アテネの休日

いつも昼頃にのそのそと起きてくるカノンが、今日は何かあると夢で神託でも受けたのか、珍しく朝から起きていた。
しかも、教皇の間の職員食堂でブランチにしようと考えたのは、神の啓示としかいいようがなかった。
何やら神官たちが大騒ぎをしているので柱の陰に隠れて様子をうかがっていると、スーツを着たいかにも金持ちそうな男と、Tシャツ姿のいかにも汗臭そうな男が凄い勢いで絨毯を蹴散らし、廊下を通り過ぎたのである。
カノンはどこかで見たことのある顔に目を瞬かせた。汗臭そうな男の方はアイオリアの可能性もあるが、アイオロスであろう。もう一人は、どこかで見た顔だが何かが違う。
記憶の糸をたどり、間違い探しの絵を合わせるように悩むとカノンはスーツの男がシオンだということにようやく気付き、邪悪に笑った。
シオンが麻呂眉を消し、普通の服を着てどこかへ出かけるなど、ただ事ではない。しかもお供がアイオロスである。
これは強請りのネタになると考えたカノンは食事をとりにきたことも忘れ、シオンとアイオロスの尾行をすることにした。

いつも昼頃まで寝ているミロが珍しく朝から起きていたのは、宝瓶宮に泊まっていたからであった。カミュにたたき起こされ朝食をとると、ゴミ袋を押し付けられ嫌々十二宮の入り口の更に先にあるゴミ捨て場へと向かう。
「ゴミ捨てなんか、弟子か雑兵にでもやらせろよなーーー。あーー、めんどくせーーー」
ゴミ袋を振り回しながら十二宮の階段をプラプラ歩いていると、岩陰に青い頭が飛び出しているのを見つけ首をかしげた。あの髪の色はサガかカノンであるが、サガが岩陰に潜んでいる可能性はかなり低い。
ミロはゴミ袋をその辺に投げ捨て、気配を消してそっと近寄る。TシャツにGパン姿とくれば、間違いなくカノンだ。カノンは何かに気をとられているのかミロに気付いた様子はない。
「おい、何やってんだよ」
心臓が飛び出るほど驚いたとはいえ、声を出さなかったのは流石は世間に存在を知られてはいけない男であった。カノンは振り向き、ニヤニヤ笑うミロを見て露骨に嫌な顔をする。
「何やってんだよ、また悪巧みか?」
カノンは自分の唇に指を当て、ミロに静寂を促した。首をかしげるミロを無視してカノンは岩場を気配を消して移動し始める。
不審な行動が気になって仕方のないミロはもちろんカノンの後をおいかけ、それにすぐ気付いたカノンは振り返りしっしと手を振った。
「おい、何やってんだよ。言わないとでっかい声だすぞ!」
厄介な相手に見つかってしまったと、カノンは舌打ちした。腐っても黄金聖闘士だけに、光速で逃げてもどこまでも付きまとってくるだろう。
見つかってしまったのは自分の不覚であり、こうなってはもう巻き込んだ方が早そうだと、カノンは岩陰から下の方を指差した。
カノンが指したの教皇の間への通用階段であった。十二宮とは別に、一般職員や雑兵が使う通用口である。そこに階段を下りる普通の服を着た二人組みをみたミロは眉をひそめた。
「シュラとデスマスク?違うよな?」
「驚くなよ」
ミロは頷いた。
「教皇とアイオロスだ」
案の定驚愕の余り声をあげそうになったミロの口をカノンはあわてて手でふさいだ。
すれ違う職員達は呆然とシオンとアイオロスを見送っており、変装はまぁまぁ成功しているのである。その様子をミロは口をぽかんとあけて見下ろした。
「そういうことだ、じゃあな」
カノンは姿を消そうとしたが、Tシャツの裾をミロがしっかりと握っており、それはかなわなかった。
「じゃあな、じゃねぇよ!どうせ尾行して、強請りのネタでも掴むつもりだろう!」
ミロの予想は大正解で、カノンはまた舌打ちする。
「……ミロ、教皇が何であんな格好しているか気にならないのか?」
「気になる気になる」
「気になるだろう」
「うんうん」
「だから尾行するんだ。わかったか」
「わかった。俺もいく」
露骨に嫌な顔をしても、ミロは気にした様子もない。それどころか
「ほら、早く追いかけないと教皇消えちゃうぞ」
とカノンを急かしたのだった。


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