息子の回復への道筋とこれから

新宿区後援事業 9月新宿フレンズ講演会
講師 地域精神保健福祉機構「コンボ」理事、
              厚木市精神障害者家族会「フレッシュ厚木」理事 上森 得男さん

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【はじめに】

 親兄弟家族は、なんと言っても病気の方のことを心配しますし、本人が良くなりさえすれば気持ちが楽になるわけで、これが最高です。世の中で回復者がどんどん増えれば、家族会も不要になります。家族会が存在するのは問題が解決に至らないからでしょう。
 私は統合失調症の身内を持って50年くらい悩んできました。日本の精神科医療はとても遅れていて、それを正すために働いてきました。
 統合失調症の息子からのメッセージは、「あなたも君も私も前向きになって、良くなりましょうね」です。長男は一郎といってまもなく42歳です。高2で発病し、長い道のりでしたが、今は就労しています。父親から見てもずいぶん変わりました。
 一郎は現在、かつて入院した病院に月に1回、薬だけもらいに行っています。医者は長くは診てくれず3分、5分です。皆さんの場合もそうでしょう。
 息子がお世話になった看護婦長に「しばらくね、あなた就職してるの! 統合失調症って治るの?」と言われ、「100%ではないですけど」と息子が答えると、「よかったわね!」。看護婦長にして、このような状態です。医療従事者は、もっと積極的治療をやるべきです。「この病気は治らない」と決めつけている考えこそ偏見です。きょうは、そんなこで私がこれまで経験してきたこと、学んできたことを述べたいと思います。

【日本の精神科医療】

 以前、医療関係者が集まる会合があり、有名な先生と無名の家族である私、息子の3人が呼ばれていき、私は「息子もこんなふうによくなりました」と体験を語りました。その会合で、「あなたの息子はどういう薬をのんだの」と質問をしてきた方は、開業の精神科医でした。「しばらく前に息子が統合失調症になりましたが、自分では診られないのです。医者は自分の家族の治療・投薬をするのは怖い。ですから市内の別の医者に見てもらっていますが、ちっとも良くならない。どうしたらいいでしょう」とすがるようにいうのです。
 外科医だって、大変な手術だと自分の家族の身体にメスを入れるのは怖いそうです。医者も自分が家族の立場になれば多くのことが分かるはずですから、簡単に言えばその医者自身にもっと勉強してもらいたい。そして当事者と家族に希望を与えてほしいのです。

【薬についてもっと学ぼう】

 薬だって医者からもらって黙ってのんで、調子がよかったり悪くなったり、またよくなったり、ではいけないのです。つまり「自分の薬は、自分の体ときちんと相談して自分で決める」。こう考えるのが回復への道です。
 よい薬をのんでください。昔の定型抗精神病薬はよく効くものもありますが、どうしても副作用が多い。この頃の非定型抗精神病薬は副作用が少ないのがメリットです。しかも種類をうんと少なく、つまり単剤を低容量のむ。私の知っている方々で手のひら一杯ものんでいる方は、たいていよくなっていません。多剤多量、たくさんの種類の薬をたくさんの量では、薬漬けになってしまいます。


【私の家族の病がもたらした悲しい連鎖】

 私の兄と弟は、当時の言葉で精神分裂病でした。その頃はよい薬がほとんどなく治療も不充分でしたし、偏見も強い時代でした。ある日いとこがやってきて「お前のところは精神病の家族が増えて、親戚として甚だ不愉快だ。縁を切りたい」。勝手に切ればと思いましたが悔しかったです。
 弟は薄暗い鉄格子つきの6人部屋に入院していました。あるとき二重三重のカギを開けて会いに行ったら手足を縛られておりました。日当たりも悪く運動もしないため体力がなくなって、お漏らしをするようになって、その面倒を見る看護士さんが大変だからと縛っている。ひどいなあと思いました。


【息子の発病】

 一方、私の息子は優しく思いやりがあって真面目、いろんな人の言うことを気にし、勉強運動も積極的ではないし、心配でした。息子は小・中学校と元気のない児童だったのですが、高校に入っても動作が鈍かったり態度が弱々しかったりでした。ある日悪いグループにつかまって、いじめのターゲットになってしまい、「弱虫、死んじまえ!」といわれたり、突き飛ばされて車にひかれそうになったりしていたそうです。
 だんだん様子がおかしくなって、豪雨の日にわめき声が表で聞こえたので見たら、家内が息子を後ろから抱きかかえている。息子が「いじめっ子グループが来てる。もう我慢できない。今日は決闘の日だ」というのです。誰もいないのに声が聞こえるといって暴れる。これは私の兄弟と同じ統合失調になったのかと思いました。

【私のうつ病】

 私は学年主任になり、10クラスもの面倒を見ることになりました。とてもくたびれて思考能力もなくなり、身体は重く授業もやる気が起きないし、眠れなくなってしまった。家内が作ってくれる弁当の味もしなくなる。うつ病で味覚障害が起こることがあるそうで、仕事も家のことも大変で、とうとう私もうつ病になったのです。
 5ヵ月目に医者から「あなたはこの病院の抗うつ剤をほとんどのみ尽くしたのに、残念ながら良くなりませんでした。でもあと2種類まだ試していない薬があるのですが、今晩のんでみますか」といわれて試したら、翌日スーッと気持ちよくなって昼間まで眠れたわけです。そのときの嬉しさ、病気はいい薬にあたると治るんだという気持ちがわきました。2週間程でよくなったのです。
 しかし問題が起きた。授業中にトイレに行きたくなるのですが出ないのです。だから膀胱が腫れて、ついに気絶しそうになった。しかも通院先の大学付属病院は予約制で、それ以外の日は受け付けてもらえないのです。それで再診の日に医者に訴えましたら、抗うつ剤の副作用と分かって別の薬を出してくれましたが、その新薬を飲んだら、またうつ病が戻っちゃった。
 新薬に飛びついちゃいかんと思いました。もちろん効く方もいるでしょうが、マイナスになることもあるので、できる限り医者に聞くとか自分で調べるとかしなくてはなりません。良くも悪くも薬の力が大きいというのが結論です。

【微笑みこそ最高の薬】

 厚木の家族会の方々に読んでもらおうと、精神科医であると同時に薬理学者でもあるアメリカのスノーという方の書いた本を訳しました。その中に「どの患者さんにもぴったり効く処方箋を書いてくれませんかとお願いしたところ、薬の名前ではなく“Smile of a nurse once a day”(1日1回看護婦さんから患者さんに微笑みかけること)これが最高の薬だ」というくだりがありました。私は反省しました。息子がどうしてよくならないんだろうとか、早くよだれが止まってほしいとか、そういう願いがあったんですね。その心配が言葉には気をつけていても表情に出ていたのではないかと。そこで、接し方を変えていきました。 

【息子と服薬】

 3年前にリスパダールの液体の薬が発売されたとき、これは体内にまわりやすいという利点があるので息子に勧めたら早速もらいに行きました。のんでみると目の前が明るくなったというのです「蛍光灯換えた?」「いつもと同じだよ。」一週間して考える力がわいてきた、疲労感もなくなったというので、私はとても嬉しかった。そして昼夜逆転していた時期にたくさんのんでいた睡眠薬もいらなくなった。つまり、この薬は当たりだったんです。

 まるで魔法の薬をのんだような話をいたしましたが、実際はいろいろあります。今日はつらく悲しい部分は省いている。つらいことも明るく話しています。立ち上がって「病気と向かい合う勇気」と、「自分に合う薬はないかと追求していく姿勢」がほしいです。治療は医者任せではなくて、本人も家族も医療チームの一員として、「どうやって治そうと考えてくださっているのですか」と質問して、治療方針を理解することが大事です。

【私たちには未来がある】

 病気をきちんと理解することも大切です。皆さんの中に中途半端にしか治らない病気と思い込んでいる方はいませんか。それは間違いです。医者は患者さんが静かに家にいて、たまに友達と電話できる、それくらいのレベルで安定だと考えて、そこまでしか求めていません。
 でも家族は違う。ただ医学的に安定した状態で満足するのでなくて、人間として精一杯自分なりの人生を築いてほしいと願っているのです。もっと元気になって、できればお小遣いくらいは稼いでほしいし、恋愛して結婚もしてほしい、子供も作ってほしい。息子ならば、女の人のやわらかい身体を抱きしめて女の人っていいなあと思ってほしい。そういう男女関係が統合失調症の患者さんでは持ちにくいではないですか。息子も恋人がほしくてもできません。なぜこういう場で合コンをしないのか。僕の話よりもよっぽどいいですよ。

【精神科医療に消極的な日本政府】

 さて、全医療費の中から精神科医療にどれくらいのお金を出しているかをみますと、日本は0.5%、イギリスは10%という国連の統計があります。100万円ならイギリスは10万円を、日本は5000円だけ(注・日本の年間医療費は約30兆円。OECD加盟国(経済協力開発機構。先進30ヵ国が加盟)の総医療費の対GDP(国内総生産)に対する割合では最も低い。その30兆円のうち国庫負担はわずか25%の8兆円足らず。アメリカの10分の1に過ぎない)。日本の道路などの公共事業費は世界のトップで欧州の約10倍なのに、社会福祉費用は半分くらい。また、日本は32万人の入院患者さんがいて、入院期間の長さは世界一です。患者さんが日本の精神科の固定資産として利用されているのです。

【良い精神科医療とは】

 「よい精神科医療イコール良い精神科医」です。患者にとって何が幸福か考えてくれる。良くなることがまず幸福の第一条件。それには、診察時の本人の訴えに対して、「君にとって必要なのはこういうことだよ」と説明をしてほしいのです。
  人間と病気をまぜこぜにしている医者がいます。「統合失調症の一郎君、今日はどうだね」、これはいけない。統合失調症という言葉を人間の前におくと、それは人間と病気をごっちゃにしている、偏見になってしまう。
 精神科は内科外科と比べて手術もないから医師の数は3分の1でよい、という理屈の精神科特例という法律があります。それを決めた厚労省がいけない。私はこれを打破したい。朝から晩までつらい話を聞かされて、精神科医だってくたびれますから、安定剤をのんでいるお医者さんもたくさんいます。家族会は医者のことも考えないといけません。

【現在の取り組み】

 苦しい道のりだったとはいえ、もっと大変な病気の人がいると社会に出て学びました。家にばかりいると見えてこないし、親もそれに巻き込まれてしまう。一緒になって苦しんだり悩んだりしても、世間と切り離された状態では不安になって病気にもよくありません。だから私は、外に出るのもいいことのひとつと思っています。

 私は、この歳で東大HSPという組織に参加しました。そこで文部科学省の後援で東京大学医療政策人材養成講座を作っており、私は第5期生です。毎週水曜日に丸の内で集まっていて、精神科医療を動かすというのが目的です。メンバーは政策立案者が13人、医療提供者13人、ジャーナリスト、私のような患者支援者、がん患者さんの団体、の合計49名、それから東大医学部の教授が10人来ていますので50人を越える方々が集まって勉強、研究をしております。いろんなところに「精神科医療はこうするべきだ」と提言をするのです。

 私は「患者家族主体の精神医療を目指して」というテーマで筆頭になり、厚労省の方1名、朝日・産経の医療紙発行者、検事さん1名、大学院の方1名、全部で12名おります。舛添大臣の政策秘書の露木さんが応援してくれそうなので何か動くかもしれません。頑張ろうと思っています。私たち家族当事者の願いを、日本の政策の中に取り入れましょう。

 最後に、昔と違って「統合失調症は、よくなる病気になっている」ことを忘れないでください。その希望を持って、患者さんも家族も元気で明るく暮らすこと、これが精神障害を回復に導き、偏見をなくす道です。                              以上

著書『やっと本当の自分に出会えた―統合失調症と生きる当事者・家族からのメッセージ』(アルタ出版・1260円)

平成17年4月からの新宿家族会ホームページ「勉強会」の表示形式について

 新宿家族会では4月から「勉強会」ホームページの表示について、概略掲載とすることになりました。そして、「フレンズ」(新宿家族会会報紙)ではいままで同様、あるいはより内容を充実させて発行することにしました。これまで同様に勉強会抄録をお読みくださる方は、賛助会員になっていただけますと「フレンズ」紙面版が送られますので、そちらでお読みできます。
どうぞ、この機会に是非賛助会員になっていただけますよう、お願い申し上げます。

賛助会員になる方法

新宿家族会へのお誘い 
 新宿家族会では毎月第2土曜日、12時半から新宿区立障害者福祉センターに集まって、お互いの情報交換や、外部からの情報交換を行い、2時からは勉強会で講師の先生をお招きして家族が精神障害の医学的知識や社会福祉制度を学び、患者さんの将来に向けて学習しています。
入会方法 

編集後記

 いきなりだが、上森さんが講演で「家族会は不要」と言われた。私も以前「家族会は必要悪」と書いた記憶がある。誰しも家族会を楽しんでいる人はいない。上森さんは「問題が解決していないから存在する」と苦情を述べている。

 ことほど然様に、上森さんのお話は、日本の精神科医療を根底から問い直している。ある会合で、専門医が上森さんに「どんな薬を、どんな風に飲んでいるか」と聞いてきたという。私の経験でも、一人で通院した息子の主治医が「息子さんが何もしゃべらない。お父さん来てください」と言ってきた。私は即、息子を転院させた。上森さんは「医者自身がもっと勉強してほしい」と訴えている。

 さらに、日本の精神科医の大きな問題は、「治る」の意味の捉え方である。暴れなければ治った。静かに家にいれば治った。こんなレベルで「治療」を考えているのではないだろうか、と疑りたくなる。上森さんは「人間として精一杯自分なりの人生を築いてほしい。結婚もし、愛を肌で感じてほしい」と。

 著書を読ませていただいて、上森さんのご経験はご子息の回復だけかと思っていたが、なんとご兄弟の発症から関わり、50年もの長い期間、この問題に取り組んできた。現在、「コンボ」や「フレッシュ厚木」といった精神障害の問題解決のための活動のほか、東大HSPでの勉学や「家族主体の精神医療を目指して」チームの筆頭を務めている。

 そして、本文では紹介されていないが、自らが死を迎えた時、ドナーとして肉体を医学会へ提供し、人間の頭脳の不思議を解き明かし、医学に役立ててほしい、としている。