★日刊わたしのおねえちゃん

もうすぐ6歳になるムウは、自分の誕生日を知っていた。
誕生日には大きなケーキとプレゼントがもらえる事も知っている。
ムウはシオンの口から「誕生日プレゼントは何がよい?」という言葉が出るのを、今か今かと待ちわびていた。
「ムウや、もうすぐ6歳であるのぅ」
夕飯を食べながら、シオンがようやく誕生日についてふれたので、ムウは大きな紫の瞳を爛々と輝かせた。
「今年のプレゼントは何にしようかのぅ?」
ムウは食器を置いて、シオンをじーっと見上げた。
「どうしても欲しいものがあるのです」
シオンは『こんなに可愛い弟子がいる自分は何て幸福なのだろう』と神に感謝し、だらしないほどに破顔する。
「なんじゃムウやぁぁ。何でもゆうてみよ。余が何でもこうてやる」
「ほんとうにいいのですか? なんでも?」
「何でもよい! 家でも車でも油田でも何でもこうてやる!」
「わーーい、シオンさまありがとう! シオンさま、だいすき!」
椅子から飛び降り、ムウはシオンに駆け寄って膝の上によじ登った。
この一年でムウもすっかり聖闘士としての自覚も芽生え、大人顔負けの知識と口調で周りの者を驚かせていた。しかし、シオンの前ではやはりまだ6歳の小さな子供であった。
「ムウはかわゆいのぅ〜〜。で、何がほしいのじゃ?」
「あのぉ、えぇっとぉぉ〜」
モジモジしている姿も可愛くて、シオンは思わずムウのふくよかな頬に口づけしてしまう。
ムウは肩の辺りで一つに結んだ薄紫色の頭を何度か左右にゆらして、口を開いた。
「ねえちゃんが欲しい!!」
「はぁ?」
「ねえちゃんです、シオンさま」
シオンは首を捻ると、昨年の「にいちゃん欲しい」を思い出しない眉を寄せた。
「昨年、兄が欲しいというて皆に迷惑をかけたであろう。まだ懲りぬのか」
「兄と姉では違います。兄はもう欲しくありません。私はねえちゃんが欲しいのです」
「……ムウや、昨年も言うたが、弟や妹は親が頑張れば出来るものじゃが、先に生まれた兄や姉というのは出来ぬのだぞ」
よもや、ムウがこの年で女に目覚めてしまったのかと、シオンは不安になった。今まで、聖闘士と修復師になるために英才教育をしてきたシオンであった、当然床の英才教育も忘れていない。
逆にそれが災いして、早くに女に興味を持ってしまったのだろうか。
しかしシオンの説明に、がっくり肩を落としたムウが、麻呂眉を寄せ上目遣いで瞳に涙を滲ませると、シオンは鼻の下を伸ばした。
すっかり色仕掛けを覚えたムウのその技に、シオンはころっと騙されたのである。
「どうしても姉が欲しいか、ムウ」
「欲しいです」
シオンは、今にも零れ落ちそうなムウの涙を指でそっと拭うと、
「仕方ないのぅ。男に二言はないのじゃ」
ムウの頬にキスをする。
「本当ですか、シオンさま」
「可愛いムウのためじゃ。年に一回だけのわがままじゃぞ」
「シオンさま、大好きっ」
ぎゅっと首に抱きついたムウに、シオンは生きている悦びを噛み締め小さな尻をいやらしく撫でたのであった。
 
3月27日
突然のシオンの呼び出しで、教皇の間に向かったアイオロスは、シオンの勅命にわが耳を疑った。
「今日から、アイオロスがお前の姉じゃ」
当然、お姉さんがもらえると思っていたムウもわが耳を疑い、そして次に顔を青くした。
ムウは昨年の誕生日に兄を欲しがり、アイオロスの弟となって散々な目にあったことを昨日のことのように覚えていたのだ。
「シオンさま、アイオロスはねえちゃんじゃありません」
「うむ、そうじゃのう。待っておれ、ムウよ」
訳が分らないまま教皇の執務室から連れ出されたアイオロスは、シオンの手に引っ張られ別室に連れて行かれた。
そして数分後、執務室に戻ってきたアイオロスの姿に、ムウは絶句した。
アイオロスが女装をして戻ってきたのである。
「ねえちゃんじゃない!!」
とムウが叫ぶのも当然である。
ムウが姉を欲しがっているとシオンから聞き、馬鹿なムウを思いっきりからかってやろうとノリノリで女装をしたアイオロスであったが、鏡に映った自分の姿に自分でも腹を抱えて笑わずにはいられなかった。すでに170センチを超えた身長とムキムキ筋肉をもった身体に、可愛らしいフリルのワンピースをはちきれんばかりに着た姿は、姉と呼ぶには到底無理がある。
「わがままをいうでない、ムウ。これで我慢せい」
シオンも流石に無理があると思ったが、しかしそれはあえて無視してムウに寛容を強要した。
ムウはぷうっと膨れると、アイオロスを至近距離で見上げる。
自分なりに精一杯の可愛い笑顔を浮かべたアイオロスは、
「おねえちゃんだぞ、ムウ」
と両手を広げてみせる。
ムウは膨れっ面をさらに膨れさせ、アイオロスを睨みつけた。
そして――。
パンパンッ!!
執務室に乾いた音が二回響いた。同時に、うおっとアイオロスが呻く。
突然、ムウが小さな手でアイオロスの股間を叩いたのである。
そしてその手の感触に、ムウはシオンに顔を向けキッと睨みつけた。
「ねえちゃんじゃない! ねえちゃんにはチンチンはありません、シオンさま!」
今度は股間を押さえて蹲るアイオロスのスカートをめくって、ムウは白いブリーフパンツを露出させたのだった。
 

後輩たちの面倒を見ていたサガは、突然シオンに呼び出されウッキウキで教皇の間に向かった。
先に呼び出されたアイオロスに、どうして自分が呼ばれないのかとヤキモキしていた所だったので、ついつい顔が嬉しさに輝いてしまう。
しかし、そんなサガも、瞳に飛び込んできたアイオロスの姿に、シオンに傅くのも忘れて笑い転げた。
「ア、ア、ア、ア、アイオロスッ。何だ、その格好はっ!?」
「えへへへ、まぁ、いろいろ事情があってな」
アイオロスは顔を真っ赤にして頭をかいた。しかしサガの笑いは止まらなかった。
「ぶはははははは、お前にそういう趣味があったなんて。うは、うは、ははははははっ」
あまりのおかしさにサガは膝を折り、ついには床に伏せて文字通り手足をばたつかせて笑い転げた。
「サガ、笑いすぎだ!!」
「だって、だって、だって、だって……うひゃひゃひゃひゃはや、その、すがた……」
笑いすぎてヒーヒーと息も絶え絶えに喋るサガに、さすがのアイオロスもむっとなった。
「教皇、ばっちりやっちゃってください」
「よいのか」
「はい。俺も、笑い転げて馬鹿にしてやりたいです」
自分の運命もしらずに笑い転げるサガに、シオンとアイオロスは無言で頷きあったのであった。

 
シオンとアイオロスに別室に連れてこられたサガは、アイオロスの女装の理由を聞いてわが耳を疑った。
しかし、昨年ムウに「サガは兄じゃない」と即行で拒否されたサガは、リベンジができると思って目を輝かせた。アイオロスが女装すりよりも、絶対自分のほうが綺麗になれるという自信があったからだ。
ムウに取り入れば、シオンともさらに信頼関係を深めることが出来るし、教皇の間の風呂も入り放題で、聖域の自分の地位もさらに固められる。
ムウが年を追うごとに偏屈になっていくのを、サガも分かっていたが、悪の権化であるカノンに比べたら可愛いものである。
「まぁ、どうせ三日もすれば飽きるであろうがのぅ、よしなに頼むぞ」
「このサガ、一生ムウの義姉として頑張ります!」
サガは跪いてシオンに深々と頭を下げると、ニヤリと唇を吊り上げた。
「サガは馬鹿だな……」
つくづくそう思ったアイオロスの声は、姉になる気満々のサガには届かなかった。


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