白羊の食卓

 

ギリシャといえど山奥にある聖域は、冬になると雪が積もる。
十二宮もすっかり雪に覆われると、自宮まで階段をのぼるのが面倒な不精者たちが白羊宮に集まりだし、黄金聖闘士の合宿所と化していた。

寒さに負けて今年もコタツ目当てにやってきたアフロディーテは、図々しくも取り仕切りコタツ奉行と化している。

しかし、例年と違うのは、今年はコタツの中で丸くなっているのはミロではなく本当の猫である。ミロは寒さのあまり実家のミロス島に帰ってしまったのだ。

そろそろサンバカーニバルということでアルデバランも帰国してしまい、うっかりいつも通り大量の昼食を用意をしてしまったムウは、どうしたものかと首を捻った。貴鬼も日本に遊びに行ったっきり帰ってこず不在なのだ。

コタツの上に隙間なく並んだ中華料理を見て、昼食をたかりにきたアイオロスとカノンは呆然とした。

アイオロス「ムウ……これは10人前くらいに見えるんだが」

カノン「コタツの中に中国のじーさんがいるのか?」

ムウ「残念ながら老師はそろそろ旧正月なので五老峰へお帰りになりました」

アフロディーテ「私、こんなに食べられないんだけど」

ムウ「食べてください」

アイオロス「無茶言うな。あ、そうだ。サガを呼ぼう」

カノン「兄貴は今日は出頭日でいねーよ、ばーか」

アイオロス「あっ、そうだった。あいつ、ちゃんと飯食べてるかな……」

カノン「ゲロってる、間違いない」

ムウ「とにかく食べて下さい」

四人で黙々と食べ始めたが、一向に減る気配はなく、かに玉にいたっては誰も手をつけていない。

アイオロス「アイオリアはなぁ、白羊宮にはこないしなぁ……あ、そうだ」

アイオロスは小宇宙をおくって子分を呼び出すと、10分ほどでコートを羽織ったシュラがやってきた。

白羊宮に住み着いているいつものメンバー、ミロ、童虎、アルデバランがいないことに気づいたシュラは、何故自分が呼び出されたかをすぐに察し、遠慮なく昼食の席についた。

アイオロス「いっぱいあるから、じゃんじゃん食えよ」

シュラ「俺、ムウの作った飯食うの久しぶりか?」

アフロディーテ「そういえば、あんた下に降りてくるの久しぶりじゃないの?」

シュラ「ああ、そうかもな。雪さえ降ってなければなぁ……」

アイオロス「何だ、雪くらいでだらしない。お前ピレネー育ちだろう」

シュラ「階段滑って危ないじゃないですか」

アイオロス「お前、それでも聖闘士か」

シュラ「聖闘士でも滑るものは滑ります」

ムウ「アイオロスは滑ってきますからねぇ、ここまで……」

シュラは白羊宮の裏口にスノーボードがたてかけてあったのを思い出し、唖然とした。食料を運ぶソリ代わりに使っているのかと思ったのだが、そうではないらしい。

シュラ「外にあったスノボってまさか、アイオロスのですか?」

アイオロス「そうともよ、人馬宮からここまで1分で下りてこられるんだ。去年のスキー板は折れちゃったからな」

雪の積もった十二宮の崖をスノーボードで滑り下りるアイオロスの姿を想像し、シュラは苦笑いを浮かべた。とてもではないが、次期教皇のすることではない。

アフロディーテ「じゃぁ、あんた今まで食事どうしてたの?」

シュラ「これがな、磨羯宮に持ってこさせると飯が冷めるんだ。だから、教皇の間の食堂で食ってた」

アフロディーテ「デっちゃんの所で食べてたんじゃないんだ」

シュラ「巨蟹宮は遠い……。今日だって、アイオロスの命令じゃなきゃ来ないね」

ムウ「そういえば、デスマスクは出て行ったっきり帰ってきませんね」

アフロディーテ「シチリアの実家じゃないのー。いいわよねー故郷があったかい所の奴はー」

アイオロス「ああ、シャカもいないな、そういえば。インドはあったかそうだなー」

シュラ「ピレネーも結構寒いからなぁ。俺も聖域のほうがマシだ」

アフロディーテ「北欧なんて太陽も出ないわよ……ああ、やっぱり聖域でいい」

ムウ「カノンは海底に帰らないのですか?」

カノン「はぁ?何で海底なんだよ!」

アフロディーテ「だって海の中のほうが暖かいじゃない」

アイオロス「そうだぞ、無理して聖域にいなくていいんだぞ。さっさと海に帰れ!」

アフロディーテ「あんたがいると、コタツが生臭いのよ!帰れ!」

カノン「生臭いのはお前だろうが!!」

突然白羊宮が殺伐となり、シュラは驚いて目を泳がせる。いつものことなのでムウは気にした様子もなくチャーハンをもくもくと食べており、怒鳴りあいを始めた三人は無視である。

アイオロス「本当に生臭いな……何だこの臭いは?」

ムウ「匂いますね。シュラですか?」

シュラ「俺の香水か?いや、こんな変な臭いじゃないぞ」

アフロディーテ「だからコタツから匂うのよ!愚弟の腐った臭いなのよ!」

カノン「俺が来る前から匂ってたぞ、ゴラアァ!オカマの腐った臭いだ!」

全員で一斉にコタツ布団をめくり、掘りごたつの中を覗いてみると、灰色の猫がコタツの中でムウからもらった生魚を食べていた。

赤い首輪をつけた、人馬宮の猫である。

臭いの原因が判明し、ムウは超能力で猫をコタツの中から引き出した。

アイオロス「最近姿を見ないと思ったら、白羊宮にいたのか!」

ムウ「最近どころか、ずっと白羊宮にいるんですが……きちんと自分で面倒見てください」

アフロディーテ「え、こいつ教皇の間の猫じゃなくて、アイオロスのなの!?だったらいじめておけばよかった!!」

シュラ「そういう大人気ないことをするな……」

カノン「鶏猫かよ!どうりで臭いわけだぜ」

ムウ「きちんとコタツの中を掃除しておいて下さい、アイオロス」

アイオロス「おう、きちんと掃除しておけ、シュラ」

シュラ「ええ、どうして俺が?猫に魚やった奴が掃除するんじゃないのか?」

アフロディーテ「じゃ、餌あげてるのムウだから、ムウが掃除」

ムウ「アイオロスが餌をあげないから、見かねて私が与えたのです。やはり、アイオロスがきちんと片付けるべきです」

アイオロス「そういうわけだ、掃除しておけよ、シュラ」

シュラ「えええ?!」

カノン「タダで飯食ってんだから、掃除くらいしろってーんだ」

お前らも全員タダ飯だろうが!とシュラは突っ込みを入れたかったが、アイオロスに睨まれ渋々「はい」と返事をした。

 

昼食を平らげたシュラは、ベルトを緩め膨れた腹をさすった。

シュラ「はー、食った食った」

ムウ「有難うございます。残らずに済みました」

アイオロス「いい食べっぷりだったな」

シュラ「毎日ギリシャ料理で飽きていたから、丁度よかったですよ」

アイオロス「聖闘士は食えなくなったら終わりだからな」

ムウ「何でも残さず食べてくれる人は大好きです」

アフロディーテ「シュラ〜〜、ムウが大好きだってよぉ」

シュラはいやらしく笑うと、皿をさげているムウの尻を撫でようとして超能力でその手をはじかれた。

ムウ「下らないことしてないで、コタツと猫の掃除してください」

シュラ「は?猫?」

アフロディーテ「猫にも臭いうつってるから洗ってきなさいよ」

アイオロス「そうか?そんなに臭くないぞ?」

アイオロスが猫を抱っこしてにおいを嗅ぎ首をかしげると、アフロディーテは露骨に嫌な顔をし、化粧品の入った箱を開けて香水を取り出した。

アフロディーテ「臭いのよ!香水ぶっかけるからね!!」

シュラ「おいおい、他所の宮で香水をぶちまけるのはやめろ」

アフロディーテ「だったら猫洗ってきなさいよ!」

シュラ「だから何で俺が……」

カノン「だってお前、鶏の子分なんだから仕方ないだろう」

アイオロス「そうそう、そういうこと」

アフロディーテ「ていうか、鶏!!あんたも臭いのよ!!猫と一緒に風呂入って来い!!」

アイオロスと猫に向かってアフロディーテは香水をかけると、シュラとカノンは鼻をつまんで嫌な顔をした。

ムウ「その変な香水やめてください」

ムウがすかさずアイオロスに消臭剤をシュッシュと散布し、逃げようとした猫をシュラがつかまえる。

アイオロス「やめろ!お前ら!!風呂に入ればいいんだろ、入れば!!」

シュラの手から猫を奪うと、アイオロスはぶーぶー文句を言いながら風呂場へ消えた。


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