聖衣大好き!(シードラゴン編)

 

 カノンはいつものように昼頃起き、サガが作っておいた昼飯を冷蔵庫から取り出して、暖めてからテーブルについた。
 時刻は1時をとうの昔に過ぎており、既にサガは出かけているのか、双児宮はシーンと静まり返っている。

 相変わらず味が薄いだのとブツブツと文句を言いながら、カノンが食事をしていると玄関の扉が開閉する音がした。
サガが帰ってきたのだ。

「やっと起きたのか?今、何時だと思っている。」

「1時24分20秒!」

 帰ってきたサガに声を掛けられても、カノンは振り向きもしなかった。その態度にサガは溜息をつくと、キッチンでコーヒーを入れ、リビングへと消えていく。

カノンは、数分も経たずに再びサガに声を掛けられる。

「カノン。」

「んだよ。っせーな!」

「そういえばお前に、お客さんが来ているのだが・・・。」

 サガの言葉にカノンは眉間にシワを寄せた。
 自分に客など訪ねてくるわけがない。
 聖域内の黄金聖闘士であったら、わざわざサガが客などと言わないだろう。それに、黄金聖闘士の中でも、カノンと口をきく人間は限られている。
 そしてカノンは、自分に友達などと呼べる人物がいないことも十分によく知っていた。

 ようやくカノンは振り向くと、サガの言う客の正体を知り、口の中のものを勢いよく吐き出した。サガが抱えていたのは、3つの穴があいている、シードラゴンの鱗衣であった。

「俺の客ってまさか?」

「ああ。今朝、双児宮の通路に寂しそうにしていたのでな。」

「だからって拾ってきたのかよ?」

「これはお前のだろう?大事にするんだぞ。」

 そう言ってサガはカノンに鱗衣を押し付けると、さっさと書斎へと消えていった。

 カノンは残された鱗衣を手に、眉間に数本ものシワを寄せ、唸り声を上げた。
 先の聖戦で黄金聖衣の素晴らしさを知ったカノンには、穴の空いた鱗衣などどうでもよかった。今欲しいのは、双子座の黄金聖衣である。

 最後の一口のパンを頬張りながら、カノンは鱗衣を持って私室を出た。そしてカノンは、こともあろうに13年間世話になったシードラゴンの鱗衣を、階段の上から蹴落としたのだ。
 シードラゴンの鱗衣は、ゴロンゴロンと鈍い金属音を午後の十二宮に響き渡らせ、階段を金牛宮に向かって転がっていく。
 それを見届けたカノンは、表情ひとつ変えずにさっさと双児宮へと戻った。

 

「うっ・・・・。」

 カノンの口から再び呻き声がもれた。
 なぜなら、私室の玄関に、先ほど蹴落としたはずの鱗衣が置かれていたからだ。

 カノンはキッチンからゴミ袋を持ち出すと、それに鱗衣を入れて双児宮を飛び出した。
 白羊宮のさらに下にあるゴミ置き場へと走ると、粗大ゴミ置き場に鱗衣を無造作に投げ捨てた。
 そして、双児宮に戻る際、そこに鱗衣があることを確かめる為、何度も振り返りながら双児宮へと戻る。

 玄関に鱗衣はなかった。双児宮へ帰ったカノンはホッと胸を撫で下ろすと、トイレへと入った。
 本日最初の解放感だ。

「げっ!」

 すっきりした顔でトイレから出てきたカノンは、その場に固まった。トイレのドアの前に、またシードラゴンの鱗衣があったからだ。

 カノンはシードラゴンの鱗衣を小脇に抱えると、今度は処女宮まで走る。
 そして主の不在を確認し、沙羅双樹の園へと足を踏み入れる。土が柔らかそうな場所を見つけたカノンは、スコップでザクザクと地面を掘ると、その穴に鱗衣を投げ捨てた。再びスコップで穴を埋め、盛った土の上を小宇宙を込めてバンバンと固めると、双児宮へと戻った。

 一仕事を終えたカノンは、冷蔵庫から冷えたコーラを取り出し、テラスで昼寝をすることにした。

 テラスに出たカノンは、再び冷や汗を流し硬直した。いつも昼寝に使っている長いすの上に、土にまみれたシードラゴンの鱗衣がいたからだ。

「くそっ!!なんなんだよ、これは!!」

 そう叫びながら、カノンはボサボサの髪を靡かせて、宝瓶宮へと走った。宝瓶宮にいたカミュに、サガの使いだと適当に嘘をつくと、シードラゴンの鱗衣を氷付けにしてもらい、天秤宮に放置する。

 しかし案の定、双児宮に戻ったカノンの目に飛び込んできたのは、リビングのソファに座っているシードラゴンの鱗衣だった。

「ちくしょう!!」

 カノンは再び走る。今度は巨蟹宮だ。
 巨蟹宮の顔のオブジェに何度も転びそうになりながら、デスマスクの私室へと乗り込んだカノンは、鱗衣をデスマスクに渡した。

「頼む。積尸気にこれを放りこんできてくれ。ちゃんと、穴の中に捨ててきてくれ、頼む!!」

「お・・・おうよ。」

 カノンのただ並ならぬ勢いに押され、つい頷いてしまったデスマスクは積尸気に向かうと、預かったシードラゴンの鱗衣を積尸気の穴へと放り込んだ。
 積尸気から戻ったデスマスクが手ぶらなのを見て、カノンは安心すると双児宮へと戻った。

 そして、カノンは声にならない悲鳴をあげる。
 ダイニングの自分の席に、シードラゴンの鱗衣が座っていたからだ。

「ちくしょう!!ゴールデン・トライアングル!!!!!!」

 カノンは両手を上にあげ、三角形の形になるように手を下ろした。カノンの超ヘッポコ技、ゴールデン・トライアングルによって、鱗衣は異次元へと葬り去られた。

「うわーーーはっはっはっ!!最初からこうすれば良かったのだ!!」

 腰に手をあてて馬鹿笑いをしたカノンは、ぐったりとしてソファに寝転んだ。
 しばらく天井を見つめていたカノンであったが、どうにもこうにも不安でたまらない。取りあえず、各部屋を回って鱗衣が帰ってきてないかチェックする。
 シードラゴンの鱗衣はどこにもいなかった。カノンはようやく心置きなく昼寝を堪能することができた。

 

「そういえば、あれはどうしたのだ、カノン?」

 サガと夕飯を食べていたカノンは、珍しく声をかけられ顔を上げた。

「あれ?」

「ああ。あの鱗衣だ。シードラゴンだったか?」

「捨てたよ。捨てた!!」

 カノンは眉間に数本もシワを寄せ、ぶっきらぼうに答えると、後片付けもしないで風呂へと向かう。

「あぐっ・・・・・・・・・・・・・。」

 風呂場内にカノンの絶句にエコーがかかる。
 見ると、浴槽からシードラゴンの鱗衣が顔をだしていたのだ。

 

「ごらぁ兄貴ぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 カノンは浴槽からシードラゴンの鱗衣を拾いあげると、湯を滴らせながらフルチンでキッチンへと走った。
 後片付けをしていたサガは、その姿に眉を潜める。

「カノン・・・。未だに風呂に玩具をいれて、遊んでいるのか?」

「んなわけねぇだろ。この野郎、全部てめぇが仕組んだんだろうが!!」

 カノンは鱗衣を床に叩きつけると、サガの胸倉を掴んで怒鳴る。

「一体なんのことだ、カノン?」

「すっとぼけてんじゃねぇぞ!!いちいち俺の行く先々に、これをテレポートさせやがって!!そんなことする奴はてめぇしかいねぇだろうが!!!」

「なにを訳の分からんことを言っている。いい加減にしないか!!」

 サガはカノンの腕を掴み、胸倉から手を外させると、興奮しているカノンから事情を聞いてあきれ返った。

「それは元々は海にあるものであろう。海に返してみたらどうだ?」

「・・・・・海。」

「なんだその目つきは。私は何もしてないと言っているだろう!!」

「お前なんて信用できるか!!だったら、一緒にこいよ!」

 未だにサガが嫌がらせをしていると思っているカノンは、今度はサガを連れて鱗衣を捨てに行くことにした。
 場所は、もちろんスニオン岬である。
 二人にとって、いい思い出のない場所であったが背に腹は帰られなかった。

 スニオン岬の下にはポセイドン神殿がある。ここから、海に投げ捨てればシードラゴンも帰ってはきまい。

 そう思い、カノンはスニオン岬に立った。
 そして小宇宙を込めて力いっぱい鱗衣を投げる。
 シードラゴンの鱗衣の空を切る音が波の音にかき消され、その姿も波に消えたのを確認した双子は双児宮へと戻っていった。

 自宮に無事に着くまで、カノンはサガの背中を見ていた。ちょっとでもおかしな真似をしようものなら、後ろからプスリとやってしまおうという魂胆である。カノンは未だに、サガが嫌がらせをしたと信じ込んでいるのだ。

 その夜、シードラゴンはカノンの元へと戻ってこなかった。
 ベッドに入った途端どっと疲れがでたカノンは、やはりサガの嫌がらせだということを確信し、「明日は絶対に仕返しをしてやる!!」と心に誓い、眠りについたのだった。


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