9月家族会例会 
   
      心の病の親ばなれ、子ばなれ

講師 精神保健福祉士  植木陽子さん

 今日のテーマは「親離れ子離れ」です。その前に私の自己紹介をさせていただくと、私は2児の母で思春期バリバリの娘が2人です。ですから、みなさんと共有できる部分はたくさんあると思います。現在2世帯住宅に住んでいて階段を降りると48歳の私が娘になります。親である立場からとある程度歳のいった娘である立場も理解できると思います。

 余談になりますが、私の娘の話なのですが、翌日の授業が変更され持ち物が変わるという電話連絡網がありました。私は忙しいので自分たちで大抵は管理してもらっていましたが、そのときは偶然その連絡を受け娘には情報として伝えましたが、翌朝また同じことを言っている自分が居ました。子供に「分かっているのだからいいわよ。忘れ物をして立たされるのは私なのだから」と言われた時に「あっ!そうだな。」と思いました。

 それから数日後職場から電話があり、食事会をするので卵を持ってくるようにという連絡を私の母が聞いていて、私が出かける前に母が「あんた卵を持ったの」と聞く親が居ました。親というのは18,9の娘にもいうように、48歳になる娘にも同じ対応なのだと分かりました。そして私は娘と同じことを言っていました。「お母さん私お金持っているから、忘れたときは近くのスーパーで買うから」まるで小学生の子供に「ハンカチ持った?ちり紙持った?」と聞いている70の母を見て少し悲しくなったという経験をいたしました。

 これは私の親だけに言えることではなく、いろんな情報が入ってくるといろんなことを言ってしまっている自分がいる。どんな環境であっても、たとえ病気があるなしに関係なくこのようなことあるのではないでしょうか。これは親の気持ち、親の心があるのだよという事が第一に皆さんと共有できるところ、皆さんと私は同じ土俵に上がっているのではないかと思って、この話をさせていただきました。

 先日大きな家族会の方々と話し合いの場を持たせて頂いた時に挙がったことです。「やはり一番心配なことは親亡き後のことである。親が死んだ後どういう形で子供たちが自立して生活をしていけるのだろうか。他人様に迷惑をかけずに自己管理してどうやっていけるのだろうか。」と、とても心配なさっている。このことが家族の不安に繋がっている。どの地域でも共通していると感じました。私は本格的な話題に入る前に、よく「お子さんにどうなってほしいですか?」と伺うと「自立してほしいのです」とおっしゃります。「いくついくつになったのだから早く自立しなさいよ。」という言葉をよく使う家族の方がいます。そんな時私は家族の方に「ご家族の方の考える自立ってなんですか?」「自立をどういう意味で使っていらっしゃるのですか?」と質問します。

 自立っていったい何なのだろうか。いつも皆さんは「自ら立つ」と言うイメージで捉えていると思います。今日はこの自立ではなく、「自らのリズムで生活する」という考え方です。ご家族の中には、お子さんが外に出ない、友達もいない。だから家族がすべての役割を果たしている。本来ならば、親、友人、学校の先生などに話題を振り分けて生活をしているのです。生活の場が狭くなり、自宅に閉じこもる。または外出するとしても通院ぐらい。そうすると、話題を振り分けることが難しくなってくるのです。そして親との共有する時間が増えるので、お互い見えなくていい所まで見えてしまう。感じなくていい所まで感じてしまう。友人に相談出来る事を親に相談する。「そんなことを相談しているのなら貴方いつまで経っても自立できないわよ。」と、口に出さなくても心の中で思ってしまうのではないでしょうか。こんなことに気付きながら、親離れ子離れのプロセスを考えて行く事が大切なのではないだろうかと思っています。

 どんなことを親離れ子離れと言うのか2つ事例を挙げてお話しします。1つ目のケースは、親子関係がうまくいかず、お互いストレスがたまるので別々に暮らしました。離れて暮らすとお互い会う時間が少ないのでお互い気にならないのかなと思っていましたが、気になる。例えば、「今日は寒いから暖かいもの食べたら?」と思わず電話している。「もうそろそろストーブ出さなきゃだめよ」とか電話で指示をしてしまう。電話で指示がなくても、「お母さんなら今こういうのではないか?」とノンバーバル(non verbal =言語以外の情報伝達)な感じでリモートコントロールされている。いくら物理的に離れていても気持ちの中で気になっている。自分が風邪引いたからあの子も引くのではないか。あの子がおなか痛くなったから自分もおなか痛くなるのでは、と心配している。

 もう1つのケースは、一緒に住んでいるが自立ができている親子。今日はこの話をメインに話していくつもりです。一緒に生活していても自立が出来ているということはどのようなことなのか?家庭は一番小さな社会構造です。家庭が社会の学習の場と考えると、社会生活の中で何が必要かというと言葉なのです。お互いの気持ちを言葉で伝え合う。それが社会。自立した生活に繋がって行くと考えます。今までは子供が何を考えているのか予想が出来たので、どうしたのか聞いていたが、今度からは子供が自分から言って来るまで待つ。言われても初めて気が付いた振りをする。今までのままでは、親が気付いてくれていたので、自分が何をしてほしいのか何がしたいのか言語化しなくてもよかったが、自立生活をはじめると周りの人は親と違って気付いてくれない。このために生活のしづらくなってしまうことが多々あります。

 私は言葉を使って母子分離のプロセスをどのように作っていくのかをお話します。一緒に住んでいてもきちんとコミュニケーションがとれる親子は地域生活で必要なコミュニケーションをまず家の中でしています。それは一人の人間として相手を尊重する。そして、コミュニケーションの中でお互い交渉していくわけです。

 例えば、ここまではやります。でもこのあとはこういう理由でやりませんといったような交渉をすることによって、社会性それから大人になるプロセスをサポートできる。ご家族の方と親亡き後何が心配かとお話すると、洗濯が出来ない。お風呂に入りたがらない。といった意見が出ます。これでは親御さんの価値観を押し付けているのではないでしょうか。自分の価値観どおりに子供をコントロールしている間、親離れ子離れは難しいと思います。忘れ物をすることによって、子供に恥をかかせたくないという親心は私もよくわかります。忘れ物をすることに引き受けなければいけない自己責任を家庭の中でも社会の中でも体験する、ということを親だけでなくお子さんたちも認識しながら生活していく事が親離れ子離れの近道なのかなと思います。

 あるケースで、お母さん80歳、お子さん60歳のご家族がいて、お子さんは常に母親と自分を比較しています。身近なことを自分でも出来るが遅い。なんでもしてくれている母を自分は乗り越えられないと言っている。とても自分の評価が低い。
 そんなあるとき母親が帯状疱疹になり転んで足をけがしてしまい、台所に立てなくなりました。そこでお子さん(当事者)はご飯の支度をしました。その方の母親いわく、日常最低限のことをしただけでしたが、お子さんは母が小さく見えたと言っていました。自分よりなんでも上手に出来る人がいるので、自分は今まで何もしなかった。しかし上手に出来る人も出来なくなることがあることを知り、「これからはあまりうまくなくてもやっていけると思います。」と彼女は言いました。

 物理的には母親の大きさは変わっていないわけです。しかし母が食事の出来るのを待ってくれている。その役割をはじめて感じたとおっしゃっていました。
 これは病気があるなしに関係なく親子関係は男の子であれば父親との関係、同性との関係、同性をどのように乗り越えられるか、乗り越えたあとの自分が認識できだときが親離れ子離れなのかと感じました。
 いろんなオーダーを無意識に出している。でもその後、そのオーダーをしないで結果がよくなかった時に自分の出したオーダーの正当性を言ってしまう。親は子供の倍以上も生きているのだから、先に起こることを読むことが出来るのは当然ですが、子供はまだ分からりません。

 熱いスープをやけどをするといけないから、冷まして持っていくのは、熱いものにどう気を付けるのかがを知ることができない。火傷の体験してみて初めて分かることもあります。本人がやりたいと言ったことを心配だがやらせてみる。本人が途中で挫折したとしても、出来ないことを皮内るのではなく、自分から何かをしたいと言ったことだけでもいいではないか。親も凄いと思っていると伝えてあげる。ノンバーバルではなく言葉に出して、「あなたのことを心配している」「信じている」「よく出来た」といってあげる。誉められながら力をつけていく。他人のことは容易に誉められる。しかし自分の子供には欲張ってそれ以上を求めてしまう。親子関係では誉められた、評価されたという実感がなくてはならないのです。それには出来て当たり前な事から目標を立て、本人にお願いする。その後は必ず「ありがとう」「助かったわ」とメッセージを伝える。そうすれば、出来なかったことが出来てきます。

 病院と違って地域生活では悪いところを見るのではなく、出来るところを伸ばすことによって出来なかったことをチャレンジする気持ちを生み出すことになる。あるいは、いつのまにか出来るようになっている。ですから、出来ることからやってみて、そして誉めてあげる。
 親離れ子離れの結論は認めてあげることです。違う人格だからこそ、言葉に出して伝えることを日々心がけて生活を送ることが、親子の自立していくプロセスになります。親は親、子は子のリズムの中で生活することが、親離れ子離れにつながっていくのではないかと思います。

 それから、お願いをしたときNOと答えることがあると思います。私はそれがとてもいいことだと思います。親御さんによってはNOと言わせないようなお願いをしたりする場合があります。さらには、何を頼んでもすべてNOという場合もありますが、それは子供が出来ない注文をしているからです。そうではなく本人の状態を見てOKが出るようなオーダーをしてください。この積み重ねが不可能を可能にする。これなら絶対やってくれるというオーダーの出し方がいいのです。

 もう1つ。何か理由をつけてやってくれない場合。そのことを否定せず、その理由を繰り返し言ってみて下さい。相手が子供だと思うと出来ません。甥や姪っ子だと思って言って下さい。誰でも何かに集中しているときに頼まれるとNOというと思います。相手を尊重することが対人関係を作ります。これから社会に出るとき、作業所、外来もそうです。自分のことを言語化できる。大切な事ではないでしょうか。

 親がオーダーを出すときのことで1つ言えることは、してほしい理由を伝えることです。例えば「手を切ってしまったから」「出かけるから、もしよかったらやっておいてくれないかな」などです。日常で相手に無意識に期待していることがあると思います。しかし相手にお願いした理由を伝える。そして相手がそのお願いをしたくない理由を頭の中で天秤にのせて、もしもお願いする理由が重ければやってくれるでしょう。分かっていると思わないであえて言語化する事によって地域生活に役に立つのです。先にも言ったように交渉です。理由をつけずノンバーバルで生活していると家族以外の人にもノンバーバルで理解してもらえると思ってしまいます。

 また親御さんの多くは自分で何事も決められるようになってほしいという意見が聞かれます。誰にでもいえます。ですが一人で生きている人はいません。何かしてほしいのか、ほしくないのか。交渉能力というのは、自分の言いたいことに責任がかかってくる。責任を請け負いたくないので過酷になることもある。言ったとしてもあなたの責任の取り方はこのくらいでいいのだよ。ということをメッセージにして伝えておかないと相互交渉が他人と出来なくなってしまう。このプロセスを完成させておくと今後楽に生活することができる。これは私たちにも言えることです。このことを念頭において生活することで無意識に本人にも入っていきます。

 受診の時、聞きたいことが聞けない。変なところで気を遣い過ぎ、必要な情報が得られない場合が多いです。この場合にも上記のプロセスによって解決できるのではないでしょうか。
 親も出来ること、出来ないことを言語化していくことが必要です。親はスーパーマンではありません。でも皆さんはがんばってスーパーマンに近いことをなさっているのではないでしょうか。しかし、子供に頼まれたことを「いやだ」とは言いつつもやらされてしまっている自分がいるのではないでしょうか。これはやらされているのではなくオーダーが出たときに主体的に引き受けたのだと自分に問い掛けるようにしています。そうしましたところ、我が家の思春期の親離れ子離れは少しずつ出来てきたかなと思っております。

 親離れ子離れには時期はありません。気が付いたときがはじまりです。お子さんがその気になってないときは、親はスタンバイしている。お子さんが何かしようかなと思い始めたときがスタートで、この時はポジティブな言葉をかけてあげてください。スタートはしたとしてもずっとつづくわけではなく、一進一退を繰り返して気が付けば何十歩も進んでいた。だめなことは振り返らずに出来たことを振り返る事。親のストレスの少ないことが本人のストレスを少なくする。親が揺れてしまえば子供も揺れてしまう。親も不安でしょうが子供はもっと不安なのだということを念頭に置いて下さい。そうすれば子供の不安を無意識に増長させないですみます。
 私はいろんなところでスーパービジョン(super-vision=社会福祉事業での監督、指揮、管理)のとき、特にスタッフに言っていることを皆さんにお話したいと思います。

 原則としてメンバーの呼び方は○○さんです。きちんと一目置く態度で、尊敬したり認めたりすること。非常に周囲から理解してもらいにくい病気を抱えながら生活している人たちに対して、正当な接し方をしたいと思っております。ボランティア講座で精神障害者にどう対応したらいいか。禁忌は何か。特に実習生には自分がされていやなことはしない。あなたの価値観が問われます。クリアな人がこの病気になりやすいので、上辺だけやさしくしても見抜かれています。やはり人として対応してください。それから根性論とか親の育て方論のような極端な克服の仕方はしてはいけない。家族の場合には、親も孤立しないで、こういう場(家族会のような)にきて自分の経験と相手の経験を重ね、参考に出来るものを頭の引き出しに入れて置く。せっかくですので聞いてきたことの引出しの内1つ位は活用してください。

 もう1つは、ご家族の方も自分の生活を大切にしてください。親が生き生きしている姿は子供にも張りになります。この2つの事を心がけてください。
 今日は日々の生活の中であたりまえの話をしています。ですからレジュメも作りませんでした。1つ覚えてもらいたいことは、自分で立つのではなく、自分のリズムで生活することが子離れの大切なところです。分かっていることも、グっとこらえて言葉で伝える。信じて待つことはつらいことですが大切です。親御さんも自分自身を信じてください。それが子離れにつながると思います。
以上で私の話は終わります。質問がございました、どうぞ。

質問:息子には友人がいないし、私にすべてを向ける。私を求める反面、いらいらしているときには私に暴力もくる。結局この病気には強い人には向けられないので、弱い人に向けてくるものなのだと思う。何をしても母親だから許してくれると思っている。冷静になると謝ってくる。最近入院したときの特定の看護婦さんに憧れて、イメージを膨らませていた。プローポーズして、結婚して、子供が出来たら総志と名づける。などと。(笑い)
 もしかしたら変な事件にでもなるのではと思うときもある。ただのイメージだとしてもそういう思いをするには、こちらのイメージだと働かなくてはいけないし、そんなことは当然無理だという話をする。しかしそうではなく子供はイメージをどんどん創り上げていく。この人一人に入り込むのは困ったなと思っていると、ほかの人へ。喫茶店でかわいいウェートレスさんに今度は憧れてしまう。帰り際にまた今度行こうねという。女性展があったときすてきな女性がたくさんいたのでしょう。○○さんに似ているからこれはすごくいいなど、今こんなことで胸がいっぱいに膨らんでいる。これはどうなんでしょう。

植木:とてもいいことではないですか。病気であるとしても女性、男性であることに代わりはありません。おいくつですか?

質問者:23歳です。

植木:23歳の男の子だったら当然ですよ。病気をしたからといってすべてが平均的に低下するわけではありません。病気によってセルフコントロールできる部分と健康な部分がある。だから病気をしているのにこんなことと考えてと拒否してしまうと、本人も23歳だったら彼女もいて遊びに行く、いろんな事を考えていると思う。でも病気だからといって閉じ込めてしまうほうが不健康です。お母さんの意見も当然です。仕事も持っていないのにそんなことできるわけがない。今することは病気を治して働くことでしょ。そんな夢や希望を持たないと本人は治っていかない。と私は思っています。
 ですから親はつい現実的なことを言ってしまう。あなたの目標はきれいな女の子とデートすることが長期目標。そのためにはどうしようか。同じ事を言葉で言うのだとしたら、1回受け止めてあげる。その次に先ほど述べたことをいう。「〜もあるし」「〜もある」「〜じゃあどうする」という感じに対応する。一番の理解者。ほかの人に言えない、まして当事者にもいえない鬱積を言える人がいるだけでも、彼はOKなのですよ。誰もいなければもっと妄想の世界に入ってしまって、症状を悪化させてしまうかもしれない。健康な部分を吐き出している。お母さんも「あんたもそんな年になっちゃったのね。お母さん寂しいわ」と言う位の気持ちで認めてあげる。
 本当は聞きたくないけれど、友人がいれば友人に話すだろうけど、全部お母さんが役割を引き受けている。ストレス、病気への不安、同じ年頃の子達と話すようなこと(生理的なこと、服装等)そんなこと言われても分からないけれど、「あなたはそんなこと知っているのだ」というポジティブに対応していく。

質問者:私がその人のことを「彼女・・・・・」と呼ぶと、「そんな風に呼ばないでくれ」という言葉を選んで言わないと。

植木:こだわりがありますからね。自分の神聖なものに俗っぽいものを言ってしまうと反応すると思います。それが思春期の反応です。非常に健康的ですね。

質問者:その話になると議論はもうしない。混乱すると言い出したり、散歩をしていると突然駆け出したり。誇大妄想、例えばテレポーテーションとかポルターガイストとか、盛んに彼は言うわけです。超能力とかが出来ると。「時代は変わるからね。出来るかもしれないね」というと「今すぐ出来るのだ」といって。「あぁこれはだめだ」思って・・・・。

植木:お母さんいいですね。◎です。

参加者:本当にうらやましいですね。私の息子はきれいな人を見ても口に出して言わない。見ていると態度で気になっているのは分かりますが、これは性格なのか?

植木:そう。それと本人の価値観でしょうね。例えば、そういう性的なものは親の前では言ってはいけないという固定観念に支配されている。家庭環境に影響されてくるものです。これは病気ではないもの。それというのは、今まで育ってきた環境、親の価値観、社会通念、何を自分のものとしているかの違いであって、すべて病気だからというわけではありません。
(中略)
 親離れ子離れというのは、病気をしていようといなかろうと、同じプロセスなのかなと思います。ただ、対処の仕方は、10人いたら10人、症状も、育ってきた環境も、価値観も違い、それはご両親がいちばんよく知っているのだから、いちばん気づいてしまうところをいっしょに考えたり、対応していくというふうに伴走していく。「治してあげる」のではなくです。3歳4歳ならともかく、20歳を過ぎたのなら、本人自身が「自分はこういう生活で困るよな」とそう思ったときに、親は何ができるかなとそのとき考える。「告白することができたら、お母さんのできる協力体制はとるよ」くらいに開き直ってあげると、子供は自分で考えて行動すると思います。子供を信じて、健康な部分をみてつきあってあげるというのは、すごくいいことだと思いますよ。
 それから、子供のことを120%親が知っていようとは思わないでください。私たちも病気をしようが、しまいが秘密にしていることはありますね。23、24歳の男性として、親にわかってほしいという気持ちもあるから言語化する。でも、言っていないことまで、こうでしょうああでしょう・・・ではなく、言ってきたことを引き受けてあげる。見えても見えないふりができるようなことが、子離れのプロセスかと思います。
 今の彼を等身大で引き受けてあげてほしいですね。本人がいちばん、「病気してなかったら会社に入りたかった、彼女だってほしい」とか、いろんなことを思っていると思います。そこで、今の彼にできること、健康なところを身近な人が引き受けてあげて、それを評価して言語化して返してあげることです。「お母さん安心したよ。女の人になんか興味ないのかと思ったら、きれいな人かどうか見分けられるなんてすごいじゃん」とか「お母さんと同じ趣味かもね」とか健康な返し方を心がけると、本人も「こういうことも言っていいんだな。これって普通なんだな」と。本来は母親じゃなくて、ほかの人に言うのが普通でしょうけど、とりあえずいないからここでがまんしとくかな、というところで引き受けられるんじゃないかなと思います。

質問:31歳の息子なんですが、言葉が遅くていまだに言葉でコミュニケーションをとることが難しい。作業所にも行っていたが、そこでも思いを伝えられなくてトラぶったりする。断り下手だから、頼まれたことをつい無理してやってストレスがたまる。それを家でもうまく親に訴えられなくて、半年とか1年に1回くらい、ほんとにたまに、一瞬で終わるのですが、爆発するときがある。
 すぐ本人自身で自分が悪かったかと自分に返すんですが・・・ そんなことの繰り返しで、なかなか本人は自分でこうしたい、こうしたくないというのが言えないんですね。待つのがいちばんと、私も思うようになって、距離も置いているが、最近、本人がどうも自分は家族から無視されている、損をしていると言い出して、こちらも言葉につまっているんですけれども・・・

植木:いまお話をうかがって、すごくいいなと思ったのは、他人のせいにしないこと。鬱積して理解してもらえないことで爆発するときも、他人のせいで爆発するのではなく、自分が悪いからだなと・・・ 彼が「自分が悪い」とちゃんと言えるというのは、すごいなと思います。コミュニケーションというのは、言葉というのもとても大切ですけど、言葉だけでなく、お互いに理解し合おうよというメッセージというのはわかるから、本人がそう思ったというときに、「そんなことはない」と否定しなくてもいいかもしれません。まず否定するのではなくて、「あなたはそう思っちゃうんだね。でも、家族はこうなんじゃないかな」と自分の側のこともお母さんがきちんと伝えてあげる。「どういうところでそう感じちゃう?そう見えちゃうの?」と、きちんと言葉にして質問してあげる。それは情報を得るためにするのではなくて、「俺ってどうしてそう思うのかな」と本人が考えるきっかけになるからです。
 つい、「そんなことないよ。みんな、あんたのこと思っているわよ!」と言って、切ってしまうことって、日常生活の中で多くなりがちではないでしょうか。そうではなくて、「なんでそう思ったの?どういうときにそう思ったの?」と、『私はあなたに興味があって、あなたの気持ちとか意見を聞きたい』というメッセージはいつでも出してあげることが大切だと思います。意識的に質問してあげることです。質問されることで考えますよね。その中で、息子さんがたとえ寡黙であったとしても、家族の一員なんだということを本人も家族も再確認していけると思います。

質問:うちの息子もこもってしまうほうなのですが、お話の中にあった相互交渉というか、契約ではないけど、本人と親との関係をはっきりさせていくということを、もしうちの場合でやっていったら、果たしてどういう結果になるのか・・・ 本人はいまやっと薄氷の上で安定を保っているという状況で、そういうときに「おまえはおまえ、父親はこの立場」と分けて契約しようというようなやり方がどこまでできるかなと思ったが。

植木:最終的にはそこまでできるのが目標、ということ。十人十色、今の本人の力量とストレス、自分(親)の力量とストレスのバランスを考えて、段階を踏んで、最終的には相互関係の中で相互交渉ができるというようなあり方を目標にしていくことが大切で、いまは病状、年齢、経過によって、できることを一歩ずつ進んでいってほしいです。だから、非常にハードルの低いところからお願いをしていっていください。
 「NO!」と言われないようなオーダーを出す。彼が引き受けられない、できない、イヤだと言うようなことではなく、できることのレベルからです。日常の本当に簡単なこと、「そこの新聞をとってくれるか」くらいから「サンキュー。助かった」というメッセージを言っていくのです。
 もう一つ大事なことがあります。20歳で発病して10年たって30歳になったとします。本人に「どうなりたい?」と聞くと、「もとに戻りたい」と言う。「もとに戻りたいってどういうこと?」と聞くと、「発病する前の自分に戻りたい」という人がけっこう多いんですね。でも、いま30歳なら、20歳の態度や経験には逆戻りできません。病気をしていようが、していまいが、日々の生活は過ぎていくわけです。だけど、つい当事者も家族も発病する前のときに戻りたい、という意識が無意識のうちに出てしまう。本人を「等身大で引き受けて」と先ほども言ったのは、発病して5年でだいぶよくなった、29歳でも30歳でも、その今の自分を引き受けてほしいのです。
 発病してから今までの間に、苦しんだり悲しんだり不安だったりした経験をしている。「その経験をなくすことはできない。でも、それを生かすことはできるんだよね」というようなポジティブメッセージはとても必要だと思うんです。本人が非常にそれをなくしたいと、否定的に見ている「病気をしてきた○年間」。だからこそ、やはり「病気をしたからこそ経験したこともあるよね」と・・・ 親が本気でそう思えないと、子供はもっと思えない環境なのです。もちろん、口惜しいこともたくさんあると思います。中途障害というのは非常にその部分に関して、障害を引き受けたりするプロセスというのは、非常にきついと思いますが、家族もきついでしょうけど、当事者はもっときつい。だから、その部分を一緒に引き受けてあげてほしいのです。「今から先のことを考えようよ」と。 前のことを「こうしてたら、・・・・だったのに・・・」と『・たら』『・れば』ではなくて、今30歳のあなたがこれから何をやっていこうかという対応を一緒に考えていくことを意識的にしていかないと、本人がなかなかそこから抜け出られません。
 リカバリーするためには第一に希望です。希望がないと回復は難しいんじゃないかなと思います。2、自分がリカバリーできるんだという意識、それと3、自己責任、4、意味のある役割。この4つがないと、回復というプロセスのラインに乗ってきません。希望がないのに、回復なんていうのは、動けないのではないでしょうか。目的を持たないと病状や症状は変化しない、というのは、そういうことなのかもしれません。それは、なにも働くとか職業を持つとかお金を稼ぐというだけではなくて、地域生活とか家族の中で、自分が役割を持った必要とされている存在なんだということを認識できなかったら、希望というのは生まれてこないと思うのです。希望、エンパワメント、自己責任、ある役割を発見する。4つが必要なのかなと思います。
 何を希望するかという狭い意味ではなく、これから先を広い意味での希望を持って考えていってほしいということです。大切なことは希望をもつためのイメージ作りです。将来こうこうするといった、形のあるものを希望と考える人もいれば、気持ちのうえで「明日から幸せに・・・」と希望を持って生活していくというふうに考える人もいて、みんなそれぞれに違う言葉として使っています。要は、希望を持つためのイメージ作りをしていきましょう、希望を持っていいんだよ、ということです。なんとなくでも、イメージができてきたときにパワーが出てくるだと思います。

質問:ただ親からすれば、息子の希望が非常に空想的なものであって、俳優になるんだとか夢を持っていることは持っている・・・ 実現性のないところで希望はあるのはわかるが、いま先生の言われるような、しっかりした本当の意味での人生を作っていくような希望に・・・と説得するというのも、これはまずいわけでしょうし・・・。

植木:「本人が示す希望にはそのまま尊重する態度で」とよく言われるんですよ。たとえ、非現実的に見えてもすぐに否定はしない。「できるわけないじゃない、コレとコレとコレがないとできないんだよ」とこちらは現実的に見てしまう。それは生活経験、社会経験もあるから、世の中そんなに甘くないとわかっているのだけれども、生活経験のない彼らは非現実的なものも夢見る夢夫君だったりする部分は確かにあります。それをすぐ否定したり、軽くあしらったり、そうされたら、希望に対するイメージも湧かなくなってしまう。だから、私たちは希望にそって応援しつづけるよという態度が大切なのです。「できればいいねぇー」と。
 途中の挫折とか失敗がそれからあるんです。そのときにどうサポートしフォローしていけばいいのか。「ほら、言ったとおりだろ!」ではなくて、「そうか。じゃ、次の目標を考えて直してみようか」とか「もうちょっとできることを探してみようか」とか。やりたいこととやれること、私たちはやれることばかり現実的に考えるんです。誰でも子供のときにやりたいことがいろいろあって、現実社会の中でいろんなことを引き受けていると、だんだん現実的になってきてしまう。でも、いま彼らは、そういう意味で発病してしまったことで現実逃避も含めて非現実的なところでのイメージを持つ。「その夢が現実になるといいね」というメッセージとともに支援しつづけて、失敗とか挫折のときに、どうサポートするかをこちらは考えておけばいいのです。
 失敗や挫折を「経験」と考えて、次に生かしていこうという形で対応していくプロセスを伴走する。だから、時間はかかります。どうしても、失敗したり傷つかないようにカバーしながら生活していってしまうかもしれないけれども、生きていくときというのは必ず傷ついたり、傷つけられたりしながら生活していくんですよね。大なり小なり。生活経験の中でいろんな経験をすることで、本人たちがそういうことに対応する能力をつけていく。そのためには、親が元気でいられる間に、そういう力をつけていく。一人になってしまったときには、余計つらくなるかもしれない。親が距離を持って待ってあげて、本人が気づいたときに「いっしょに考えなおそうよ」といつでもそういう対応ができると認識していないと、本人も大変なのではないでしょうか。
 親はいっしょに生活しているわけですから、どんなことに本人が興味を持っているか、情報として非常にキャッチしやすい立場。知っているけど、必要のないときに、先にカードを出してしまうと負けてしまいますから、使わなきゃならないときにその情報をしっかり持っててあげて、パッとタイムリーに出してあげられるような、そんな関係でいられると、お互いに非常にストレスのない生活でいられるかなと思います。

質問:最近は、すごく人間的に健康な部分というか、例えば私はすぐベラベラとおしゃばりなほうなのですけど、「そこまででやめておけばいいのにお母さんはしゃべりすぎる」とか、「すごくしゃべりたくなるときもあるけど、あえて私は言わないんだ」とか、すごく心得ているな、と思うことがある。希望みたいなことでは、病気をしたので、夢の夢だけど、医療関係のこととかしてみたいなと言うようになった。それも人間として健康な部分かなと。ただ、友達との交流みたいのがなくて、母の言うことが一番みたいなところがある。作業所に行っても、あまり親しくなれるような方がいないというのが少し気になっているみたいで・・・ うちの娘では、年上の方とはすごく話が合うらしいが、年下とか同い年くらいは苦手なようです。

植木:生活モデルとしてのお母さんをみているから、年上の人はちゃんと答えてくれるし、対応してくれると感じているのでは。この病気の人は、自分のいちばん慣れていることは引き受けられやすいけど、新しいものとか対処の方法がわからないような人たちに関してはどう対応していいのかわからなくて、つい逃げてしまうという傾向があります。年下の人だと甘えられなかったり、「できない」とか「わからない」とか言いにくい・・・ また、年下の人には、自分が上として対応しないといけないと思い込んでいる部分もあるのかもしれませんね。だから、若い人は苦手という言い方をしているけれど、本人には年上が慣れてるから楽というのと、年下は引き受けきれないから苦手と言っている、その両方かもしれないですね。
 お母さんは自分ができないこととか気づかないことができることを「偉いね」と評価してあげていらっしゃる。それはすごくいいなと思いました。自分は子供のことを100%知っていると思っているかもしれない。けれども、日々変化していたり、引きこもっていたりしたって、いろんな本人のできること、やれることをきちんと評価してあげることは、とても大事なことなのです。
 それは何なのかというと、気づきあいなんです。自分のことを自分で気づくというのもあるけど、相手のことを気づけること。気づきということが大切なのかなと思います。だから、お嬢さんに言われて気づく。ハッとする。やはりお互いに気づきあったときに、つい親は「なんだ、そんな生意気なこと言って」というようなかたちで、本人が成長していることを、引き受けたくないのか引き受けられないのかよくわかりませんが、抑えようとしてしまう部分が無意識のうちに働くかもしれません。
(話の途中ですが抄録はここで終わります。)
テープ起こし:安藤陽子、渡辺信樹(新宿社協ボランティア)


勉強会講演記録CDの2枚目が完成しました。
フレンズ編集室では講師の先生方の講演記録を生の声で聞いていただこうと、CD制作を行っていきます。
まず第1弾として、9月勉強会で講演していだいた曽根晴雄さんです。
タイトル『ちょっと私の話を聞いてください』  
 =聞けば見えてくる・精神分裂病当事者が語る患者の本音=

 家族は患者本人の気持ちを知っているようで理解できていません。二十数年間この病気と戦って来た曽根さんが、自らの体験をもとに訴える精神病者の苦悩、怒り、病気のこと、希望、それはすべての精神の病いに侵された人たちの声を代弁しています。
 また、当事者仲間の先輩として語る内容は、回復しつつある皆さんのお子さんが聞いても大いに励まされます。
 そして誰よりも聞いてもらいたいのは、分裂病を全く知らない人たちです。”もしあなたのお子さんが病気になったら”という目的の他に、各地で取りざたされる障害者の事件の度に生まれる誤解や偏見を防ぐためにです。一般の方に呼びかけてください。

第2弾は
「心の病を克服 そして ホームヘルプ事業へ」 
大石洋一さんです。
収録分数;61分 CDラジカセ、パソコン、カーステレオ等で聞けます。
価格;各¥1,200(送料共、2枚同時申込の場合2,270円)
   申し込みはフレンズ事務局へ E-mailでお申し込みください。frenz@big.or.jp
発売:平成14年1月
企画・制作 新宿家族会フレンズ編集室
(新宿家族会創立30周年記念事業)

編集後記

 現代は情報の時代だといわれる。情報を握る者が勝者となるなどとビジネス戦場用語などもある。我々障害者問題を考える場にいる人間も、これを戦場と考えれば、情報を持つことによって勝利・つまり回復を勝ち取ることができることになる。
 当会勉強会もその意味では情報収集・発信の場と考えて開催されている。
 また情報はA者からB者への情報伝達という形で成り立つ。そこにはメディアという媒体が必要だ。肉声なら空気。テレビは電波。インターネットは電話線だ。
 今回フレンズ編集室が制作した『ちょっと私の話を聞いてください』はCD(コンパクトディスク)をメディアとして、当事者の生の声を家族の方、当事者、そして現状精神病とは無縁の状態にある方々に情報として伝達し、これまで見えそうで見えなかった当事者の本音、心の内を理解しようというものだ。  
 PR色強い文章になってしまったが、曽根さんの素朴で訥々と述べる語り口は、内容の充実さもさることながら、聞いていてほのぼのする。タイトル「ちょっと聞いてください」は曽根さんの口癖から採った。
 加えて、「聞けば見えてくる」のキャッチコピーもTBSラジオ編成局の快諾を頂いた。メディアが世界を変える・・か。                      


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