兄貴といっしょ(奇跡の温泉ジャンダーラその1)

 

珍しくシオンが仕事で留守にしている夜の白羊宮では、ムウと貴鬼、アルデバランが親子?三人仲良く風呂に入っていた。

貴鬼「ムウさま、アルデバランはジャミールのお風呂に入れないね。」

ムウ「そうですね。」

アルデバラン「ドラム缶だったりするのか?」

ムウ「まさか・・・。温泉ですよ、温泉。ジャミールは温泉が出るんですよ。小さな温泉ですけど、私たちにはあれで十分です。」

口元に上品な微笑みをたたえると、ムウは貴鬼と顔を見合わせ笑った。

一方双児宮では、ベッドの中で温泉の本を読んでいたサガがパタンと本を閉じ、ガウンをまとい部屋から出た。

サガ「ちょっと出かけてくる。」

そう言い残し、スリッパを履いたまま外出していった兄を見て、カノンはついに徘徊が始まったと思い、頭を抱えた。

 

突然の侵入者に三人は目を点にした。サガが白羊宮の風呂に乱入してきたのである。呆然としているうちに、サガはムウの髪を掴み引っ張った。

サガ「ムウ!その温泉はどこにある?!」

ムウ「何するんですか、やめてください!!!」

超能力で風呂の奥へとムウが逃げると、サガは寝巻きにガウン姿のまま浴槽の中へと突進してゆき、ムウの髪を掴み引き上げる。

サガ「教えろ!その温泉はどこにある!!!」

アルデバラン「サガ、やめてください。ムウが可哀想ではありませんか!!。」

アルデバランに掴まれた手をサガは小宇宙を燃やして振り払う。そしてムウの顔をその手で掴み、無理矢理口をあけさせた。目を血走らせているサガにムウは小宇宙を燃やして、再び瞬間移動でサガの手から逃げる。

光速で浴槽から飛び出し、ムウを庇う様にして立ちはだかった全裸のアルデバランに、サガは眉を吊り上げた。

サガ「どけ、アルデバラン。私はムウに用があるのだ!」

アルデバラン「ムウに暴力を振るうなら、たとえ貴方でも許しません!」

サガ「暴力!?何を勘違いしている?私が知りたいのは温泉だ!。」

ムウ「訳のわからない事いわないでください。人が風呂に入っているときに襲うなど・・・そんなに私が気に入らないなら今すぐ聖衣をまとって表に出なさい。再び冥界に送り返してあげましょう。」

サガ「そんなことはどうでもいい!温泉だ、温泉!!どこにあるのだ!!!」

ムウ「はぁ?」

サガ「いま、『温泉がある』と言ったではないか!!!」

ムウ「貴方、風呂を覗いていたのですか?!」

サガ「誰が白羊宮など覗くものか!お前たちの話し声が双児宮まで聞こえたのだ!!」

ボソボソと蚊の鳴くような声で話すムウの会話が、二宮先の双児宮まで届くはずもないが、サガは恐るべき温泉への執着心から、ムウの『温泉』という言葉を聞き取ったのであった。

ムウとアルデバランはあきれ果て、とんだ乱入者にため息をついた。

ムウ「確かにジャミールには温泉がありますけど、どうして貴方に教えなくてはならないのですか。」

サガ「そうか、チベットは温泉が出るからな。ジャミールに出てもおかしくないな。で、どこにあるのだ?」

ムウ「私の話を聞きなさい!」

サガ「だからどこにあるのだと聞いているだろう!!答えろ!」

ムウ「それが人にものを頼む態度ですか!!」

サガ「そんな事はどうでもいい!温泉はどこにある!」

湯船のすみであばあばしていた貴鬼がついに泣き出し、サガは鬼の様な形相で振り向く。そして貴鬼の頭を片手で掴み上げると、唇を吊り上げた。

サガ「貴鬼、温泉はどこにある?」

貴鬼「だれが、おじさんなんかに教えるもんか!さっさと出ていけ!」

ムウ「子供を人質にとるなんて、貴方はそれでも聖闘士ですか?!」

サガ「私は温泉の場所が知りたいだけだ!人質などとっておらん!!」

話が平行線をたどっているムウとサガの間で、アルデバランはようやく冷静に状況を理解し、サガの手から貴鬼を取り上げた。

アルデバラン「サガ、貴方の気持ちはよくわかりましたから、とにかく落ち着いてください。ムウには私から話しますから。まずは風呂から出て行ってください。」

サガ「本当だろうな?」

アルデバラン「本当です、ですから出て行ってください。」

サガを追い出し、貴鬼を湯船に戻すと、アルデバランはムウに耳打ちした。

アルデバラン「サガは風呂の事となると人格が変わってしまうんだ。だから、サガがこれ以上暴れる前に教えてやってくれ。」

ムウ「いやです。」

アルデバラン「しかしな、サガのことだ、きっと黒くなるまで毎日お前に教えろと詰め寄ってくるぞ。」

ムウ「でしたら、二度と黒くならないよう、冥界に送り返すまでです。」

アルデバラン「ムウ、私闘は厳禁だぞ。とりあえず教えてやれ。私は仲間同士で争いごとをするのはもうまっぴらだ。」

ムウはアルデバランに濡れた髪を撫でられてなだめられると、『仕方ないですね』と呟き、浴室から出て行った。

 

脱衣所で待ち構えていたサガに肩を掴まれると、ムウはその手を念動力で弾き飛ばし、バスローブをまとった。

ムウ「ジャミールにはジャンダーラという霊峰があり、そこに命の水という万病に効く泉が湧き出ています。山頂の源泉には私も行ったことはありませんが、そのちょっと下に温泉が湧き出ているのです。しかし、あそこは霊峰ですから、邪悪なものは立ち入ることは出来ません。」

サガ「何?!効能は万病か?!」

ムウ「ふ、案内してあげてもいいですが、私は白羊宮から勝手に外出することは出来ません。そんなに行きたければシオン様に私の外出許可を取ってきなさい。」

シオンが自分を変質的に溺愛していることをよく理解しているムウは勝ち誇ったように、にやりと笑った。シオンが自分以外の男と温泉に行くことなど認めるはずもなく、またシオンを大の苦手とするサガがシオンに交渉できるはずもない。

サガ「わかった、教皇のところへ行ってくる。支度して待ってろ。」

サガは即答すると光速で十二宮の階段を駆け上っていき、ムウは鼻で笑うと再び風呂に入りなおした。

 

教皇の間で神官からシオンがスターヒルにいることを聞き出したサガは、事もあろうか、教皇以外の立ち入りを禁じられているスターヒルの登頂に再びチャレンジしていた。もちろんその身には黄金聖衣をまとっている。従来のサガならば、嫌な思い出のあるスターヒルになど近寄りもしないであろうが、温泉のこととなると、そんなことはどうでもいいらしい。

星を見ながら、暢気に観察記録をつけていたシオンは、ものすごい勢いで下から迫り来る攻撃的な小宇宙に身構えた。そして息も絶え絶え登ってきたサガを見て、仮面の下でない眉をひそめる。

サガ「教皇!!お願いがあります!」

シオン「次期教皇はアイオロスと決めておる。」

サガ「そうではありません。」

シオン「ほう、また余をプスリと殺しに来たか?。」

サガ「違います、ムウを私にかして下さい!」

シオン「は?」

サガ「ムウと温泉に行きたいのです。ですから、ムウを私に貸してください。」

シオン「馬鹿をゆうでない。ムウは余のものじゃ、お前などに貸さぬ。温泉でムウに卑猥なことをするつもりであろう。ムウの尻も口も余のモノ専用じゃ。」

サガ「・・・・でしたら、力づくでも。」

シオン「余はぴちぴちの18歳じゃ。お前ごとき、片手でひねり潰してくれる。」

サガが心臓めがけて伸ばした右の手刀をシオンは素手で受け止め、そして左手の手刀も受け止める。シオンに両手を封じられたサガは、髪を逆立て小宇宙を燃やすとシオンの手をじわりじわりと押し返し、ついに肩を掴んだ。

サガ「教皇!私は貴方ではないのですから、ムウに淫行などいたしません!温泉に案内させるだけです!!!ムウを私に貸して下さい!!」

シオンの体をブンブンと前後に揺さぶり、サガは血相を変えて怒鳴り散らす。シオンは瞬間異動でサガの手から逃げると、闇の中でも光る、獣のようなサガの目を見て冷や汗を流した。

サガ「教皇ーーーー!ムウを私に貸して下さい!!」

突進してくるサガをシオンは必殺の『うろたえるな小僧』で天高く投げ飛ばす。ローブの裾についたほこりをはたき、天を見上げてサガの落下を確認すると、目を血走らせたサガと目が合い、シオンはそのまま天から落ちてきたサガに押し倒された。

シオン「はなせ馬鹿者!余の上からどくのじゃ!」

サガ「嫌です!どきません!ムウを貸してくれるまでどきません!!」

シオンは自分に馬乗りになっているサガを蹴り上げるが、サガはなかなかその手を離さない。力任せにシオンがサガの手を振り払うと、絹のローブが音を立てて破け、シオンは仮面の下で頬を引きつらせた。これ以上サガを刺激してはスターヒルを壊されると判断したシオンは、ムウに手を出さないことを約束させ、サガにムウの連れ出しを許可したのだった。


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