ボクのお嫁においで

 

ムウの誕生日の翌朝

磨羯宮から降りてきたシュラは、双児宮から軽い足取りで出てきたアイオロスに駆け寄った。

シュラ「おはようございます、アイオロス。朝帰りですか!」

アイオロス「へへへ、まぁな」

シュラ「昨日からずっと探してたんですよっ!!」

アイオロス「しょうがないだろう、ツルツルのすべすべの生足とあそこと、あの美しい姿の誘惑には勝てなくてなぁ」

シュラ「は?」

アイオロス「いや、なんでもない。で、なんで私を探していたんだ?」

シュラ「大事な相談が、ていうか報告があるんです!」

アイオロス「大事な!?」

シュラ「はい! 俺、婚約したんです!」

アイオロス「こ、こんやくーーーーぅ!?!?」

シュラ「はいっ!」

アイオロス「お、おまえ、婚約ってどういう意味か分ってんのか!?」

シュラ「はい、結婚の約束ってことでしょう」

アイオロス「分ってるならいいけど。お前、まだガキの分際で、婚約なんて早いんじゃないか?」

シュラ「でも、もう決めたんです。俺は黄金聖闘士なんですから、他の子供と同じにしないでください。アイオロスだって、同い年の子供と違って、サガと大人みたいなことしてるじゃないですか!」

アイオロス「私はいいんだよ、もう大人なんだから。お前はまだ子供だろう。まさか相手に騙されてるんじゃないだろうな! 相手はどこのどいつだ!」

シュラ「ムウの姉さんです」

アイオロス「はぁぁぁぁぁ!?」

シュラ「アイオロスは知らないかもしれませんが、ムウにお姉さんがいるんですよ」

アイオロス「ムウの、ねえちゃん!?」

シュラ「はい! ムウのお姉さんです」

アイオロス「……て、どのねぇちゃんだ?」

シュラ「え゛っ!? いっぱいいるんですか?」

アイオロス「ああ、3人ほどな。一番上のねぇちゃんは、背が高いマッチョでおかまっぽい」

シュラ「じゃぁ、そのお姉さんじゃないです」

アイオロス「2番目のねぇちゃんは、えへへへへへ、これがすっごいベッピンさんで、可愛くて、優しくて、ナイスバディの子だ」

シュラ「ナイスバディで優しい? じゃぁ、そのお姉さんも違います」

アイオロス「ちなみに、そのねぇちゃんは俺のお嫁さんだからな」

シュラ「え゛っ!? アイオロスは女の子に興味があるんですか!?」

アイオロス「は? 私はサガならなんでもいいんだ!」

シュラ「はぁぁぁ!?」

訳の分らないアイオロスの言葉に、シュラは首をかしげまくった。どうやら自分はまだまだギリシャ語をマスターしきれていないらしく、アイオロスの言葉が理解できないとシュラは思った。

アイオロス「長女と次女じゃないってことは、一番下のねぇちゃんか。色の黒い、濃紺の髪の毛の子だろう?」

アイオロスがくすくすと笑いながら言うと、シュラは粒目を輝かせた。

シュラ「はい! その子に間違いありません!」

アイオロス「あははははっ、そっか、そっか。で、なんでまたあんなのを嫁さんに?」

シュラ「だって昨日、俺……彼女の素顔見ちゃったんです」

ああ、とアイオロスは頷いた。昨日行われたムウとデスマスクのレベルの低い争いの詳細は、アイオロスも知っている。

シュラ「俺、黄金聖闘士だから、あの子が俺を殺せるわけないし、俺だって死にたくないし」

アイオロス「まぁ、男なら責任とってやらなくちゃなぁ。しかし、好きでもない子と、しかもあれと結婚かぁ、かわいそうにな」

シュラ「いえ、かわいそうじゃないです。俺……、その、あの……」

アイオロス「どうしたモジモジして? 便所ならさっさと行け」

シュラ「違いますよ! 俺、あの子となら結婚してもいいかなぁって! ていうか、むしろそうなりたいなぁって」

アイオロス「はぁぁ? まじか!?」

シュラ「はい! 確かに、性格は勝気でちょっと乱暴なところもあるけど、それは女聖闘士だから仕方ないですよ。黄金聖闘士相手に臆するどころか、まったく対等に口を利いてくれたのも新鮮だったし。それに、アイオロスはあの子の素顔をしらないからそんなことを言うんです。素顔はすーーーーーーっごく可愛いんですよっ!!」

アイオロス「か、かわいい!?」

シュラはかーっと顔を真っ赤にさせると、身体をもじつかせた。

シュラ「はい、すっごく。目は釣り目で大きくて、鼻筋も通ってて、表情が豊かで、歯も白くて……とにかく、本当に可愛いんですよっ!!」

頬をばら色に染めて、将来のお嫁さんのデスマスクについて熱く語るシュラを、アイオロスはしばらくポカーンと見つめていた。

シュラ「あんな可愛い子をお嫁さんに出来るなんて、俺幸せです。ちょっとがさつだけど、きっと大きくなったらもっとおしとやかになりますよ。俺もあの子に尊敬されるような立派な黄金聖闘士にならなくちゃです!」

アイオロス「そ、そっか。ならあの子を幸せにしてやれよ」

シュラ「はいっ、この命にかけて!」

引きつった笑みを浮かべながらアイオロスはシュラの頭を優しく撫でたのだった。

 

翌日

シュラは教皇の間の廊下で若い女官をナンパしているデスマスクを見つけると、鼻の穴を膨らませ斜に構えて声をかけた。

シュラ「デスマスク、そんなに女の子相手にヘラヘラちゃらちゃらして、見っとも無いぞ」

デスマスク「よぉ、シュラ。なんでぇい、いきなり喧嘩うろーってぇのか?」

シュラ「おっと、大人の俺様は、そんなことで喧嘩なんかしないぜ」

デスマスク「はぁん? この前までろくにギリシャ語も喋れなかったくせに、何を大口叩いてるんだ!」

シュラ「大口じゃないさ。俺はしっかりと将来を見据えて話してるんだぜ。子供みたいにすぐに喧嘩したり、見境なく女の子に声をかけたりなんて、黄金聖闘士としてみっともないと思わないのか?」

デスマスク「はぁぁぁ? おめーだってこの前まで、俺の後にひっついて女の子相手に媚売ってたじゃねぇよかよ!」

シュラ「ふふん、それはこの前までの話だぜ。今の俺は、違うんだ」

デスマスク「どうちがうんだよ!」

シュラ「聞いて驚け! 婚約者が出来たんだ!」

デスマスク「こ、こんやくしゃ!?」

シュラ「そうともよ! 俺は近いうち家庭を持って、心身ともに大人の仲間入りだ。お前みたいな中途半端な女好きのナンパ小僧とは違うのさっ」

デスマスク「まじで? 相手は誰よ」

シュラ「下半身で生きているお前に教えられるかよ。俺の可愛いお嫁さんが、お前に悪戯されちゃぁこまるからな。まぁ、これだけは教えておいてやるぜ、すげぇぇぇ可愛い女の子なんだぜ」

デスマスク「すげぇぇぇ可愛い女の子?(ごくり)」

シュラ「俺が即、結婚OKするくらいの可愛い女の子だ!」

デスマスク「ていうことは、相手から申し込まれたのか?」

シュラ「当然だろう。俺は黄金聖闘士だぜ」

デスマスク「お前も物好きだなぁ。まだまだこの先人生長いっていうのに、もう自分の将来を決めちまってよう。もっと遊べばいいのに」

シュラ「何を言ってるんだ。愛する人を思う毎日はすっごく楽しくて、幸せなんだぞ。なんかアイオロスがいつも楽しそうにしている理由が分った気がする!」

デスマスク「よくもまぁ、そんな大事なことを今、決められるなぁ。よっぽどその子は、可愛いんだろうな」

シュラ「ああ、すっごく可愛い。絶対お前だって気に入って、俺から奪いたくなるに決まってる! だから誰だか教えないっ!」

デスマスク「はいはい、わかった、わかった。どうせ騙されてるんだろう。そんなの黄金聖闘士の金や地位目当てで寄ってくる女にきまってらぁ」

シュラ「彼女は違うっ! 彼女は、俺が黄金聖闘士だからって、媚びへつらったりしなかった! それにムウの姉なんだから、黄金聖闘士どころか教皇だって、彼女にとっては珍しい存在じゃないっ!!」

デスマスク「ムウのあね!?」

シュラ「しまった!!! な、なんでもない! それじゃな!」

デスマスク「ま、まさか……」

逃げるように去っていくシュラに、デスマスクは冷や汗を流しながらうなり声をあげたのだった。

 

それから数週間後

突然シオンに呼び出されたシュラは、緊張の面持ちで執務室の扉を叩いた。

まさかいよいよ本格的に婚約の手続きかと、浮き足立つ。

教皇シオン「山羊よ、最近女聖闘士の訓練所の近くをうろうろしておるそうじゃのう。苦情がきておるぞ」

シュラ「え!?」

教皇シオン「お前も思春期ゆえ、そういうことに興味を持つのは構わぬ。しかし、お前は黄金聖闘士なのじゃから、もっと素行に気をつけねばならぬぞ。そんなにあからさまに盛っておっては、みっともないであろう」

シュラ「お、お言葉ですが、教皇様。私は、べつに盛っているわけではなく……」

教皇シオン「言い訳は見苦しい! 女子共から、山羊座のいやらしい視線が気持ち悪いと苦情が来ておる」

シュラはきゅっと唇をかみ締めると、突然地に額を擦りつけた。

シュラ「教皇様、実はご報告があります。実は、私、このたび婚約者が出来まして、その婚約者を探していたのでございます」

教皇シオン「は!?」

シュラ「相手は教皇様もよぉぉぉぉくご存知の人です」

教皇シオン「……まさか女聖闘士か? 素顔を見たのじゃな?」

シュラ「はい」

教皇シオン「しかし余が良く知るということは、どういうことじゃ」

シュラ「はい。その相手というのは、ほかならぬムウの三番目の姉なのでございます」

教皇シオン「ぷっ!」

とシオンが思わず吹き出した。

教皇シオン「ムウに姉はおらぬぞ」

シュラ「どうか隠さないでください。私は彼女を愛してます!! どうか彼女をボクのお嫁さんにくださいっ!!!!!!」

教皇シオン「……愚かじゃのぅ」

シュラ「え?」

教皇シオン「愚か者というたのじゃ」

シュラ「しかし、教皇。女聖闘士は素顔を見られたら、その者を殺すか愛するしかないという掟があるではありませんか」

教皇シオン「では殺されるが良い」

シュラ「しかし私は、黄金聖闘士です。どうして女聖闘士ごときに殺されるでしょうか。それに……、彼女のことを愛しているんです」

シオンはこめかみを抑えると、クリスタルのベルを鳴らしてサガを呼んだ。


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