デスママのおっはー(デスマスクのなりきり”慎吾ママ”その1)

 

デスママです みんなきょうも 元気にあいさつしたよね♪
やんちゃ坊主 やんちゃガール お日さまよりも早起き♪

朝ごはん ちゃんと食べた?♪
積尸気で食べるとおいしい♪
デスママは 料理上手 おいしいごはんを作ろう♪

ママとパパ お兄さん お姉さん♪
おじいちゃん おばあちゃん お隣さんも♪
おっはー (おっはー)
おっはー (おっはー)
おっはー (おっはー)
おっはー (おっはー)
いただきまーす♪
おっはーでカニチュッチュ♪

 明け方から不気味な歌声が双児宮に響いた。そして声の主はさらに不気味であった。身長180cmを裕に超えた筋骨たくましい男が、ピンク地に白い水玉のワンピースを着ているではないか。しかも、ワンピースの上には白い清潔感あふれるフリルのエプロン、頭には三角巾。とどめは、全く似合ってない女化粧と、身も心もすっかり”慎吾ママ”になりきっているデスマスクである。”慎吾ママ”とはアイドルが、お母さんに変わって朝食を作り、お母さんに朝寝坊させてあげようという、流行語大賞をも受賞したほどの、TV番組の人気コーナーである。流行に敏感なデスマスクがもちろんこれを見逃すはずはなく、ついに実行してしまったのだった。

 先ずはサガの私室へ侵入する。ゴミどころか塵一つおちていない、几帳面を絵にかいたような部屋である。同じ顔をした弟の部屋とはあまりにもかけ離れているので、間違えようがない。気配を消し、音を立てないようにソロリソロリとサガの枕元へと近寄る。サイドボードに置かれた目覚し時計を手にとり、起動スイッチをOFF。チラリとベッドに目を向けると、端正な顔に苦渋の相を浮かべながら、サガは夢見悪そうに眠っている。そのまま気づかれないように、抜き足差し足忍び足で部屋を出ると、反対側のカノンの部屋へと向かった。

 何て汚い部屋!。扉を開けてデスマスクは眉をひそめた。ミロの部屋の次に汚い。脱ぎ散らかした服や雑誌などを踏みつけながらベッドに近寄り、いきなり布団を引き剥がした。

 突然夢の世界から引き戻されたカノンが目にしたものは、世にも巨大なオカマであった。本能的に漏れるカノン悲鳴を、デスマスクは咄嗟に口を塞いで何とか防ぐ。そして、目を白黒させるカノンに不敵な笑いを浮かべながら、声を殺してデスマスクは言った。

「おっは〜〜〜!」

 カノンは絶句した。

「ゴラ!愚弟!このデスマスク様が折角あさっぱらから来てやったのに、『おっは〜!』をしないとは何事だ!」

 頼んだ覚えもない不気味なオカマのハウスキーパーに寝巻きの胸座をつかまれ、朝っぱらから因縁ふっかけられてはたまったものではない。これは夢に違いないと、カノンは再び瞼を閉じた。その横っ面をカニパンチが容赦なく襲い掛かる。

「寝るんじゃねぇ!『おっは〜!』だ!『おっは〜!』をするんだ!。」

「・・・・お、おっは〜〜。」

 命に危険を感じたカノンはあきらめてデスマスクにしたがった。

 デスマスクは半ば眠っているカノンを居間に引き摺りだすと、食卓の椅子へと座らせる。そして台所に入り込み、勝手に冷蔵庫の中のものを物色し始めた。家庭の臭いのしない殺風景な冷蔵庫は、双児宮の住人達をよく表していた。テーブルに頭を載せて夢の続きを見始めたカノンをふたたびカニパンチが襲う。

「何だこの冷蔵庫は!!ビールしかないではないか!!マヨネーズはどうした!マヨネーズは!!」

「しらねぇよ〜〜〜。俺はさっき寝たばっかりなんだ、勘弁してくれ。」

 カノンが寝たのは朝の5時であった。もちろんミロやシュラと夜遊びをしていたのだが、昨日は珍しくデスマスクがいなかった。それがまさかこのような事になろうとは、夢に思わなかった。現在は6時半である。当然眠い。

 デスマスクは持参したクーラーボックスからタラバガニやズワイガニを取り出すと、包丁でぶつ切りにし、朝食とは程遠い料理を作りはじめた。そして、カノンが三度目のカニパンチで起こされると、食卓には豪華絢爛カニ料理がズラリと並んでいた。

「どうだ!デスママの『積尸気風道頓堀蟹三昧』だ!」

「なんかよくわからんが、朝からすげぇ豪華だな。」

「ふふふ、そうとも!北海から取り寄せた最高級の蟹達だ!よぉぉぉぉぉく味わって食べるように。」

 デスマスクの偉そうな説明が終わるよりも早く、カノンはカニを貪り始めた。本日4回目のカニパンチを喰らい、カノンはカニ肉を咽に詰まらせる。胸を一所懸命叩いて嚥下すると、デスマスクにはどう見ても似合わない白いエプロンを掴んで怒鳴りつけた。

「飲み込んじまったじゃねぇか!もったいねぇ!!バカガニが!」

「貴様!食事の前は必ず『いただきます!』だろうが!」

「ギリシア人に無茶言うんじゃねぇ!!バカヤロウ!」

 通算5回目のカニパンチが顔面に直撃し、カノンは渋々両手を合わせて「いただきます」をデスマスクと唱和すると、あらためてカニに飛びついた。

 二人で無言のままカニをほじくっていると、幽霊のように青い顔をしたサガが、これまた幽霊のようにフラフラと居間に入ってきた。その手にはデスマスクがスイッチを切った目覚し時計がしっかりと握られている。デスマスクはカニ鋏を置いて、サガに元気よく挨拶をする。

「おっは〜!」

 しかし、サガの目はうつろで、どこか遠くを見ていた。

 デスマスクは席を立ち、今度はサガの目の前で手を広げてみせる。

「おっは〜!」

 デスマスク渾身の「おっは〜!」も空しく、サガはどこか知らない世界を一人でさまよっているようだった。カノンは浮遊霊のような兄のことなど、全く気にした様子もなく、ひたすらカニに喰らいついている。

「おい、愚弟。サガはいつもこうなのか?」

 デスマスクの質問に答えたのはサガだった。

「・・・・遅刻だ・・・・。」

 サガが見ていたのは時計であった。

「・・・何故時計が止まっているのだ。いや、今はそれどころではない。急いで仕度をしなければ。は・・・もう3分も遅れている・・・」

 ブツブツとそう呟きながら、サガはフラフラと身支度をはじめ、さっさと双児宮を飛び出していった。他ならぬ今日は教皇の間に出頭する当直日であったのだ。寝坊してしまったことに気が動転してしまい、既に鬱MAXのサガの瞳にはデスママは全く映っていなかった。

 見事に無視されたデスマスクは呆然と立ち尽くす。デスママ計画はものの見事に失敗した。

「おーーのーーーれーーー!サガめーーー!!きちんとカニ料理を食べていかんかぁぁぁぁぁ!!これでは”慎吾ママ”にならないではないかぁぁ!」

 地団駄をふむデスマスクにカノンはあきれて、顔をゆがめた。どうやらこの男は本気で”慎吾ママ”を目指してるらしい。

「お前さぁ、ウチで"慎吾ママ”ごっこしようなんって、無茶だって。」

「家族で同居しているのはお前のところしかないのだから仕方あるまい。」

 このまま毎日デスマスクが飽きるまで”慎吾ママ”をされては、毎朝気色悪いオカマの顔を見なければならないので、カノンはかなり困惑した。サガが困る分には一向に構わない。だが、自分まで巻き添えを喰らうのはご免である。災難は統べて兄に振り落ちればよいのだから。そこでカノンは提案した。

「羊のところはどうよ?」

 デスマスクは眉をひそめた。

「あそこはお父さん、お母さん、子供におじいさんまでいるぞ。ほぉら、大家族じゃねぇか。羊のお母さんさえ起こさなければ、案外上手くいくんじゃないのか?」

 羊のお母さん事、ムウはデスマスクの天敵である。できることなら一生関わりたくない、顔すら見たくない相手の住処に、どうして乗り込むことが出来ようか。もちろんそれを知らないカノンではない。嫌そうな顔をするデスマスクをにさらに話を続けた。

「積尸気経由で白羊宮に忍び込み、睡眠薬でも劇薬でも何でもいいからムウを目覚めないようにするんだ。そうすれば、余裕だろう。ムウだって、お前が心をこめて全部家事をやってくれたら、半殺しにしたりはしないだろうよ。」

 デスマスクは「なるほど」と相槌をうって、カノンから作戦の詳細をさらに聞き出した。

 


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