アテネの休日

瞬間移動であっさりシオンとアイオロスをまいたムウはビルの上で勝ち誇ったように笑った途端、咳込んだ。
移動したはいいが、排気ガスの充満した通りに面した建物の屋上にでてきてしまったのだ。
アルデバランは下をみて、現在位置を確認した。シンタグマ広場に面したホテルの屋上である。
「アルデバラン、再びシオン様に見つかる前に逃げましょう」
二人は目を合わせて頷くとビルの中へ入り、エレベーターで地上へと降りた。

確かにこの路地へと入っていったムウが影も形も消えており、シオンは眉をよせた。
「アイオロス、ムウはどこじゃ?」
「あれ、いなくなっちゃいましたねぇ」
「あれではない、あれでは!!ムウはどこへ行ったのじゃ?!まさか誘拐!?」
「アルデバランからムウを誘拐しようなんて考えるのはシオンしかいませんよ。落ち着いてください。瞬間移動でどこかに行ったんじゃないですか?」
「こんな街中で瞬間移動など……魔女狩りに捕まったらどうするのじゃ!!余のムウがぁぁぁ!!」
自称248歳のシオンであるが、この時代遅れっぷりからすると本当は500〜1000歳くらいなのではないかと、アイオロスは疑念を感じざるをえなかった。
「シオン、しつこいようですがムウなら捕まっても瞬間移動で逃げられるでしょう。どうしてそうやって余計な心配ばかりするんですか」
「余はムウが可愛い!!あんな可愛い弟子の心配をせぬ師などおらぬわ!心配はしてしすぎることなどないのじゃ!」
うんざりしてアイオロスは顔をゆがめた。弟子馬鹿にもほどがある。
「あ〜〜……あ、そうだ。きっとマーケットですよ。あっちです、あっち」
路地とはいえ騒がれてはたまったものではないので、アイオロスはムウたちが向かったシンタグマ広場とは反対の方向を指差した。が、
「こっちじゃ」
と、シオンはシンタグマ広場の方向を指差した。アイオロスはムウとアルデバランがどこへ行ったかは知らない。たまたま反対の方向を指しただけなのだ。
「余の小宇宙がムウがあっちにいるとゆうておる」
「あっちって……博物館にでも行ったんですかね?」
「余の勘に狂いはない。あっちじゃ、連れてゆけ」
「は、はぁ……」
シオンの指した方向へ行くには途中にギリシャ正教の本山であるミトレオポス教会がある。そこで適当に時間を稼ぐことにして、アイオロスはシオンを連れて路地をすすんだ。
予想通りミトロポレオス大聖堂の前を通ると、シオンは自主的に立ち寄って神に祈り始めた。
救う神なら何でもいいのか、シオンは祭壇の前で膝をつき、ちらほらといる参拝者の中で誰よりも長く祈っている。
あまりにも長々と祈っているので、アイオロスは外で待っていると妙な気配に気付き周囲を見回した。
しかし周囲には観光客が教会の写真をとっているくらいで、教会内のシオン以外には特に変わった人物はいない。
20分ほど待つと、不敵に笑いながらシオンが教会から出てきた。
「ふふふふ、天啓じゃ。広場の角にて待てば必ずやムウはあらわれよう!」
シオンの不気味な笑い声に、絶対悪魔に祈っていたに違いないとアイオロスは確信した。シャカの当てにならない神託と違い、シオンの口から出ると何故か信憑性がある。
全く道を知らないはずなのに、シオンは一人で颯爽とシンタグマ広場への道を歩いていった。

シンタグマ広場に近い本屋で、またしても大量に買い込んだムウにアルデバランは半ば呆れていた。
料理のコーナーの本棚はほとんど空だ。ムウは次から次へと本を手に取り、ペラペラとめくってはアルデバランに本を渡し、あっというまに正面が見えなくなるほど山積みになった。
「ムウ、これ全部買うのか?」
「はい。聖域の図書館にちょっとしか料理の本がないのです」
「……だからといって、全部買うことないだろう」
「全部ではないですよ。似たような本は買いません」
僅かに棚に残された本をみてアルデバランは苦笑いを浮かべた。アフリカ料理の本など買って、ムウはライオンのステーキでも作るつもりなのだろうか。ベトナム料理の本を買ったところで食材が入手できるかどうかあやしいものである。
「あまり無駄遣いすると教皇様におこられるぞ」
「大丈夫です。『シオンさまに美味しいものを食べていただきたかったのです』、とでもいっておけばちょろいですよ」
ムウはふっとスカして笑った。流石は弟子といおうか、シオンの機嫌のとり方を熟知している。
レジに本を積み上げ、またしても200ユーロ札を出しても嫌な顔をされないほど金を払い、ダンボール箱に本を詰めてもらった。
アルデバランの巨体を見上げた店員からは「持てますか?」という言葉はでてこない。
本屋なのに二人でダンボール箱を抱えて店から出てくる姿は少々異様であった。
先ほどと同じように人気のない路地に入り、本の入ったダンボールを念動力で飛ばすとムウとアルデバランはコロナキの方へ向かった。

一方、勘だけでシンタグマ広場に到着したシオンは周囲を見回すとスッと腕を伸ばし指差した。
「あそこじゃ。あそこにて待つぞ」
「はぁ、そうですか」
驚いたことにシオンが指したのは老舗の高級ホテルであった。シオンはそこがホテルであり1階にラウンジがあることを知らない筈である。
アイオロスとシオンが建物内に入る姿をぬかりなく写真に収めたカノンは大げさにガッツポーズをとった。
「ははは!やはりあいつらデキてるぞ!!よりによってホテルに入っていくとはな!!」
「あーあ、これからホテルでしっぽりズボズボうっふんあっはんかなー」
ミロの問いにカノンはうっかりホモに濡れ場を想像し、嫌そうな顔をしながらも頷いた。
「てことはしばらく出てこないよな。俺、腹減ったんだけど」
時間は既に2時をまわっている。ミロは腹をおさえて周囲を見回した。マクドナルドとサンドウィッチショップがある。デニムのポケットに手を入れてミロは残金を確認すると、小走りにサンドウィッチショップへ向かった。


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