聖衣大好き(子羊編 その1)

 

照りつけるギリシャの日差しの下、眩い黄金の輝きが一つはゆっくりと登り、一つはそれを待つかのようにじっとしていた。

優雅で、それでいて一寸の隙をも与えずにゆっくりと動くその輝きは、聖域にまだ3人しか存在しない黄金聖闘士の1人である。日差しを受けた黄金聖衣を輝かせ、真っ白なマントを颯爽と靡かせる姿は、10代の少年とは思えぬその風格を一層際立たせていた。

無人の天蠍宮を抜け、階段を半ばまで登ったところだった。涼しげで、だが奥深くに憂いを帯びた瞳は、もう一つの輝きを捕らえて目を細め、足を速めた。
近づくにつれその輝きは一層増し、光を放つ主にも笑顔が輝いた。

「待っていたのか? 先に行ってくれて構わないのに」

教皇の公式な呼出で双児宮から上ってきたサガは、人馬宮の入り口で待つアイオロスに言う。
いつもと変らぬ口調ではあるが、どこか嬉々としているのは気のせいではないだろう。
あまり表には出していないが、アイオロスが待っていてくれた事が嬉しいらしい。

「別にいいじゃないか。せっかくなんだから、一緒に行こう」

サガの頬に軽くキスをすると、アイオロスは年相応の少年らしい笑みを湛えて自宮・人馬宮に迎え入れた。本当は頬にではなく唇にしたい所であったが、公式の呼出の前にそれをするのは躊躇われた。というよりも、サガが嫌がり抵抗することは目に見えているのだ。

二人はそろって十二宮を上り始めた。

その姿は気品に満ち溢れ神々しく、彼等がまだ十代であることを忘れさせてしまうほどであった。だが当の本人達は昨晩の夕飯がどうだったとか、幼いアイオリアの夜泣きが五月蝿くて眠れなかったとか、と実に庶民的な話で盛り上がっていた。

アイオロスは笑いながらサガへと顔を向けた。だが、隣で同じ歩を進んでいたはずのサガがいない。アイオロスは双魚宮の手前で立ち止まり振り返った。白いマントが風に揺れ、薔薇の香を運んだ。

「どうしたんだ、サガ?」

アイオロスは数段下で立ち尽くすサガに問う。

「アイオロス・・・・、お前、翼は!?」

「翼?」

「サジタリアスの翼だよ」

瞳を揺らし驚愕と困惑を混ぜた口調で問うサガに、ああ、とアイオロスは軽く笑った。

「サガは、この姿を見るのは初めてだっけ?そういえば、普段はあまりこの格好はしないからなぁ」

あるべきはずの翼のないアイオロスの背中を見て疑問の眼差しを向けるサガに、アイオロスはそれを一蹴するかのように軽やかに笑った。

「でも、翼はいったいどこに?」

「俺の翼、見たい?」

当然サガは頷いた。
ますます笑みを深めたアイオロスはバッとマントを剥ぎ取ると、次の瞬間、鳥が羽ばたくかのように黄金に輝くサジタリアスの翼が現われた。翼は太陽を受けて輝き、風が羽の一枚一枚を揺らし、その度に乱反射しする。そこにはサガの驚愕した顔が無数に移りこんでいた。

突然現われた美しい翼に心を奪われ、眩しさに目を細めながらサガは口をだらしなく開けて立ち尽くした。

「どう?、凄いだろう?」

サガはコクリと頷いた。

無言の答えに、アイオロスの笑顔は太陽のように輝いた。

実のところ、アイオロスはまだ翼を自在に操るには自信がなかった。自信がないどころか、納まった翼を自分の意思で羽ばたかせるのは、10回に1回成功すればいいほうだったのだ。もちろん、その翼の収納が成功する確率はもっと低い。
ついサガにかっこいいところを見せようと、マントを取り小宇宙を燃やしたアイオロスは、それが成功したことに有頂天になっていた。

「かっこいい?」

「ああ。凄いよ、お前の聖衣」

今度は声に出してサガが同調する。

「だろう?サガのはバケツみたいだもんな!!」

アイオロスは自慢気に鼻の穴を膨らませながら、けらけらと笑った。そうしてついその口が滑ってしまった。
しまったと、口を押さえたが時既に遅し。サガの表情が見る見る冷静さを取り戻していった。

「バケツ……だと!?」

「いや、なんでもない」

「今、私のはバケツといっただろう、アイオロス!」

アイオロスは口を押さえたまま何度も首を横に振るが、段々と険しくなるサガの表情にたじろいだ。そうして主の心理を読み取ってか、翼が小刻みにパタパタと動きはじめた。

「言いたいことがあるならはっきり言ってみろ、アイオロス」

「いや、だから、その……あの…」

しっかりと自分の言葉を捕らえたサガに、アイオロスは誤魔化しても無駄だということは分かっていた。冷や汗が額から頬を伝って流れ落ちた。

「バケツと言っただろう?」

「言ってない、言ってないよ!」

「ふんっ、私のがバケツなら、お前のなんて鶏じゃないか!」

サガは瞳に涙をためながらアイオロスを指差した。
聖衣を賜った時からずっと心の奥底にしまっていた事を、アイオロスに言われてしまった。
自分でも双子座の聖衣がバケツみたいだと思っていたのである。だが、決してそれを口にはしなかった。
どうして自分の聖衣がバケツだなどと認められようか。

「に、鶏だと!?」

そんなこと思ってもみなかったアイオロスは愕然となり、脳天から声を出していた。

「そうだ、鶏だ。いっつも翼をパタパタさせて歩いているじゃないか。ほらっ、今だって鶏みたいに!!」

アイオロスは思わず首だけを限界まで捻り、自分の背中を見た。
そのの目に映ったのは、もちろんパタパタと動く己の翼であった。

聖衣を賜ったばかりの若いアイオロスは、前述のように聖衣の翼をコントロールするすべを知らなかった。聖衣は、主の乱れた心や小宇宙に敏感に反応し、事あるごとに翼をパタパタと羽ばたかせてしまっているのである。
特にサガと訓練する時やサガの名を呼ぶ時などは、主の心を確実に捕えた黄金の翼は嬉しそうにバッサバサと羽ばたき、まるで「サガ、サガ」と鳴く鶏のようだったのだ。

だが、己の聖衣を鶏と呼ばれて嬉しい者がどこにいようか。

「バケツを被ったお前に、鶏なんて言われたくない!」

「バ、バケツを被っただと!?」

「そうだ。サガだってそう思っているんだろう?だから、いっつもヘッドを被らないんだ。お前のヘッドは本当にバケツみたいだもんな」

ふふん、と勝ち誇った笑みを浮かべるアイオロスの言葉はサガの心に深く突き刺さった。
全て見透かされていることに、激しい怒りが込み上げてくる。

「黙れっ、鶏! 今の言葉を訂正しろ!」

「なんだと、バケツ!! お前の方こそ、俺を鶏呼ばわりするな!!」

「バケツって言うな!! そうだ、お前は鶏だから飛べないんだ、鶏!!」

「なにっ!! バケツの聖闘士よりましだろう」

「バ、バケツの聖闘士だと!?」

ムキッーーーーーーーーー!!

サガとアイオロスは互いににらみ合いながら拳を奮わせた。


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