家族に伝えたいこと ~変わったこと変わらないこと~

7月 新宿区後援事業 新宿フレンズ講演会
講師 東洋大学ライフデザイン学部 教授 白石弘巳 先生

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【社会生活実現への道と私の関わり】
 この10数年、精神医療の世界では様々な変化がありました。1996年の6月にリスパダールが出て以後、様々な新規抗精神病薬が出ました。「精神保健法」(89年施行)に、福祉が入って「精神保健福祉法」(95年)になり、精神保健福祉士の国家資格化、様々な病棟の出現、社会的入院患者の退院促進、ケアマネジメント導入、医療観察法の施行、自立支援法による地域サービスの再編などもありました。
 新薬が出現し、精神保健福祉法が制度化された95年頃、私は15年目にして臨床から離れました。そして家族を対象にした交流会(年2回、15年継続)を行ったり、Village(ビレッジ、アメリカ・ロスアンゼルスの施設)を専門家、家族、当事者と一緒に何度か訪れました。また7年ほど、埼玉の病院で土曜日に、患者さんと一緒に買い物や食事などの行動を共にするボランティアもしていました。
 川崎の家族会では「窓の会」という訪問ボランティアを2000年から、また、当事者と食事した後話し合う「はんの会」のお世話を数年間しています。調子が良くなってきた当事者が孤立しがちなので、半年に一度でも近況を話し合うよい機会で、関東各地から10数人が集まります。
 Villageのサービスは、ケアマネジメントやACT(包括型地域生活支援)と同じような中身で、1人1人に応じたサービス、就労、住居、教育、社交、余暇などの生活支援を重視することです。一方、この頃はきちんとした精神科医療の提供がともすると軽んじられる傾向がある中で、Villageは薬をしっかり使わなければならないとしていました。

【社会的入院患者の退院促進】
 精神科病院は一度入ったらなかなか出られないなどといわれていましたが、平成14年に退院促進が初めて課題とされました。少し前から大阪府で社会的入院解消の研究が始まり、精神科社会的入院患者が7万2千人いることが分かって、国が退院促進を事業化し、精神保健福祉の改革ビジョンに盛り込まれ、モデル事業から都道府県の事業になり普及してきました。
 2003年、愛媛県の家族会と県内14病院のうち7病院の協力を得、患者さん103人に社会的入院の調査をしました。男性54人、女性39人、平均54.8歳、就労経験63人、ない方16人、家族のいない方は5人だけ。年金受給者は67人、開放病棟97人、任意入院92人です。
 家族の役割は、生活保護でない限り病院に支払いにきたり、面会に訪れたり、電話で話をしたりしていました。本人は外出できても、外泊は103人中1~2人。つまり、家族は病院にお任せで、面倒をみてもらい年金も貰っているので、病状としては退院できそうなのに、事実上、家には帰れずに入院を続けているのです。
 また、家族に「これまでに感じた困惑」について聞いたところ、妄想の対象になった、警察保護で措置入院になった、家族が本人をコントロールできなくて暴力を経験した、などが挙げられました。
 「家族のもとへの退院の可能性」について医療機関の認識は、退院可能性が高い2人、可能性がある18人、可能性が低い27人、可能性がない47人でした。
「退院困難な要因」と「家族の援助できる項目」の調査で、退院可能性が高い方は、退院困難な要因は少なく、家族の援助できる項目が多い。病院の見立ても同様で、病院のスタッフは様々な要因を見ながら、退院の判断をしているとわかりました。
「地域適応可能性」得点は、外国の調査では60点以下では退院が難しいとされています。この調査では60点以下の人は「退院困難な要因」では難しいのですが、「家族の援助可能な項目」では、60点以上も以下もあまり変わりません。退院先を考えると103人のうち20人が家族の元に帰れそうなことになります。
高齢者は適応性可能性の高い人も低い人も、老人開放施設への退院で13人。あとの方はアパートか社会復帰施設になりますが、60点以上の地域適応可能性があってアパートに住めそうなのは17人です。残りの4割(39人)は65歳未満で60点以下なので、グループホームや援護寮で暮らすことになります。
ということは、7万2千人の4割が入れる社会復帰施設を新たに作らなければ、退院促進は難しい状況です。退院促進事業は個別に退院できそうかどうか、どこで暮らせそうかを調査して、こつこつ退院実績を重ねています。

【退院促進事業の具体例と高齢化】
 「東京巣立ち会」(08.6月号フレンズ会報紙「精神障害者が働くこと、住まいのこと」田尾有樹子さん参照)で、退院促進ができた理由を分析した結果があります。コーディネーターによるケアマネジメント、訪問などアウトリーチ型(手を伸ばすこと。福祉分野では地域社会での援助活動、公共機関の現場出張サービスなど)の支援で、退院後の生活を具体的に支援するもので、退院先となる住居の確保、家族支援、退院後の支援者の開拓などができた場合に、退院に結びついたといわれています。
 7万2千人退院させると病床が7万2千減ると考えられていましたが、退院者が多くても新たに入院してくる方もいますので、いつまでたっても入院患者数は減りません。退院率や平均残存率という指標を入れて、もっと早い退院をしないと精神科病院の構図は変わらないと言われます。
【短命を防ぐ-身体疾患・服薬に注意】
 「“Life shortening disease”(寿命を短くする病気)としての統合失調症」、という論文があります。戦前のアメリカでは病院の裏庭には患者さんのお墓があるというくらい、そこで生活して死んでいくという状況がありました。アメリカでは1960年辺りを境に、55万人から10万人に入院患者が減っています。刑務所で初めて治療を受ける人やホームレスも多く、そういう人は総じて早死にです。
 しかし、この論文によると、ガンや生活習慣病になった時に、適切な治療ができないことが短命の理由です。アメリカでは、統合失調症とそうでない人で平均寿命が10年違い、60歳位が平均寿命だそうです。
 日本でも以前は精神科病院にあまり太った人はいませんでしたが、地域に出ていくと食事も自分の管理ですから、生活習慣病の増加が懸念されます。ある医者は、患者の半分は糖尿病だと言っています。
 私が17年ぶりに病院に戻った時、以前担当だった患者さんがどうなったかを調べたところ、240人中34名が亡くなっていました。亡くなった平均年齢は51歳、理由は心不全11人、窒息8、自殺3、衰弱2、脳出血2、不慮の事故2、不明2人です。死亡者の8割が心不全と窒息による急死です。嚥下反射が弱くなって喉に詰まらせたり、若い人に心不全が起きているので、薬の影響がないとは言い切れません。
 グループホームで急に倒れて亡くなったので解剖したら、急性肺梗塞(肺の大きな血管に血栓が詰まる)。最近はエコノミークラス症候群が話題になり、地震で車中生活をしている間に梗塞が起こったことも報告されますが、精神科病棟でも急性期の拘束中に肺梗塞が起きた、つまり運動できない状態で水分も取れず血栓ができると精神科領域で言われるようになりました。当時外国文献も含め探しましたがそういう報告はなく、あまり運動しないと血栓ができて、何かの拍子に肺に飛ぶことはあるかもしれません。
薬は副作用があるが、服薬しなければ安定するのは難しいのも事実で、医師は減薬する努力をしつつ体の病気に注意すべきでしょう。

【なぜ働けない?】
 「一見なんでもないように見えるけれど、なぜ働けないか?」は一番のポイントでしょう。精神科の病気の障害とは何かを考える中から、患者支援のヒントも出てきます。
○いつもと違うことをする時に、過大な反応が起きる。安定しているように見える患者に転院・退院を促したことがありました。もう10年以上同じ病院で自分のペースで生活を続けていて全く問題を起こすことはなかったのですが、転院の話の後、他の患者に「あの人は私の邪魔をする」とお茶碗の湯をかけました。結局、慣れた環境では症状が出ないのですが、違う状況になるかもしれないと不安になった時に過大な反応、幻覚妄想の再発が起こったのです。治ったように見えても、それは今の環境の中で安定しているのだ、と考えなければいけません。
○負荷が強いと一時的に病的な行動をとる。上記と同様です。
○不安に対する耐性が低下している。いつもと違うことに対して、何度も確認したりします。
○生活の枠、援助者のあり方に左右される。例えばデイケアに順調に通えているので、もう大丈夫と卒業になると、そのうちバイト探しでもと言ううちに、気付けば朝起きられなくなっている。つまりある枠の中では元気にふるまえても、その枠を取って新しい枠を作らねばならないところを、踏み出せずにいると良くない状況が出てくるのです。
○計画の空回りや先送り。何とかしないと、と思いながら一歩が出ないのです。
これらが安定している患者さんの状況と理解してください。いま体調が良い人も、どういう状況で良い状態を保っているかをいつも考える必要があります。
【就労が継続しないのは?】
 入院時、退院時、通院時の患者さんと一般成人の内田クレペリン検査(一桁の数字同士を足していき、その作業量の変化をみる検査)の結果を比較しました。一般成人と比べると、状態の良い患者でも4分の3の作業量しかありません。よくなった方の平均値が一般成人の7割5分です。驚くべきことに入院時と退院時ではほとんど違いがありません。
 この結果から、少し強引ですが、「もとの半分しかできなくなっているからあまり無理しないで」と伝えています。健康な人は100できるところを、ゆっくりやって7割5分できると見れば、75%の賃金で雇ってもらえばいいですし、スピードが75%とみれば人より時間をかければ同じ仕事ができると考えられます。
 しかし、現実に就労者が少ないのは、この7割5分の仕事を一定に続けられないからです。まじめな人が多いので、ある程度まで仕事を頑張って、職場でも「ぜひ続けてもらいたい」と言われたりする。ところが数カ月たつと休んだり、行きたくないと言い始める。1か月は働けても、半年1年の継続が難しい。ですから、初めから3カ月と決めてやるのであれば、能力を発揮できる状況を整えることはできるでしょう。

【回復期の方への上手な介入】
 落ち着いているけれども、今以上のことはできないという意味での安定を持っていて、不安や疲れやすさがあって、生活も今のままでいいと思っている。しかし環境が変われば、この落ち着きは変動する可能性があります。
 安定から不安定になるのを防ぐためには、薬物療法も必要ですが、活動の継続が必要です。生活の安定と病状の安定は対になっていて、片方が崩れるともう一方も崩れてきます。きちんとした生活習慣を作り、今できることを続けることが必要で、それはそんなに負担ではありません。人間関係などで傷つかないようにうまく支援していけばできることです。
 もっと先に行くには、自立支援法の中にもある「移行」です。継続はできても移行にはエネルギーが必要ですから、今の安定から次の新しいことをやるところまで持っていくには、一人の努力ではなくて周りの支援が多くの場合必要です。服薬で再発予防をしながら生活習慣を整え、活動を継続して、周りの支援を受けて移行の準備をする、これが理想です。

【回復に向けて基本となる考え方】
 第一に、今以上にすぐには回復しないというのが基本です。二番目に、ちゃんとした生活をして悪くしなければ必ず良くなるということです。特別な療養スタイルがあるわけではなくて、できるだけ当たり前の日常生活に近づけることが、結果的にストレスに耐える力を作ります。
 そうしているうちに必ずどこかで何かがあるわけで、それをきっかけによくなることはあります。うつ病の慢性患者の中に、何かをきっかけに自信を持ってグングンよくなる方がいます。薬を飲んでじっとしているだけでは自信はつきません。
 統合失調症の場合は、ちょっとしたきっかけで見違えるように良くなるケースはあまりありませんが、人に言われてではなくて、人に言われないで一歩出た経験があると、ゆっくりでも回復することがよく見られます。コンビニでCDを買って、コンサートチケットが当たったので行ったら最後まで楽しめて、以来新しいことができるようになったケースがあります。
 これから先の自分の方向を決めてくれるような契機は色々あるのでそれを見逃さず、家族の一員としていてくれる、あなたなりに一歩一歩頑張っている、と労をねぎらうことが必要ではないかと思います。「今のままでは駄目だから何かしなくては」と思うのは当然ですが、精神的に落ち着くためには「このままで大丈夫」と思えないといけません。今できることをやっているということを自他ともに示していくことが大切です。様々なきっかけや、勇気が出ることでだんだん回復してくると思います。簡単な方法はないけれどゆっくりいくのが確実な方法でしょう。

平成17年4月からの新宿家族会ホームページ「勉強会」の表示形式について

 新宿家族会では4月から「勉強会」ホームページの表示について、概略掲載とすることになりました。そして、「フレンズ」(新宿家族会会報紙)ではいままで同様、あるいはより内容を充実させて発行することにしました。これまで同様に勉強会抄録をお読みくださる方は、賛助会員になっていただけますと「フレンズ」紙面版が送られますので、そちらでお読みできます。
どうぞ、この機会に是非賛助会員になっていただけますよう、お願い申し上げます。

賛助会員になる方法    

新宿家族会へのお誘い 
 新宿家族会では毎月第2土曜日、12時半から新宿区立障害者福祉センターに集まって、お互いの情報交換や、外部からの情報交換を行い、2時からは勉強会で講師の先生をお招きして家族が精神障害の医学的知識や社会福祉制度を学び、患者さんの将来に向けて学習しています。
入会方法 

編集後記

盛夏と言えどもなんだかはっきりしない天候が続く。これも日本の世の姿を映しているのか。麻生首相が「解散!」と叫んでも、何かいま一つ世の反応が聞こえない。

 そんなうつろにして、半眼状態の中で、エッ!という話で目を見開いた。白石先生から「寿命を短くする病気としての統合失調症」という論文があるという話である。

 6月の講演でもクロザピンの副作用として白血球の減少から死を招く話を仁王先生から伺ったばかりだ。

 白石先生のお話では糖尿病、心不全、窒息、自殺、衰弱、脳溢血といった病名が上がっていた。たしかに一般が飲んだらフラフラになってしまうような抗精神病薬を1日3回も飲んでいれば、何らかの副次的な病気が生まれても不思議ではない。

 だからと言って飲まないわけにはいかないのが抗精神病薬である。お話の中で、「だから精神科医は減薬に努力すべきである」と述べている。いくら精神の病が回復しても、短命で終わっては良い医療とはいえない。我々の立場からは只只先生方のご努力に期待するしかない。

 8月は新宿フレンズの総会の月でもある。これも少々時季外れだが、別に株主がいるわけでもなく、任意団体の任意な総会として、むしろ参加者との討論会とでもいえるものにできればと思っている。

 年々会員数が増えているが、残念のは地元新宿区の会員が増えないことだ。だが、何か変化が感じられるこの一年である。今年度は他区の会員とともに区内の家族と当事者との接点を探して実のある一年にしたい。 嵜