アテネの休日

一方そのころ、アイオロスとシオンも同じアポストル・パヴル通りにいた。シオンの勘にはずれるということはないらしい。
今度こそ気付かれないようにアイオロスも気配を消しことを強要し、シオンは穴のあいたNEWS WEEKから遠くにいるムウの様子を伺っていた。
アイオロスはここでも勝手に料理をどんどん頼み、片っ端から平らげている。
そんな二人の様子を伺っているミロ、カノン、カミュ、サガの席も料理が並んでいた。
「ねぇ、サガ〜。これも頼んでいい?」
とミロが聞いてもサガはアイオロスとシオンの方ばかりを気にして
「あ?ああ?好きにしろ」
と全く他人の話を聞いている余裕がない。サガにおごってもらう気満々のミロは次から次へと酒や料理を頼んでいるのだ。かれこれアイオロスとシオンは2時間以上もタベルナに居座っている。
「ああああ!」
サガが声をあげると、食事に夢中になっていたカノンとミロとカミュは一斉にアイオロスたちが座っている店の方へ向き、カノンはパシャリと写真を撮った。いちいち見張っていなくても、サガが勝手に教えてくれるのだ。
またしても何も食べようとしないシオンの口にアイオロスが無理やり肉をさしたフォークを持っていくと、サガが奇声をあげ、カノンがシャッターを押した。
「ほらな、ほらな、あーーんって、やってるだろう!」
「驚いたな。本当に教皇様とアイオロスがデキているなんて。どうりでサガを教皇に選ばなかったわけだ」
ミロの言葉にカミュが感心して付け加えた。
「あのじーさん、男の趣味の幅が広いからな……、まぁ兄貴に入る隙はないってことだ」
カノンもスブラキをモグモグ食べながら畳み掛ける。全員、動揺丸出しのサガを更に動揺させて楽しんでいるのだ。
「大体、正義の男アイオロスが、悪の化身のサガのことを追いまわしてるってーのが、変だとは思ってたんだよね。教皇との仲を隠すための偽装恋愛ってやつ?」
ミロの意見にカノンとカミュが力いっぱい頷いた。
「サガはアイオロスとアテネでデートしたことあるんですか?」
カミュの質問に「ない」と答えたのはカノンだった。サガもそれを否定しなかった。
サガがまたまた奇声をあげると、今度はアイオロスが花売りから花を買い、シオンの手付かずの水の入ったコップに花を挿した。
「ラブラブだな」
カノン、ミロ、カミュは思わず声を揃えて言ってしまった。

デザートのチョコレートケーキを至福の笑みで頬張っていると、ムウは突然「あっ」と声をあげポンと手を叩いた。その掌から小さな紙切れが現れる。ムウはそれをアルデバランに渡した。
「アフロディーテからそれを買ってくるように言われていたのを忘れていました」
それは靴を貰った際にアフロディーテから一緒に渡されたものだった。
アルデバランは紙を広げて苦笑いした。どこで何を買ってくるか、細かく指定してあるのだ。
「アルデバラン、どこだかわかりますか?」
「ああ、ここなら昼に瞬間移動した場所があっただろう。そこの隣だ」
「でしたら、すぐに行けますね」
「瞬間移動でか?」
「はい」
「じゃあ、忙しないがケーキ食べ終わったらいくか」
「そうですね」
二人分のケーキをムウが食べ終わると、アルデバランが会計を済まして席を立った。
それにあわせてシオンがまたしても勝手に席を立って店を出てしまったので、アイオロスも慌てて会計を済まし追いかける。サガにおごらせるつもりだったミロとカノンは、サガがアイオロスを追いかけ、ふらふらと席をたって店を出てしまったで、カミュに支払いを押し付けサガを追いかけた。
シオンはすぐにムウを見失い眉を寄せた。道は薄暗い。人目さえなけば瞬間移動した所で気付くものなどいないだろう。
「……おのれ!!牛め!!余のムウを人気のないところに連れ込み、いかがわしい事をするつもりじゃな!!!」
「教皇じゃないんだから、そんなことしませんよ」
憤るシオンに間髪いれずアイオロスが呆れて言い返した。
「……ムウの小宇宙を感じる、こっちじゃ!!」
シオンはタイを緩めると、瞬間移動ではなく自らの脚で走り始めた。
突然アイオロスとシオンが走り出したのを見て、カノンは舌打ちした。自分は見つかるようなヘマはしないが、サガがいては話は別である。
「ゴォラァァ、馬鹿兄貴!!貴様のせいで逃げられたじゃねーかよ!!!!」
「兄弟げんかの前に、追いかけようぜ。教皇だっていきなり街中で光速走りはしないだろうからさぁ」
サガの胸倉を掴み殴ろうとするカノンの腕を掴んでミロが言った。本気でまくなら瞬間移動を使うはずだ。
カノンとミロは呆然としているサガを放置し、走ってシオンとアイオロスを追いかけた。

シオンの走りついた場所は昼間と同じシンタグマ広場で、アイオロスはついに勘が外れたなと笑った。
「教皇、じゃなくてシオン。ここは昼間来たじゃないですか」
「確かにムウの小宇宙をここから感じたのじゃ」
「ああ、ムウとアルデバランはホテルですか」
「ぬぅわにぃぃぃぃ、ホテルだぁぁぁ?!男と外泊など絶対に認めぬ!!!探し出して成敗してくれよう!」
シオンは天まで眉を吊り上げるとアイオロスの腕を掴み、車が走っていることなど気にもせず車道を横断し、ホテルへと突き進んでいった。
何故自分が連行されたかアイオロスは良くわかっていた。昼に茶をのんだホテルのフロントでアルデバランという背の高い男がチェックインしたかと尋ねた。
「シオン、こっちじゃないみたいですね。隣行ってみます?」
「何?」
「隣もホテルなんですよ」
シオンは頷くと足早にホテルから出て、隣のホテルへと入る。
アイオロスはそこでもフロントで
「アルデバランという私の友人が、チェックインしていないか。210cmくらいある大男のブラジル人なんだが」
と訊いてみたが、当然ながらチェックインはしていなかった。
「シオン、やっぱりきていませんね。間違えじゃないんですか?」
「確かに来ているはずじゃ。仕方ないのぅ……」
「ちょっと、物騒なことはやめてくださいよ」
何かろくでもないことを仕出かすに違いないとアイオロスは焦ったが、シオンが行動を起す前にドアボーイが話し掛けてきた。
すごく背の高い男が5分ほど前にこのホテルのロビーにあるチョコレートショップで買い物をして出て行ったというのだ。
シオンは自ら礼を言い、チップを渡してドアボーイを驚かせた。いくらなんでも500ユーロ札のチップは多すぎる。
「あ、この人お金持ちだから、気にしないで受け取って」
と、アイオロスが言うと、ドアボーイは何度もシオンに礼を言って持ち場に戻った。
シオンが瞼を閉じた。ついにムウにテレパシーを送ったのだ。とんでもないことを仕出かすと思っていたアイオロスはほっとして、その隙に自分もサガへのお土産にチョコレートを買いに行った。
『ムウ、ムウや!』
『はい、シオンさま』
『どこにおるのじゃ!?』
『はい、白羊宮です。ちゃんと8時前までに帰ってきました』
シオンは自分でムウに8時までに帰ってくるように言い付けた事をすっかり忘れており、フロントの時計を見て少し分が悪くなった。時計の針は19時55分をさしているのだ。
『シオンさまこそどちらにいらっしゃるのですか?』
ムウの意地悪い質問にシオンはむっとし
『今日は仕事が立て込んでて、白羊宮には戻らぬ!』
とテレパシーを遮断した。

カミュに手を引かれて走ってきたサガは、アイオロスとシオンがホテルへ入ってゆく後姿をばっちり目撃してしまい、口をあんぐり開いたまま固まってしまった。
そんなサガの姿にカノンとミロは極悪な笑みを浮かべる。
「な、な、ホテルに入って行っただろう。今日2ラウンド目か?元気だな〜!」
ウキウキと楽しそうに語るミロを無視し、カミュは前進して車道を挟んでホテルの中の様子を伺い、すぐに戻ってきた。
「サガ、アイオロスがチェックインしていました。今日は泊まりですね」
唇の端をニヤリと吊り上げ、カミュが笑って言った。呆然としているサガの目の前でミロが手を振ってみても、サガはまったく無反応である。
「さっき飯くったばっかりだから、ホテルのレストランっていうのはありえないしな。一応見張るか?」
カノンの意見にカミュとミロは同意し、長丁場に備えて酒とつまみをキヨスクに買いに行った。


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