アテネの休日

同じ頃、カミュもサガに空腹を訴えたが、まったく相手にされなかった。
「ほれみたことか。やはりカノンは国会議事堂を爆破するつもりなのだ……早く止めなければ!」
「サガ、私にはカノンはベンチに座ってミロと食事しているだけのようにしか見えませんが?」
「目の前に国会議事堂があるではないか!!」
「どうして国会議事堂があるからといって、カノンが爆破するのですか?」
「カノンが国会議事堂を見て爆破しないわけないだろう!!」
あまりのサガの思い込みの激しさに、この人は聖域ら出してはいけないとカミュは思わざるをえなかった。
「こんなところにいつまでも立ってたら怪しまれます。とりあえず店に入りましょう」
プラカの路地と違い、シンタグマ広場に面した人通りの多い道で身を隠すのはなかなか難しい。目を血走らせ今にもカノンに殴りかかろうとするサガの髪を掴んでカミュはマクドナルドへと入った。
ハンバーガーとフライドポテト、オレンジジュースをそれぞれ二つずつ頼み、カミュは外の見える席を陣取った。
道路を挟んだシンタグマ広場にいるカノンとミロに今の所動きはないが、サガは気になって気になって気になって仕方ないらしく、まったく食事に手をつけない。
5分たってもカノンとミロは動かなかった。
10分たっても動かない
20分たってもまだ動かない
30分たってもやっぱり動かない
イライラを募らせサガの髪がハラリと抜けてもカノンとミロはシンタグマ広場のベンチに座ったまま全く動こうとしないのだ。
「あいつらは一体何をしているのだ……」
「ふっ、私たちと同じデートではないですか?」
カミュの返答にサガは目を点にした。
「は?何を言っている??」
「こうしてブラブラとアテネの街を歩き、まるでデートのようではないですか」
ブラブラではなくコソコソの間違いだろうとサガは思ったが、あまりにも馬鹿らしくて問い詰める気も起こらなかった。

1時間待ってもムウとアルデバランは現れなかった。
窓側の席を陣取り、シオンは長い睫を伏せたままじっとしている。
上質なスーツを身にまとい、透き通った白い肌に上品な顔立ち、高貴な雰囲気のシオンと真っ黒に日焼けしワイルドな雰囲気にカジュアルすぎる格好のアイオロスははなはだおかしな組み合わせで、何気にホテル内で注目を集めていた。
しかもシオンは目を閉じたまま、紅茶に手をつけようともせず、反対にアイオロスは次から次へとケーキやサンドウィッチを注文し、片っ端から平らげている。
一見シオンは眠っているようではあるが、精神を集中させムウを探しているのだ。
もうすぐ4月で、大分日は延びたが3時を過ぎると夕方の日差しに代わり始めた。もう2時間もすれば日は沈み夜の帳が下りるであろう。
全く動きのないミロとカノンについに痺れを切らせたサガが飛び出した。サガを止めようとカミュも席を立ったが間一髪間に合わなかったのだ。
突然後ろから頭を鷲掴みにされたカノンは、振り返って相手を殴ろうとした瞬間固まった。
「カノン、ここで何をしている!?テロの下見か?準備か?!要人の暗殺か?!」
カノンがサガの手を振り払うよりも早く、カミュが横からサガの手を掴みミロを驚かせた。
「あれ、カミュ??何やってんの?」
「それは私の台詞だ、ミロ。何をやっている」
「ん?俺?教皇の観察」
あっさりとミロが白状してしまい、カノンは舌打ちした。そして、カノンの悪知恵ばかりが詰った脳がフル回転をはじめた。
「教皇とアイオロスの観察してんだよ。兄貴こそ何やってんだ?カミュとデートか?」
教皇にアイオロスと思いも寄らぬ名前を出されうろたえているサガに代わってカミュが返事をした。
「ふむ、やっぱりデートにみえるそうですよサガ」
カミュが唇を吊り上げて笑うと、ミロが不愉快そうに眉を寄せる。
「マジ?マジデートなの?」
「ミロ、お前が行方不明になったから探しにきたのだ」
「へ?俺?アテネにいるって言ったじゃん」
「お前こそカノンとデートか?」
「だから、教皇の観察だってばさ」
ミロが状況を説明しようとするとカノンが割って入り説明をはじめた。
「俺が教皇の間に飯をくいにいったところ、怪しげな二人組みが教皇の間から出て行くのを目撃したんで、あとをつけてみたところ何と変装した教皇とアイオロスだったのだ」
「マジだ、マジ!教皇とアイオロスがデートしてんだよ!!」
カノン一人の主張ならウソと決まっているが、ミロまで口裏を合わせてウソをつくとは考えにくく、サガはますますうろたえた。
「お、お、お、お前達……他人のプライベートを邪魔したらいかんと思うぞ……」
目を泳がせながら言うサガにカノンは更に追い討ちをかけた。
「それで今、教皇とアイオロスはそこのホテルでしっぽりズボズボうっふんあっはの最中だ」
「んだ、んだ、ホテルに入っていくのちゃーんっと写真にとったから間違いねぇ!」
予想の遥か斜め上を行く事態にサガは何と返したらいいのかわからず、金魚のように口をパクパクさせる。
「んでさ、出てくるの待ってんだよね。もしかしたら今日はここで野宿かもしれないから、カミュ帰っていいよ」
ミロはカミュにニヤニヤ笑いながら手を出した。
「なんだ、ミロ?」
「金ちょーだい。カメラと昼食かったら小遣いなくなっちゃった。あ、サガでもいいや。カノンの飯代俺が出したから」
ミロはサガにも手を出したが、サガはそれどころではないらしい。
「しかし、信憑性のない話だな。アイオロスと教皇様はアテネの視察ではないのか?」
カミュの問いにミロはぶんぶんと首を横に振った
「だって、手繋いで歩いていたし、タベルナであーーん、とかしながら飯くってたんだぜ!」
ミロの目撃証言にカノンが頷くと、サガが鼻で笑った。
「ふっ、ミロ……お前はカノンからウソのつき方を教わったようだな」
サガの言葉にムっとしたのはミロだけではなかった。カノンもカミュも眉を吊り上げた。
「俺は正義の聖闘士だぞ!ウソなんてつくもんか」
「ミロ、お前はカノンに洗脳されているのだ。髪を見せてみろ、先のほうが黒くなり始めているぞ」
「お前と一緒にするな!俺は人間だ!」
ミロはボサボサの髪をつかむと、サガに髪の先を突きつけた。当然金色で黒くなどなってはいない。
「あ、出てきた!!」
カノンがそう言ってカメラのシャッターを押すと、サガは衝撃的瞬間を目撃してしまい、顎が外れるほど驚いた。

頭にすっぽりバンダナを被ってこそはいるが、その下の日焼けした顔は確かにアイオロスである。そして連れは、言われてみればシオンっぽい。髪型はともかく、何故に眉毛があるのかサガには理解できなかった。
「……他人の空似だろう。世の中には自分に似た人間が5人はいるというからな」
真っ向から現実を否定したサガにカノンは邪悪な笑みを浮かべると
「俺はアイオロスと教皇をつけるんでな、あばよ!」
と言って二人のあとを追いかけ、ミロもカノンにくっついていこうとした。
「まて、ミロ。私も行く」
カミュに肩をつかまれミロは露骨に嫌そうな顔をした。
「……カミュ、一緒にくるならその格好やめてくれない?脚だけ寒い変な人みたいだからさぁ」
カミュの足元を見てミロは更に嫌そうな顔をする。カミュはうっかりレッグウォーマーをつけたままアテネへ出てきてしまったのである。もちろん上半身はノースリーブだ。
思い出したようにカミュは短く「あっ」と声をあげ慌ててレッグウォーマーを脱ぐ。そして念動力でそれを消すと、呆然としたままのサガの手を引っ張り、ミロたちについていった。


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