★ 病院へ行こう(その1)
聖域は、ハーデスとの長き闘い後、女神の力によって復活した聖闘士達の活気でかつてない賑わいを見せていた。
お気に入りの18歳の体で復活したシオンは、13年間のブランクを埋めるために毎日、教皇の間に黄金聖闘士を2人づつ呼び、自分の仕事を手伝わせていた。サガは双児宮を出て教皇の間までの長い階段を静かにゆっくりと上っていた。サガの表情は相変わらず憂いを帯びており、その足取りも重い。
サガは週に1回まわってくるこの仕事が心底嫌でたまらなかった。何故ならば、教皇の間にはあの男がいるのだ。教皇の間に入れば、嫌でもあの男の姿が目に入り、あの男の声が聞こえる。あの男の小宇宙に満ちた部屋に入ると、いつも身体が思うように動かなくなり、その冷静な判断力は失われ、眩暈を起こし、気分が悪くなり、その日の夜には必ずあの時の夢を見てうなされた。
サガは内心、自分の命を救ってくれた女神を呪った。普通に生活をしているデスマスク、シュラ、アフロディーテやカノンの無神経さが羨ましかった。「おはよう!サガ。」
アイオロスに声を掛けられて、我に返ったサガはいつの間にか人馬宮まで来ていた。
アイオロスは相変わらずさわやかな笑顔でサガを見つめているが、サガには彼の笑顔をが苦痛でしかなかった。
サガは間接的とはいえ、親友のこの男すらも殺めようとしたことを忘れることが出来ないでいた。
しかし、当のアイオロスはそんな事などまったく気になど掛けていないようだった。「今日は、本当にいい天気だな。こんな日は一日ゆっくりと魚つりでもして過ごしたりしたよな。そうだ、今度の休みに一緒に釣りにでも行かないか、サガ?」
アイオロスのこの無邪気さが、サガに更なる苦痛を与えていることなど本人はしるよしもなかった。アイオロスはその身体は28歳の成人した男のものであったが、彼の心は15歳のままであった。
サガにはなぜ彼が復活の際に28歳の身体を望んだか理解できなかったし、それを本人に聞くことはできなかったのである。
サガは教皇の間の扉の前で立ち止まった。
そして、この扉の向こうにあの男がいると思うと気分が悪くなった。「サガ、大丈夫か?今日も顔色が悪いぞ?無理しないほうがいいんじゃないか?」
「大丈夫だ、それより教皇の間へ急ごう。」
サガは心配そうに自分の顔を覗きこんだアイオロスに作り笑顔で答え扉を押した。
その瞬間、サガは悪寒を覚え、激しい眩暈と頭痛に教われた。
そこには13年前と変わらず、あの男・・・・・自分の手で直接心臓を貫き、息の根を止めたあの男が教皇の玉座に座っていた。「シオン教皇、本日もご機嫌麗しゅう存じます。」
サガは無意識のうちに膝を付き頭を下げた。
「うむ。本日も余の補佐をよろしく頼むぞ。」
「はっ、かしこまりました。」
シオンの両脇に立ち、控えたサガとアイオロスに、シオンは大量の書類に目を通しながら時折声を掛けた。
サガはシオンの言葉に上の空で答えながら、朦朧と考えていた。
いったいこの人は何を考えているのだろう。200年以上も教皇をしていて、今更自分達を呼んで何にをしたいのか。
それよりも、この人はまるで13年前のことなど無かったかのように自分に接している。それはアイオロスもそうだった。サガにはこの2人の13年前と変わらぬ態度が一番辛かった。いっそのこと憎しみを持って、罰を与えてくれればどんなに楽なことか・・・・。
「サガ、サガよ。余の話、聞いておったか?」
「・・・・・・・はっ、教皇。聖戦も終わり数ヶ月も経った今でも浮かれている聖闘士達のことでしたら、銀聖闘士のシャイナとアルゴルに任せてあります。」
サガはシオンに呼びかけられ現実に引き戻され、冷静を装って答えた。
「ん、どうした、サガ?顔色がいつもに増して良くないようだが気分でも優れぬのか?。」
「はっ、お気遣いいただき恐縮でございます。私でしたら大丈夫ですので・・・・・。」
「うむ、そうか。ならよいのだが・・・・。」
教皇の顔は仮面に隠され、その表情を知ることはできない。しかし、サガにはシオンが自分の気持ちをすべて察知し、仮面の下でせせら笑っているように感じられた。
アイオロスはサガを心配そうな顔で見ている。この空間にある全てのものがサガに苦痛を与えていた。
シオンの隠された表情、アイオロスのその哀れみを帯びた目、13年間教皇として過ごした荘厳な教皇の間、そして自分が今身に纏っている双子座の黄金聖衣・・・・・。
サガはずっと考えていた、復活の際、何故自分が双子座の黄金聖闘士として蘇ったのか?何故、弟のカノンではなかったのか?サガは、まさか自分が再びこの黄金聖衣を身に纏うとは夢にも思っていなかった。それだけ自分の犯した罪は重たかった。サガは、これこそ女神が自分に与えた罰なのかと薄れいく意識の中で思った。