夏の終わりのハーモニー(その1)

 

連日の猛暑にもかかわらず、シオンは元気だった。肉体がピチピチ18歳で体力が有り余っていることもあるが、暑さのあまり童虎が五老峰に戻ったことが、何よりシオンを元気にさせていた。
童虎が聖域に戻って以来、虎視に睨まれ窮屈な生活を強いられていたので、解放の喜びで輪をかけて元気である。そしていつも通り、童虎が帰郷した途端、愛弟子のムウを教皇の間に拉致し、昼夜所構わず淫行に耽って師弟の愛を深めていた。

しかし、ムウはシオンの愛に応えるほどの気力を持ち合わせていなかった。
人生の半分以上を、第三の極地といわれる標高6000メートル以上の地で生活していた彼にとって、聖域の暑さは深刻なものだった。ジャミールは夏でも岩の大地を雪と氷河が覆っている。小宇宙を燃やして体調を整えようにも、シオンの一方的な愛欲に体力を奪われ、それも適わない。

200年以上も聖域で夏を過ごしてきたシオンは、この暑さにもかかわらず、涼しげな顔で長袖のローブを身に纏っているが、13年間ジャミールで短い夏を過ごしてきたムウは、全裸であるのに苦悶の表情でベッドの上に横たわっていた。

朝から人馬宮の屋根の上で体を焼いていたアイオロスは、突然の教皇の呼び出しに小首を傾げると、ズボンとサンダルを履き、教皇の間へ向かった。
謁見の間にも執務室にもシオンはおらず、居場所を神官から聞いたアイオロスは額に脂汗を浮かべ固まった。朝っぱらから寝室に呼び出しとは、教皇の絶倫振りにも程がある。
弟子のムウだけでは物足りないなら、アフロディーテやシャカなど、他に綺麗どころの聖闘士がいるであろうに、よりによって自分に白羽の矢が立つとは。
思わずむず痒くなった尻の穴を引き締め、アイオロスはどうやってこの場から逃げ出すかを考えはじめたが、神官に容赦なく催促され、溜息をつきながらシオンの寝室へと向かった。

嫌々寝室の分厚い扉を叩くと、シオンの返事が返ってきた。アイオロスは肩をがっくりと落としながら扉を開けると、いつもとは違う光景に立派な眉を寄せた。
普段は、分厚いカーテンで光を遮り、思考を鈍らせる甘い香気に満ちた部屋が、窓が開け放たれ、爽やかな風が吹き込んでいる。ベッドに腰をかけたシオンの顔は、ムウが一糸纏わぬ姿で横たわっているのにもかかわらず、淫猥なものではなく厳しいものであった。

「どうしたんですか、教皇。いよいよムウがくたばりましたか?」

アイオロスの言葉にシオンは肯いた。

「ムウがのぅ、息をしておらんのじゃ・・・」

死体のようにぴくりとも動かぬムウのやつれた頬をなでながら、シオンは小さく首を振った。

「何やったんですか?また尻に変な物入れたんですか?あ、わかった。元気がないからって、クスリ打ったんでしょう。聖闘士だって人間なんですから、労わってやらなきゃかわいそうですよ」

「無礼者、そのようなことはしておらん。ちとのぅ、外でヤったらムウがのびてしまったのじゃ。水風呂で冷やしても元に戻らんのじゃ・・・」

そう言い返すシオンにはいつものキレがない。
ムウはおそらく熱中症で倒れたのであろうが、その原因はシオン自身である。
相変わらず自分の非を認めないシオンにアイオロスは呆れ果て頬を引きつらせた。ムウが明らかに痩せ細っているのが、それだけが原因でないことを物語っている。

シオンが超能力で水晶の呼び鈴を取り出しそれを鳴らすと、数人の神官が現れ、彼らが手にしたものを見てアイオロスは目を瞬かせた。
立ち上がったシオンが神官の手から着たものは、美しい毛並みの白いミンクのロングコートだった。外は一歩進めば汗が出るような暑さであるのに、いくらシオンが妖怪といえども、毛皮を纏うとは気が触れているとしか思えない。
アイオロスが口をだらしなくあけて唖然としていると、シオンは毛布に裸のムウを包み、小脇に抱えあげ、神官から大きな籐のバスケットを受け取った。

「ムウがのぅ、ジャミールに行きたがっておるのじゃ。よってのぅ、余とムウは今から夏休みじゃ。後はよしなに頼むぞ」

しまった!

アイオロスがそう思うよりも早く、シオンはその長身を消していた。


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