★白羊家の食卓(ピクニック)
聖域も春である。
すっかり暖かくなり、白羊宮のこたつから自宮に戻ったミロは、今日も惰眠を貪っていた。
目が覚めると、すっかり日は昇りきっており、腹の虫がギュルギュルと餌を催促する。
ミロは服を着ると、いつものように食事をたかりに白羊宮に出かけたが、天秤宮を抜けたところで足を止めた。眼下にムウがいるのである。
処女宮の裏庭、沙羅双樹の下にピクニックシートを広げたムウが一人で座っていた。そしてムウの目の前にはランチボックスが沢山並んでいる。水筒からコップに飲み物を注ぐと、ムウはその弁当を食べ始めたのだった。「なにやってるんだよ?」
天から降ってくる声にムウが見上げると、ミロは十二宮の階段から崖に移動し、そのまま沙羅双樹の庭へと飛び降りた。
「なにやってんの?」
「ピクニックです」
ミロの質問に、いつものようにスカした顔をして、ムウはボソリと答えた。
「ピクニック?一人でか?」
「そうです」
「貴鬼は?」
「修行に行ってます」
「アルデバランは?」
「ブラジルです」
「・・・あのさ、ピクニックってみんなでするものじゃないのか?」
「友達いませんから」
スカした表情を崩さず、友達がいないと言い切ったムウに、ミロは言葉を詰まらせた。確かにこの性格では友の出来ようがない。たじろぐミロを気にもせず、ムウは重箱に華やかに盛られた弁当に箸をつける。
「一人で飯食ってて寂しくないのか?」
「ジャミールで長いこと一人でしたから」
ふたたび聞いてはいけないことを聞いてしまい、ミロはまたもや言葉を詰まらせた。教皇をサガに殺され、幼少の身でチベットに隠遁していた事を考えれば、聞くまでもないことである。
「うーんとな、普通ピクニックって、もっと遠くに行かないか?」
「十二宮から外に出るとシオン様に怒られますから」
三度聞いてはいけないことを聞いてしまい、ミロはまたまた言葉を詰まらせる。よくよく考えてみれば、ムウが処女宮の庭で一人でピクニックをしている理由など、明白なのだ。友達もいなければ、外出も出来ないムウに同情したミロは、その場に腰をおろすと、勝手にムウのピクニックに加わったのであった。
薔薇の手入れを終えたアフロディーテは、ぽかぽかと暖かい日差しに誘われて、アテネ市内でランチにしようと、十二宮の階段を下りていた。そして、ミロと同じく天秤宮を抜けたところで足を止めた。
眼下の処女宮の裏庭には春の花々が咲き乱れ、沙羅双樹の枝では小鳥がさえずり、蝶がヒラヒラと舞っている。戦時には血のカスケードと化す十二宮にも春は訪れるのだ。白い蝶が巨大なタンポポの頭に止まったのを見てアフロディーテは眉を寄せた。ムウと昼食をとっているミロの頭に止まったのである。アフロディーテはそのまま階段を下り、いつものように瞑想しているシャカの前を横切ると、処女宮の裏庭へと入った。
「あんた達ぃ〜何やってるの?」
「ピクニックだよ、ピクニック」
ミロの回答に、アフロディーテは訝しげに首をひねる。
「ムウが一人でピクニックしていたから、付き合ってやってるんだよ」
「ああ、ムウは友達いないもんね」
アフロディーテに鼻で笑われ、ムウは麻呂眉をピクリと動かした。友達がいないことは自覚していても、他人にはっきり言われるとやはりカチンとくるらしい。
「別に、付き合ってくれと頼んだ覚えはありませんが」
「そういう事言うから友達が出来ないんだよ」
再びアフロディーテに鼻で笑われ、ムウはふくよかな頬を引きつらせた。的確な指摘にミロは腹を抱えて爆笑する。
黄金聖闘士としては冷静沈着で申し分ないムウであるが、人間関係においては子供っぽいところがある。長年人間社会から隔離され、人と関わることのない生活をおくっていた弊害であろう。それを承知しているアフロディーテは、ムウに睨まれても気にすることなくミロの隣に腰をおろした。「この弁当、ムウが作ったの?」
アフロディーテは重箱の中に丁寧に詰め込まれたサンドウィッチを勝手に手に取り、口へ運ぶ。
広げられた5段重ねの重箱の弁当は、一人前にしてはあまりにも量が多すぎるし、個人用にしては、フライドチキンの一本一本に紙ナプキンがリボンで止められていたり、野菜や卵、ソーセイジが飾り切りになっていたり、ロースとビーフが薔薇状に盛り付けされていたりと、過剰に豪華である。
タコの形に細工され、しかもゴマで出来た目までついているウインナーソーセージを摘み上げ、アフロディーテは笑った。「あんた、暇ね〜〜〜」
再び図星をつかれ、ムウは眉をピクリと動かした。
「私の作った物が気に入らないなら、食べないで下さい」
「あんたが友達いないから、付き合ってあげてるんでしょう」
「ですから、付き合ってくれと頼んだ覚えはありません」
アフロディーテとムウの間に挟まれで、ミロは動揺しながらも、ちゃっかりフライドチキンを貪っている。アフロディーテもまたムウに皮肉を浴びせながらも、弁当に手を伸ばしていた。
デスマスクを誘って、アテナ市内で昼食がてらナンパでもしようと出かけたシュラは、天秤宮を抜けたところで足を止めた。眼下の自然溢れる処女宮の裏庭が、いつにもましてカラフルなことに気付いたのである。薄紫色と水色と、金色の頭髪が、野の花に混ざっているのである。ムウ、アフロディーテ、ミロと、珍しい組みあわせだ。すっかり脳内も春爛漫なシュラは、この三人をまとめていただこうと、口にいやらしい笑いを浮かべると、十二宮の階段をはずれ崖を飛び降りた。
「お前達、何やってるんだ?」
「ピクニックだよ、ピクニック」
ミロの回答に、シュラも訝しげに首をひねる。
「友達のいない羊ちゃんに付き合ってあげてるのよ」
アフロディーテがそう付け加えると、シュラはニヤニヤと笑いながらムウの斜め後ろに移動し、腰をかがめてムウの肩を抱く。
「セックスフレンドだったら、いつでも俺がなってやるぜ」
ムウの耳元で囁いたシュラは、突然全身に電撃が走り、ムウの肩からあわてて手を放した。ムウに超能力ではじかれ拒絶されたことを知ったミロは、フライドチキンを咥えたまま、笑い声を上げ、アフロディーテはお茶をむせ返した。
「ぶはは、おめーのヘボチンじゃイヤだってさ!」
「ムウちゃんはグレートホーンじゃなきゃダメなのよねぇ、あんたの粗チンはお呼びじゃないってよ、ぷぷ!」
「何だと?!誰のが粗チンか、その目で確かめやがれ!」
ミロとアフロディーテに自慢の息子を馬鹿にされ、逆切れしたシュラはカチャカチャとベルトをはずすとズボンをおろそうとしたが、またしてもムウの超能力で弾き飛ばされ、地面にしりもちをついた。再びミロとアフロディーテが爆笑する。
「どうせあんたも暇なんでしょう。股間しまって食べていきなさいよ」
アフロディーテは弁当の持ち主であるムウの承諾も得ず、勝手にシュラをピクニックのメンバーに誘うと、シュラはベルトを締めなおし、ミロとムウの間に座った。