Love Letter

 

アイオロスの誕生日が間近に迫ったある日、シュラは焦っていた。

彼への誕生日プレゼントが、未だに決まらないからである。

当のアイオロスに直接何が欲しいか聞いてみても、返って来る答えは決まって「サガ」の一言だ。

それ以外に何か欲しいものはないのかと何度聞いても、彼は首を横に振り、 「お前たちの気持ちだけで十分だ」と笑うのである。

アイオロスは14歳で一度この世を去っているため人生の楽しみを知らないのか、恐ろしく物欲がない男だった。

かといって、無難に時計やネクタイ等の装飾品という訳にもいかないだろう。

アイオロスは衣服装飾品にも無頓着だ。

恐らく、彼は何を貰っても喜ぶだろうが、シュラ的には敬愛するアイオロスだからこそ、心底喜ぶ何かを送りたいのである。

もちろん彼が心底喜ぶ何かは、言葉どおり「サガ」なのだが。

誕生日パーティは、黄金聖闘士・宴会部長のデスマスクに任せてあるが、もちろんアイオロスのリクエスト通りに一次会は早々に切り上げ、二次会はサガと二人だけの時間を確保済みだ。

「アイオロス、本当に欲しい物ないんですか?」

「またその話か?」

夕方の筋トレから帰ってきたアイオロスは、人馬宮で待つシュラに肩をすくめて苦笑を零した。

「だって……」

「私は、別に欲しい物なんて何もないって言ってるだろう?」

「それじゃあ、何かしたい事とかは? アイオロスは人生経験短いんですし、折角生き返ったんだから、やりたいことはいっぱいあるでしょう?」

「ん? したい、こと?」

アイオロスはようやく眉を上げ、シュラを見た。

今までと違ったその反応に、シュラはパチンと指を鳴らして小さな瞳を輝かせた。

「ほら、あるんですね! そういうのでもいいんですよ」

「あるにはあるが……」

「では遠慮なく言ってください」

しかしアイオロスは小さく首を振り、眉根を寄せた。

「どうせ無理だし」

「何をらしくないことを言ってるんですか! ほら、言ってみてくださいよ」

アイオロスは小さく肩をすくめた後、顰め面を崩してニヘラと笑う。

シュラはぴくっと右の眉を持ち上げ、頬を引きつらせた。

アイオロスがこういうだらしない表情をする時には、必ずサガが絡んでくるのを彼は嫌というほど知っていた。

「サガと結婚式をあげたい……」

「ああぁぁ」

シュラの盛大な溜息にアイオロスはキュと眉間に皺を寄せた。

「なんか文句あるのか?」

「ないです」

諦めをこめてフルフルと首を振る。

「憧れるよな、結婚。ていうか、結婚式」

「そういうのって、普通女性が憧れるもんですけど?」

「そうか? やっぱり恋人の晴れ姿は想像するのは楽しいぞ?」

「は、晴れ姿?」

「ああ。白銀のローブに真っ白なウェディングベールを目深に被ったサガと、女神神殿の女神像の前で、女神に二人で永遠の愛を誓うんだ」

瞼を瞑りウットリとなるアイオロスに、シュラは天を仰いだ。

「サガは190cm近いマッチョですよ? それがウェディングベールですか? レースとか花とかリボンって、いくらサガの顔が綺麗でも、それはないんじゃ?」

「いや、そういうのもいいんだが、そういうやつじゃなくてさ……、ほら、ええと、なんだっけ? よく聖母が被ってるやつ」

「ああ、マリアベールですか?」

「そう、それ!!」

パチンと手を叩いたアイオロスは、顔を閃かせてシュラを指差す。

「サガに似合うと思うんだけど、どうよ?」

「ど、どうよって」

言いよどむシュラに一抹の不安を覚えたアイオロスは困った風に眉を寄せ、シュラを真正面から見る。

「ダメか。サガには似合わんと思うか?」

「マリアベールなら、まぁ辛うじて許容範囲かもしれませんが……」

そう思う辺りシュラもかなりアイオロスに影響されているのだが、本人はまるで自覚がない。

アイオロスはシュラの同意に、ますます瞳を輝かせ握りこぶしを胸の前にあげた。

「ベールの下で粛々としながらも、恥らうサガ。想像するだけでテンションあがるなぁぁぁ」

「はぁ……」

「なんだ、その気の無さそうな返事は?」

「でも聖闘士なら、サガも聖衣なんじゃ?」

「ん? それはそれでいいんだけどな。でも、サガは聖衣大好きだけど、あのバケツが嫌いだからな」

「バケツ?? ――あっ、ヘッドですか?」

「でも、あれはあれで、被った時の不本意そうなサガの顔が、また可愛いんだよな」

双子座のヘッドパーツがアイオロスにはバケツのようにしか見えず、小さい頃から「バケツ」と呼んでいた。

そして、サガもまた決して自分でそうとはは言わないが、やはり心の中でそう思っているのか滅多にそれを被ることはなかった。

「で、結婚式をさせてくれんのか?」

「無理です!」

シュラが即答し、アイオロスはガックリと肩を落とす。

「だろう? サガを説得できるわけないよなぁ。だから最初に無理だって言ったんだ」

それ以外にも不可能なことがいっぱいあんだろうよ、という突っ込みをシュラは何とか堪えて、

「サガ関係以外で、欲しい物・したいことをお願いします」

「ない! サガは私の人生の全てだから、サガがいればいい。サガが私の傍にいれさえすれば、何にもいらん」

「たまには女神のことも思い出されては……、一応女神の聖闘士なんですから」

「忘れてないぞ。それはそれ、これはこれだ」

「はぁ……」

シュラは溜息交じりに首を振り、綺麗に整えられた眉を寄せた。アイオロスの誕生日は間近である。

彼のその顔を見て、アイオロスはぽんと肩に手を置きその顔を覗き込み、厳つい顔に柔らかい笑みを浮かべる。

「アイオロス?」

「まぁ、そういうことだ。私はサガと過ごせるだけで十分なんだ。お前たちの気持ちは十分伝わっているから、大丈夫だ。ありがとうな」

しかしそう言われても、なかなか「はい」と頷けない理由がシュラにはあった。

今回の誕生日パーティを開催するにあたり、後輩達はそれぞれ役割が与えられていたのである。

デスマスクとアルデバラン、アフロディーテはパーティのセッティングや進行、ムウは料理係、シュラはプレゼント係で、シャカには余計なことをさせず、アイオリア、ミロ、カミュには――。

 


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