家族と当事者のためのSST

1月 新宿区後援事業 新宿フレンズ講演会
講師 ルーテル学院大学大学院教授・SST認定講師 前田 ケイ先生

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【SSTとは】

 精神疾患は難しい病気ですが、お祈りやおまじないに頼っていた時代から、ここ100年を見ると非常に進歩してきました。その過程で現れた治療法の1つがSSTです。SSTは社会生活に必要な能力を練習によって改善し、発達させていくための体系的な支援方法で、1970年代にアメリカで開発され、1988年に日本に紹介されて21年目です。この支援者をSSTリーダーといい、初級SSTリーダーになるには最低10時間の勉強が必要です。中級、上級の研修システムがあり、SST普及協会の認定講師になるには自分の行ったSSTをビデオに撮って審査をしてもらいますが、まだ全国に80人余しかおりません。

【自己研究で病気を知る】

 精神科の治療には服薬が欠かせません。病識がなく薬を拒否することは、本当によくあることです。また妄想や幻聴の症状を軽減しようと、いろんな工夫がされています。こうした場合にもSSTは役立ちます。
 例えば北海道の「浦河べてるの家」という団体の取り組みのひとつに、「自己研究」があります。病気を自分から切り離して「一体自分はどういう病気にかかっているのか」を客観的に研究するのです。自分なりの病名を付けてみるとか、聞こえないはずの声がどういうときに聞こえてくるのかなどを調べます。

 またその声に「幻聴さん」という名前を付けて「自分に訪れてくる歓迎しない客」と捉え、どんな時に訪れるのかと「研究」します。すると、空腹、薬が切れた、お金がない、友達の言葉でショックを受けた、いろんなきっかけのあることが分かりました。そして気づいたことをお互いに発表して助け合います。

【服薬継続の工夫にも】 

 統合失調症は薬を飲まなければ再発率が高い病気ですが、一方、服薬だけの治療でも再発が多いと分かっています。また、1人ひとりの体調や症状、回復度も違うので、患者自身がどういう状態かを医師にきちんと伝えていなければ、本人に合う薬を処方できません。効果的な服薬には、医師や看護師、薬剤師、家族との適切なコミュニケーションが必要で、SSTはそうしたことに大いに役立ちます。

【「希望」の実現に向けて】

 日本で最初の頃に、アメリカから来たリバーマンという先生が通訳を付けて実施したSSTは、素晴らしい体験でした。

 リバーマンさんは「あなたは3ヵ月先にどんなことができればいいと思いますか。半年先に自分の生活がどうなっていたらいいと思いますか」という質問をされました。参加していた医学関係者の中で、今まで誰一人として患者に希望を聞いた人はいませんでした。そんな質問をすると、実現不可能だから症状が悪くなると思っていたのです。しかしSSTでは「その希望を実現するために、こういうことをしてみましょう」と、希望を受け入れて「出来ること」、練習課題を見つけていくのが第一歩なのです。

【将来に備える「練習」を】

 アメリカのコミュニティ・メンタル・ヘルス・センターを訪ねて、SSTの記録を見せてもらいました。医者になるために勉強している途中で発症した42歳の女性の希望は「医師になるための勉強をすること」です。これが現実的なのかは分からない、でも希望なのです。それで、まず地域のコミュニティ・カレッジに行くための学校案内を「電話をかけて取り寄せる」という練習をしていました。電話をかけて必要な情報を取り寄せることは、いろんな場面に応用できるので生活の質を上げることになります。

【「人間関係を深める」ために】

 読書好きで物事を良く考える患者さんが「僕は意味のある会話をしたい。挨拶みたいな意味のないことはしたくない、何のためにするんですか。」といいました。「意味のある会話って?」と聞くと「人はなぜ生きているのか、みたいな」というので、「それを考えることはとても大切なことね」と共感しました。「でも、そういう大事なことを話そうと思った時に、いきなり『ねぇねぇ、人はなぜ生きているんだ』って言うと、あまり自然じゃないでしょう。例えば『サッカー見た? この寒いのに一生懸命走って転んで何のためにするのか、人は何で生きてるんだろうね』の方がよくない?『おはよう!』と加えるのもいいね」というと、患者さんは「それがいい。『おはよう』があると話しやすい」。で、まず、それを練習することになりました。これは「練習の順序8. チャレンジしてみる課題を決める(宿題)」に当たります。

 「宿題」を「チャレンジ課題」と名前を工夫して、チャレンジカードに課題を記入し、宿題ということでお渡しして翌週に結果を報告してもらいました。いつも挨拶しない彼が「おはよう」と言うものだから、周りはすごく喜んで笑顔で挨拶を返してくれる。すると彼の報告は「何人かの人に『おはよう』を言いました。コミュニケーションって楽しいものですね!」。それから1ヵ月後、どんな練習をしたいかと問いかけると、「普通の会話を練習したい」と変わっていました。適切な支援があると、人は変わる可能性があります。

【相手の気持ちを察する受信技能】

 SSTは認知行動療法の1つです。人間の行動は、ものの考え方や状況の解釈、つまり認知と深い関係があります。対人状況の中で自分の社会的役割を適切に遂行するには、まずコミュニケーションを受け止める受信技能と、それを心の中で処理していく処理技能、それを送り出す送信技能、の3段階のどこで引っかかっているのか、どこを強めたらいいのかを研究して指導することが必要であるといわれています。受信技能とは、

1.今はどんな対人状況なのか?

2.どんな行動をとればいいのか?

3.相手に期待されている行動は?

4.自分が相手に期待する行動は?

これらをできるだけ正確に把握する能力です。

【適切な行動を選択する処理技能】

 処理技能は、状況にふさわしい行動を考え、選択肢の中から一番適切と思われる行動を選び出す能力です。例えば「声が聞こえてくる、俺の考えは抜き取られている」と言われたらどうしますか? 考え付くのは「そんなことないわよ」くらいでしょう。しかし家族会では互いに答え方の工夫を話し合うことで、こんな言い方もあると多くの選択肢を持てます。この場合はこれ、などとレパートリーがあると、気持ちにゆとりができます。

【SSTの大事なポイント】

 本人のできないところではなく、今できているところは何かを一緒に探す姿勢がとても大事です。できているところを探すことは、心にゆとりがないとなかなか難しい。専門家も問題点を探すようにトレーニングされているので、私も始めた頃は非常に難しかったのですが、長年SSTをやってきて見つけられるようになりました。

【地域生活をしている人へのSSTの実例】

練習課題の例をあげておきます。

1.生活支援センターで友人を作る:助けてくれる団体の場で、友人を作る第一歩として何をしたらよいか、という練習です。

2.隣近所の人と会話をする:隣近所の人に「今、何しているの」と言われるのがイヤで、人目を気にして夕方でないと散歩が出来ない人は、その返事の選択肢を増して,自分がいいと思う答え方の練習をしました。

3.家族と楽しく会話する:家族も一緒に練習してくれないとうまくいきません。「お正月は人間関係がどぎつくなる」と言った人は、おじさんが来て「どうしている?」と言われるのがイヤだったそうです。「それはあなたに関心を持っている証拠」ということで、「通院もしてるし、少しずつよくなっているよ」と伝え、さらに「初場所が始まりますね」などとおじさんの好きな話題に振ってみるという練習をしました。

4.仕事について質問する:すでに就労している人に「どうやって面接クリアしたの?」など質問すると参考になります。

5.金銭管理のスキルを学ぶ:『生きてみようよ!』(松浦幸子編著 教育資料出版会 1785円)は、クッキングハウスから出した1人暮らしための工夫の本ですが、金銭管理の参考にしてください。

6.新しい社会場面への対処を学ぶ:訪問販売や勧誘をどう断るか、などです。

7.社会サービスを活用する行動を学ぶ:例えば障害者職業センターは医師の診断書を貰った上で仕事を探すところです。ジョブコーチを使いながら就労するのは有効なので、医師に相談したり、さまざまな問い合わせをして行ってみることが必要になりますが、そうした場面の練習をします。

【家族の練習課題】

食事の時に楽しく話をする:男子学生の希望に「父親は説教でなく、自分の経験を語ってほしい」というのが多いのです。

デイケアの経験を聞く:帰ってくるなり聞いても「別に~」という返事しか帰ってこないのでどう聞いたらよいでしょうということです。

夫に協力を依頼するときの妻の上手な声かけの仕方

親戚に説明する場合

子供の怒りを受け止める:親としてはつらいですが、「さぁ来たぞ」で深呼吸して落ち着いてから対応します。

医師の意見を上手に聞く

子供の対人行動学習を助ける:友達の作り方を、お母さんを友達と思って練習してみます。

【家族や当事者の仲間は宝です】

 私たちは自分を抱きしめてくれる誰かを持っていなければ生きていけません。人間として生きている以上、サポートが必要です。患者さんは病気のために自らサポートを上手く使えず、切ったりしてしまいます。家族だけも孤立しないで、医師を始め、様々な専門家がいることを知って利用しましょう。保健師さんや精神保健福祉士さんは、相談相手になり訪問するなど力になってくれます。

そして、最も皆さんのサポートとなるのは、同じ経験をした仲間です。人の喜びを共に喜び、人の悩みを共に悩んでくれる仲間は、苦しみを心で抱きしめてくれます。家族会で助け合っていきましょう。

(----以下略---)

平成17年4月からの新宿家族会ホームページ「勉強会」の表示形式について

 新宿家族会では4月から「勉強会」ホームページの表示について、概略掲載とすることになりました。そして、「フレンズ」(新宿家族会会報紙)ではいままで同様、あるいはより内容を充実させて発行することにしました。これまで同様に勉強会抄録をお読みくださる方は、賛助会員になっていただけますと「フレンズ」紙面版が送られますので、そちらでお読みできます。
どうぞ、この機会に是非賛助会員になっていただけますよう、お願い申し上げます。

賛助会員になる方法

新宿家族会へのお誘い 
 新宿家族会では毎月第2土曜日、12時半から新宿区立障害者福祉センターに集まって、お互いの情報交換や、外部からの情報交換を行い、2時からは勉強会で講師の先生をお招きして家族が精神障害の医学的知識や社会福祉制度を学び、患者さんの将来に向けて学習しています。
入会方法 

編集後記

  ついにアメリカに有色の大統領が生まれた。アメリカの凄さとはこういうことではないだろうか。そして、オバマ氏は就任演説の冒頭で相手政党である前大統領の貢献と協力、寛大さに感謝している、と挨拶している。

 日本ではどうか。現首相が自らの政党の中で元首相のやり方を批判すれば、元首相が現首相に上塗りの批判をする。そうした中で我々は障害者の明日を案じている。精神障害者に限らず、一般の人たちの間に首切りの話題が日々増加の一途をたどっており、ますます生活不安が募るばかりだ。

 そんな年明けの2009年1月、前田先生からSSTについて学んだ。
 「トレーニングというと、本人の意思ではなくて押し付けるイメージがあるかもしれませんが、自分が努力して励むという意味で使われます。」
 英語の言葉については、我々は勝手に解釈していたかも知れない。「自ら励む」という意味までは及ばず、言われるままに、あるいは教科書通りに、ただマネしていただけではなかったか。「トレーニング」は「自発的」「積極的」な行動を意味していたのである。

 そして、もう一つ、アメリカから来たリバーマンさんは「希望」を持つことの大切さを教えてくれた。これまで、精神障害者は治らない、一生病気から逃れられない、と決めつけられていた時代であった。しかし、これからは違う。精神障害者は「希望」を持って「積極的」に「自発的」な行動をもって、トレーニングを行い、社会の一員として、豊な人生を歩む時代になった。オバマ氏の言葉「Change, Yes We Can!」そう、やろう!