アテネの休日

すっかり機嫌を損ねたシオンは珍しくまったく白羊宮に帰ってこなかった。
3月30日、自分の誕生日もシオンは帰ってこなかった。
教皇の間ではシオンの身の回りの世話をしている一部の者と高官がシオンの誕生日を極々地味に祝っただけで、祝賀会も何も開かれなかった。
一応シオンが突然帰ってきてもいいように、ムウは誕生日の特別な料理を作っておいたが、夜の9時を過ぎてもシオンは帰ってこなかった。
お祝いにかけつけたと称してタダ飯を食べに来たミロは、ついに現れなかったシオンにがっかりして皆を驚かせた。
「ちぇ〜〜、せっかく教皇を驚かせようと思ったのにさぁ」
ミロはそういうと、持ってきた紙袋を机の上におき、中から写真を取り出し童虎に見せた。
どこかで見覚えのあるような顔の男達が写っている写真に童虎は首をかしげる。
「それ、誰だと思います?」
「……見たことのある顔じゃのぅ」
「アイオロスと教皇ですよ!」
ミロから思いも寄らぬ人物の名前を聞き、童虎は慌ててじっくり写真を見直した。何とびっくり、シオンに眉毛があるではないか。
「言われてみれば確かにシオンじゃが……何ゆえこのような普通の服を着て、否、眉毛があるのじゃ?」
台所から戻ってきたムウは童虎の見ている写真を覗きこんでない眉をひそめた。
「ミロ、あなたはシオン様を尾行していたのですか?」
ムウの問いにミロは頷いた。
「本当はもっと小さい写真なんだけどさ、シュラに頼んでパソコンででっかくしてもらったんだよね!」
「ほうほう、最近のカメラは妖怪も写るのか。素晴らしいのぅ」
「……まったくシオンさまは……」
ムウは3日前のことを思い出しため息をついた。その様子で童虎はシオンが何故にこのような変装をしているのかを察し、眉を吊り上げた。
「シオンめ、変装してまでムウの邪魔をしにったのか!けしからん!!」
「ちがうちがう」
童虎の言葉をミロは笑いながら否定した。
「聞いてください、老師。教皇はアイオロスとデートしてたんですよ、デート!俺も最初はムウたちの尾行してるのかなーって思ったんですが、違ったんですよ。えっと、ほら、この写真を見てください!」
童虎の手から写真を奪い、ミロは数枚の写真の中から、アイオロスがシオンの口にフォークを突っ込んでいる写真をみせた。
「ラブラブでしょう!」
ムウも童虎もそれのどこがラブラブなのか、さっぱりわからなかった。シオンは心の底から嫌そうな顔をして写っているのだ。
「それから、手繋いでる写真がこれ」
どうみても、アイオロスがシオンを連行しているようにしか見えない。
「これが、ホテルに入っていく写真」
真っ暗でほとんど判別できない
「あ、これはラブラブで買い物している写真!」
商品がじゃましてシオンの顔はほとんど写っていない。
「ミロよ、わしにはこれのどこがラブラブなのかさっぱりわからんのぅ」
「やっぱり写真じゃわかりにくいかなぁ。まぁ、とにかくラブラブだったんです!」
童虎とムウは不信の目でミロをじーっとみたが、ミロはまったくそれに動じなかった。

一方双児宮ではサガが動じまくっていた。双児宮の私室内のあちらこちらに、シュラに拡大してもらったシオンとアイオロスのアテネデート写真が貼られまくっているのである。
「俺って天才!!プロのカメラマンになれるな、ははは!!」
とカノンは写真を見ては悦に入っていた。
サガが写真をはずして捨てようとすると、
「ゴラァァァァァ、クソ兄貴!!俺様の芸術作品を勝手に捨てるんじゃねぇぇぇ!!」
と、怒鳴ってカノンはすぐに写真を奪い返し、壁に貼る。
「……どこが芸術だというのだ……こんなものを貼るんじゃない……」
「ゲージュツだ、ゲージュツ!タイトルは……そうだなぁ『アテネの休日』これだ!アテネを満喫するゲイのカップルを激写した現代アートだ!ははははは!!!」
「……鬱だ」
風呂場からトイレに至るまで、あちらこちらに写真が貼ってあるためサガは唯一写真のない自分の部屋からほとんどでてこなくなった。

次の日、誕生日の料理は温めなおして食べたので無駄にはならなかったし、ムウも勝手に作ったものだからと気にした様子もなかったが、童虎はいい顔をしなかった。
「そうやってシオンを甘やかすからつけあがるのじゃ!!」
と童虎はムウを怒ったが、つけあがっているのはムウが生まれるよるもずっと前からの事なので、ムウを責めても仕方のないことだとよく分かっているのは、他ならぬ童虎自身である。
童虎はムウがアテネで買ってきたシオンへのプレゼントが入った箱と、ミロが置いていった写真を持って教皇の間へ特攻していった。
教皇の間のシオンの執務室では、すっかりサガに口を聞いてもらえなくなったアイオロスがシオンにぶーぶー文句をつけていた。
ドアを足で蹴破り童虎が殴りこんでくると、もう一人の執務当番であるアフロディーテはそそくさと執務室から避難する。これからシオンと童虎のジジィ対決が始まるのは一目瞭然であり、巻き込まれたらひとたまりもない。
「ぐぉぉぉぉらぁぁぁシオン!!!」
「童虎よ、西洋では扉はノックしてから手で開けると、何度教えればわかるのじゃ」
シオンは露骨に嫌な顔をして、机の上に置いた銀色の教皇の仮面をつけた。最初から童虎を拒否する姿勢である。
童虎が机に飛び乗ろうとすると、アイオロスが二人の間に割って入った。
「聞いてください、老師。教皇のせいでサガに嫌われたんです。サガに事情を説明してくださいって教皇に頼んでるのに全然きいてくれないんですよ」
童虎は立派な眉を吊り上げると、問答無用でアイオロスの顔面をグーで殴りぶっ飛ばした。
「私闘は厳禁であるぞ。ここで騒ぐな、外へいけ」
うんざっりした声でシオンはそういうと、シッシと手を振った。
「ちょっと、いきなり殴らないで下さいよ!私が何やったっていうんですか!」
アイオロスの文句に童虎は執務机に写真を叩きつけて答えた。
「シオン!!あれほど邪魔をするなとゆうたのに、お前は変装までしで邪魔をするとは、それでも教皇か!!恥を知れ、恥を!!!」
シオンは写真を手にとると、
「お前こそ、余を尾行してこんな下らん写真を撮っていたのか?」
と言い、さらに童虎を怒らせた。
「貴様と一緒にするなぁ!これはミロがもってきたものじゃ。アイオロス、次期教皇ならシオンを全力で止めぬか馬鹿者!!シオンの悪巧みに荷担してどうするのじゃ!!」
「ちょっと待ってくださいよ!!私は教皇がアテネで暴れないよう、ちゃーーんと面倒見たんですよ!!」
アイオロスが咄嗟に言い返すと、童虎は再びアイオロスをぶん殴り
「いいわけをするんじゃない!!」
と理不尽に怒鳴られた。
小脇に抱えていたムウが用意したプレゼントは、うっかり力んだためぺしゃんこになってしまい、童虎は執務机の上にそれも叩きつけた。
「何じゃこれは?」
「ムウがお前のためにアテネで買って来たプレゼントじゃ……わしが潰してしまったが……」
シオンは冷たい仮面の視線で童虎を見据えたまま、何も言わなかった。
「せーっかくアテネへ行ったというのに、自分のものを買わず、お前のプレゼントやらお前の誕生日の料理の材料ばかりを買ってくるから、お前の弟子にしては随分と健気じゃと思ったが、それもこれもお前がつけまわしていたらか!!いつも白羊宮に閉じ込めて、たまに羽を伸ばせたおもったらお前の鎖付きでは意味がないではないか!!どうしてお前はそうやって弟子を人間扱いせぬのじゃ!!!」
何も言い返さないシオンに少しは反省したのかと童虎は思ったが
「……それがどうした。ムウは余のものじゃ。余が何をしようと余の勝手じゃ」
と、やはりいつも通りに言い返した。童虎は思わず百龍覇をぶっ放し、シオンは咄嗟にクリスタルウォールでそれを跳ね返す。透かさず百龍覇を交わした童虎は歯を剥いてシオンを威嚇すると
「表へ出ろ!!その腐った根性を今日の今日こそ叩きなおしてやる!!!!」
と喧嘩を売り、シオンも
「貴様ごときにやられる余ではないわ!」
と喧嘩を買って、二人はテラスから外へ飛び降りたのだった。


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