兄貴といっしょ8(正義の戦士アイスマン登場!)

 

10歳になるアイオロス少年は、夕日に紅く染まった十二宮の階段をものすごい勢いで駆け上がっていた。

シオンに預けたアイオリア(3歳)の迎えを、一時間ほど前にサガに頼んだのだが、サガが未だに帰ってこないのである。

シオンがアイオロスの顔を見るたびに小言を口うるさく言うので、思わずサガにアイオリアの迎えを頼ってしまったのだ。

しかしサガは一向に戻ってくる気配がない。

一時間しても帰ってこないとなると、答えは一つである。

今頃サガは、いつものようにシオンにエロエロにされ、シクシクと泣いているに違いない。

アイオロスは自分の短慮を呪いながら、教皇の間に駆け込んだ。

そして教皇の執務室まで来ると、荘厳な扉の前で足を止めた。扉の前で雑兵と神官がアイオロスを通せんぼしているのである。

「教皇はっ?!」

まるで威嚇をするようにアイオロスは神官を睨み上げた。

「教皇さまは今執務中で、誰ともお会いになれません」

その剣幕に少々驚きながらも、神官は笑顔を作った。

――誰にも会わない。

その言葉に、ますますアイオロスの不安がつのる。

シオンが他の人間を排除してやることなど、たった一つしか考えられない。

「仕事じゃなくて、サガにエッチなことしてんだろっ! そこをどけよ、どかないとただじゃおかないぞ!!」

「ア、アイオロスさま、なんということを! サガさまはこちらにはおられません」

絶句する神官にアイオロスはなおも詰め寄った。教皇の間にいる神官と雑兵がシオンの命令に決して逆らわず、意のままに動くことをアイオロスは熟知しているのだ。

「うそをつくな、サガがウチのチビ助を迎えにここに来たのは間違いないんだ! 教皇とサガは中にいるんだろう、どけよっ!!」

「落ち着いてくださいアイオロスさま。サガさまでしたら、教皇様の御寝所に――」

アイオロスはそこまで聞くと、光速で走り出した。

サガが寝室で本格的に教皇にいいようにされていようとは。

「サガッ! サガッ! サガッ! ごめん、俺がアイオリアの迎えを頼んだばっかりにぃーーーーっ!!」

雄たけびを上げながら走ってくるアイオロスに、寝室の前で見張りをしていた雑兵はちびりそうになった。

「おい、そこをどけ。中にサガがいるだろう!」

「はい。サガさまは先ほどから新しいおもちゃに夢中になっております」

「お、お、おもちゃ〜〜!?」

アイオロスは顔面蒼白になった。

シオンの寝室に、いやらしい玩具がたくさんあるのを彼はよく知っている。それにサガが夢中になって、エロエロしてシクシク泣いている姿が脳裏に浮かび、アイオロスはますます血の気を失った。

シオン教皇が執務室で仕事の間、サガは玩具を突っ込まれ放置プレイ中なのだ。

「そこをどけ」

アイオロスは叫ぶと、雑兵を押しのけ寝室に飛び込んだ。

 

穢れの無い四つの瞳が一斉にアイオロスを見た。

色とりどりの小さなブロックに囲まれたアイオリアとムウが、目を丸くするアイオロスを仰ぎ見ているのだ。

その傍らで、小さい二人と同じようにサガもペタンと床に座り込んでいた。しかしこちらは、アイオロスをちらりと見ただけですぐに視線を落とした。

「にいちゃん♪」

柄杓のように合わせた両手の上に、茶色い何かをのせたアイオリアが、弾んだ声でトテトテと兄の足元に走ってくる。

それを見てアイオロスはさらに首をかしげ、眉を寄せた。

「アイオリア、お前なにやってるんだ」

「エゴッ!」

エゴ?

アイオロスは首をかしげると、床に座って何かを夢中で弄っていたサガが口を開く。

「レゴだよ、アイオロス。ブロックを組み立てて遊ぶ玩具だ。神官の一人が、ムウやアイオリアにって、お子さんが使っていたのをくれたのだそうだ」

「で、それでずっと遊んでいたのか?」

サガはアイオロスに首だけを振って答えた。

「心配したんだぞ!!」

「ごめん。アイオリアを迎えにいったら、寝室でムウとレゴで遊んでいるといわれてね。いろいろな種類のブロックがあって、組み合わせによっていろいろな物が作れるんだ。一度やってみると、想像力をかき立てられて、面白いんだよ」

なるほど、それでサガは先ほどから夢中で何かを作っているわけか、とアイオロスは納得した。

しかし、その間自分がどれほどサガのこと思い、心配したか。

アイオロスはむっと顔をしかめる。

「遊んでいるなら遊んでいると連絡くらいしてくれよ。こっちはすっごい心配したんぞ!」

「だったら最初から自分でアイオリアを迎えに行けばよかっただろう」

「うっ、そ、それはそうなんだけど」

アイオロスは二の句が告げなかった。数分前まで自分でもそう思っていたのだから仕方が無い。

悪いのは、後先考えずにサガに弟の迎えを頼んでしまった自分なのだ。

「でも、今日は感謝しているよ。玩具で遊ぶなんて何年ぶりだろう、童心にかえった気分だよ。シオンさまも、たまには遊んでいいとおっしゃってくれたし」

まだ十一歳にもかかわらず童心にかえるというのは少々おかしい話だが、幼い頃から聖闘士としての訓練の毎日を過ごしていた彼らは普通の子供とは違っているのである。

少々不貞腐れたアイオロスのズボンを、くいっくいっとアイオリアがひっぱった。

「にいちゃん、見て! リアがつくったの」

アイオリアが背伸びをしてアイオロスに両手を伸ばす。

弟の小さい手のひらにのった茶色の物体に、アイオロスは首をひねった。

どっからどうみても、適当にブロックをくっつけただけにしか見えない。

「なんだこれ?」

「うんちっ!」

げっ! とアイオロスは頬を引きつらせた。アイオリアは満面の笑みを浮かべて、アイオロスにほめてほめてと瞳で訴えている。

「ばか、こんなもん作るなよ」

アイオロスは露骨に顔をしかめて、アイオリアの頭を軽くこつく。

ウルッと涙目になったアイオリアは、赤い頬っぺを膨らませた。

このくらいの年齢の子供は、大抵ウンチネタが好きなのである。アイオロスだってそいう時期があったのだが、当の本人はそれをまったく覚えていない。

「あ〜、もう。泣くな、泣くな。もっとまともなもん作れよ、なっ、アイオリア」

うんっ、と小さく頷いたアイオリアは、ウンチを握り締めてブロックの山に戻ると、ムウの隣に座る。

ムウもサガもレゴを組み立てるのに夢中で、アイオロスのことなど気にもとめていない。

そんなに面白い物なのかと、アイオロスも三人に輪の中に入って、床に座った。

そしてアイオロスはブロックの山を見回した。赤、青、黄、緑、白、黒、とさまざまな色のブロックがある。しかもよく見れば、その形も千差万別であった。

とりあえず赤いブロックと青いブロックを取り、凹凸にあわせて重ね合わせてみる。

しかし、これで一体なにを作ればいいのか分らない。

アイオロスは辺りを見回すと、箱を見つけて手に取った。

『バイキングセット』

と書かれた箱には、レゴで作られたバイキング城とバイキングの写真が印刷されている。

なるほどこういう風に作るのかと関心はしてみたものの、アイオロスにはこんなチマイ作業は到底出来そうに無い。

「にいちゃん、あげゆ」

隣に座ったアイオリアが、自分が使わないブロックをアイオロスの足元に寄せる。

こんなものによく夢中になれるなと思って、アイオロスはアイオリアを見る。

「お前、今度はなにを作ったんだ?」

「おっきウンチ!」

満面の笑みで答えるアイオリアに、アイオロスは肩を落とし、

「違うもの作れって」

大きいウンチをアイオリアから取り上げると、そのアイオリアが再び茶色のブロックを手に取ったので、

「もっと大きいウンチはなしだぞ」

とその小さい手に赤いブロックを乗せたのであった。

 

赤いブロックを真剣な眼で見つめるアイオリアの周りにある組み立てられたさまざまなブロック郡を見て、アイオロスは自分の弟のセンスの無さを嘆いた。朝から今までの間、レゴを組み立ていたにも関わらず、物として認識できるものが何も無い。

自分がレゴブロックで、なんの創作意欲もわかなかったことは、当然棚上げである。

しかしそれがたった三歳の子供の限界なのであろうと、アイオロスはあきらめてムウを見た。


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