数日後、約束の時間に担当者が車で迎えに来た。
「先日の物件ですが、他のお客様からも何件か購入の申し込みがあったんですよ。でも、「購入する方は既に決まっています」と伝えて、断っておきました」
「先日約束しましたからね。特別に押さえておきましたよ」
などと話をしながら、物件に連れて行かれた。 |
目的のマンションに到着し、新築マンションの一室に案内された。
物件は広くて綺麗だったので、悪い印象は無かったが、まだマイホームを購入するつもりはなかったので、担当者の説明を聞きつつも、どうやって断ろうか、そればかり考えていた。
物件の内見を終えると、そのまま不動産会社の営業所に移動することとなった。 |
営業所に案内されると、再び契約の話しが始まった。
「希望通りの物件だったでしょう。他のお客様からも、数件、購入申し込みが来ていたのですが、○○さんが購入されるので、申し込みは断っておきました」
「こんなに良い物件を押さえることが出来て、本当にラッキーでしたね。それでは早速、契約手続きに入りましょう」
などと担当者が言い始めた。
まだ契約すると言ってもいないのに、契約することが前提で、契約手続が始まってしまった。 |
あわてて契約を断ろうと、
「いや、やはりまだマンションを買うつもりはありません。今日は、断るつもりで来ました」 と告げたところ、またしても担当者が怒り出した。
「最初から断るつもりで、案内をさせたのか。人が一生懸命説明していたときに、内心馬鹿にしながら聞いてたのか?」
「あなたが購入すると言ったから、他のお客様からの購入申し込みを断ったんですよ?他の方からの申し込みを断ったことで、当社には損害が発生しているんです」
「どう責任を取るつもりなんですか?損害賠償を請求してもいいんですよ?」
「そんな甘えた考えだから、あなたは駄目なんです。社会人なら、自分の言動に責任を持たないと。社会人失格ですよ」
などと強い口調で非難されてしまった。 |
なんとか断ろうと、「住宅ローンを払っていく自信がない」「頭金が用意できない」「親と相談したい」と弁解したものの、
担当者から、
「それなら、今からご両親を交えて話しをしましょう。実家はどちらですか?今から一緒に行きましょう。何時間かかっても、絶対に同意させてみせます」
「頭金の心配は必要ありません。こちらでいろいろ工夫しますから、いま頭金が用意できなくても大丈夫です。いざとなったら私が個人的に貸してもいい」
「住宅ローンといっても、今払っている家賃と同じ程度の額なのですから、払えないはずはありません」
「マイホームはまだ早い、というのは甘えです。自分から逃げているだけです。もっと自立しないと」
「前にも言いましたが、まだマイホームは必要ない、まだ住む予定が無いというなら、それはむしろ好都合です。将来必要になるときまで、賃貸に出しておけばいいんです」
「新築のうちは賃料も高く設定できますから、しばらくは賃貸に出して、家賃収入でローンを払っていけばいいんですよ」
「他人の払ってくれる家賃を利用して、マイホームを手に入れることが出来るんです。すぐに住む予定が無いなら、むしろ好都合です」
「ローンの不安も、問題ありません。もしローンの支払いが苦しくなった場合は、賃貸に出せばいいんです。家賃収入が入れば、月々のローンを払ってもお釣りがきますから、その差額を利用して安い家に住めばいい」
「それではこうしましょう」
「住宅ローンに通るかどうか、試しに銀行で審査にかけてみましょう。もしローンの審査に通らなかったら、その時は、仕方ありません」
「今日のところは、審査を受けるために必要な書類を書いて下さい。ローンの審査に通ったら、そのとき初めて、正式な契約となりますので、安心して下さい」
「もし不安になったら、いつでも相談して下さい」
「本当は手付金として50万円必要なのですが、今日のところは10万円だけ入れてください。残りの手付金は、後日で大丈夫です」
などと説得を受けてしまった。 |
不動産会社の営業所の中で、担当者と、その上司から、契約書へのサインを迫られ、とても断れる状況ではなかった。
仕方なく、幾つかの書類にサインをした。書類にサインをしたことで、ようやく帰れることになったが、サインをした書類については、
「この書類は、銀行で審査を受けるために必要な書類なので、こちらで預かっておきます」
と言われ、本人控えは渡してもらえなかった。 |