サンタクロースにお願い(その1)

 

クリスマスになると十二宮は人影が消え、静寂に包まれた。
故郷に帰った者が多く、残っている者の方が少ないのだ。聖域を故郷とするアイオロス・アイオリアはともかく、ムウまで十二宮に残っているのは、単にシオンからジャミールへの帰郷を許されなかっただけである。
しかし、だからといってシオンは可愛い弟子と淫行三昧というわけにはいかなかった。クリスマスから新年まで、教皇としての執務が鮨詰めで、ムウが生活している白羊宮に帰る暇すらないのだ。

教皇代理のアイオロスもまた、教皇から重大な仕事を任され目を回していた。
彼の仕事は子供たちにサンタクロースから預かったプレゼントを渡すということであった。
ギリシアではクリスマスのプレゼントは元旦の朝に届く。年があけたら、聖域圏の子供たちにプレゼントを配って歩かなければならないのである。

聖域のクリスマスは実に巧妙に出来ていた。
子供たちは12月の初頭に、サンタクロースへ手紙を書く。それを教皇に届けると、教皇がサンタクロースに届けてくれるというのだ。サンタクロースは世界中の子供たちにプレゼントを配らなくてはいけないので、忙しいサンタクロースは教皇にプレゼントの宅配を委託し、元旦の朝に教皇経由で子供たちへプレゼントが届く。プレゼントをもらった子供たちは、サンタクロースと知り合いの教皇に目を輝かし、聖域へ感謝の念を募らせるのであった。

アイオロスも幼少の頃はまんまとそれにひっかかっていた。十八世紀から生き続ける妖怪教皇がサンタクロースと友達でも、なんら不思議ではなかったからだ。
聖域の中央に出入りするようになり、プレゼントのからくりを知ったアイオロスは、それでもシオンに尋ねてしまった。

「教皇はサンタクロースに会ったことがあるんですか?」

しかし

「余はそこまで長生きはしておらぬ。聖ニコラスは四世紀の聖人じゃ」

と、いたって現実的な答えが返ってきただけであった。

 

クリスマスというと暗く寒いイメージしかムウにはなかった。
幼い頃、クリスマスが近づくと仕事で忙しいシオンに構ってもらえず、一日中一人で部屋に閉じこもっていた。それが何日も続くので、お菓子やプレゼントを楽しみにしている子供達とは反対に、クリスマスは寂しいものでしかなかったのだ。
いい子にしていれば新年にサンタクロースからプレゼントをもらえると言われ、一所懸命我慢していたが、本当はプレゼントも貰えて、なおかつシオンの仕事の邪魔をして遊んでもらう方法を必死に考えていたのだった。
ジャミールに移ってからはカレンダーのない生活をしていた為、クリスマスがいつかは分からなかった。そのせいか、聖域に戻ってきても周囲に言われてようやくクリスマスを思い出した程度だった。
クリスマスにまったく無関心なムウを見て、貴鬼はさっさと日本へ遊びに出かけてしまい、放任主義のムウはそれを黙認した。
結局クリスマス当日も、ちょろっとミサに顔を出しただけで、特別な料理を作るわけでもなく、ムウはいつも通りの生活をおくっていたのだった。

きちんと片付けられている宮内は、特に大掃除をする必要もない。新年のカウントダウンにも興味がないのか、一人で夕飯を終えて風呂に入ると、ムウはさっさと床についた。

念動力で部屋の明りを消し、瞼を閉じてからしばらくすると、ムウはサイドボードへ手を伸ばした。目的のものへ手は届かなかったが、彼にとって距離は余り意味を持たない。念動力でそれを手にとると、ムウはボアの頭を撫でた。脚にMuと刺繍の施されたクマのぬいぐるみである。一人寝が寂しくてクマを手に取ったのではなかった。
 ムウの記憶が確かならばクマは物心つく前、誕生日に貰ったものであった。その際の記憶はないが、後にシオンからそう聞いた。クリスマスプレゼントではないはずだ。

「お前はクリスマスプレゼントではありませんよねぇ……」

クマに話し掛けても、クマはぬいぐるみゆえに答えてはくれなかった。

 


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