アテネの休日

1時間ほどで食事を終え、早々にムウとアルデバランは席を立った。ムウの悪寒がやまず、居心地が悪すぎるからだ。
それと同時にシオンも席を立ち、アイオロスは慌てて会計をすますと先にムウの後をつけていったシオンを追いかけた。
もちろんミロとカノンはシオンとアイオロスを追い、カミュとサガはミロとカノンを追いかける。
破れたうえに穴のあいた新聞で顔をかくしたまま人ごみの中に突撃していったシオンにすぐに追いついたアイオロスは、先ほどと同じようにシオンの腕を掴んだ。
「教皇、じゃなくて、シオン。勝手に行かないで下さいよ」
「もたもたしていたらムウを見失ってしまうではないか!」
「タベルナっていうのは、食べ終わったらお金払わなきゃいけないんですよ」
「お前に金を渡したであろう」
「それに、そんな破けた新聞もって馬鹿みたいですよ」
「……では、新しいものを買って来い」
「買ってきますけど、必ずここで待っててくださいよ。……いや、一緒に行きましょう」
シオンの腕をアイオロスが無理やり引いた瞬間、カノンはタイミングよくカメラのシャッターをおした。
「なんだ、なんだ、ホモの修羅場か?いいぞ、もっとやれ、くくく……」
ミロは不気味な笑い声をもらすカノンの肩を叩き、シオンとアイオロスが向かった方向と反対を指差した。その先には人ごみの中からひょこり頭が飛び出ている。
「やっぱりムウとアルデバランの尾行じゃん」
「それがどうした」
「せっかく教皇とアイオロスがデキてる証拠おさえたと思ったのにな」
「馬鹿サソリ、だからお前はミロたんなのだ。その少ない脳みそでよぉぉく考えろ」
「……わかんねぇ」
「いいか、どうしてただの尾行なのに、手つないで歩いたり、タベルナで『あーーん』っと飯くったりしなきゃいけないんだ?」
「ゲイのカップル演出してんじゃないの?」
「尾行するなら、俺みたいに世を忍んでこっそりつけるべきだ」
「つまり?」
「尾行と称してデートしてるんだ」
「なるほど、言われてみれば確かにそんな気がする」
「大体ムウたちは右に曲がったのに、何で教皇は左にいった?」
「そうか……、そうだよな」
「やっぱりあいつらはデキてるんだ」
「デキてるのか……教皇×アイオロス?アイオロス×教皇?」
「そんなことまで知るか」
アイオロスとシオンが新しい新聞と雑誌をキヨスクで手に入れ、来た道を戻ってきたのでミロとカノンは慌てて路地の奥に隠れた。
そしてムウたちが進んでいった方向へシオンたちも向かう。
何度も後ろを振り返りながらもたもた歩く落ち着きのないムウに、アルデバランは立ち止まって提案した。
「ムウ、おびきだそう」
「え?」
「教皇様をおびき出そう。本当にいらっしゃるならどこまでもついてくるはずだろう」
「でも、どうやって?」
「そうだな、どこか店に入るか」
アルデバランはムウの手を握ると、少し先の土産物店の中へと入った。
絵葉書や彫刻品、レプリカの壷がずらりと並んだ店内にムウは目を瞬かせた。
大理石でできた小さなアテナ像が沢山並んでいるのである。ギリシャの古代神を信仰しているものは稀であり、ギリシャの国教はギリシャ正教のはずである。幼い頃、ムウはシオンからそう教わった。
「あ、アルデバラン……どうしてこんなに女神像があるのでしょうか。しかもこんなに沢山」
「それは土産物だな」
「……買っていって、家で祈るのですか?」
真剣に突拍子もないことを尋ねるムウにアルデバランはおもわず噴出してしまった。
「ははは。旅の思い出に飾っておくのではないか」
「置物ですか……。女神がギャラクシアンウォーズとやらをテレビで放映した効果でアテナ教が布教したのですかね?」
「テレビ放映する前から定番の土産物だからなぁ」
ムウは50cmほどある大きな女神像を片手で持ち上げ、しげしげと像を見つめた。
「シオンさまにお土産に買っていきましょうか。きっと女神像がこんなに売ってると知ったら驚きますよ」
シオンの目が点になった姿を想像してクスクスと笑ったムウの頬が、突然ひきつりアルデバランは驚いた。
そしてムウは女神像をあった場所に戻すと、テレパシーでアルデバランに話し掛ける。
『アルデバラン、左の柱を見てください』
ムウに従いアルデバランは左を向いた。柱はステンレスで覆われている。
『柱に赤いバンダナの男が映っていませんか?』
磨かれたステンレスには店の外が映っており、道行く観光客や向いの店舗がよく見える。アルデバランはよく柱をみると、向いの店舗の奥に赤いバンダナを頭にかぶった長身の男がいる事に気がついた。
『あれ、アイオロスですよね』
アルデバランは頷いた。
『シオンさまはアイオロスと一緒にいるのでしたよね』
今度は頷くことが出来ず、そしてアルデバランはムウと同時に深いため息をついてしまった。
ステンレスの柱に小さく映ったスーツの男がシオンであると気がついたからだ。
変装してまで自分を追いまわしにきたシオンに呆れ果て、二人はもう一度ため息をついた。

ムウを見張るために入った店で、シオンは弟子が予想したとおり沢山並んだ女神像に目を点にしていた。女神像だけではなく、ニケやアポロンなどもある。
自分の信じる神の像が、わずか10ユーロや20ユーロで売られていることに衝撃を受けたのだ。
そのせいで、シオンは尾行がムウたちにバレてしまったことに気が付かなかった。ムウにとってはまさに女神の加護である。
アイオロスは驚いているシオンを楽しそうに観察して、適当にウソを吹き込んでいた。
「シオン、この女神像はシュラがバイトで作ってるらしいですよ」
シオンはアフロディーテが書いた柳眉をぴくりと吊り上げた。
「先週はでかい女神像が200ユーロで売れたからって、飯おごってくれました」
「……それはまことであるか、アイオロス」
「さぁ、どうでしょう。シュラのギャグかもしれないですけど」
「けしからん、まったくもってけしからん」
「まぁ、いいじゃないですか。この像が売れることによりご飯を食べられる人がいるんですから。女神もこのくらいのことじゃ怒りませんよ。女神だって自分の写真集出すとかいって張り切っててるんですから」
何よりも一番困ったことをしているのが女神である沙織本人であることを思い出し、シオンは軽く頭をふって気を取り直した。
新しく買った新聞で顔を隠しシオンが向いの店を見ると、ムウとアルデバランがレジで何かを買っていた。二人が店をでると、アイオロスとシオンも店を出る。
ムウとアルデバランはシオンとアイオロスに気付いた様子を見せず、仲良さそうに話しながら右に曲がり、路地へと入った。
そしてアイオロスとシオンがその路地を曲がると、二人の姿は跡形もなく消えていたのであった。


Next