白羊の食卓

 

いつもどおりシオンとムウはダイニングテーブルで、居候たちはコタツで夕飯を食べた。
シオンもコタツで日本のブイヤベースを食べればいいのにとシュラは思ったが、当然口にできるはずもない。
雪が本降りのため、この日カノンは夕飯には現れなかった。

食事を終えたシオンが席を立つと、アフロディーテはすぐにシオンに座椅子を譲った。元々はシオンの席である。

ダラダラ食べていると、シオンに投げ飛ばされてしまうので、アイオロスは鍋に残った野菜と魚を皿に全部移した。

シオンがピクリと麻呂眉を動かしたのを見て、シュラはビクリと身を震わせた。アフロディーテとアイオロスは気にした様子はない。白羊宮の生活にすっかり馴染んでいるのだ。シュラは何かシオンの機嫌を損ねてしまったのではないかと、粒目を泳がせる。

シオンはコタツ布団をめくると、中を覗いて猫を引き出した。

シオン「……ふむ、綺麗になっておるのぅ」

猫はシオンの顔に頭を摺り寄せ、愛想を振りまいている。

アフロディーテ「あまりにも臭いからお風呂に入れたんですぅ」

アイオロス「風呂に入れたのは私ですけどね」

シオン「ほうほう、それはよかったのぅ、アイオロスや」

猫がニャーと返事したのを聞いて、アイオロスは思いっきりいやな顔をした。

アイオロス「ちょっと待ってください、教皇。その猫の名前はアイオロスではありません」

シオン「アイオロスの飼っている猫、略してアイオロスじゃ。何か問題でもあるのか?」

アイオロス「そいつには”肩”という立派な名前があるんです!」

シオン・アフロディーテ・シュラ「はぁ?」

アイオロス「こいつは『肩、肩〜♪』って呼ぶと、私の肩に乗るんですよ。だから、名前は”肩”なんです」

シオン「……なんとゆう不憫な名じゃ」

シュラ「……せめて”アイオリア”とかにすればいいのに」

アフロディーテ「”サガ”じゃないだけ、いいか……」

シオン「お前の名は”肩”であるか?」

シオンが猫に尋ねると、猫は無言でシオンを見返した。

シオン「……”肩”ではないとゆうておるぞ」

アイオロス「勝手に私の猫と変な会話しないでください。そいつは”肩”なんです!」

シオン「では、呼んでみよ」

アイオロスは自分の左肩を叩きながら「肩、肩〜♪」と呼んだ。

が、猫はシオンの膝の上に座ったまま、知らん顔をしている。

アフロディーテ「来ないじゃない。大体猫が芸するなんて聞いたことないんだけど」

アイオロス「あー!教皇、”肩”にクリスタルネットかけてるでしょう!」

シオン「そのようなことせぬわ」

アイオロス「おーい、肩、肩〜♪」

やっぱり猫は無反応で、シオン、シュラ、アフロディーテは失笑した。

アイオロス「おい、お前のご主人様は私だぞ!」

手を伸ばしシオンの膝の上から猫を取り上げると、アイオロスは無理やり猫を肩に乗せようとした。
が、その瞬間、猫に顔面を引っかかれ、アイオロスは悲鳴を上げた。

シオン「可哀相なことをするでない。それでもお前は次期教皇か。動物は慈しまねばならん」

シュラ「あー……無理やり風呂入れたから、嫌われたんですよ、きっと。俺はその猫がアイオロスの肩に乗っていたのを知っています」

シオン「それは残念じゃのぅ。アイオロスや、来るのじゃ」

アイオロスを威嚇していた猫は、シオンに呼ばれるとシオンの肩の上に飛び乗り、シオンに顔をこすり付けた。

アフロディーテ「すごい!本当に乗った!!」

アイオロス「だから乗るって言ったじゃないか」

シュラ「でも、アイオロスって名前が気に入っているみたいですけど……」

シオン「アイオロスの飼っている猫の”肩”、略してアイオロスじゃ」

アフロディーテ「とってもいじめがいがありそうな名前、ふふふふ」

シュラ「アイオロスの肩、おいで」

猫はシオンの肩から飛び降りると、シュラの肩へと飛び乗った。

シュラ「おおお、可愛いですね。アイオロスの”肩”、いい子だな〜〜」

アイオロス「くそぉ……どうして私のところへは来ないんだ」

シュラ「へへっ、アイオロスは可愛いなぁ〜、チュっ」

猫の口にシュラが口付けると、アイオロスは悪寒が走り身震いした。

アイオロス「シュラっ、それはアイオロスじゃなくて”肩”だ!」

シュラ「はいはい、アイオロスの”肩”は可愛いなぁ」

アイオロス「いちいち”肩”の前に私の名前をつけるな!」

シオン「”肩”などという名前をつけるからいかんのじゃ」

猫はシュラの肩を飛び降りると、再びコタツの中へともぐりこんでしまった。

人馬宮にいた時はしょっちゅう肩に乗って甘えてきた”肩”にしかとされたアイオロスは、キッチンの冷蔵庫から勝手にささみ肉を取り出して、コタツを覗き込んだ。

アイオロス「”肩”?どうした、”肩”?」

アフロディーテ「コタツの布団に隙間あけないでよ、寒いじゃないのよ!」

アイオロス「うがっ!」

アフロディーテの蹴りがアイオロスの顔面を直撃した。

アイオロスは首まですっぽりと布団を被り、猫の目の前でささみ肉をプラプラさせる。

アイオロス「おーい、”肩”。”肩”、こっちに来い」

シオン「ふむ、嫌われたようじゃのう」

アフロディーテ「あんたは皆から嫌われているのよ」

シュラ「皆から嫌われているのはサガだろう」

アフロディーテ「あら、私はサガ大好きよ。っていっても、今のサガじゃないけどね」

アイオロス「肩〜、もう風呂にはいれないから、こっち来い」

アイオロスが猫の鼻面にささみ肉をちらつかせると、猫がパクリと食いつこうとする。アイオロスはささみ肉を餌に猫をコタツの中から引きずりだすと、無理矢理肩の上に乗せてささみ肉を与えた。

アイオロス「ほら、肩にのるじゃないですか」

シオン「随分強引じゃのう」

アイオロス「強引でもいいんです。私の猫なんだから」

しかし猫はささみ肉を咥えると、アイオロスの肩かた降りて再びコタツの中に入ってしまった。

シオン「まるでサガのようじゃのう」

アイオロス「どういうことです?」

シュラ「アイオロスの気持ちは無視ってことでしょう」

シュラはアイオロスに睨まれて慌てて目を逸らした。

アフロディーテ「アイオロスの”肩”、いらっしゃい」

アフロディーテはクスリと嘲笑をもらすと、コタツの中に入れた手で猫を手招いた。猫がすりよってくる感触に、ニヤリと唇をつりあげて、猫をコタツの中から引きずり出す。

アフロディーテ「アイオロスの”肩”はいい子ねぇ、チュッ」

アイオロス「やめろ、私の猫になにをする」

シュラ「アイオロスの”肩”を抱きかかえて帰れば、少しは寒くないかもしれないな。アイオロスの”肩”、こい」

猫はアフロディーテの腕の中から逃げ出すと、シュラの肩に再び乗ってゴロゴロと甘えた。

シュラ「じゃぁ、そういうことで、俺はアイオロスの”肩”と帰ります」

シオン「山羊よ、アイオロスは余と寝るのじゃ」

アイオロス「寝ませんよっ!」

シオン「お前のことではない。猫じゃ。毎晩余のベッドの中に潜り込んでくるのじゃ。アイオロスは温かくて気持ちがよい」

シュラ「いいなぁ、アイオロスと寝ているんですか。俺もアイオロスと寝たいです。ちゅぅ〜」

シュラが再び猫にキスをして、頬を摺り寄せた。

アイオロス「やめろ、気持ち悪い。教皇も”肩”に変な躾しないでください!!」

シオン「猫が勝手に入ってくるのじゃ、余は何もしてはおらぬ」

シュラ「いいなぁ、俺もアイオロスと寝たい。このアイオロスは暖かくて可愛いしな」

猫がシュラに撫でられてニャーと鳴くと、アイオロスは露骨に嫌な顔をしてシュラを睨んだ。

アイオロス「やめてくれ、気持ち悪い」

シュラ「別に俺はアイオロスと寝たいんじゃなくて、アイオロスの”肩”、略してアイオロスと一緒に寝たいんです」

アイオロス「いい加減にしろよ、シュラ」

シュラ「ちぇっ、サガにだったら嫌がらないくせに」

唇を尖らせたシュラの言葉に、アイオロスの頭に豆電球が灯った。

アイオロス「”アイオロス”、こっちに来い」

猫は飼い主を無視してシュラにじゃれている。アイオロスは立派な眉をつりあげると、猫の首根っこを無理矢理掴んだ。

アイオロス「それじゃ、私は今日は帰ります」

シュラ「え?こんな豪雪の中、そんな格好で!?」

アイオロス「大丈夫”アイオロス”を懐に入れて帰る」

シオン「嫌がっておるではないか。可哀相なことをするでない」

アイオロス「大丈夫です、タオルに包んでいきますから」

シオン「ふむ、双児宮までか」

アイオロス「まぁ、そういうことです。サガに名前を読んでもらって、いっぱいチュウしてもらってきます。今日は、”肩”とサガと一緒に寝てきます」

アイオロスは風呂場で暴れる猫をタオルに包むと、ガウン姿にブーツを履いてスノーボードを抱えて白羊宮から出て行った。

向かったのはもちろん人馬宮ではなく双児宮である。


Next