デイケア教室から始まる就労支援の取り組み

新宿区後援・1月新宿フレンズ講演会
講師 根岸病院 デイケア室看護師 就労支援係 田真砂子さん(看護師・第一号職場適応援助者)

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【根岸病院デイケア室について】

 東京都の府中市の精神科病院、根岸病院の中にあるデイケア室は、精神科外来通院中の方がリハビリテーションをする場所です。私は精神科病棟の勤務からデイケア配属になり、4年前から就労支援をしています。

 定員は50名で、登録者は120名。1日平均35~45名が通所しています。利用の仕方は、毎日、ある曜日だけ、仕事が休みのとき、外来通院時など様々です。男女比は2:1で、7割が統合失調症、平均年齢は40代後半ですが、一番多いのは30代男性つまり働き盛り層が多いのです。

 スタッフは6名。看護師が2名・作業療法士2名・精神保健福祉士・臨床心理技術者各1名で、看護師の私が就労支援専門です。

 居場所:デイケアには、のんびり過したり、仲間と集ったりする居場所の役割があります。

 集団活動:創作活動、スポーツ、音楽、病気や生活のことを学び話し合う心理教育、WRAP(Wellness Recovery Action Plan:元気回復行動プラン)、SST(Social Skills Training:生活技能訓練)などを行ってリハビリをします。

 個別支援:一人ひとりの気持ち、やりたいことに合わせて、生活や仕事を応援します。就労支援はこの個別支援の一部になります。デイケアに来ている方は、仕事から離れて何年もブランクがある人、10代で発症して働いた経験がなく就労に自信がない人も多くいらっしゃいます。

 大事にしているのは、その人のリカバリーです。伊藤順一郎先生の言葉を紹介します。

 「『病気の再発を5年間は防げたけれども、その間、仕事も結婚もできなかった。僕としては苦しいんだ』という思いに当事者がなっていたとしたら、果たしてそういう方向で援助が進んでいて良いのかということを検討すべきです。

 症状の有無、コントロールも大事だけれど、目的は、自分たちの人生に希望を取り戻しているか、生活を維持する生き甲斐や動機、自分が周囲に貢献していると認識できるか、生きていてよかった!という意義を見出しているかです。

 こういう視点で、その人の言葉に耳を傾け、これらの問いに対してyes!と答えるためには何が必要かと考えるのが、リカバリーの概念です。時にはリスクを冒すチャレンジも必要、それに対して可能な限りサポートをして、うまく乗り越える体験をする」この考え方を基本にした就労支援は、デイケアで必要不可欠だと思います。

【働く意味】

 人にとって「働く」ことは、どういう意味があるのでしょうか。生活のため、人の役に立ちたい、好きなものを買いたい、自分の力を試したい、大人になったら当たり前、健康のため、家族のため、プライドを守るため…働くにはいろんな理由があり、多くはそれが混ざっています。それは精神疾患を持っている方も同じです。

 「あなたは働けない気持ちが分かりますか?」と問われたことがあります。仕事がなかったり、働けない状況になると、生活リズムが崩れ、交友関係が狭まり、肩身が狭く感じて家族とぶつかったり、おしゃれをしなくなり、空腹すら感じなくなり、旅行や買い物を制限され、体力も落ちます。収入が得られないだけでなく、自らを生かすところがなく、生きがいを得られないのは本当に苦痛で、自らの価値を低く感じてしまうのです。

 デイケアでは、働きたいという声はとてもあったのです。でも、2005年当時、精神障害者の仕事への支援は、殆どが施設でのトレーニングだけでした。作業所などで仕事がしたいと相談しても、生活リズムは整っているか、障害は受容しているか、最低週何日、1日何時間以上のトレーニングに耐えられるか、一般就労したいなら掃除のトレーニングから始める、みたいな感じです。

【IPS就労支援の方法と特徴】

1)どんなに重い障害を抱えていても、本人に働きたい意欲・意思があれば就労は実現可能である

2)チャレンジから学ぶ権利を尊重する

3)長続きしなかった就労経験もポジティブにとらえる

4)就労支援専門家の役割は、利用者の取り組みを支援することであって、利用者が働くべきであるか否か、あるいは働くことができるか否か、と決めることではない。利用者は受け身的にサービスを利用するのではなく、意思決定の中心となる存在である

 ある研究では、診断名や薬物の使用、症状、年齢、入院歴、教育、性別などは「働く」ことにそれほど影響しない。就労に一番関係するのは、働きたいというモチベーション(意欲)だそうです。まず、本人がやりたい仕事・望む働き方を個別に徹底的に応援しよう。精神疾患があると医療や薬との付き合いが長い。それなら病院のスタッフが就労支援するのは効率がいいと、一念発起して2007年から就労支援を始めました。

【就労支援の実際の流れ】

 「ガツガツ個別就労支援」なんて言っているのですが、私のやることは職場開拓から継続や転職・退職支援までなんでもやります。「働きたい」という声が出たら、どうして働きたいと思ったのか、気持ちやその人の強み・興味を聞き、お互いに知り合います。次に自分の望む職業生活まで、どう向かうかと計画を立てます。およその筋道が見えてきたら、本人と一緒に仕事探しを始めます。本人のニーズが変わることも多いのですが、その都度、変更しながら、仕事を探します。

 私は営業マンのように「こういった方がいらっしゃるんですが、御社で雇用の可能性はいかがでしょう」と企業に聞いて廻ったり、電話したり、お店に飛び込んで聞いたり。家族へ説明もし、医師が「仕事は無理」という場合は、「こういうサポートをつけて、この職場で働くんです」と、なるべく具体的に説明します。
す。

【仕事への気持ちを温める】

 根岸病院のデイケアに120人くらい登録している中で、就労支援利用者・希望者は20名弱くらいです。他の方は「仕事をしてみたいけど無理だよな、でも…」と逡巡しておられる方も多いようです。そのため働きたい気持ちを温めることを大切にしようと、次のようなことをしています。

・プログラムや雑談でみんなと語る

・企業見学に行ってみる

・就労支援機関を知る

・働いている人の体験を聞く

・企業の人と話す

・仕事を見る意識で街を歩いてみる

 このようにデイケアのプログラムに「働く」ことに関して語る場を積極的に作り、頭の中の不安に押しつぶされないように、具体的なイメージを持ち、可能性を感じられるように工夫しています。

もうひとつ気持ちを温めるには、「働く事や仕事を少しでも意識できる」ことも大事と思っています。

 デイケア登録時には「あなたにとってデイケアが必要なくなるのはどうなった時ですか」と伺います。デイケアに馴染んだ頃、元気になった頃に「そろそろ就労を考えて見ませんか?」と聞きます。もちろん働くことが人生の全てではないので「イヤです」だったら無理に進める事はありません。でも「働きたいと思うんだったら、あきらめないでほしいな」「今は病状や生活に圧倒されそうでも、働くという選択肢があるんだよ」と常に、どんな方にも伝え続けようと努力しています。

【自分の関心事、得意なことから】

 ある女性は「仕事はもういいのよ、こんな年だし。でも若い人は頑張ってね」とおっしゃりつつも、就労関係のプログラムや、イベントには参加率が高い方でした。市内に就労移行支援事業所ができ、見学に行って思い切って通所を開始しましたが、パソコンになかなか馴染むことができませんでした。そこで「自分に合う仕事は?」と、個別支援を申し込まれたのです。

 まず「あなたのことを教えて下さい」と、苦手なことよりも生かせるところ、得意なこと、希望職種などを聞き、関心のある仕事で求人を検索して応募し、スムーズにアルバイトが決まったのです。働くという気持ちが芽生えてくるには、いろんな情報に触れ、仲間と語っていくなど、じわじわと希望を育てる長い時間がかかる場合もあるのだなと改めて感じました。

【仕事を探す】

 職探しにはあらゆる手段を使います。ハローワーク、新聞の折り込み、街の張り紙、インターネット、使えるコネは何でも使います。働きたいと思っている事業所に求人が出ていなくても、直接問い合わせて可能性を追求します。

 就職面接は「仕事選びの一工程」。「勝負の場」ではなく、この職場でいきいき働けそうか、雰囲気や環境は自分にあっているか。求人票と面接で聞く実際の条件が違うこともしばしばあるので、そういう点をきちんと見て来るように話します。

【働き続けるコツ】

 働きたい意思:職場で働き続けるための鍵とは、本人が「働くことは自分の生活や人生にとって意味がある」と思い、継続する意思があることと、周りも一緒に働きたいと感じていることです。ただ、1ヵ所で働くことが全てではなくて、いろんなところで多くの経験をすることも、自分のライフサイクルに合わせて働き方を変えていくことも、その方のペースで生活を継続していただけたらいいなと思っています。

 人とつながる:「働く」ことを語り合える機会があると、働き続け易くなると感じます。働いている人のサポートグループが都内にあるので、活用できると良いでしょう。

 支援できること: 職務の調整、事業主や同僚とのやり取り、医療との連携、心理的サポート、「明日休みたいんだけど自分で言えない」といったときに、ちょっと橋渡しすることもあります

職場への働きかけ:職場の人は精神障害を知らないことが多いので、知識と併せてその人の持ち味を伝えると、一気にハードルが下がることがよくあります。また、「社内のメンタルヘルスに関して、いつでも相談してください」と企業に伝え続け、一緒に考え続けられるようにという姿勢でいることを大事にしています。

生活支援の側面からのアプローチ:プライベートが仕事面に影響することもよくあります。家族、友達、恋人、お金のこと…生活の側面では、家族への情報提供やサポートが大事で、家族の「安心して職場に行ってらっしゃい」のひと言が本人の力になることもしばしばあます。

気持ちの応援、心理的サポート:なぜかやる気が出ない、明日行く気がしない、自分はこう思われているんじゃないか…などは誰にでも起きる気持ちですが、励ましの声掛けと共に、「なぜそう思うの?」「どう乗り越えたい?」などと聞いて、現状の整理や対策の検討も必要です。「上司の方が褒めていましたよ」などのポジティブな情報を伝えると元気も出ます。

どんな出来事も大切な経験:壁にぶつかったときに「何を感じたのか?」「その中でも大切にしたいことは何?」などを整理して一緒に考えながら、どんな出来事もどんな経験も大切、それを生かして次に進めるようにという気持ちで応援します。

皆で話し合う:本人は本人のプロ、職場の人はその職場のプロ、それに医療や職業リハビリで関わるスタッフ、それぞれに経験があって重要な情報を持っています。企業から「ちょっと困っています」という話や、本人から「上司や同僚からこう言われているような気がする」と話が出た時は、三者が同じテーブルで話し合うようにしています。

失敗も大事に生かしたい:経験は宝ですが、やはり失敗に出会うと動揺します。失敗を否認しない、悲しい、残念さを感じることを否定しないで大切にするのがポイントと思っています。「がんばったよね」だけではなく、「くやしいよね」「辛かったよね」という気持ちも大事にし、共感したいと思っています。


【働くための自らの工夫】

 デイケアのプログラムの中で利用者さんに「働くための工夫」を聞いたところ、「身だしなみをきちんとする」「組織という大きな歯車を動かす原動力の一部である事を自覚して働く」「お客様目線で仕事をする」等々、実行されている方がいました。チームワークやコミュニケーションに関しては、「出しゃばらず、引かず、出し過ぎず」「話は、相手が求めてきたら楽しむ」「差し支えのない程度で」「絶対に感情的にならない」「素直な気持ちで人に接する」「かわいい!とか素敵!とか言葉にして伝える」。また、「悪いことは絶対にしない」「体調を崩さないように無理をしない」「なるべく作業は効率化してラクにすることで、働き続けることができるように」ということでした。

【その人らしい人生を】

 その人がその人らしい納得のいく人生を送れるように、「病気や生きづらさという困難を抱えながらも、自分の望む生活ができるようになる」あるいは「そのための努力ができるようになる」こと、「働く」ことを通して、人生がより豊かになるように、自分が望む場所に住み、楽しんで人と交流して、自分の望む生活・生き方をしていくことを応援したいなあと思っています。

 精神障害を持っている人の「働く」ことの取り組みから、より素晴らしい働き方が生まれる予感がしています。日本の「働く」って、今、けっこう悲惨な状況にあると思うのです。いろいろな個性を持った人たちが「自分らしく働く」を積み重ねていくことで、私たちの周りの「働き方」を取り巻く事情が少しずつ変わっていくのではないかという予感がしています。

デイケアの皆さんと話していると、働き始めることは、とても勇気がいると感じます。同じ時代を生きる仲間として、「働く」ことと、それを取り巻く様々な出来事を一緒に味わい、共に苦労していきたいと願っています。
                                     ~了~

平成17年4月からの新宿家族会ホームページ「勉強会」の表示形式について

 新宿家族会では4月から「勉強会」ホームページの表示について、概略掲載とすることになりました。そして、「フレンズ」(新宿家族会会報紙)ではいままで同様、あるいはより内容を充実させて発行することにしました。これまで同様に勉強会抄録をお読みくださる方は、賛助会員になっていただけますと「フレンズ」紙面版が送られますので、そちらでお読みできます。
どうぞ、この機会に是非賛助会員になっていただけますよう、お願い申し上げます。

賛助会員になる方法    

新宿家族会へのお誘い 
 新宿家族会では毎月第2土曜日、12時半から新宿区立障害者福祉センターに集まって、お互いの情報交換や、外部からの情報交換を行い、2時からは勉強会で講師の先生をお招きして家族が精神障害の医学的知識や社会福祉制度を学び、患者さんの将来に向けて学習しています。
入会方法 

編集後記

 「雪の便り」ならぬ、ことしは「豪雪の便り」となった。伝わってくるニュースは雪国のお年寄りを窮地に陥れている。家から出られなくなっているのだ。何でもホドホドがいいと言われるが、天候ばかりはそうは行かないのか。

 さて、今月は池田真砂子さんから貴重なというか、心暖まるお話をお聞きした。全編に流れている基本概念は、障害者に対する人間としての想いである。

 中でも最後のクダリでは、「自分の望む生活ができるようになる」あるいは「そのための努力ができるようになる」こと、「働く」ことを通して、人生がより豊かになるように、自分が望む場所に住み、楽しんで人と交流して、自分の望む生活・生き方をしていくことを応援したいなあと思っています。」と言っている。

 そう、親として我が子が働くことを通して社会とかかわり、生まれてきて良かったと思えるような生活、生き方ができたなら、これぞまさに家族会の真骨頂ではないだろうか。

 そして、池田さんは「精神障害を持っている人の「働く」ことの取り組みから、より素晴らしい働き方が生まれる予感がしています」とも述べている。「予感」、これも私が気に入っている表現だ。そこに無限に近い可能性が感じられ、夢があるのだ。予感を感じる時、それは必ずと言ってほど実現する。精神障害の話題の中で感じる「予感」。きっと夢のある生活があるような気がする。私たちも予感が感じられるような生活をしたいものである。

  私はこの編集に当たって、ゲラを息子に読ませた。彼は食い入るように読んだ挙句、「これ貰っていい?」と、言って自分の部屋に消えた。何かを感じとってくれたのだろうか。