東京の繁華街を歩いていたところ、女性がチラシか何かを配っていた。
何気なく受取ったところ、女性から呼び止められた。
「近くで絵の展示会をやっています。見学していって下さい」 と誘われ、近くのギャラリーに案内された。 |
見学のつもりでギャラリーに入り、担当者から説明を受けながら絵を見ていたが、しばらくすると、担当者から、「この中で、何か気になった絵はありますか?」と尋ねられた。
適当に「この絵なんかいいですね」と答えたところ、なぜか担当者が驚いた。
「この絵を選ぶなんてすごい!」
「お客様、ただ者ではありませんね?絵にお詳しいんですか?」「絵の良し悪しは、値段ではありません。芸術的感覚で、インスピレーションで選ぶものです」
「画家の先生からも、「自分の作品は、この作品の価値が理解できる人に譲って欲しい」と言われているんです。作品の価値が理解出来る、お客様のような方に、ぜひこの絵のオーナーになっていただきたい」
「世の中には、縁とか、運命とか、あると思うんです。今日お客様がこの絵と出遭うことができたのも、もしかすると偶然ではなく、必然だったのかもしれません」
「この必然的な出会いを、無駄にしたくありません」
などと、「芸術的感覚が素晴らしい」と、物凄い勢いで絶賛された。
絵を見るだけのつもりでギャラリーを訪れたが、いつの間にか、絵を購入するよう、勧誘が始まってしまった。 |
担当者は、
「お席にご案内します。この作品について、詳しく説明させていただきます。とりあえず、この作品は展示から外しておきますね」
などと言いながら、ギャラリー奥の席に移動することになった。
先ほどの絵も、展示場所から外されて、三角イーゼルに移された。 |
三角イーゼルに移された絵を前に、担当者は作品と画家の説明を始めた。
「この絵は、シルクスクリーンといって、限られた枚数しか、この世に存在しないんです。ここに100分の52と書いてありますよね。これは、この世の中に、たった100枚しかない中の、52番目の絵、ということなんです」
「画家の先生は、最初、「原画しか売りたくない」と仰っていたのですが、当社の社長が先生にお願いして、特別に100枚だけ、シルクスクリーンを作る許可をいただいたんです」
「ただ、特別な許可をいただく代わりに、「作品の価値を理解できる人以外には、売らないで欲しい」という条件が付けられているんです。ですから、誰にでもお譲りできる訳ではないのです」
「お客様は、この作品を一目見て、先生の世界観を見抜くことが出来た方です。お客様のような特別な方にこそ、この作品を持っていただきたいのです」
「100枚のうちのほとんどは、美術館やコレクターなど、言わば「絵の世界のプロ」が買い集めるので、一般の方が購入できる機会は、滅多にありません」
「ですから、この作品を買うことができる機会は、今日が最後かもしれません」
「世の中には、縁とか、運命とか、あると思うんです。この1枚は、偶然ここにあるのではなく、出会うべくして出会った、必然的な出会いだと思うんです」
「想像してみて下さい。絵のある生活って、心が豊かになりますよね?」
などと、数時間にわたり、絵の購入を勧められた。 |
最初のうちは「高額すぎて、自分には払えない」と、購入を断り続けていたが、そのうち、担当者が「値引きできないか、上司と交渉してみます」と言いながら席を外した。
しばらくすると担当者が戻ってきて、
「おめでとうございます」「本社に電話をしたところ、たまたま社長が直接電話に出てくれてたんです」
「社長にお客様のことを話したところ、
「先生の作品が理解できる方なら、特別に値引きしても構わない。作品の価値を一瞬で見抜くなんてすごい。価値の判る方に大切にしていただきたい」
と、特別に値引きを許可してくれました」
「ただ、社長からのお願いがあります。「値引きのことが画商やブローカーに知られてしまうと、投機目的でこっそり買い付けに来るかもしれないので、値引きのことは内密にして欲しい」
とのことです」
「支払は、分割払いも利用できますので、買い逃して後悔することのないよう、今日結論を出しましょう」
などと、勧誘が続いた。
いつまでも勧誘が続き、結局、断り切れずに、絵を購入することになってしまった。 |