アテネの休日

アクロポリスからマクリヤニの住宅街の方へ移動したムウとアルデバランは、スーパーマーケットにいた。ムウが行きたいといったからだ。
通りすがりのおばちゃんに「この辺にスーパーマーケットはないか」ときいたところ、5分ほど歩いた所に中規模程度のスーパーマーケットがあった。
店舗の中に所狭しと並んだ商品にムウは目を輝かし、片っ端から手にとってゆく。そして30分もしないうちに買い物カートの中は食料品であふれかえることとなった。
ムウが値段もみずに、食べたいと思ったものを手当たり次第カートの中へ入れてゆくからである。
精肉売り場では、冷凍ターキーを丸ごと5羽と切り売りしている巨大なハムを丸ごと3個も買った。
チーズも一抱えもあるような塊を丸ごと買い、棚に並んだジャムはストロベリー、ブルーベリー、アプリコット、チェリー、アップルと全種類三つずつ、調味料に至っては、ラベルの説明書きすら読まずに全種類をカートの中へ入れていく。
「やはり都会はすごいですね。何でもあります。うれしいです」
「……よかったな。もう1台いるか?」
山盛り溢れたカートを押すアルデバランにムウは満面の笑みで頷いた。
こんなに馬鹿みたいに買っても、金の心配が要らないのは今朝確認済みである。
しかも、私物ではなく食料品ばかりなら、無駄遣いしたところでシオンも怒りはしないだろう。いずれシオンの腹の中にも入るのだ。
すれ違う主婦は、まずアルデバランの巨体に驚き、次にカートの中を見て納得したように頷く。
アルデバランは満杯のカートをレジに預け、もう一台空のカートを持ってくると、ムウが両手に抱えたパパイヤをカートの中へ入れた。
200ユーロ札を出しても嫌な顔をされないほどに食料を買い込み、両手両腕にレジ袋を何個もぶら下げたムウと積み上げたダンボールを抱えたアルデバランは店を出てから気が付いた。まだ昼の12時前なのだ。
「すみません、アルデバラン。私、先のことを何も考えず、つい嬉しくなってしまい……」
「そうだな、この荷物じゃもうどこにもいけないなぁ……」
「そうですよね……」
「どこか路地にはいるか」
アルデバランは周囲を見渡し、人気のない路地へとすすんで行った。ムウもその後へついてゆく。
そして路地の奥で誰もいないことを確認すると、ダンボールを道におろした。
「聖域に超能力で荷物だけ飛ばすことはできるか?」
「はい、可能です」
「貴鬼に冷蔵庫に入れておいてもらおう」
「あ、そうですね。私、つい自分が普通の人のつもりになっていました」
早速ムウは貴鬼にテレパシーを送ると、食料品の山を念動力で消した。
アルデバランはムウの”普通の人のつもり”という言葉に、このまま荷物をもって歩いた方がよかったのだろうかと少し考えてしまったが、いくらなんでも多すぎる。こんなに買う場合は、大抵車で来るものだ。
「次回はもうちょっと考えて買おうな」
「そうですね、スーパーマーケットにはまた来たいです。でも、次回はありませんから、聖域にもできませんかね」
「ははは、聖域には無理だろう。教皇様が駄目なら、老師にお願いしてまたくればいいじゃないか」
「……ああ、やっぱりもっと買っておけばよかった!」
あれ以上一体何を買うのかアルデバランにはさっぱりわからなかったが、ムウはもう二度と来ることがないと思い込んでいるから出た言葉であることはわかった。
「他にもスーパーマーケットはあるから、昼飯くったら他の場所にいってみような」
アルデバランの提案にムウは元気よく返事をした。

銀行で両替しキヨスクで新聞を買ってきたアイオロスは、サングラスをかけ、椅子にふんぞり返っているシオンの姿をみて、思わず吹き出しそうになった。
本人は変装して普通の人のつもりでいるが、どっからどうみても世間から浮いている。洋服を着ればいいというものではない。全身から溢れるオーラが異様なのだ。
「はい、教皇、じゃなくてシオン。新聞買ってきましたよ」
アイオロスはタベルナの席につくと、シオンに新聞を手渡した。
「アイオロス、余のムウは一体いつ来るのじゃ」
「さぁ、そこまでは知りませんよ」
「さっきから20分も待っておるが、まだ現れぬ!」
「アテネは広いですからねぇ……。でもここは超〜〜〜〜観光地だから絶対きますよ!」
「ムウに小宇宙できいてみるかのぅ……」
「そんなことしたら絶対に逃げられますってば」
「……ではどうすればいいのじゃ!」
「だーかーら、ここでまったり待ってればいいじゃないですかぁ」
テーブルの上におかれたワインとパンとチーズはまったく手をつけた様子はない。黙って座っていれば勝手に料理が出てくると思っているようなシオンが、メニューを見て注文したとは考えにくく、アイオロスは眉をひそめた。
「このワインはシオンが頼んだんですか?」
「何でも良いといったらこれを持ってきたのじゃ」
先ほど500ユーロの札束を見た店員がすぐに店の中から出てきて、アイオロスのグラスにワインを注いだ。おそらく店にある一番高いものであろう。
アイオロスもメニューをみずに「この店で美味いもの4つくれ」と注文した。


Next