★白羊の食卓
いつもどおりシオンとムウはダイニングテーブルで、居候たちはコタツで夕飯を食べた。
シオンもコタツで日本のブイヤベースを食べればいいのにとシュラは思ったが、当然口にできるはずもない。
雪が本降りのため、この日カノンは夕飯には現れなかった。食事を終えたシオンが席を立つと、アフロディーテはすぐにシオンに座椅子を譲った。元々はシオンの席である。
ダラダラ食べていると、シオンに投げ飛ばされてしまうので、アイオロスは鍋に残った野菜と魚を皿に全部移した。
シオンがピクリと麻呂眉を動かしたのを見て、シュラはビクリと身を震わせた。アフロディーテとアイオロスは気にした様子はない。白羊宮の生活にすっかり馴染んでいるのだ。シュラは何かシオンの機嫌を損ねてしまったのではないかと、粒目を泳がせる。
シオンはコタツ布団をめくると、中を覗いて猫を引き出した。
シオン「……ふむ、綺麗になっておるのぅ」
猫はシオンの顔に頭を摺り寄せ、愛想を振りまいている。
アフロディーテ「あまりにも臭いからお風呂に入れたんですぅ」
アイオロス「風呂に入れたのは私ですけどね」
シオン「ほうほう、それはよかったのぅ、アイオロスや」
猫がニャーと返事したのを聞いて、アイオロスは思いっきりいやな顔をした。
アイオロス「ちょっと待ってください、教皇。その猫の名前はアイオロスではありません」
シオン「アイオロスの飼っている猫、略してアイオロスじゃ。何か問題でもあるのか?」
アイオロス「そいつには”肩”という立派な名前があるんです!」
シオン・アフロディーテ・シュラ「はぁ?」
アイオロス「こいつは『肩、肩〜♪』って呼ぶと、私の肩に乗るんですよ。だから、名前は”肩”なんです」
シオン「……なんとゆう不憫な名じゃ」
シュラ「……せめて”アイオリア”とかにすればいいのに」
アフロディーテ「”サガ”じゃないだけ、いいか……」
シオン「お前の名は”肩”であるか?」
シオンが猫に尋ねると、猫は無言でシオンを見返した。
シオン「……”肩”ではないとゆうておるぞ」
アイオロス「勝手に私の猫と変な会話しないでください。そいつは”肩”なんです!」
シオン「では、呼んでみよ」
アイオロスは自分の左肩を叩きながら「肩、肩〜♪」と呼んだ。
が、猫はシオンの膝の上に座ったまま、知らん顔をしている。
アフロディーテ「来ないじゃない。大体猫が芸するなんて聞いたことないんだけど」
アイオロス「あー!教皇、”肩”にクリスタルネットかけてるでしょう!」
シオン「そのようなことせぬわ」
アイオロス「おーい、肩、肩〜♪」
やっぱり猫は無反応で、シオン、シュラ、アフロディーテは失笑した。
アイオロス「おい、お前のご主人様は私だぞ!」
手を伸ばしシオンの膝の上から猫を取り上げると、アイオロスは無理やり猫を肩に乗せようとした。
が、その瞬間、猫に顔面を引っかかれ、アイオロスは悲鳴を上げた。シオン「可哀相なことをするでない。それでもお前は次期教皇か。動物は慈しまねばならん」
シュラ「あー……無理やり風呂入れたから、嫌われたんですよ、きっと。俺はその猫がアイオロスの肩に乗っていたのを知っています」
シオン「それは残念じゃのぅ。アイオロスや、来るのじゃ」
アイオロスを威嚇していた猫は、シオンに呼ばれるとシオンの肩の上に飛び乗り、シオンに顔をこすり付けた。
アフロディーテ「すごい!本当に乗った!!」
アイオロス「だから乗るって言ったじゃないか」
シュラ「でも、アイオロスって名前が気に入っているみたいですけど……」
シオン「アイオロスの飼っている猫の”肩”、略してアイオロスじゃ」
アフロディーテ「とってもいじめがいがありそうな名前、ふふふふ」
シュラ「アイオロスの肩、おいで」
猫はシオンの肩から飛び降りると、シュラの肩へと飛び乗った。
シュラ「おおお、可愛いですね。アイオロスの”肩”、いい子だな〜〜」
アイオロス「くそぉ……どうして私のところへは来ないんだ」
シュラ「へへっ、アイオロスは可愛いなぁ〜、チュっ」
猫の口にシュラが口付けると、アイオロスは悪寒が走り身震いした。
アイオロス「シュラっ、それはアイオロスじゃなくて”肩”だ!」
シュラ「はいはい、アイオロスの”肩”は可愛いなぁ」
アイオロス「いちいち”肩”の前に私の名前をつけるな!」
シオン「”肩”などという名前をつけるからいかんのじゃ」
猫はシュラの肩を飛び降りると、再びコタツの中へともぐりこんでしまった。
人馬宮にいた時はしょっちゅう肩に乗って甘えてきた”肩”にしかとされたアイオロスは、キッチンの冷蔵庫から勝手にささみ肉を取り出して、コタツを覗き込んだ。
アイオロス「”肩”?どうした、”肩”?」
アフロディーテ「コタツの布団に隙間あけないでよ、寒いじゃないのよ!」
アイオロス「うがっ!」
アフロディーテの蹴りがアイオロスの顔面を直撃した。
アイオロスは首まですっぽりと布団を被り、猫の目の前でささみ肉をプラプラさせる。
アイオロス「おーい、”肩”。”肩”、こっちに来い」
シオン「ふむ、嫌われたようじゃのう」
アフロディーテ「あんたは皆から嫌われているのよ」
シュラ「皆から嫌われているのはサガだろう」
アフロディーテ「あら、私はサガ大好きよ。っていっても、今のサガじゃないけどね」
アイオロス「肩〜、もう風呂にはいれないから、こっち来い」
アイオロスが猫の鼻面にささみ肉をちらつかせると、猫がパクリと食いつこうとする。アイオロスはささみ肉を餌に猫をコタツの中から引きずりだすと、無理矢理肩の上に乗せてささみ肉を与えた。
アイオロス「ほら、肩にのるじゃないですか」
シオン「随分強引じゃのう」
アイオロス「強引でもいいんです。私の猫なんだから」
しかし猫はささみ肉を咥えると、アイオロスの肩かた降りて再びコタツの中に入ってしまった。
シオン「まるでサガのようじゃのう」
アイオロス「どういうことです?」
シュラ「アイオロスの気持ちは無視ってことでしょう」
シュラはアイオロスに睨まれて慌てて目を逸らした。
アフロディーテ「アイオロスの”肩”、いらっしゃい」
アフロディーテはクスリと嘲笑をもらすと、コタツの中に入れた手で猫を手招いた。猫がすりよってくる感触に、ニヤリと唇をつりあげて、猫をコタツの中から引きずり出す。
アフロディーテ「アイオロスの”肩”はいい子ねぇ、チュッ」
アイオロス「やめろ、私の猫になにをする」
シュラ「アイオロスの”肩”を抱きかかえて帰れば、少しは寒くないかもしれないな。アイオロスの”肩”、こい」
猫はアフロディーテの腕の中から逃げ出すと、シュラの肩に再び乗ってゴロゴロと甘えた。
シュラ「じゃぁ、そういうことで、俺はアイオロスの”肩”と帰ります」
シオン「山羊よ、アイオロスは余と寝るのじゃ」
アイオロス「寝ませんよっ!」
シオン「お前のことではない。猫じゃ。毎晩余のベッドの中に潜り込んでくるのじゃ。アイオロスは温かくて気持ちがよい」
シュラ「いいなぁ、アイオロスと寝ているんですか。俺もアイオロスと寝たいです。ちゅぅ〜」
シュラが再び猫にキスをして、頬を摺り寄せた。
アイオロス「やめろ、気持ち悪い。教皇も”肩”に変な躾しないでください!!」
シオン「猫が勝手に入ってくるのじゃ、余は何もしてはおらぬ」
シュラ「いいなぁ、俺もアイオロスと寝たい。このアイオロスは暖かくて可愛いしな」
猫がシュラに撫でられてニャーと鳴くと、アイオロスは露骨に嫌な顔をしてシュラを睨んだ。
アイオロス「やめてくれ、気持ち悪い」
シュラ「別に俺はアイオロスと寝たいんじゃなくて、アイオロスの”肩”、略してアイオロスと一緒に寝たいんです」
アイオロス「いい加減にしろよ、シュラ」
シュラ「ちぇっ、サガにだったら嫌がらないくせに」
唇を尖らせたシュラの言葉に、アイオロスの頭に豆電球が灯った。
アイオロス「”アイオロス”、こっちに来い」
猫は飼い主を無視してシュラにじゃれている。アイオロスは立派な眉をつりあげると、猫の首根っこを無理矢理掴んだ。
アイオロス「それじゃ、私は今日は帰ります」
シュラ「え?こんな豪雪の中、そんな格好で!?」
アイオロス「大丈夫”アイオロス”を懐に入れて帰る」
シオン「嫌がっておるではないか。可哀相なことをするでない」
アイオロス「大丈夫です、タオルに包んでいきますから」
シオン「ふむ、双児宮までか」
アイオロス「まぁ、そういうことです。サガに名前を読んでもらって、いっぱいチュウしてもらってきます。今日は、”肩”とサガと一緒に寝てきます」
アイオロスは風呂場で暴れる猫をタオルに包むと、ガウン姿にブーツを履いてスノーボードを抱えて白羊宮から出て行った。
向かったのはもちろん人馬宮ではなく双児宮である。