達との信頼関係を学び、成人してからの社会の信頼関係を学んでいくわけです。

 ですから、患者さんを持った家族には「もういいかげんに独り立ちしてほしい、早く仲間同士でうまくやっていってほしい」といって投げてしまっている人もいます。しかし、その前に親子関係の信頼関係を築いてあげる、ことが生きている間の親の役割じゃないかと思います。

 ですから、ここから出発しなければ今の社会は生きていけませんよね。誰でも相手が初対面の時は緊張します。それは相手の中身がわからないからです。この人はお金持ちか貧乏人かわからない。だから初対面の相手をじろじろ確かめます。あの指輪は本物の金かしら、メッキかしらなんてね。それでやっぱりお金持ちとわかると、それ相応の付き合い方になります。

 それは奨励されることじゃないけど、人は誰でも相手をものさしで測って、実態がわかってから安心して付き合うということがあります。ところが患者さんは皆さんの期待の中で育ってきた人ですよね。だから、その期待されていた頃のイメージが後光のように輝いているんです。あんなすばらしい我が子がこんな筈がないという、いま目の前にいる現実を受けとる勇気がない、親として認めたくないということがあります。それが根っこにあるからどうしても期待感で我が子を見てしまいがちです。調子がいい時だけあれが本物だと思ってしまう。でも患者さんは調子が良くても悪くても病気であり、それが本物(現実)なんです。
 
 患者さんの対処法では言い方が大切ということがあります。二人称で始まる言い方は相手に攻撃的感情をもたらします。「あなたは◯◯よね」とか「お前は◯◯だな」と決め付ける場合などがそうです。でもこれを一人称で言えば全く違った印象になります。「私は◯◯と思った」つまり<私メッセージ>といいますが、自分が感じたことを言う。これが対処法のいやな気持ちを表現する方法なんです。

 いやな気持ちをもったら、ちゃんと伝えよう、すぐにその場で言おう、手短に言おう、相手を見て真剣な表情や声の調子で話し掛けよう、腹が立った行動や言葉を伝えよう、全人格を否定しないこと、です。そのとき、「あなたは◯◯」ではなく。 「あなたは冷たい人ね」「あなたはケチね」は相手の全人格を否定することです。じゃ、なくて自分が感じたことを伝えること。「私はこう思った」「こう感じた」といえば相手は傷つかないですみます。いやなことを伝えるには<私メッセージ>を使ってください。

 では、次の「あなたの愛が伝わっていますか」について、これは会話の極意です。

 「愛」という字を分解すると「心」と「受ける」となります。患者さんは自分に対する相手との距離を絶えず測っている人なんですね。だからちょっと不安になるようなことがあると「僕はホントにこの家の息子なんだろうか」「あれはホントの親なんだろうか」なんて感じてしまうんです。あるがままの自分でいいのだ、と思える積み重ねが自分というものを少しづつ確実に作り上げていくのです。つまりアイデンティティの確立ということです。

 では、患者さんが愛されていると感じるのはどんなときでしょう。それは自分の気持ちをわかってもらえたと感じるときです。逆に愛されていないと感じるときは自分の気持ちがわかってもらえないときです。大事なのは<共感>です。

 例えば、患者さんが「あの先生は怖い」といったとき、家族が「いいえ、あの先生は怖くない。嫌っちゃだめ」と注意します。しかし患者さんにとっては怖いこと、いやなことがあったのです。それを正直に言ったのです。それを家族なり相手から否定されると自我の確立を妨げる大きな要因となるのです。この場合「そう、先生が嫌いなの」と聞いてやったとします。患者さんは次に安心してなぜ嫌いになったかを話すでしょう。それは聞いてもらいたいからです。聞いてもらうことで患者さんは自分で解決の道を切り開いていくのです。それが<共感>です。ここで気をつけなくてはいけないのは<共感>と<同意>とは違うということです。この場合の同意とは「あの先生は怖い」に対し「そう、お母さんも嫌い」と単純に合わせることです。共感で言えば「そう、あなたは、あの先生は怖いのね」。「お母さんはそうは思わないけど」という、違いを言うこと、この微妙な違いが大切なのです。それが親切なことなんです。

 患者さんは<人間>の<間>の部分がもてない。人と人の間が作れないのです。全く遠くにいるか、ピタっとくっついちゃっているかどっちかなんです。だから、適当な間を作ってあげることがこのリハビリのポイントなんです。「あなたはポップスが好き。お母さんはクラシックが好き」「あなたはハンバーグが好き。お父さんは蕎麦が好き」というように、人間の違いを見つけること、それを家族の中で平和な言葉で言ってほしいんですよ。人間ってどんなに好きでも一心同体じゃないんだということの理解は家族の中でしかできないことなんです。

 それは「私は子供の気持ちを映す鏡」とも言えます。鏡だから、「あなたの気持ちはこうなんだね」と私の心に映った相手の台詞ですね。それをしっかり受け取ったと返してやることが一番良い助けになるのです。それをわかってもらった患者さんは、そのあとの対応を自分なりに考えられるようになるでしょう。そのとき確実に愛を感じられて自信の胸が膨らむのです。

 では、その具体的な練習しましょう。まずは単純にオーム返しをやってみましょう。例えば「作業所へ行きたくないよ」に対し、なんと答えたらいいでしょう。

Aお母さん「作業所へ行きたくないのね」
いいですね。しかし一般的には作業所へなんとか行かせなくちゃと思うのではないですか。

では次に「先生が薬を増やすっていうんだけど」・・・さあ、どう答えますか。

Bお母さん「薬を増やすっていうのね」

「僕、わるくなっちゃんたのかな」

Bお母さん「悪くなったのかな」

そう、でもオーム返しだからといってただ同じことを言えばいいというものじゃないですよね。だから「悪くなったと思っているのね」と付け加えて下さい。それ言わないと子供になっちゃう。「真似すんな」なんて怒っちゃうから。(爆笑)

では、次に「普通の子に戻りたいんだけど」さあ、どう答えますか。

Cお母さん「普通の子に戻りたいの」

はい、「普通の子に戻りたいと思っているのね」と「思っているのね」を加えて答えます。これが入り口です。

次「もう明るい自分に戻れないじゃないかと思うんだ」

Dお母さん「もう明るい自分に戻れないと思うの」

そう、いいですね。(拍手)

ここでちょっと説明しますと、患者さんは話したくて来ているんですが、話し掛けられた家族はさあ、なんて答えたらいいだろうとここで処理能力をフル回転させる訳わけ。そしてあらん限りの知識をここでしゃべっちゃう。すると息子さんはグッと詰まっちゃって、何も言えなくなってしまうのです。だから不満が残るわけです。

 オーム返しはそうじゃない。「と、思っているのね」と付け加えるだけで相手の言うことを聞くだけです。そうすれば、あ、僕の言っていることを聞いてくれているな感じてくれます。逆にこちらが説教のように喋れば喋るほど患者さんは無口になります。

 家族会ではよく「うちの子は口をきいてくれない」「何考えているか分からない」という話を聞きます。こういう場合、ほとんどお母さんがぺらぺら喋っています。相手に喋ってもらいたかったら、こちらはちっちゃくなっていること。自分が無口になれば「お母さん無口になったけどどうしたの」って息子さんの方から喋ってきます。または、お父さんは好奇心のかたまりで何でもやっちゃうと、病気の息子さんは何にもできなくなってしまいます。

 だから、親があんまり完璧になんでもやっちゃうと息子さんはますます引っ込み思案になります。何をやってもお父さんにはかなわないとなれば、何もやらない方がいいということになります。親が小さくいると息子さんは安心して手を出し、足が伸びて動けるようになります。

 ある家族会でお母さんが娘さんの卒論まで書いてやって、お母さんが「これで私は何でもできる、自信が付いた」なんて嬉しそうに言ってましたけどね。(笑い)最近では娘さんが「お母さん、早くレポート書きなさいよ」なんて命令するようになったとか。(爆笑)

 娘さんはますます依存的になってしまったわけです。ですから、まず鏡になって、親子の間でも違いがあるってことを理解して欲しいですね。では、練習問題です。(読者の皆さんもやって見てください)

1.患者さん「お母さんは何(病気)もないから元気でいいね」
お母さん「          」(さあ、なんと答えたらいいでしょう)

2.患者さん「ねえ、お母さん、私を病気にしたのは親と医者なの」
 お母さん「          」
(答「お母さんの育て方が病気にしたと思っているのね」)
  
ここで、お母さんは「じゃ、お母さんのどういう育て方がまずかったと思っているの」と聞いていくことができます。

3.患者さん「あのとき何も注意してくれなかったじゃないか」
お母さん「             」

3.の回答には「あなたは注意して欲しかったのね」という伏線があります。「そう?、お母さんそんなこと全く知らなかった」とつなぐことができます。そしたら「じゃ、これからも注意して欲しいの?」といって話が続きます。

 「人間って何でも言葉に出して言わないとわかんないよね」「これからは何でも言ってね」となることができます。例題のように親が逃げたい(答えにくい)ような会話がありますね。そんなときは逃げないでこれからのことに向けて話を進めることが鍵になります。

 私の講義の受講生でメンバーさんなんですけど、その方は妄想があって、私の部屋に誰かが入ってきて、物を動かしたり壁に絵を描いたりする、というんです。で、このことをお母さんに言うとお母さんは「あー、また後戻りだ」といって頭を抱えてしまうのだそうです。だから母親にこのことを言えない、というんですね。その人は精一杯がんばって平静を保っているんです。かなり状態が良い方ですからこれで済んでいるんですが、このような場合、お母さんは息子さんの苦しみを聞いてあげることが大切です。

 患者さんが「自分は殺される」といったら、「殺されると思っているの?大変ね」といってとにかく聞いてあげることです。そして「でも、お母さんの考えではそんなことはないと思うよ。もし怖かったらお母さんのところに来ていいよ」といって安心を与えてあげることが大切です。この辛さをわかってあげることが患者さんとの対応の中で大切なことです。

 親は子供に対して期待のレベルというものをもっています。その期待のレベルより下にあるとそれはマイナスとして受け取ります。だから、親はもしお子さんが年齢相応のことができなければ、そのレベルまで自分を落としていって、同じレベルで見ればマイナスを感じることがないのです。

 ある患者さんの例で、娘さんが家で料理をやろうとしたら、お母さんが「あんたは料理どころじゃない。病気を治すのが先でしょ」といってまな板を取り上げてしまったのね。病気を治すってどういうことなんでしょう。この患者さんは薬を飲み、作業所に通っていますが、時々作業所を休む。それは家族、特にこのお母さんのEE(感情表出)が高いことが原因しているわけですね。娘さんが家事を覚えたら期待のレベルも上がります。ですから、こういうことは病気を治してからではなくて、病気であってもできることから覚えていくことで回復が早くなっていくんですね。

 では、どうしたらご本人がこのやる気を出せるか、について。まず本人から何かをやろうと考えることはないと見た方がいいです。そしたら家族から「悪いけどお願いがあるの。隣の家に回覧板を持っていってもらいたいの。昼間がいやだったら夜でもいいよ」といって何かをお願いする方法があります。つまり出来そうなことを上手に頼むこと。それも出来たらでいいからね。という言い方がいいですね。家族はお願い上手になること。命令じゃダメ。中には「あんたは働いていないんだからこれ位やるのは当然でしょ」なんていうのお母さんもいたりしますが。(笑い)このお母さんはご本人の病気の辛さがわかっていないんですね。

 私は病気の辛さを説明するときカタツムリとナメクジを引き合いに出します。誰でも会社勤めや大学受験や育児や様々な重荷を背負っていますが、それらはあとで給料や大学生活や子供の成長などの報酬となって得られるものとなります。しかし病気の方はカタツムリの殻ような重たい障害という荷物を持たされているわけです。この重たい荷物はいくら持っていても何も報われることはありません。だから、国はこの殻に対し年金を出しているわけです。それは<病人の権利>と言えます。
 「1.就労の免除」「2.休養の保障」です。甘やかしになると思う方もいるでしょうが、これは先に振舞うものです。だけど<病人の義務>もある。それは「病気を治そうとする努力」です。例えばリハビリに通うとかです。薬もキチンと飲むこと。生活習慣を学ぶことです。そして障害を少なくしていくこと。

 ここで順序を間違わないでください。義務を先に言っちゃダメ。権利から言ってくださいね。障害を持っている人たちは生きているだけで私たち健常者と同じレベルの重荷を背負っていることをわかってください。つまり生きているだけで存在価値があるんだということを認めてください。
(途中ですが紙面の都合でここで終わります。)


編集後記

 今月は高森先生の雰囲気に呑まれてしまった感がある。日頃ムッツリのお父さんが思わずつられて寸劇を演じてしまった。

 それにしても高森先生のあのバイタリティー、そしてユーモアはどこから生まれるのだろう。それに、親よりも患者さんたちの心境を見抜いている、その見識には圧倒された。また、一言ひとことが親の気持ちを見透かしている。心憎いばかりである。あれから半月ほど過ぎたが、心なしか我が息子の表情が和らいできたような気がするのは単なる偶然だろうか。
 そして、高森先生の言葉にあった「患者さんの辛さ、苦しさを理解して欲しい」という言葉は、期せずして四月の岩下先生の講演の言葉でも言われていたのである。

 我々がいかに患者さんの気持ちを理解しようと頑張っても、この「辛さ」「苦しさ」は共感することはできない。ならば、それに耐えに耐えている患者さんたちの努力に対し、あらん限りの賞賛を捧げようではないか。彼らの苦悩は生きてる限り一秒たりとも休まることはないのだから。                 


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