★白羊の食卓
しばらくすると、けたたましい人間と猫の悲鳴が白羊宮に響き渡った。あまりの騒ぎにムウが風呂場に様子を見に行くと、泡だらけの猫がムウの横を高速で走り抜けた。
アイオロス「バカやろう!戸をあけるな!!」
ムウ「どうしたのですか……」
猫に噛まれ引っかかれて血だらけのアイオロスにムウは呆然としていると、今度はリビングから悲鳴が上がった。
泡だらけの猫がリビングで暴れまわっているのである。
ムウは慌てて戻ると、あちらこちらに石鹸の泡が飛び散ったリビングに唖然とした。アフロディーテ「ちょっと何なのよ!!早く捕まえなさいよ!!」
ソファーの上で威嚇している猫をムウが超能力で風呂場に瞬間移動させると、再び風呂場からアイオロスの悲鳴があがった。アイオロスの猫はミロが拾ってきた野良猫のため、初風呂だったのである。
ムウ「シュラ、部屋の掃除よろしくおねがいしますね」
シュラ「だから何で俺が!!」
ムウ「あなたはアイオロスの子分でしょう。シオンさまに怒られたくなかったらきちんと掃除してください」
ムウに雑巾を渡され、シュラは嫌々床を拭き始めた。
シュラ「大体なんで黄金聖闘士様の俺が床掃除なんかしなきゃいけないんだ……」
アフロディーテ「床だけじゃなくて、コタツの中とソファーと壁もね」
シュラ「お前もやれよ!!」
手伝わされると思ったカノンはさっさと双児宮に帰宅しており、アフロディーテは座椅子にふんぞり返ったままそっぽを向く。
アフロディーテ「私が汚したんじゃないもん。なーんで私がやらなきゃいけないのよ」
シュラ「ちっ、こんなこと神官か雑兵にでもやらせろよ」
アフロディーテ「だめだめ、教皇はムウとの愛の巣を他人に邪魔されたくないの」
シュラ「お前は他人じゃないのかよ!!!」
アフロディーテ「黄金聖闘士は家族も同然!」
シュラ「だったら俺より年下なんだから、積極的に手伝えよ!」
アフロディーテ「私はアイオロスの子分でも、あんたの子分でもないもーん。大体私は、片付けるの嫌いなの!だから、ムウにグチグチ言われないように、散らかさないし汚さないの!アフロ専用ゴミ箱にアフロ専用ティッシュペーパーにアフロ専用ウエットティシュも用意して完璧なの!」
ゴミ箱とティッシュペーパーが入ったクッキーの缶にはアフロディーテ専用と書いてあり、シュラは頬を引きつらせる。
そうまでして白羊宮に居座ろうとするアフロディーテの気持ちがわからず、シュラは首をかしげながら猫が汚した床を拭いた。
風呂から上がった傷だらけのアイオロスは濡れたバスタオルの塊をコタツの中に突っ込んでアフロディーテに怒鳴られた。
アフロディーテ「ちょっと、コタツはゴミ入れじゃないわよ!」
シュラ「折角俺が片付けたのに何するんですか!バスタオルなら風呂場においておけばいいでしょう」
アイオロス「タオルじゃない、猫だ、猫!」
シュラはコタツ布団をめくってバスタオルを引き上げると、中からのびた猫がゴロンと落ち、驚いて頭をコタツの縁にぶつけた。
シュラ「ぎゃー!猫の死体なんか入れないで下さい!!」
アフロディーテ「信じられない!捨てるならデっちゃんの所にしなさいよ!!」
アイオロス「殺すか、ボケ!コタツで乾かさなきゃ可哀想だろう」
アフロディーテ「コタツは乾燥機じゃない!!臭くなるからコタツの中に濡れたものを入れるなバカ!」
シュラ「ドライヤーで乾かせばいいじゃないですか」
アイオロス「白羊宮にそんなものがあるわけないだろう」
アフロディーテ「ああ、もう!私の貸してあげるから、その気持ち悪い濡れ猫なんとかしなさいよ!!」
見かねてムウが乾いたバスタオルを持ってくると、シュラはのびた猫をコタツの中から取り上げ、ムウに渡した。
ムウがバスタオルで拭きながら、シュラがドライヤーをかけてやると、猫の毛皮は本来の色を取り戻し、皆を驚かせた。くすんだ灰色だったのが、2段階ほど明るくなったのである。
赤い首輪をつけられ解放されると、猫は一目散にコタツの中へ避難した。
服が香水くさくなってしまっために着る物がないアイオロスは、裸にシオンのガウンを纏い、コタツへ入った。
白羊宮はコタツ以外の暖房器具ないため、コタツから一歩外へ出ると冷蔵庫にいるのと大して代わらない。
しかしムウはいつも通りの薄いボロ着にエプロンを身に付けているだけで、平然と台所に立っている。
座椅子の背もたれを倒して昼寝しているアフロディーテはコタツ布団を肩までかけており、寒さをしのいでいた。
シュラは肩が冷えてきたので、着てきたコートを肩にひっかけた。
シュラ「……アイオロスは寒くないんですか?」
アイオロス「こたつに入っているのに、何で寒いんだ?」
シュラ「いや、脚じゃなくて、肩冷えませんか?」
アイオロス「いや、別に。シャワー浴びたからかな?」
アフロディーテ「あんたは冬でも半裸でしょうが……」
ボソボソとアフロディーテが突っ込みを入れ、シュラは苦笑いを浮かべた。
アイオロス「そんなことはない、今日は寒いからTシャツを着てきたぞ」
シュラ「外かなりの雪降ってるんですけど……」
アイオロス「動かないから寒いんだ。ちょっと聖域を十周走って来い。すぐに暖かくなるぞ」
アフロディーテ「だからあんたは一年中汗臭いのよ……」
再び嫌そうに呟いたアフロディーテにシュラは思わず笑ってしまい、アイオロスに睨まれた。
シュラ「前から聞こうと思っていたんですけど、アイオロスは白羊宮で何やっているんですか?」
アイオロス「何って、別に」
シュラ「どうして白羊宮にいるんですか?人馬宮に戻ればいいじゃないですか」
アイオロス「どうしてって言われてもなぁ……人馬宮にいるより、白羊宮にいるほうが、みんなに会えるからか?」
シュラ「白羊宮ってそんなに人くるんですか?」
アイオロス「だって、ここを通らなきゃ外に出られないだろう。白羊宮で待ち構えている方が、サガに確実に会えるんだぁ〜」
アフロディーテ「サガはひきこもりだから滅多に出てこないけどね」
アイオロス「しかし上にあがる確率よりは高い」
シュラ「……そのためだけにここにいるんですか」
アイオロス「当然!」
シュラ「暇人ですね、アイオロス」
アイオロス「うーん、あとはだなぁ、あっ、そうだ。白羊宮にはおやつがあるんだ。いい匂いがしてきただろう」
台所から漂ってきた甘い匂いに、シュラは鼻をひくつかせた。ムウは台所に行ったきり、先ほどから全く姿を見せていない。
アイオロス「この匂いは何だろうな。バターの匂いがするから、チョコレートじゃなさそうだ」
シュラは偉そうにしていても中身はまだまだお子様なアイオロスに、思わず笑いそうになったが、そのようなことをすれば容赦なく殴り飛ばされるので、ぐっとこらえた。
程なくして、ムウが台所から大皿いっぱいのスイートポテトと紅茶をもってきた。
間違いなく10人分以上はある。
ムウ「沢山食べてくださいね」
ムウが紫の瞳を輝かしシュラに言った。甘いものが好物というわけではないので、ちょっとした拷問か嫌がらせだとシュラは思ったが、ムウを敵にまわすのは得策でない事はデスマスクを見れば一目瞭然である。
むしろムウに気に入られて、懇ろになりたい下心の方が勝っていたので、シュラは黙々とスイートポテトを食べ始めた。しかし食べても食べてもスイートポテトはなくならず、シュラは10個目でついに手が止まった。
ムウ「おや、もう終わりですか?」
アフロディーテ「ミロならもう5個は食べるわね」
アイオロス「アルデバランも、もうちょっと食べるな」
シュラ「……ちょっと昼飯食べ過ぎたからなぁ」
アイオロス「そうか?アルデバランはあのくらい食べるぞ」
アフロディーテ「ミロも食べるわね」
ムウ「もしかして、口に合いませんでした?」
周囲に煽られ、シュラは目を泳がせると、嫌々スイートポテトに手を伸ばす。
シュラ「……もしかして、俺は試されてるのか?」
小声でシュラが呟くとアフロディーテ、アイオロス、ムウの三人が頷いた。