精神障害に対する偏見差別をどう考えるか

2月家族会勉強会 講師 慶應義塾大学医学部精神神経科 水野雅文先生

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【はじめに】

 今日は偏見・差別をどう考えるかという難しいお題をいただきました。これについては当事者の方や家族の方がどう考えるかという問題です。およそ、偏見・差別の問題はする側よりもされる側がどう感じるかというのが大事ですので、その意味では私の方で教えていただきたいことばかりです。なかなかこういった問題をざっくばらんに話す場はありそうでなくてですね、みんなが感じている問題ではありますが、本当にどう感じるかという問題は非常に扱いにくいこともあって、今まで語られてきたことはあまりないと思います。

 どんな切り口で話そうかと考えたのですが、現実的にこの病気についての誤解の問題、誤解がなければ偏見・差別は起こらないわけですから、一体どんなところから誤解が生じるかということから、専門家の間で認識されている論点、それについての最近の意見、精神科医がどう考えているかというのをご紹介して、それについて皆さんから現実にはどんな問題があるかうかがいたいと思います。おそらく、感じ方はみんな違うと思いますので、例えば、同じ方でも病気の時期や経過で考え方が変わるでしょうし、今日は一つの話題提供のような形で聞いていただければと思います。

【精神分裂病から統合失調症へ】

 この問題については最近『精神神経学雑誌』という日本精神神経学会が出している専門誌で取り上げられています。この中に、昨年2005年に開催された日本精神神経学会総会という集まりのシンポジウム、「精神障害に対する偏見克服をどう進めるか、地域生活と自立支援に向けて」という特集が載っています。さらにその中に「呼称変更で病名告知の実態は変わったか」という医師である学会員に対するアンケートをまとめて発表したコーナーがあります。

 この呼称変更というのはスティグマ(汚名・偏見)の問題に関連する、近年の日本の精神科の中では最も大きな出来事でした。精神分裂病という名前だったスキゾフレニアという病気の日本語での病名について、2002年8月に日本精神神経学会が開かれたときに病名を変えようということが提案されて、その後、統合失調症という名前に変わりました。病気の名前が、例えば何か劇的に病気の本体がわかるとか、治療方法がわかるとかそういったプロセスを経ないで、単純に病名だけが変わることは非常に珍しいですね。

 これは主に家族会の方、当事者の方から病名を変えてほしいというご要望があり、それに応える形で学会で発議をして、それを厚生労働省等にアピールすることによって世の中全体がそれに向かって合意したということです。そこにはもちろんメディアの関与も大きいものがありました。病名をどうするかというのはアンケートなども行なわれて、いろんな案が出た中で、統合失調症となったわけです。

 日本において名称を変えようという意見がどこから出てきたかといいますと、「スキゾフレニア」というドイツ語がもとになっていると思います。「スキゾ」と「フレン」ですが、「スキゾ」というのは裂ける、割れる、分裂するという意味、「フレン」とは魂、英語で言うとマインドですね。ですからそれをそのまま日本語にしたという意味で精神分裂病というのは、訳語としては語彙は正確にとっている言葉です。しかしこの文字を日本語的に読むと、精神が分裂するということで、文字だけを見て理解しようとすると実態とはかけ離れている。特に最近は新しい治療薬も出ていますし、治療そのものに早くから取り組むようになっているのに、精神が分裂してしまうというのはある種おっかないような、あるいは何が起こるかわからないような未知の恐怖を植えつけるような感じなので、治療的にも社会的にも望ましくない、ふさわしくないのではないかということで名前を変えましょうということになってきたわけです。

 いろんな名前が候補に挙がりました。スキゾフレニアという概念をまとめたスイスのブロイラーという学者がおりますが、この方の名前を記念してブロイラー病ですとか、発見者の名前がついているものってありますよね。あるいは省略してS何とか病にしたらどうかというのもありました。いろんな意見がある中で、統合失調症というのが最終的に選ばれたのは、失調という言葉の中には、その時は失調しているけれども戻る時がくるというような回復可能性を病名の中に込められる、そして統合というのは症状そのものの実態を言葉に表せる、ということからこの名前になったのだと思います。

【病名変更とその後】

 新しい名前は何でも違和感がありますが、使っている間に馴染んできたなと思います、私自身の感想ですが。当初、果たして名前を変えたからといって何かが急に変わるだろうかというのは、期待こそあれ予測は非常に厳しかったと思うんですが、私の実感としては変更されてから現在に至るまでの3年半の段階で非常に早く広まったと思うんです。2年くらいの段階でかなり多くの専門職の方たちが認識して実際に現場でも使い出したと思います。これは、工夫されて議論も熟された段階での病名変更だったことと、やはり治療そのものが変わってきて、世の中の受け入れも変わってきて、その意味ではいいタイミングの変更だったために、速やかに広がっていったんだと思います。

 名前が変わっただけで何が変わったかというと、学会全体でやった調査を西村先生という方がまとめているんですが、精神神経学会の中に「精神分裂病の呼称を検討する委員会」というのがあって、それが「呼称変更委員会」というのに変わっていきまして、実際にどのような名称にしようかと勉強していたわけです。そういったところを通じて調査が行なわれて、平成14年の変更直後とその1年後、2年後という3回にわたって会員の精神科医約8500~1万人に郵便でアンケートをして、例えば病名が統合失調症あるいは精神分裂病だったときにご本人や家族に病名告知をするかどうか、あるいは告知の時どんなことが阻害要因になっていますか、というようなことを継続的に調べた結果がございます。

 例えば、「先生はスキゾフレニアの患者に病名を告知していますか」という質問に対してこれを5つの段階《1.原則しない、2.ほとんどしない、3.ときどきする、4.原則的にする、5.どちらともいえない(1.2.告知しない、3.4.告知する、5.どちらともいえない)》に分けて答えます。その結果、本人に告知する医師の率が最初は37%だったのが、65%そして70%というふうに名称変更後の時間経過と共に増えているんですね。そして、変更直後は44%が「告知しない」と言っていたのが1年後には21%、2年後には15%と減っています。

(以下、紙面版「フレンズ」にて掲載)

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編集後記

今まさに三寒四温の時期だ。何か自然が迷っているような季節。行ったり来たり、一気に変ることができない自然の営みは、我々が抱える問題とも符合するような気がする。

 今月は水野先生に医学的立場から「偏見」問題を考察していただいた。「脳の病気」であるという医学的立場からの見方。更に、前頭前野が病気というと、それがまた偏見を生んでしまうのではないか、という心配。

 難しい問題である。いずれにしても、私たち家族は当事者を抱え、支えている。そして、当事者の将来を案じている。私自身当事者を抱えているが、ここで大切なことは、家族が自信を失わないことではないだろうか。

 前回の「偏見」問題ではハンセン病の森元美代治さんから話を伺った。その話の中で、あるハンセン病の父親を持つ娘さんの話があった。彼女は他人がなんて言おうと、私にとって最高の父親。素晴らしい父親であると。病気の父親に感謝している、という。

 少なくとも精神障害は脳の病気である、ということは水野先生のお話で理解できた。  決してその人が生来の性格であったり、ましてや劣っているなどということではないということが認識できたものと思う。偏見の源泉は「無理解」であると常々思っている。家族の中には最低限「無理解」はなくしたい。