アテネの休日

シオンの受けた神託どおり、向の通りをアルデバランとムウが通り過ぎた。
アイオロスはどうしてシオンに天罰ではなく神託が下るのか腑に落ちなかったが、本当は悪魔に訊いたのだろうと問い詰める間もなくシオンは席を立ってしまったので、50ユーロ札をウエイターに渡して慌てておいかけた。
再び悪寒が走りムウは身震いをした。振り返るまでもなく、シオンに見つかってしまったことに気付いたのだ。
「アルデバラン、人が沢山いるところに行きたいです」
自分を見上げるムウの頬が引きつっていることに気付き、事情を察したアルデバランは苦笑いをして頷いた。
例え人ごみの中でもアルデバランの巨体は目立つ所であるが、人が障害となりシオンも容易くはムウたちには近づけない筈である。
ムウを尾行しエルムー通りに来たシオンは露骨に嫌な顔をした。道幅こそ広いが買い物客が溢れているのだ。
ひょっこり飛び出たアルデバランの後頭部を見失うことはなさそうだが、先ほどのように路地に入って瞬間移動で消えられたら元の木阿弥である。
「アイオロス、見失うでないぞ!」
「はいはい、わかりましたよ、まったく……」
アイオロスは嫌々シオンの腕を掴むと、アルデバランの後頭部を目印に歩いていった。
建物の影からシオンとアイオロスの様子を伺っていたサガは、本当に手を繋いで歩き出したアイオロスとシオンにまたしても顎があんぐりと外れてしまった。
「ほら、俺の言ったとおりだろ!」
勝ち誇るミロにカミュが小首を傾げて言った。
「教皇様のもっと先を歩いているのは、アルデバランではないのか?今日はムウがアテネへ来ているから尾行しているのではないか?」
「でも、なんで尾行するのに手つないだり、ラブラブで飯くったり、ホテル入ったりするんだよ?俺も最初はそう思ったんだけど、尾行するふりしてデートしてるかんじなんだよね」
ミロに言い返されカミュは更に首をかしげる。そのときカノンが奇声をあげ、ミロとカミュは遠ざかってゆくシオンとアイオロスに視線を戻し、同じく奇声をあげた。
アイオロスがシオンの肩を抱いたのである。単に、人にぶつかったシオンを引き寄せただけなのだが、カノンたちには抱き寄せたように見えたのだ。
「……ああ、きっとあれはアイオリアだ、アイオリアに違いない。いや、あれはきっと世間には知られてはいけないアイオロスの双子の弟だ」
ぶつぶつと独り言を言い始めたサガの肩を叩き、カミュは
「サガ、現実を見つめましょう。あの二人は黒です。できています」
とクールに言って、止めを刺したのだった。

ムウとアルデバランはシオンを大分引き離した所で路地へと入ったが、路地にも店舗が軒を連ねており、とてもではないが瞬間移動は出来そうになかった。
立ち止まってこのまま進もうか、それとも引き返して他の方法でまこうか考えていると、アルデバランの目にふとエレベーターが映った。ファッションビルの奥にあるエレベーターである。これに乗って適当な階に移動すれば、超能力を使わなくても簡単に消えることができる。
シオンたちがやってくる前にエレベーターに乗り込むことに成功した二人は、顔を見合わせ、してやったりと笑った。
しかし、アルデバランは自分が歩く指標であることを忘れていた。
路地を曲がりすぐにアルデバランを見失ったことに気付いたシオンは、眉を寄せて周囲を見回した。
状況からして瞬間移動は不可能である。シオンは道でアクセサリーを広げている露天商の男に目をやると、アイオロスに指示してチップを渡し、背の凄い高い男の行方をきく。
答えはすぐに返ってきた。

コソコソと歩く怪しげな男四人組は、路地を曲がった所でついにシオンとアイオロスを見失ってしまい立ち止まった。アルデバランの巨体も見えない。
「ち、まかれたか」
カノンは舌打ちし、周囲を見回した。土曜の夕方で人もどんどん増えており、このまま日が落ちれば、ますます探しにくくなる。
「サガ〜〜アイオロスの小宇宙どのへんから感じる?」
ミロの質問にサガはすぐさま上を指した。
サガ以外の三人は一斉に上を見上げて首をかしげる。アイオロスはまたしても死んで天に逝ってしまったのだろうか。
「この建物の上……だと思う」
サガがつぶやくと、ミロとカノンはビルの中へと特攻していき、カミュは呆然としているサガの手を引き二人のあとを追いかけた。
アイオロスとシオンはムウの尾行をしているとサガは信じたかったが、やはりそうではなかった。どうみてもラブラブで買い物をしているようにしか見えないのだ。
しかも子供服の店で赤ん坊の服を見ては二人で笑っているのである。
ムウとアルデバランの気配はケの字もない。
聴覚を研ぎ澄ますと
「ぅわ〜〜〜〜!小さい!!リアもこの大きさだったのか〜〜〜!」
「この大きさだったのじゃがのぅ……何ゆえあそこまで大きくなってしまったかのぅ」
と二人の楽しげな会話が聞こえてきた。
アルデバランとムウはエレベータの中から瞬間移動でとっくの昔に姿を消しており、いくらこの建物内を探しても見つかるはずもなく、捜索を一時諦めた所子供服の店がシオンの目にとまったのだった。
小さな手に希望を握り締め、ミルクをほしがり泣いていた赤ん坊の頃のムウを思い出してシオンは破顔した。
階段の踊り場からじーっと店内を観察していた4人は、なかなか店からでてこないシオンとアイオロスに勝手な想像をしていた。
「実はどっかに隠し子いるんじゃねーの?」
ミロの意見を全員が首を横に振って否定した。
「隠し子っていうか、隠し養子?」
慌てて訂正した意見に今度は皆訝しげな顔をする。
「聖闘士候補の子供を拉致してきたのなら、別に隠す必要はあるまい?」
と、カミュが言うと
「どこかに二人の愛の巣があって、そこでこっそり育ててるとかどうよ?」
と、カノンが甚だしく飛躍させ
「やっぱり教皇がパパで、アイオロスがママか?」
と、ミロの意見にシオン×アイオロスな家庭を想像し、全員で嫌な顔をした。ホモで陰湿で根暗な筋肉馬鹿な子供が育つに違いないからだ。
シオンとアイオロスは1時間近くもその店で色々と物色し、大きな紙袋いっぱいに買い物をして店を出た。
店の外に出ると外は薄暗くなり始めており、シオンはうっかり長居をしてしまったことに気付いた。
「教皇、じゃなくて、シオン。サガにお土産かいたいんですけど、向こうの店にも行っていいですかね」
「何を寝ぼけたことをゆうておる。ムウを探すのじゃ!」
今までのんきに買い物していたくせによく言うよ、とアイオロスは思ったがシオンに反論したところで無駄であることは重々承知している。
しかし、探すといっても全く当てがない。今までは偶然見つけただけなのだ。
「で、ムウはどこいっちゃったんですか?」
アイオロスの問いにシオンは沈黙で答えた。静かに瞼を閉じシオンはそのまま1分ほど瞑想する。
そして、またしても天からお告げがあったのか、北西を指差し
「あっちかのぅ……」
と言ってその方向へ歩き出した。


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