世界迷作劇場・聖域童話百選(貴鬼と黒貴鬼その1)

 

それはある日のことでした。

アテネ郊外にある小さな空港に、城戸沙織が聖域での用務を終えて日本に帰るため、ロングリムジンに乗って現われました。

リムジンは滑走路に停泊中の沙織専用ジェット機に横付けしました。

一番最初に姿を見せたのは、沙織の護衛している獅子座のアイオリアです。

アイオリアに続いて、白いドレスを着た沙織が車から出てきました。

「ご苦労様でした、アイオリア。」

沙織はかしずくアイオリアに慈愛に満ちた微笑を浮かべて、礼を言いました。

そのときです。

アイオリアは突然、『アテナーーーーーー!』と叫びながら、沙織を庇うようにして飛行機の前に立ちました。

アイオリアには、沙織の命を狙う何者かが飛行機に隠れているのが分かったのです。

沙織専用ジェット機の上に現われたのは、3つの影でした。

太陽を背にむけていたため、アイオリア達にはそれがなんだかわかりません。

しかし、決してガッチャマンではないことは確かです。

ですが、アイオリアはここでライトニングボルトをはなつわけにはいきません。

なぜなら、沙織専用ジェット機に穴があいてしまうからです。

「シネアテナァ!」

影は叫ぶと同時に飛行機から沙織めがけて飛び降りました。

アイオリアは小宇宙を燃やしました。

しかしアイオリアは拳を放ちません。

3つの影はアイオリアと沙織を飛び越したのです。

ドンッ!ドンッ!ドンッ!

3つの影は音をたててリムジンのボンネットに落下しました。

「あぁ!!沙織お嬢様のリムジンがっ!」

辰巳は3つの影のせいで凹んだボンネットを見て言いました。

が、落ちてきた3つの影をみて、我が目を疑いました。

「オマエガアテナダナ」

そういって一人がボンネットから立ち上がり、かたことの日本語で辰巳の喉元にもっていた槍をつきつけました。辰巳は呻き声をあげます。

「貴鬼?!」

アイオリアの背中から様子を伺っていた沙織は、脳天から声をだしました。

辰巳を襲おうとしている者は貴鬼に瓜二つなのです。

そしてその後ろで残りの2人が立ち上がると、アイオリアもおなじように声をあげました。

その二人も、これまた貴鬼に瓜二つだったのです。

身長もおそらく130センチくらいの貴鬼が3人。

唯一貴鬼と違うのは、彼らが黒かったということだけでした。

貴鬼の頭髪は茶ですが、彼らは漆黒の色の頭髪でした。

貴鬼の麻呂眉はブルーですが、彼らの麻呂眉は灰色でした。

貴鬼の着ているボロい毛皮は茶色ですが、彼らのボロ着は黒でした。

黒いという事以外、髪型も顔も大きさも服装もすべて貴鬼にそっくりなのです。

黒い貴鬼達は、沙織と辰巳を間違えているようでした。

彼らは辰巳にむかって、日本語でも英語でもギリシャ語でもない異国の言葉で喋りかけています。

さすがの辰巳でも彼らの言語は理解できないようでした。

アイオリアの後ろでそれを見ていた沙織はいいました。

「わたしがアテナです。」

アイオリアはびっくりして、沙織に振り向きました。

沙織は慈愛の微笑を浮かべていましたが、額には青筋をはしらせていました。

辰巳とまちがえられたので、怒っているのです。

沙織はアイオリアが止めるのも聞かずに黒い貴鬼のほうへと歩いていきました。

黒い貴鬼達は沙織を見て眼をぱちくりとさせています。

「わたしがアテナです。」

沙織は黒い貴鬼達に視線を合わせて屈みました。

黒い貴鬼達は待ってましたとばかりに、一斉に沙織につめよりました。

黒い貴鬼達は沙織に向って口々に叫び始めます。

アイオリアと辰巳には、『きーきー、ぴーぴー』というような言葉にしか聞こえませんでしたが、沙織は理解しているようでした。

「そうですが、分かりました。」

沙織はそういって立ち上がりました。

「お嬢様、こいつらはいったい?」

辰巳は聞きました。

「この子達はね、貴鬼を探しにきたんですって。私が貴鬼を隠していると思っているのよ。」

そういうと、沙織はアイオリアの手を取ります。

「アイオリア。この子達の面倒を頼みましたよ。貴鬼に会わせてあげなさい。」

「しかし、アテナ・・・・。」

「アイオリア、これはアテナ命令です。」

そう言われてはアイオリアは頷くしかありません。

沙織は、もう一度黒い貴鬼達のほうへ行くと、

「貴方達の面倒は彼が見てくれます。」

そう言って、黒い貴鬼達の頭をなでたのでした。

黒い貴鬼達はアイオリアに走り寄ると、なにやら必死に訴えてきます。

しかしアイオリアには彼らの言葉が理解できません。

沙織はクスクスと笑うと、再びアイオリアの手を握りました。

「アテナ。貴方には彼らの言葉が?」

「私を誰だと思っているのです、アイオリア。」

手を握ったまま微笑む沙織に、アイオリアは焦りました。

彼女は神なのです。

それを知らないアイオリアではありませんでしたが、彼女の姿が十代の愛らしい少女なのでついその特別な能力を忘れてしまうのでした。

「いいですか、アイオリア。今から貴方に女神の力をほんの少しだけ分けてあげましょう。
そうすれば、貴方にも彼らの言う事が理解でき、そして彼らと言葉を交わす事ができるしょう。
アイオリア、貴鬼を頼みましたよ。」

沙織はそういって、小宇宙を高めるとアイオリアに魔法をかけたのでした。


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