★MISSION IMPOSSIBLE(file.585857 黄金聖闘士雑兵生活)
兄貴はせっせと身支度をしてプロテクターをつけて、11時に十二宮を出て行った。雑兵が黄金聖闘士になれて喜ぶなら理解できるが、その逆で喜ぶ奴って、兄貴だけだろう。←そうであろうな
兄貴が向ったのは闘技場だった。どうやら、ここで雑兵サガの初めての仕事があるらしい。と思ったら、闘技場には30人くらいの雑兵がすでにいた。
しかもその中にはアイオリアもいた。俺が一瞬気がつかないくらいに、アイオリアは雑兵の中で馴染んでいた。違和感ゼロだ!←いかんのぅ
『今日は新しい仲間が一人増える。出て来い』
雑兵の中で一番偉そうなのが、突然前にでて喋りだした。いよいよ兄貴の登場だ!
しかし普通に出てきたら、双子座のサガってバレバレじゃないのか?
あのバカ兄貴に、変装するとかっていう気は回りそうにない。あいつの場合、変装=教皇の姿しかないだろうしな。だが、兄貴が双子座のサガだと気がついた奴は誰もいなかった。
もしかして、俺ら黄金聖闘士って、下々の人間に顔知られてなさすぎ?←その必要は無い
そういえば、アイオリアだって未だに普通に雑兵扱いされてるしな。
『名前はなんと言う』
『サガと申します、これから雑兵として頑張りますので、よろしくお願いします』
あの超態度でかい兄貴が、頭を下げた。
人に頭を下げることを知ってるなら、さっさと俺に謝れ。←海闘士は人以下じゃが、兄貴が名乗った瞬間雑兵達がドヨッた。
兄貴は超が百万個つくほどバカだ。普通、こういう時は偽名をつかうもんだろう。
これじゃ、自分で(元)双子座のサガだって言ってしまったと同じだ。アーレスとでも名乗っておけ、バカ!『ちょっと待て、それは本名か?』
班長みたいな奴が聞くと、兄貴が頷いた。途端に、班長みたいな奴どころか、他の雑兵も兄貴を取り囲んだ。
『お、お前、その名前じゃ今まで苦労しただろう』
とか
『なんて可哀想な名前なんだ。親には責任はないが、いくらなんでもその名前はひどすぎる』
とか
『お前もその名前を名乗るのは辛いだろう』
とか
『昔は素晴らしい名前の代名詞だったのに、今じゃ最悪の名前ナンバーワンだ』
とか
『その名前を名乗るのはやめたほうがいい』
とか、言われた。
終いには、班長みたいな奴が
『サガは絶対にダメだ。この班の中にそんな名前の奴がいるのも胸糞わるし、お前も可哀想だ。よし、俺が名前をつけてやろう』
と肩を叩いて兄貴は目が点になったまま硬直していた。←ほうほう優しいことじゃ
『ゴンザレスだ。今日からお前はゴンザレスと名乗れ』
ぶはははははっ、兄貴が改名しました。
ゴンザレス!
双子座のゴンザレス!
偽教皇ゴンザレス!
俺はマジで噴出しそうになって、慌てて物陰に隠れて堪えた。
兄貴の顔は真っ青で、眉間の皺はバリ6!
兄貴は自分の姿よりも、自分の名前が下々の人間にどれだけ嫌われているかを改めて痛感して、鬱になっていた。
兄貴はいまでも兄貴が双子座のサガだと知っている村の人間や、聖域の連中からは白い目でみられてるし、石とか糞とか投げられるからな。←逆賊であるからのぅ、当然じゃ『いいか、これからサガなんて名乗るんじゃないぞ、ゴンザレス!』
班長に肩を叩かれた兄貴は、いい年こいて目に涙をためて頷いた。
その班長が、アイオリアに向って手招きをして呼び寄せると、兄貴の背中を押した。
『アイオリア、喜べ。お前の下にゴンザレスをつけてやる。今日から、ゴンザレスの面倒をみてやってくれ』
『はぁ?』
『馬鹿野郎!返事は、「はい」だろうが!そろそろお前にも、部下をつけてやってもいい頃だと思っていたんだ。頑張って面倒をみろよ!』
アイオリアは渋々と返事をすると、超背中を丸めている兄貴をにらみつけた。
『アイオリア……、私は、私は……』
『兄さんから話は聞いてるけどさ、何しに来たんだよ』
『私の名前は、そんなに罪深いのか……』←自覚が足りぬ
『あたりまえだろう?自分が何をしたのか分かってないとはいはせない』
そうだそうだ。サガのサの字でも言ってみろ、打ち首だぜ!
『俺だって、昔は「逆賊アイオロスの弟」って呼ばれてたし、だんだんそれすら長くて面倒くさくなって、ずっと「逆賊」って呼ばれたんだ。改名してもらえただけ、ありがたいと思ったほうがいい』←かわいそうにのぅ
ほうほう、なるほど。今の兄貴の待遇は、アイオリアの時より上ってことか。
『しかし、アイオリア……』
『そんなことで落ち込むくらいの覚悟しかないなら、雑兵なんて無理だ。所詮は、上の生活しかしたことがないサ……、ゴンザレスには無理な話だったわけだ。さっさと十二宮に戻れよ、サ、ゴンザレス』
『すまん……、これは自業自得なのだ。私は気にしてはいない。さぁ、雑兵のいろはを教えてくれ、アイオリア』
よし、いいぞ。その調子でしっかり雑兵やって、二度と十二宮に帰ってくるな!
『その年で一から雑兵をやるのは辛いと思うが。俺は、まだ子供だったからそういうものだと思って、なんとか生きてこれたけど。やめるなら、いまのうちだよ。今なら、兄さんに泣きつけば、教皇の命令だって取り消してもらえるだろう』
『お前がどれほど酷い目にあったのか、この身をもって体験するまで私はやめん!』←偽善者め
『それは無理だよ。俺とサ、ゴンザレスじゃ状況が違う。俺は逆賊の弟だったからね』
アイオリアが自嘲気味に笑うと、兄貴はまたもやガーンとなってうなだれた。
墓穴掘るの上手いな、兄貴。『まぁ、いいや。まず、新人がやるのは闘技場の清掃と整備だ。今日は3時から白銀聖闘士が手合わせするのに使うから、それまでにきちんと整備すること』
なんだそれだけかよ。もっと新人いじめとか、根性焼とかしろよ。
兄貴が分かったといって動き出そうとすると、アイオリアがその首根っこを掴んだ。
『ただし。俺もサガも今は、雑兵だ。雑兵というのは、俺たちみたいに高速で動けないし、音速も無理。超能力だって使えるといってもめったに使えるやつはいないし、使えてもほんのちょっとだ。そこら辺をしっかり頭に叩き込んでくれよ』
兄貴がにごった目を瞬かせた。
どうやら兄貴のつるつる脳みそでは、アイオリアの言葉が理解できていないらしい。『普通のパワーでこの闘技場の清掃を全部しろということか?』
『そう』
『分かった。これだけの人数がいれば、3時までには間に合うだろう』
『分かってないな、サ、ゴンザレス。これは新人の仕事だ。一人でやるんだ。俺は俺で、他の仕事があるから。もし、万が一にも不備があれば俺も怒られるから、きちんとやってくれよ』
やった、これぞまさに新人いじめ!
目が点になった兄貴を残して、アイオリアは闘技場から出て行った。いつの間にか他の雑兵もいなくなっていて、兄貴はただっぴろい闘技場に一人で取り残された。
『子供のアイオリアがやれたのだ、私がやれないわけがない』
兄貴は一人でブツブツいいながら、掃除をし始めた。が、無能な兄貴が普通にやっても終わるわけがなく、あっという間に3時になって他の雑兵とアイオリアが戻ってきた。
『ゴンザレスッ、なんだこれは!!!』
また無駄に偉そうな班長が兄貴の髪の毛を引っ張ると、兄貴を地面にたたきつけ、兄貴の頭を踏みつけた。←いかんのぅ
いいぞ、おっさん。もっとやれ!!
『アイオリア。お前、新人にちゃんといったのか。連帯責任だぞ』
『すみません』
地面に這いつくばっている兄貴に代わって、アイオリアが頭を下げると、
『お前は役立たずだ、他の仕事をやれ。分かってるな、昔散々やっただろう、あれをやってこい』
『分かりました』
あれってなんだ。
こういう時の『あれ』って、なんか素敵ないい響きがする。『行くぞ、ゴンザレス。立て』
兄貴がすくっと立ち上がった。やっぱりあの程度じゃ、なんのダメージも受けてない。一般雑兵のふりをして倒れていただけだ。
『どこに?』
『便所掃除。この闘技場と、それから向こうにある闘技場、宿舎の便所掃除だ』
『この私が、べ、べんじょそうじ!?』←まぁ当然じゃな
うはははは、双子座のサガが便所掃除!最高ッ!!!!
『今はペーペーの雑兵だろう』
アイオリアに冷たく言われて、兄貴は渋々便所掃除を始めた。
便所はお約束で超汚かった。
こいつら、まともに便所も使ったことがないんじゃないかってくらいに、それはもう汚い!←けしからん『便器が白くなるまで磨かないと、もっと酷いことになるからしっかりやってくれよ』
アイオリアが先輩風を吹かせて兄貴に雑巾を渡した。
モップじゃなくて、雑巾で掃除か。
便所の床に這いつくばって、便所の水を浴びながら、兄貴が便所掃除!!
俺はウツルン◎スを持ってこなかったことを後悔した。兄貴が渡された臭そうな雑巾を持って呆然としていると、アイオリアはなんの躊躇もなく小便でよごれた床に膝をついて慣れた手つきで掃除を始めた。←ほうほう
『お前はいつもこんなことをやらされていたのか?』
『そうだよ。子供の時は、もう音速を超えてたけど、それで掃除をしていたら雑兵の奴らには俺が見えなくて、サボっていたと思われたんだ。それで初めて便所掃除をさせられたよ。その後は、なるべく力を抑えて行動するようにしたけど、あいつらは仕事が出来るとか出来ないとかは関係ないんだ。逆賊の弟っていうだけで、もっと酷いこともさせられたしね』←かわいそうにのぅ
『す、すまん。アイオリア……』
『泣く暇があったら、掃除してくれよ』
兄貴が泣いて誤魔化そうとしたが、アイオリアには通じなかった。
『でも、無理しなくていいよ。どうせ、サガにはそんなこと出来ないだろうし。俺がやっておくから、そこら辺で休んでろよ』←ほうほう優しいのぅ
アイオリアは兄貴になーーーーーーーーーーんにも期待をしていなかった。
それもそのはずだ。片や雑兵、片やもと偽教皇。
首の一振りで飯が出てくる生活を送っていた兄貴には出来るはずもない。しかも、あいつ無駄に潔癖だからな。王様とこじき?とかいう童話に似てるな。
でも、二人とも雑兵だからこじきとこじきか?
『わ、わたしはお前の気持ちを理解するために、雑兵になったのだ!!』
兄貴は泣きわめきながら、汚い床に膝をついた。
途端に兄貴が小さな悲鳴をあげて、嗚咽をもらした。ズボンの膝に汚れた床の水がジンワリしみ込んだか。
しかし、俺もアイオリアも目が点になった。
あの無駄に偉そうで、傲慢で、我が儘で馬鹿の兄貴が便所の床に這いつくばって掃除しはじめたのだ。
だがすぐに兄貴の雄たけびがあがった。俺の真似して伸ばしている髪の毛が便器の中に入ったのだ。←汚いのぅ
『無理しなくていいから。返って邪魔だし』
『いや、私はやる!』
兄貴は妙に気合が入っていたが、ショックで泣いていたのを俺は見逃さなかった。
俺の期待を裏切って、兄貴はアイオリアの指導の下、闘技場二つと宿舎の便所掃除を全部終えた頃には夕方になっていた。