兄貴といっしょ(教皇さまのいいところ)

 

今日もサガは鬱だった。いつも通り病院に行くと更に鬱になってしまった。
昔、うっかり殺してしまった上司とそりがあわないことをカウンセラーに相談したところ、思いもよらぬ返事がかえってきたのだ。
「ではその方の、よいところを探すことからはじめてみましょうか」
その言葉にサガにはどうしていいのかわからず、更に鬱になるしかなかった。

十二宮に戻り、階段を見上げてサガはため息をついた。目の前の白羊宮は悪魔の巣だ。ムウの冷ややかな視線と教皇の淫猥な視線、そして貴鬼の馬鹿にした白い視線を思い出すだけでも、吐き気とめまいがする。
勇気を絞り仕方なく嫌々白羊宮を訪れたサガは、牡羊座以外の姿を見つけて少し安堵した。リビングのソファーの上に童虎が寝転がっているのである。
「あ、逆賊のおじさんだ、何の用?シオンさま殺しに行くなら教皇の間だよ」
悪気の微塵もない貴鬼の元気な声に、サガはやはり来るのではなかったと後悔した。
「カノンや、飯はまだじゃぞ」
「……サガでございます、老師」
カノンとわざと間違えた童虎に、この方もやはり羊一派かと、サガは心の中で慟哭した。
まだ何もしていないのに、どうしてこんな嫌がらせを受けなければいけないのか。
過去の自分の悪行を棚に上げ、サガは眉間にしわを寄せ苦悶し始める。
「……何の用ですか?」
ムウの無機質な感情のない声にはっと顔を上げ、サガは頬を引きつらせた。右手に包丁、左手に絞めた鶏、エプロンは血まみれで台所から出てきたのである。
口をパクパクさせて呆然としているサガに、ムウは冷たい視線を投げかけた。
「用がないなら、出て行ってください」
冷たくあしらうムウに思わずサガは頷きそうになった。が、
「まぁまぁ、ムウよ。カノンは何かしら用があるから来たのだろうよ。そう冷たくすることもなかろう」
と童虎が笑いながらムウをなだめる。童虎に手招きされ、サガは動揺丸出しでガクガク震えながら童虎の向のソファーへ腰をかけた。
「で、何をしにきたのじゃ?ついに海に帰る気になったのか?」
「……私はサガでございます、老師」
「おお、そうじゃったのぅ。似ておるから区別がつかんのぅ」
「……双子でございますので……」
「で、何をしに来たのじゃ?ポセイドンをだましに来たのか?」
「……、教皇様のことでお話が……」
ボケつづける童虎を受け流し、サガは本題を口にした。お茶を運んできた貴鬼が教皇という言葉を聞いて、ぴたりと動きをとめる。そして
「ムウさまぁぁぁ!双子のおじさんがシオンさまぶっ殺してくれるってぇぇぇ!」
と、隣の金牛宮まで聞こえそうな大声で叫んだ。
「き、貴鬼!ななななななな、なにを言っているのだ!!私はそんなことは一言も……」
サガはあばあばしながら訂正しようとすると、突然濡れた手で手を握られギョッとした。ムウが瞬間移動でサガの隣に座っていたのである。
「ぶっすり殺ちゃってくださいね。頼みましたよ」
ムウはそう言って、ぎゅっとサガの手を握り締めた。先ほどまで永久凍土のように冷たかったムウの瞳はキラキラと期待に輝いている。
「ほうほう、シオン暗殺計画の相談か。なかなか骨のある男よのぅ。して今度はどこで殺る?」
童虎も嫌な顔をするどころか、ニヤニヤと意地悪な笑いを浮かべて身を乗り出した。
状況が飲み込めず、サガはうろたえていると、いつのまにかテーブルの上には茶とお菓子が用意され、貴鬼とムウと童虎が楽しそうにシオン暗殺計画を勝手にすすめているではないか。
「あ……あの、その……だな……」
「ああ、お茶に毒は入っていませから大丈夫ですよ。そんなつまらない殺し方しませんから」
話を切り出そうとしたサガは、ムウに冷たくあしらわれ口をつぐんだ。しかし、このままでは勝手にシオン暗殺計画が進んでしまい、またしても教皇を殺した大罪人になってしまう。サガは深く息を吸うと声と共に一気に吐き出した。
「私の話を聞いてくださーーーーーい!」
サガの大声に白羊宮の住人たちは目を瞬かせ驚いた。
が、すぐに
「何か他にいい方法があるのですか?」
とムウは口を開き、すっかりシオン殺害の再犯者に仕立てる気き満々である。
がっくり肩を落とすと、サガは病院でカウンセラーから言われたことをボソボソと話し始めた。
「シオンのよいところか……。ないのぅ」
童虎がつぶやくとムウと貴鬼が力いっぱい頷いた。
「この世に存在するすべての災いを形にすると、シオンという男になるのじゃ。あやつはのぅ、存在自体が悪なのじゃ」
再び童虎の意見に牡羊座指定は首がもげんばかりの勢いで頷く。
「弟子のお前から見て、いいとこはないのか?」
サガの問いにムウはブンブンと首を横に振り
「確かに大恩はありますが、7歳の私を一人残して勝手に死んでしまうなんて無責任すぎです」
とない眉を吊り上げた。もっともそれはシオンの責任ではなく、サガが悪いのであるが。
サガはいたたまれなくなり視線をそらすと、貴鬼と目が合ってしまった。
「き、貴鬼……、教皇さまのいいところって、何かあるかな?」
「シオンさまねぇ……。おいらのムウさま横取りするし、ムウさまいじめて喜んでるし……、あれ食べちゃダメ、これしちゃダメっていちいちうるさいし……うーん、やっぱりいいところなんてないよ。探すだけムダじゃないの」
貴鬼の意見にサガは内心頷いていた。存在自体が悪という童虎の意見にも賛成したいところだが、シオンの存在を否定すると、自分の行いを正当化するようで見苦しいという事をサガは重々承知しているのだ。
「おお、そうじゃ」
童虎がわざとらしく手を叩いた。
「シオンのよいところが一つだけあるぞ」
サガは皺だらけになっていた眉間を開き、童虎の若い顔を見据えた。
「シオンのよいところはのぅ、聖域を200年間食いつぶさずに維持させたことじゃ。それだけは誉めてやる、ははは!」
童虎の言葉は、女神を敵にまわし、13年間で実質聖域を崩壊させたサガへのあてつけであろうか。ムウも
「そういえば、そうですね。うっかり忘れていました」
と童虎に同意しサガを見て鼻でふふんと笑った。
やはり白羊宮に来たのは間違いだった。
サガはキリキリと痛み出した胃をおさえながら、丁重に礼を述べ白羊宮を後にした。

金牛宮
ここの住人もシオンによい感情を持っているはずもなかった。
ムウとの仲を疑われているために、事あるごとに出張を命じられ、年がら年中嫌がらせを受けているのである。
しかし、アルデバランは白羊宮の住人たちとは比べ物にならないほど人がよい。すこしは真剣に自分の話を聞いてくれるのではないかと、サガはわずかな希望にかけてみることにした。
「アルデバラン、教皇様のことでちょっと話が……」
金牛宮に入りサガがそう声をかけたとたん、アルデバランは光速でかけよりサガを小脇に抱えてリビングの端へ移動した。
「サガ、誰がきいているか分かりません。そんな大きな声で暗殺計画なんて不用心です!」
こいつもか!
と、サガは心の中で血の滝涙を流した。一生どころか末代まで教皇を暗殺した極悪人という札がついてまわることは間違いなさそうだ。
「今日はその話ではないのだ。実は教皇様の……」
アルデバランは巨大な手でサガの口をふさぎ話を止めると、雨戸を閉める。そして小宇宙を研ぎ澄まし周囲に誰もいないことを確認してから、小声でサガに話の続きを促した。
「サガ、殺りたい気持ちはよぉぉぉくわかりますが、あれでも教皇様なのですから、思いとどまってください」
「いや、そうではないのだが……」
「暗殺はいけません、暗殺は」
「そうではないといっているだろう!私の話を聞け!」
結局金牛宮でも声を張り上げてしまい、サガはアルデバランを驚かせた。
事の次第を聞かされたアルデバランは唸り声を上げ、困り果てて頭をかいた。
「やはりないか……」
「うーーーん……信心深いところとか、どうですか?」
アルデバランの意見にサガは首をかしげた。
「食事の前とか、熱心に祈っていらっしゃいますし……」
「教皇なのだから信心深いのは当然のことだろう」
「でも、次期教皇のアイオロスは食事の前に祈ってるのなんて見たことないですよ」
「それはアイオロスに問題があるのだ。他にはないか?」
「うーーーん……うーーーん……」
うなりっぱなしでどんどん首を傾げていくアルデバランにサガは小さくため息をついた。アルデバランよりサガの方が教皇との付き合いは長い。そのサガですら教皇のいいところなど思いつかないのだから、仕方ないといえる。
「あっ!」
「何かあったか?!」
サガはわざとらしく手を叩いたアルデバランを見上げた。
「いいところって言うのかどうかは微妙ですが……、教皇様もなかなかの美人さんかなぁと……」
アルデバランの言葉でサガが思い浮かべたのは銀色の仮面をつけた教皇の顔であった。仮面の下のぴちぴち18歳の顔を思い出そうとしても、まったく脳裏に浮かばない。なるべく目をあわさないようにしている、否、怖くて目を合わせることができないので、シオンの素顔を直視したことがほとんどないのだ。
そのことに気付いたサガは、一つシオンの長所?を見つけたような気がして感心した。

アルデバランに礼を述べ、サガは双児宮へと戻った。弟のカノンは相変わらずだらしのない生活を送っており、もう昼だというのにまだ夢の中だ。
カノンがシオンのよいところなど知るはずもなく、むしろ悪口しかいいそうにないので、サガは上の巨蟹宮へ足を運んだ。


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