子羊といっしょ(大大大大大キライ!!)

 

デスマスクとシュラは初めて教皇の食事会に呼ばれ、天にも昇る気持ちであった。
まだ聖闘士として聖衣は授かっていないが、沢山いた候補生は既にいない。シュラとデスマスクの二人だけ、つまりほぼ黄金聖闘士に内定ということであったが、教皇から昼食に呼ばれ、二人はさらにそれを確信したのだった。
しかし、そんなことよりも、一体どんな豪華な料理が出てくるのか、想像しただけでも腹が鳴り涎があふれ、背中の見えない翼をパタパタと羽ばたかせていた。

教皇の食堂に通され、シュラとデスマスクは思わず感嘆の声をあげてしまった。同じ教皇の間でも職員食堂は何度かアイオロスにつれてきてもらった事はあったが、こちらはそことは大違いだ。
細長いテーブルの上にはキラキラ輝く銀食器が並び、白いバラの花が飾られている。
「おい、あんなにフォークが並んでるぞ」
シュラが神官の目を気にしながらデスマスクに耳打ちした。昨晩から、もしフォークがたくさん並んでいたらどうしようかと、小さな胸に不安を抱いていたが、それが的中したのだ。シュラは食器がたくさん並んだ食卓など、テレビの中でしか見たことがなかったのである。
「庶民のお前は知らないだろうから、おれさまが教えてやる!沢山並んでいるフォークは外から使うんだ!」
鼻の穴を膨らませ得意げに語るデスマスクにシュラは粒目を輝かせた。
「お前すごいぞ、金持ちだっていうのは本当だったんだな」
「そうともよ!」
「オレ、こういうのはじめてだから、今日はお前のマネして食べよっと」
「このデスマスクさまにまかせておけ!」
頼もしい友人にシュラは胸をなでおろしたのだったが、それがまったくいらぬ心配であるとは、知る由もなかった。

アイオリアを小脇にかかえたアイオロスが遅刻して現れると、ようやく昼食会が始まった。今日の出席者は、黄金聖闘士であるサガとアイオロス、その弟のアイオリア、教皇の弟子のムウ、そしてカッチンコッチンに緊張しまくったシュラとデスマスクである。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」
隣に座ったサガがシュラを見かねて優しく声をかけたが、それはまったく効果がなかった。
「教皇、今日はテーブルマナーの勉強ですか?」
シオンの席にだけ食器がないことに気付き、アイオロスが言った。しかし、シオンは静かに首を横にふる。
「そうではない。今日はお前たちにもっと大事なことを教えねばならぬと思うてのぅ……。まぁよい、食事をはじめるか」
シオンの合図でまずワインの変わりに冷えたミルクが給仕された。ムウとアイオリアにはいつものご愛用のカップに注がれる。
シュラはグラスに水滴がつくほどよく冷えたミルクを見てますます硬直した。
「どうした、山羊よ」
シオンに声をかけられ、シュラは大きく体を振るわせた。
「かたくならずとも良い。今日は作法は問わぬ。早く飲むが良い」
シオンがそう言ってもシュラは固まったままである。
「今日はのぅ、残さず食べねば次の食事は出てこぬのじゃ。はよう飲め」
食事会の真意を知ったアイオロスとサガは同時に眉をぴくりと吊り上げた。今日はシオンがきまぐれに開く食事会にしては立派過ぎ、絶対何か裏があるとは思っていたが、まさかこうくるとは。
ミルクにまったく手をつけていないのは、シュラとアイオリアだけである。アイオロスは、挙手してシオンに助けを求めた。
「教皇、リアは冷たい牛乳を飲むと腹こわすんです。暖めてあげてください」
「ほうほう、それは可哀想じゃのぅ。山羊、お前もか?」
「……牛乳飲むとおなかがグルグルって……」
シオンの指示で牛乳が下げられ、シュラはほっと一息ついた。が、すぐに何故か自分にも暖められた牛乳が出てきて、シュラは硬直した。冷たい牛乳も嫌いだが、暖めた牛乳はもっと嫌いなのである。あの、牛乳の上に浮いた薄い膜が大嫌いなのだ。
「山羊や、ミルクを飲まねば大きくなれぬぞ」
最早牛乳嫌いはシオンに看破されている。シュラは湯気を立たせた牛乳の上に浮いた膜とにらめっこを続けた。

シュラの隣ではサガが穏やかな笑顔を浮かべつつ硬直していた。サラダのなかに巨大なぶつ切りのセロリが鎮座しているのである。正面に座ったアイオロスもまた硬直している。サラダの上に輪切りになった生ピーマンが乗っているのだ。
昔からシオンに食べ物を粗末にするなと厳しく言われていたため、サガもアイオロスも食事は残さない。サガはセロリをアイオロスに渡し、アイオロスはピーマンをサガに渡しと、隠蔽工作は完璧だったはずなのに、どこで情報が漏れたのかは分からないが、シオンは明らかにサガとアイオロスの嫌いな食べ物を知っているのだ。
今日は席が遠すぎて、嫌いなものの交換は出来そうにない。
「アイオロス、サガ、お前たちは後輩の見本とならねばならぬ。好き嫌いはいかんのぅ。ほれ、弟もお前を見ておるぞ」
じーっと自分を見上げるアイオリアにアイオロスは頬を引きつらせ、とりあえずピーマンを避けてサラダを食べ始めた。
「蟹よ、サラダは美味いか?」
元気よくモシャモシャと野菜を頬張っていたデスマスクはシオンの問いかけに首を縦に振った。
「サガよ、蟹がセロリは美味いとゆておるぞ」
自分のサラダだけセロリの量が多いのは気のせいではなさそうだ。サガはシオンの言葉にそれを確信した。こんな臭いもの食えるか!と心の中の悲鳴はシオンの耳に届いていることは間違いない。トマトもレタスもキュウリもピーマンもニンジンも好きだが、こんなにセロリ臭くては食べられたものではない。吐き気をもよおす強烈なセロリ臭に気分まで悪くなってくる。
「ムウや、トマトが残っておるぞ」
師に指摘され、ムウは小さなガラスの器の上に残ったトマトとシオンを見比べた。そして、紫の瞳をキラキラと輝かせシオンのご機嫌を伺う。
「そんなかわゆい顔をしてもダメじゃ。トマトを食べられぬ子は余の弟子ではない」
いつもならにっこり笑えば半分食べれば許してくれるのに、どうやら今日はこの手は通用しないらしい。ムウは唇を尖らせると、嫌々トマトを口に運び、鼻をつまんで飲み込んだ。
「にいちゃん、あげりゅ」
ムウが全部野菜を食べたのを見て、アイオリアは小さな皿をアイオロスに押し付けた。
「にいちゃんのより小さいんだから食べろ」
アイオロスの皿はアイオリアのものよりも二周りは大きく、ピーマンも倍以上入っている。アイオロスはアイオリアの野菜にナイフを入れ細かく刻んで返した。
「ほうほう、野菜を食べたのはムウと蟹だけか。いかんのぅ。アイオロスや、そんな小さいピーマンくらい飲み込まぬか」
ドレッシングの上にぷかぷか浮いたピーマンとシオンを見比べ、アイオロスは笑顔を浮かべてシオンのご機嫌を伺ってみるが
「お前が笑っても可愛くないのじゃ、さっさと食え」
と、まったく相手にされなかった。
デスマスクは既に美味い美味いといいながら魚料理を食べている。フォークの数からして、そのあと肉料理が出てくることは間違いない。ここでピーマンの輪切りのために肉を食いそびれる事を考えると、アイオロスに突然勇気が湧いてきた。
「……教皇、肉料理にステーキとか出てきませんかね?」
アイオロスの質問にシオンは首を傾け
「さてのぅ」
と答えた。
「俺はピーマンが食える、俺はピーマンが食える、俺はピーマンが食える……」
目の前でブツブツと自らに暗示をかけ始めたアイオロスをみて、サガは苦笑いを浮かべた。どんなに臭くないと念じても、セロリはぷ〜んと匂ってくるのだ。
「ぅおおお!燃えろ、俺の小宇宙よ……!」
たかがピーマンの輪切りに小宇宙を燃やし、光速で飲み込んだアイオロスは、慌てて水を流し込みようやくサラダを完食した。
空になったアイオロスの皿の横には再びアイオリアの小さな皿が置かれている。
「にいちゃんだって食べたんだ、お前も食べろ」
「やだ!キライ!」
涙目でアイオリアは首を振る。
「ちゃんと食べなきゃ大きくなれないぞ」
「きらいだもん、おいちくないもん……ぅわーん」
ついに泣き出した弟に、アイオロスは困ってシオンを見たが、仮面の瞳は冷たい光を放っているだけだ。
「ほーら、じーじが怒ってるぞ。山に捨てられたくなかったら食べるんだ!」
「じーじ、やだぁ、たべたくなぁい……わーん」
アイオロスが口に運ぼうとしても、アイオリアは顔をそむけて断固拒否をしている。
「余はじーじではない……。弟よ、食べねばケーキはやらぬぞ」
シオンのケーキという言葉にアイオリアは鼻をすすって一瞬泣き止んだ。
「……ケーキあるの?」
「あるぞ。野菜を食べねば、お前のケーキは余が食べてしまうかのぅ」
「……たべる……」
ボロボロと涙を流しながら嫌々野菜を食べるアイオリアに、食卓はますます暗くなっていった。


Next