アテネの休日

聖域
突然シオンとアイオロスが姿を消してしまい、カノンは舌打ちした。
「ちっ、瞬間移動で消えやがったか……どこへ行ったんだ」
「アテネだよ」
カノンの独り言にミロが即答した。
目を瞬かせるカノンにミロはニヤリと唇を吊り上げて笑う。
「何でお前が知ってるんだよ」
「ムウがさ、アテネに行くからっていうんで服かしたんだよね。教皇はムウの尾行じゃねぇの?」
「……最初からそれを言えバカサソリ!!」
「なんだよ、教えてやったのその言い方はないだろう!!」
突然崖から飛び降り走り出したカノンのあとをミロが追う。アテナの結界に守られた聖域から瞬間移動するには、シオンほどの強力な超能力を持っていなければ不可能である。シオンに追いつくには光速で走るしかないのだ。

カノンとミロが走り去ってから1時間後、病院から帰ってきたサガはふと胸騒ぎがしてカノンの部屋の扉を叩いた。
返事もないし気配もない。扉を開けるともぬけの殻で、小宇宙を研ぎ澄ましても聖域内にカノンの気配を感じることが出来ない。
また何かろくでもない悪巧みをしているのではないかと、サガは眉間にしわを寄せる。
悪い方へ悪い方へと考えをめぐらせているとカノンではなくカミュから小宇宙を受け取った。
『サガ、双子座のサガ。すみません、ミロはそちらに来てますか』
『私の小宇宙に語りかけるのは水瓶座のカミュ』
『お約束ありがとうございます。で、ミロですが見ませんでしたか?』
『いや、見ていないぞ。それよりカノンを見なかったか?』
『ミロがゴミ捨ての途中で消えたのです』
『そのへんで昼寝でもしているのだろう』
『いえ、聖域に小宇宙をかんじません』
『……カミュ、私にではなくミロの小宇宙に語りかけた方が早いのではないか?』
『あ、そうでした』
小宇宙通信が途絶えてから5分もしないうちに、カミュが宝瓶宮から光速でかけおりてきた。
「大変でーーーーす、サガ!!ミロがミロが!!」
「なんだ、また落ちてる物を食べて腹でもこわしたのか?」
「違います、カノンと一緒にアテネにいるのです」
「そうか、見つかってよかったな……、何ぃぃぃぃ?」
サガはカミュの赤いもみ上げを力いっぱいひっぱり、額に頭突きをかます勢いでカミュを問いただした。
「それはどういうことだーーーーーーー!?」
「サガ、暴力はやめてください。どういうことか聞きたいのは私のほうです。ミロはバカなんですからたぶらかさないで下さい」
「……そうだな……きっとカノンがミロを騙して連れて行ったに違いない……」
夜ならば酒を飲みに行ったとか食事にしに行ったとか考える所であったが、まだ昼の11時をすこし過ぎたばかりである。サガにはカノンがミロを騙して何か悪事をさせるために連れ出したとしか考えられなかったし、カミュもそう考えることしかできなかった。
サガはアテネにいるというカノンに小宇宙を送ってみたが、案の定無視された。
「いかん……このままではカノンに悪を囁かれて、ミロまで黒くなってしまう。急がねば!!」
ぶつぶつと独り言を言うと、サガは突然走り出し、着古したローブからシャツとスラックスという普通の服に着替えて双児宮を飛び出していった。カミュは慌ててサガのあとを追う。
「サガ、突然どうしたんですが!」
「このままではまた世界が混乱に陥る!カノンをスニオン岬の岩牢に閉じ込めるのだ!」
「あの、私はミロを返して欲しいだけなのですが、どうして話がそこまで飛躍するのですか?!」
「カノンはミロをたぶらかし、世界征服を考えているに違いない!早く止めねば、世界が海に沈む!!」
「それでもまだ飛躍してます!!」
サガをこのまま放置しておくのは危険だと察したカミュは、ノースリーブにGパン、レッグゥオーマーといういつものシベリアスタイルで、アテネまでついていってしまったのであった。

アテネ
フィロパポスの丘のベンチに座り、先ほど買ったパンをモグモグと食べていたムウが突然身震いをして、光速で残りを口の中へほおりこんだ。
「どうしたんだ、ムウ?」
「……シオンさまの気配を感じます」
アルデバランの問いにムウは更に身震いして答えた。アルデバランは周囲を見回してみたが、猫の子一匹いない。
「気のせい……だと、いいなぁ」
気配や姿を消すことなど、シオンにとっては容易いことだろう。アルデバランの言い様に、ムウも苦笑いを浮かべた。
実際、ムウが身震いしたそのとき、シオンはちょうど正面向いのアクロポリスに瞬間移動してきたのであった。
「ここは危険です。他の場所に移動しましょう」
ムウの提案にアルデバランは頷くと、来た道を戻って丘をおりた。

ギリシャ国旗がはためくアクロポリスの見晴台からアテネ市内を眺め、否、ムウの小宇宙を探していたシオンは眉間に皺を寄せ首を捻った。
確かにこのあたりからムウの小宇宙を感じたはずなのに、まったく消えてしまったのだ。アルデバランの小宇宙も感じない。
シオンの気配を察したムウとアルデバランが気配を消してアクロポリス付近からそそくさと移動したことをもちろんシオンはしらない。
「教皇、じゃなくて、シオン〜まだ見つからないんですか?」
欠伸しながら名前を呼んだアイオロスにシオンは心の底から嫌そうな顔をした。
「ぼけっとしとらんで、お前も探さぬか」
「はぁ、何で私がそんなことしなきゃいけないんですか」
「余の命令がきけぬというのか?」
「はいはい、まったくもう困ったおじいちゃんなんだから……」
春の暖かな日差しで重くなり始めた瞼をこすり、大きく伸びをするとアイオロスはアルデバランに小宇宙を送った。
『アルデバラン、牡牛座のアルデバラン』
『私の小宇宙に直接語りかけるのは射手座のアイオロス』
『アテネはどうだ?ムウはなんか突拍子もないことをしでかしてないか?』
『今の所大丈夫です』
『そうか。まぁ、教皇のことは気にせず楽しんでこいよ』
アルデバランのとの小宇宙通信を終えたアイオロスはアルデバランの小宇宙が送られてきた方と反対の方向、プラカの旧市街地区を指差し、
「教皇、あっちです」
とシオンに答えたのだった。


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