7月 勉強会より
  
家族の心の持ち方
        
〜デイケアの事業活動を通して〜

            
講師 新宿区牛込保健センター 保健婦 吉田久美子先生


(今回のテーマは「保健センターのデイケアについて知る」でしたが、先生のご意見で表題のように変更しました。また、新宿家族会では分裂病改名を願い、講師の病名部分を「スキゾフレニア」と書き換えて表現しています。このことに賛成、不賛成のご意見をお待ちしております)
    


 デイケアにお子さんが通っていらっしゃる親御さんもいらっしゃると思いますが、みなさん全般にお話しする内容として何がいいかといろいろ考えまして、元栃木県精神保健センター所長の増野肇先生という方の文章が私の心にもぴったりきましたし、そのお話に私のデイケアの事業にたずさわった経験などを織り交ぜてお話しすることにいたしました。タイトルとしては、「家族の心の持ち方〜デイケアの事業活動を通して」ということで進めていきたいと思います。

 私は昭和60年に新宿区に就職しまして、牛込保健所勤務になり、62年の10月にデイケアがスタートしました。確か1000万円くらいの予算で、検査室を改造してデイケアの専用室を作って、私は63年の4月から4年間担当させてもらいました。新宿保健所などに異動も重ねて、古巣の牛込保健所に戻ったのが平成10年。現在もデイケアを担当していまして、デイケアの仕事は8年ほどつづけています。

 「家族の心の持ち方」ということの前に、まずセンターのデイケアについて、ご本人たちの、通所の目的、あるいは理由からお話ししますと、いろいろある中で大きくは4つの点があげられます。
@友達をつくりたい、
A今どこにも行っていないので行き場がほしい、
B規則正しい生活を送りたい、
Cデイケアに通いながら将来的にアルバイトか仕事がしたい、という目的です。

 こういった目的や要望にデイケアがどれだけ応えているかを順番に申し上げますと、@の友達づくりということでは、9時半に始まって午後2時に終了後、メンバーさん同志で声をかけあってお茶を飲みにいくといった風景がみられます。所外のプログラムでコズミックセンター(新宿区体育館)でのソフトテニスやBIGBOX(民間体育レジャー施設)でのボーリングのあとなど、12時解散なら昼食を食べていこうかと声をかけあったり、個人的な付き合いができているようです。

 Aの居場所としてということでは、例えば、家でお母さんと息子さんとでずっと顔をつき合わせていたのでは、お母さんのほうも重苦しいし、ご本人も息詰まるような気持ちになってきたりして、センターに通われます。お母さんにお話を聞くと「デイケアに通うことで、今日は何をしたの?と夕飯のときに話題の一つになるんです。週1回行くことで、違う風を受けて、少し明るくなっているような気がします」といった感想があります。ご本人も「デイケアに行かなきゃいけないと思うと、早く寝ようという気持ちになったり、メリハリがつくので、1年といわず続けたい」とおっしゃったり。1年ごとに担当保健婦やデイケア担当と面接して続けるかどうかなど、ご本人の意向を汲んでやっているのですが、通ってきているみなさんを見渡してみますと、それぞれ自分の好きな席があったりして、自分の好きな居場所があるということの場の提供は大事なことだと感じています。

 Bの生活リズムは、ご家族から「朝起きないんです。夜通し音楽を聴いていて、生活時間を戻したい」と。これもデイケアに通うことで、前日から違ってくるんです。お風呂に入る、髪をとかさなきゃ、暑いから半袖にしようとか、そういう心構えですね。でも、いろいろなタイプの方がいらっしゃいますから、入浴に3時間かかるという方もいるんですね。夜中に入浴して脱いだものを洗濯機でまわし始めるのが12時を回って、マンション住まいなのでハラハラしている、という方がいらっしゃったり。行かなくちゃという気持ちで朝4時に起きて、出かける8時くらいになって疲れて寝てしまったり。なかなかうまくいかなかったりもするのですが、一つ行き場所が決まっているとそれを軸にしてご自分でも考えたり、家族も後押しをしますので、少しづつですが、昼夜逆転の生活が元に戻ってくるというような効果があるというのが、ご家族のお話からうかがえます。

 最後に、Cの仕事につくということですが、これは本当にみなさんが思っているご家族の願いでもあるんですが、いまデイケアに13名のメンバーがいらっしゃいますが、お仕事をしている方はお一人です。ビル管理の仕事をしていて、夕方の5時半から9時半くらいの4時間の仕事ですね。10年つづけていて、その仕事に重きを置いているので、週1回の火曜日のデイケアもおいでになれないこともあります。朝食を食べるとまた寝てしまうというようなことで・・・。 

 それからデイケアの日以外は全て作業所に行っているという方が3名ほどいます。デイケアと作業所に通っていて、もう少しステップアップしたいと授産施設に巣立って行かれた方もいます。1時間300〜400円程度ですが、パン作り、喫茶をやっていて、ウエイトレス、ウエイターの仕事、園芸班もある授産施設が下落合にあります。授産施設の方では、週3回せめて4時間働いてほしいと思っているのですが、その方は自信がなくてなかなか3日にできなかったのですが、ようやく決心がついて卒業していきました。また、新宿区の作業所を見学してみたけれど、どうも合わないということで、文京区の作業所に通いながら週1回デイケアに来ている方もいます。

 授産施設は人口15万人に1カ所必要という国の方針があります。いま新宿区の人口は、外国人を除いた数字で27万人前後。30万人近いので、もう1ケ所必要ではないかといわれています。先日、保健婦に対する調査があり、もう1カ所授産施設ができたら、通わせたい対象者が地区に何人くらいいるかという内容でした。牛込管内は8万人ぐらいですが、そこに保健婦は10人(担当地域を持たない係長1名を含めて)。私の場合は、約9,000人の人口を担当しています。牛込保健センターのある弁天町も担当していますが、ここだけでも2,500人の人口があり、もう1ケ所授産施設ができたら通わせたいなと思う方は5〜7人くらいいらっしゃいますね。

 さて、それでは、増野肇先生が家族会の心の病の相談室ということで執筆されたお話に入りたいと思います。
 増野先生がまずおっしゃっているのは、家族に精神障害者がいらっしゃる場合に、「家族のみなさんはご本人へ”安心”を贈っていますか?」ということです。送るではなく、贈る、プレゼントです。安心の気持ちをプレゼントしていますかということです。裏を返せば、不安を与えていませんかと。例えば、精神の障害者の方は、お薬を飲んでいますから、どうしても集中力とか根気とかやる気とか欠けてまいりますので、寝てばかりいたり、3食食べるわりには外に出る元気もない、というような場合に、「どうして寝てばかりいるの!? どうして仕事につかないの!?」と言うのは、これは親の立場で言っているのですね。本人の側に立って言っている言葉ではないんですね。こういう言葉が投げかけられますと、本人にはストレスですね。

 私の経験でお話をしますと、あるお母さんは、30代の娘さんが精神の障害を持っている方でしたが、「普段は何も言わないことにしています。昼に起きようと、食事でも言いたいことがあっても、じっと我慢しています」とおっしゃるんです。ところが、ある日、娘さんから電話があって、「どうしても話したいことがある」と言うのですぐにお会いしたんですが、「吉田さん、障害を持っていると一生結婚できないんでしょうか? うちの母がそう言うんです」、「精神障害者は一生結婚できないわよ」と言われたとおっしゃるんですよね。

 どんな状態で言われたのかを聞くと、娘さんもストレスがたまっていて、キッチンのドアを2回ほど蹴飛ばしたときに、いさかいになってそう言われしまったんですね。彼女にしたら結婚に対する夢も願望もありますから、「一生結婚できなかったら、私は美空ひばりの悲しい酒でも歌いながら、親亡き後一人酒でも飲んでいるのかしら」みたいなことをおっしゃったり・・・。 

 その方は大変チャレンジ精神のある方で、いろんなところでチャレンジしているんですが、なかなかうまくいかないんですね。親御さんもイライラして、世田谷の都立中部精神保健福祉センターまで出かけて勉強なさったり、いろいろ葛藤があるんですね。池袋のサンシャインにある職業訓練事業に通ってみたり、皿洗いの仕事をしてみたり。でも長くはつづきません。それで、お互いにストレスを抱えているんですが、そんなふうに普段我慢していてストレスの吐け口を見つけませんと、たまりたまって、ある日、「結婚できないわよ」なんていう一生分のきつい言葉になってしまうんですね。

 ストレスを小出しに発散する場をぜひ見つけることです。こういう家族会に出かけて来られる方は、多分そういうことが上手な方だと思いますが、そうでない家族の方たちというのは、ストレスをため込んで、突然すごいことをガツンと言ってしまったり、例えば、本人が寝ている横で掃除機をかけてみたりという、当てつけがましい行動に出てみたり、ということを往々にしてなさっているんですね。ストレスを小出しにすることをぜひおすすめします。

 もう一つお話ししますと、ある男性の方でデイケアのお昼の時間に昼食を買いに行ったと思ったらすぐ戻っていて険悪な顔をしているんです。「お弁当を買いに行ったんだけど、中学時代にいじめにあったことを思い出してムシャクシャする!!」と言う。道を歩いていても、嫌なつらい思い出がフッとよみがえってくることがあるようなんです。お母さんも「いつも、嫌な体験が浮かんでくるようなのだけど、どうしたらいいのか?」言われるので、本人にもこんなふうに答えたんです。

 「今日はデイケアに来られたんだし、デイケアでいい経験をしよう! いい経験をすれば、それがいい思い出につながるんだから・・・ この間だって、映画・リトルダンサーが面白かったよね。ボーリングも行ったよね。いい経験いっぱい積んだでしょう。ここにもう4年も通っているんだよね。いい経験を積んで、いい思い出がいっぱいになれば、嫌な思い出は出てこなくなるし、出てきてもいいことのほうをいっぱいにふくらましていこうね」と伝えるんですね。お母さんにも、そういうふうに話すようにしましょうと了解していただいたり。そういうわけで、安心できるようなことをプレゼントする、その裏に不安とかあせりを与えるようなことはなるべく控えめに、ということを申し上げたかったのです。

 同じ立場に立って、ものを考えるということは、ご本人が寝ているときには、やはりお母さんもお父さんも寝転がって一緒になって何かいい思い出話をするとかですね、疲れがとれたら映画でも行こうかとか、なるべく同じ立場に立ってご本人の側にそってものを考えてあげたりお話をしてさしあげたりしてほしいなと思います。

 そして、必ずよくなるということを信じてください。そう信じて暮らしてほしいです。例えば、デイケアでは、絵画をやっていて講師の先生がたいへん人柄もすばらしい新宿区民の方なんですが、それを例にとってお話ししますと、メンバーさんは最初大きな画用紙にリンゴを描くのにサクランボみたいな小さいものしか描かない。色もまばらで、数も3個あっても1個しか描かない。絵画は年に4〜5回だけですが、アドバイスしながらやっていくことで、1個が2個になり、色も濃くなり、陰影がついて・・・ 明暗、濃淡、影もついて、たいへん立体的なものが描けるようになるんです。絵一つでもすごく進歩がある。それはみなさんが自信をつけてきている、ということなんです。時間をかけると自信に満ち満ちた絵を描けるようになるということです。ですから、必ずよくなるということを信じて、身内の方に接してあげてください。

 あと、今日のみなさんには必要ないことかもしれませんが、決して孤立しないこと。みなさんは、家族会以外にも、相談の窓口をどのくらい持っていますか? 相談窓口が3つ以上ある、という方は手を上げてみてください。3分の1くらいの方ですね。地域には必ず担当保健婦がいますから、自分の担当保健婦はどんな人なのだろう? 会うだけでも会ってみよう、という気持ちだけでもけっこうですから、電話一本かけて、会ってみてください。電話だけでもいいし、感触がよかったら会ってみるとかでもいいですし。センターや保健所では、講演会とかもいろいろやっていますから、一度利用してみることは大事なことだと思います。主治医の先生、全家連の相談室、病院なら医療相談室、保健センター、都立中部精神保健福祉センター、この新宿家族会、と数えれば、これだけで6カ所になります。

 次に、病気の考え方ということに入らせていただきます。ご家族の中にもいろいろなタイプがあるんですが、一つ目は精神病、スキゾフレニアとかうつ病と診断されて、「これは大変な病気だ、手に負えない、主治医にまかせよう。薬を飲んでもらって、治療していればいいだろう」と、それだけの考えのご家族もけっこういらっしゃいます。家族の中で発展性が全然ないんです。それで、本人が暴れたりしたら、すぐ警察だというような、極端に狭い考えをしている家族もいらっしゃる。

 もう一つは、なかなか病気を認めたくないというタイプ。本などを読むと、一生、薬を飲まなきゃいけないとか神経伝達物質がどうとか書いてあって、一生ものなんだと、暗澹たる気持ちになったり、そこでどうしようどうしようと思いながら、認めたくはないからひた隠しにしてみたり。あるいは、病気になったのは、あの結婚がいけなかったとか、自分の育て方が悪かったんだとか、そう自分を責めたりしているから、いつまでも責めて疲れて、そこから抜け出られない。それも認めたくないという一つですね。

 また、本人にお金を渡しておけば、どこかへ行ったり、知り合った友達を連れてきたり、なんとかしのげそうだという考えのご家庭もあるんですね。でも、ご家族自身が自信をつけて、よくなるんだ、よくするんだという気持ちになっていただきたいと思います。だから、こうした勉強会はとてもいいと思うのですが、どうぞ自分を責めたり、病気を受け止めたくなくても、主治医に会う時間をつくってみたり、時間のない先生であればあらかじめ手紙を出しておいたり、先生と話し足りない部分は相談室のケースワーカーに話をぶつけてみたり、いろいろな方法を考えてください。

 そのようにして、ご自分だけを責める心から、解放されてください。そのためには、いろいろなところに相談しないといけませんし、やはり自分でも力をつけて、病気を正面からみるのはつらいことなんですけれども、それをみつめることにより、また相談することによって、だんだん客観的な距離もとれるようになると思いますので、勇気をもって乗り越えていただきたいなと思います。

 ある家庭があって、ものすごく努力家の一家なんです。兄弟3人の中で、彼だけが病気になりました。その努力のご家庭をみると、本当に驚くのですが、お父さんはコツコツ貯蓄もされて、3階建ての家を建て、畑つきの別荘も買われました。そこで野菜をつくっていて、病気の息子さんも連れて行って、畑仕事もさせたい、デイケアにも通わせたい、プールにも通わせて体力もつけさせたい・・・ そうすると、息子さんはついていけないんですね。その息子さんは合併症もあって、これも検査前には、いい検査結果を出したいので飲むこと、食べることを控えめにする。ですから、検査当日には、検査値は落ち着いているんです。ところが、終わったとたんに、コーラを3、4本も飲む。食堂をハシゴする、という悪循環をしていたんです。それで、体重が増えたら、「縄跳びを100回やりなさい」とさせたり、夜間プールに連れて行って泳がせたり。努力によってしか家庭の中で評価されないんですよ。

 体調が落ち着いて安定してくると、「そろそろ働けないのか!?」というふうになってしまい、本人はまたガツンとショックを受けてしまうんですね。落ち込んでデイケアにも来られなくなって、入院をなさったりするんです。その辺はゆるやかにゆるやかに考えてあげてほしいですね。不安を与えるような言葉は控えて、本人の状態をよく見ながらあせらずに、見守っていってほしい、というのが今日、お集まりの皆様にも是非お伝えしたいことなのです。
それでは、私のお話はこの辺で終わらせて頂いて、ご質問があればお受けしたいと思います。

質問1. デイケアや作業所のプログラムを見ていると、単に料理を作ったり箸詰めのような単純作業ばかりで、見ている方もそうですが、やっている本人にとって本当に意味のあることなのかと考えてしまうのですが・・・・。

回答 それはその人それぞれの考え方や感じ方あるいは生き方にも関わってきますので、合わない人には合わないし、私たちからも強制することはできません。ただ、少なくとも通い続けている方同士での交流や情報交換の場になったり、ということはありますね。
 意味がないのではないかと思ったときは、指導員、主治医、担当保健婦とも相談して、よりよい方向性を探っていって欲しいとお見ます。
 中には、長くこの病気と関わっていますと、その人なりの生活パターンができてきますから、何も無理にデイケアに通う必要がないケースもあります。そういう方にはそれぞれの生き方の考え方というものもで
きています。

質問2. 保健所あるいは保健センターに通ってないという方もいるでしょうが、そういった方々への関わりについて検討されてはいるのでしょうか?

回答 まず、地域の保健センターを相談の窓口にしていただくことによって、それぞれ、その方に合った関わりを持っていく糸口にしていただければと思います。
家族の方に対しても「分裂病(スキゾフレニア)のための家族教室」の開催や講演会まどを区報に載せてお知らせしております。
とにかく、ご家族の方がまず一歩を踏み出して、保健所なり保健センターといった、いろいろなところに出て、相談や見学されることだと思います。ご本人はそうしたことができない場合が多いですから。
牛込保健センターでは、地域をダブル担当(二人担当)で見ています。一人が不在でももう一人が相談を受けられるようにしてタイムリーな支援体制をとっています。
また、担当のペアも年代の異なる組み合わせで、ご本人の年齢に対応した相談と担当同志のスキルアップを図っています。

質問3. デイケアに通ってきている方について、社会復帰というものはどれだけ実現されるものなのでしょうか?

回答 デイケアというのは精神障害者社会復帰援助事業という大看板なのですが、必ずしもすべての方に対して、いわゆる健常者の方のように実社会に出て就職するという形での社会復帰を目標にはしておりません。
 就職を目指すにしても、規則正しいリズムで日常を送られるかということが重要になって参りますし、障害年金や生活保護といった福祉によって生計を賄っている場合もあります。
 就職はできなくても親御さんの負担を軽くするために銀行、郵便局等への用事、食事の買い物をしたりであるとか、親御さんが高齢化したときに介護を担うということを目標にされている方もいらっしゃいます。つまり家庭内での自立・家庭内復帰や地域で生活できるようになることも社会復帰の一つと考えております。
 ですから、社会に出て一般会社にアルバイトや就職することだけを社会復帰とは捉えていません。

質問4.牛込保健センターのデイケア利用者は、平均的にどれくらいの期間通所されていますか。

回答 デイケアへは、まず1年通ってみましょう、ということで1ヶ月から2ヶ月の見学期間を設けています。そこでご本人が納得されれば、正式なメンバーとなっていただきます。保健センターでは担当者会議を開いて対応していきます。
 長い方では10年通所された方もいますが、そのあとの通所希望者が待っていることを考慮して、10年に達しますと、卒業の準備をお願いしております。

質問5. 精神障害者ホームヘルプ事業について、現在、新宿区ではどのように考えておられますか?また、一人暮しではない親と同居している精神障害者の場合も派遣されるのでしょうか?

回答 事業については厚生労働省から下りてきている話ですので東京都でも行われます。新宿区では障害者福祉計画の中に盛り込んでいこうと考えております。
 予算や人材の確保を考えると満足いくものにはならないと思いますが、単身者で自分自身のケアをできないとか、家族がいても高齢であるとか、病弱であるとか、生活のしづらさを抱えている方には優先的に派遣するようになると思います。

質問6. 家族としては、精神障害の子どもが障害、あるいは病気との関わりについて、一生上手に付き合っていくだけなのかな?と考えることがあります。毎日、自分の部屋に閉じこもったままの子どもの生活をみていると、何のために生きているんだと、そういう気持ちになってきて、だから、何とかしなければいけないということも考えます。最近、その焦りを親としてコントロールできるようになってきましたが、患者本人は自らの人生をただ一秒一秒食い潰しているだけかなという悲壮感も持っています。「症状が安定してればいい」、「本人がそれでいいと言えばそれで満足すべき」と精神病教本などに書いてあると、家族の気持ちがわかってくれていないと、そういう気持ちにもなります。
 そこで、ホームヘルプというのは介護や身の回りの家事を援助していただくというイメージがあるのですが、例えば当事者の家族のニーズとしてはもっと心理的・精神的な部分での関わりを持っていただければと考えております。たとえば自らが精神の病気であると認めても、デイケアや作業所などでは精神障害者だけの集まりなので行きたくないという当事者に対して、健常者であるヘルパーさんなりボランティアさんなりが媒介となって外の世界へ連れ出す上での後押しをしていただけると素晴しいと思うのですが?

回答 言われることはよく分かります。先日、ヘルパーにトランプ遊びの相手をして欲しい、という依頼がありました。しかし、現状のスタッフの状態からいって、それに応えることは到底不可能ということがあります。ですから、その時ははっきりとお断りしました。
 現在、私たちが検討中のホームヘルプというのは家事援助が主体のものになり、単身者だったり、家族がいても身の回りのケアが不十分な方に対する援助が優先されるということになると思います。
 それに、そういう形でのヘルパーを望まれるということでしたら、ヘルパーさんに精神障害者の方に対して、ある程度以上の専門知識を持ってないと難しいと思います。この障害の場合、どんなことで発作的な症状が出るか分かりませんからね。

質問6. 最近の保健婦さんの仕事は精神障害者の方に集中しているといえますか?

回答 集中というわけではありませんが、かなりの比重を占めている、といった状況です。私たちの仕事は赤ちゃんからお年寄りまでと幅は広いです。
どんどん仕事が出てきて、目の前の仕事をこなすのが精一杯ということもあります。それと保健センター内のルーチン業務(乳児検診、生活習慣病検診など)にも配置されています。
今日はお話する時間がないのですが、親御さん亡きあとの財産管理という問題もあります。成年後見制度についても今後お話する機会があればと思っております。
(紙面の都合で、質疑応答は抜粋して表記しました)

  記録・渡辺信喜、菊池太一(精神科ボランティア)
********************************************************
 貴方も会場に来て悩みや疑問を話合いませんか。この問題はまず、ご家族が元気になることが大切です。新宿家族会では、新宿区外、他府県の方々のご参加も歓迎しております。


編集後記

 梅雨が早く明けて、バンザーイ三唱したら灼熱地獄。そして予想通りの水不足。やはり天は二物を与えてくれなかった。
 木の芽時の心の不安定からと思われる事件が収束したと思ったら、今度は親の幼児虐待事件が続いている。
 年代の相違なのか、我々熟年組には到底考えられない虐待の実態である。ここまでやらなくては、親の鬱憤が晴れない、ということなのだろうか。
 先日、駅構内で派手な衣服の若い主婦が、グズる我が子の片手首を掴んで、吊り下げるようにしてホームを急ぎ去って行った。それはちょうど、猟師が獲物を運ぶ姿にさえ見えた。
 このような光景は我々の幼児期には決して見られなかった。何が変わったのだろうか。
 各地で頻発する幼児虐待の親たちの年代は、我々の子供たちの年代である。ということは、我々の子供たちが親となって、このような子育てを行っていることか。
 我々が無我夢中で生きてきた陰で、こうした若い親たちの子育ての流儀が出来上がってきていたということだろうか。
 そして、それは心の病いを持つ人たちの急増とも何らかの関係があるのだろうか。
 西欧文化にあこがれ、便利だけを追っかけてきた我々の年代は、もしかすると何か途轍もない大きい忘れ物をしていたのではないかと思う。                   

※勉強会INDEXに戻るには左のMENUの勉強会をクリックして下さい


新宿家族会 E-mail: frenz@big.or.jp