★聖衣大好き(ジェミニ編その1)
普段は絶対に半径1メートル以内に近寄ってこないムウが、珍しく自分にぴったりと寄り添ってきたので、シオンは超ご機嫌だった。お茶を受け取るときに手を重ねてみたり、尻をなでても、平手打ちどころか説教すら飛んでこず、ニコニコと微笑んでいる。どうせ何か裏があるとは解っていたが、セクハラしても怒られないことなど二度とないかもしれないので、現状を楽しむことにした。
「シオンさま、お願いがあります。」
上目遣いで、キラキラと瞳を輝かすムウはどこからどうみても怪しかった。明らかに裏がある。
「そうかそうか、頼まずとも、いつでもしてやるぞ。」
自分に寄り添って座るムウの体を難なくソファーに沈めて、シオンはその上に覆い被さった。このままサクッと頂いてしまおうと思ったが、そうは問屋が卸さず、ムウの手が口付けしようとするシオンの唇を押し返す。
「そういうお願いではございません。お伺いしたいことがあるのです。」
唇にあたる手を掴み、シオンはムウの細い指に何度も口付けをする。当然ムウの話など上の空でしか聞いていない。
「何だ、ここではイヤか?」
「そういうことを聞いてるのではございません。」
自分を犯すことしか考えていないシオンを押しのけ、ムウは体を起こす。再び押し倒そうとして肩にのばすシオンの手を払うと、また上目遣いで話しはじめた。
「メデゥサの盾の原理を教えていただきたいのです。」
突然仕事の話をもちかけられ、シオンは不満そうに眉間に皺をよせた。しかし、ムウがキラキラと紫色の瞳を輝かせて、おねだり光線を発しつづけるので、ついつい頬が緩んでしまう。
何て可愛いのだ!こんな可愛い瞳のムウを見るのは十三年振りだ!。すっかりヤサグレてしまい、今では突き刺さるような魔眼でしか自分を見てくれないので、裏があろうが無かろうが、シオンはそんなことはどうでもよくなってしまった。
「ほうほう、そなたは研究熱心だのう。ペルセウスが聖衣の修復に来おったのか?」
「はい、本日参りました。」
「他の聖衣と変わりない。普通に治せばよいだけだ。」
「それは承知しております。私が知りたいのは、石化の原理でございます。」
シオンはムウがまだ自分の膝に座っていた頃、勝手にペルセウス座の聖衣箱をあけてはメデゥサの盾を持ち出し、同じ歳のガキどもを石化して遊んでいたことを思い出した。
『大きくなったら絶対ペルセウス座の聖闘士になって、麻呂眉と馬鹿にする奴らを全員石にしてやるのです。ですから私は牡羊座の聖闘士にはなりません。』
ムウはそう言って、散々シオンを困らせたが、やはり星座の宿命どおり牡羊座の聖闘士になってしまった。「そなた、まだあの聖衣に未練があるのか?」
「いいえ、そうではございません。石化の原理がわかれば、凄い聖衣が作れると思うのです。」
ああ!やっぱり可愛い!シオンはそう語るムウの微笑みに天使を見たが、傍から見れば、悪魔の邪悪な微笑み他ならなかった。
「ふむ、『あれはああゆうものなのだ』、としか我師からは聞いておらぬ。神の奇跡に原理があるとは思えぬしのぅ。」
「・・・然様でございますか。」
悲しげに目を伏せるムウの、また何と可愛いことか!。シオンはいつもの数万倍は表情豊かな愛弟子に、コロっとだまされる事をよしとした。
「原理などわからずとも、実力行使で何とかなるものだ。して、メデゥサの呪いを何としたい?」
「はい、シオンさま。ジェミニの顔に仕込みとうございます。」
双子座の聖衣の冠には、左右に人面のレリーフが施されている。ムウはその顔をメデゥサにしたいと申し出た。シオンは自分の顎に手を当て、少し考えると、ムウに聞いた。
「その心は?」
「サガはそのうち首でもくくってまた自害することでしょから、弟がその跡目を継ぐことと思います。しかし、あのへっぽこぶりでは、聖衣をまとったところで、使い物になるとは到底思えません。そこで、ジェミニの両の顔にメデゥサの魔眼を仕込んだら、それなりに使えるのでは、と考えました。いかがでございましょう?。」
まったく余計なお世話である。
「しかし、あの馬鹿に石化の仮面は危険であろう。」
「え、面白そうじゃないですか。」
とどのつまりはそういう事らしい。
「うーむ、しかしトムとジェリーが何というかのぅ・・・。」
ムウは小首をかしげて、悩む師に聞き返した。
「初めてお聞きするお名前でございますが?」
「ん、そうであったか?。右がトムで左がジェリーだ。」
双子座の聖衣に名前があることをムウは初めて知った。
「まぁ、本人達に聞いてみるか。ムウよ、サガから双子座の聖衣を借りてまいれ。」
サガの意思はどうでもいいらしい。ムウはニッコリ笑うとその麗姿を消した。
「ごめんください。」
そういって他人の風呂に入ってくるものなど、この世にムウしかおるまい。突然現れたムウにサガは目が点になった。まさか入浴中にテレポテーションで、しかも目の前に現れるとは、非常識にもほどがある。
「また自分の裸に陶酔していたんですか?。ジェミニの聖衣をお借りしますよ。」
当然全裸で硬直しているサガの頬をペチペチ叩いて、ムウはそう言うと、双児宮の巨大な浴室からスタスタと歩いて出ていった。
そして、ムウと入れ替わりにカノンが血相を変えて、浴室へと駆け込んでる。
「おい!兄貴!!!!いま麻呂眉が双子座の聖衣を箱ごと持っていきやがったぞ!」
カノンの声にエコーがかかり浴室中に響き渡っても、サガは硬直したままであった。
「目ぇさませ!立ちながら寝てる場合じゃねぇぞ!」
今度はカノンにペチペチと叩かれ、サガはようやく現実世界へ生還した。
「兄さんは入浴中だぞ。風呂に入ってる時は一人にさせてくれって、いつも言っているだろう。」
全裸で説教されても、マヌケなだけである。カノンは再び兄の頬を叩いて話しを続けた。
「おい兄貴、ネボケてんじゃねぇよ!。ムウが聖衣持って行っちまったけど、どういうことだ?」
「・・・。借りるといっていたな。」
サガは遠い目でボソリと答えた。カノンは頭を抱えて雄叫びをあげる。
「ぅおーー!何で貸しちまうんだ!あの麻呂眉に聖衣貸したら、ろくでもないデザインに変えられちまうに決まってるじゃねぇか!。今すぐ白羊宮行って取りかえしてこい!。」
サガは得意の悲痛な面持ちで、首を静かに横に振った。
「ふっ・・・あんな悪魔の巣に乗り込むくらいなら、私は愉快な聖衣を纏う方がいい。いや、いっそ、今ここで死なせてくれ。大好きな風呂で死ねるなら、私は本望だ。」
浴槽で入水自殺を図ろうとするサガの髪を引っ張り、カノンは風呂場からサガを引きずり出した。
「死ぬなら、聖衣を取りかえしてからにしてくれ!あれは俺の聖衣だーー!。」
「いつからお前のものになったのだ。」
「細かいことは気にするな。とにかく服を着てくれ。白羊宮に行くぞ。俺一人が行った所で、聖衣を返してくれるとは思えん。」
サガに服を着せ、カノンは鬱状態の兄の手を引き、白羊宮へ駆け下りた。