統合失調症の基礎知識

新宿区後援・12月新宿フレンズ講演会
講師 大泉病院 精神科医 山澤涼子先生

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 新宿フレンズは東邦大学の水野雅文教授にこの15年、顧問医をしていただいていましたがご多忙とのことで、慶應大学病院時代のお仲間である、大泉病院の山澤先生を推薦されてご快諾いただき、皆様もお馴染みの先生ですが顧問就任後では初のご講演となります。

山澤:よろしくお願い致します。今日は精神科医の仕事の紹介も含めて、基本に立ち返ってお話しいたします。

【精神科が診ている病気とは】

 病院に行くと、たくさんの科があります。眼科は目を診る、消化器内科は口からお尻まで食物が通る道である消化器を診て薬で治す。循環器内科は心臓や血管の病気を薬で治しています。心臓外科はそのまま心臓を診る科で、主に手術で治します。

 脳を扱う科は3つあり、脳外科は脳腫瘍や脳出血などの脳の病気を手術で治療する科です。神経内科は脳や脊髄や神経等に異常がある神経の病気を薬で治します。

 そして精神科は脳の働き方に何らかの不具合が生じた場合を診ます。その不具合は一般の病院のMRIやCTでは見えませんし、最近のSPECT(単一光子放射型コンピュータ断層撮影)やPET(陽電子放出断層撮影法)などでも映りません。

 精神科の診ている精神は、体の中の一体どこなのか。考えたり、嬉しくなったり、意欲を出したり、怒ったり…、よく私たちは「心が…」と胸を押さえたりしますね。実は心は胸にはなくて、精神活動を司るのは脳で、精神科は脳を診ているのです。

 脳は数千億個の細胞が固まったもので、その1つの神経細胞から次の細胞に枝分かれして行く隙間をシナプスといいます。神経細胞と神経細胞の間に電気信号が通ってしまうと、行ってほしくない方向にも伝わってしまうので、枝分かれの部分、シナプスは絶縁体になっています。この絶縁体の部分に化学物質が必要に応じて出ることによって、適切な刺激が伝わって行くようにできています。

【ストレスと病気】

 精神科に限らず、すべての病気は素因+環境要因の2つの足し算で起こります。

素因:生物学的脆弱性。簡単に言えば体質、もって生まれたその人の病気のなりやすさです。例えば親が糖尿病の場合、そうでない方に比べると若干なりやすい素因を持っていますし、血圧が高くなりやすい家系とか、皆さんも1つくらいは素因を持っていると思います。

環境要因(ストレス):例えばストレスがかかると胃が痛くなる人がいます。ストレスに対して胃が脆い、ナイーヴという体質を持っている人に限界を超えるストレスがかかれば胃の中で胃酸が出過ぎて、胃酸で胃壁を荒らして胃がキリキリ痛みます。ストレスで胃の痛む人が胃潰瘍になるメカニズムです。

 この精神病の発症を説明するモデルを「ストレス脆弱性モデル」といいます。どんな人にもストレスに耐えられる限界値があります。限界値は人によって高低がありますが、これも素因・素質のようなもので、大事なことは、自分の限界値を知っておくことです。

上司は高圧的、仕事は多い、家に帰れば夫は家事を手伝わない…とストレスが日々蓄積して限界を超えてしまうこともあります。ライフ・イベントといって、病気や事故、ペットの死、大災害に襲われたなど、予想しないストレスが突然かかり、限界を超えてしまうこともあります。そのときに、身体の中で一番ナイーヴな場所に影響が出て発症する、というのが脆弱性ストレスモデルです。

 統合失調症、うつ病、躁うつ病、いずれも精神疾患とは、過剰なストレスがかかることによって脳のシナプスでの化学物質のやり取りのバランスが崩れた状態といえます。これを診ているのが精神科です。

【精神科の治療とは】

 では、どんな治療になるかですが、比較的単純な話で薬とストレス対策の2つです。

 ストレスがかかって胃が痛むなら、胃酸が出過ぎているから胃酸を押さえましょう、胃酸を抑えるためには制酸薬を飲む。1つはそれと同じで、脳の中でドーパミンが過剰に分泌されているなら、それを抑える薬を使います。つまりドーパミンを正常化するための抗精神病薬を使う。

 そしてもう1つはストレスが限界を超えているのが原因ですから、ストレスを減らす。とくに病気が重いときは休んで刺激を減らす。この2つが治療となります。

 精神科は、どこかが痛いこともなく、カメラで胃壁の異常が見えるといったようには見えません。それで、「ストレスが原因なら、薬なんかに頼らず、カウンセリングでストレスを減らさないと、根本的治療にならないのでは」という方が多いのです。

 薬物治療でアドレナリンを出し、セロトニンを出して、薬で脳の中のバランスが整って、脳が働いて初めてカウンセリングを受けられる状態になるのです。むしろ脳が疲れているときにカウンセリングを導入するのはストレスをかけることになるので、この順番を間違えてはいけません。

 ドーパミンが過剰に出てしまうことによって、刺激が過剰に伝わり過ぎているのが統合失調症の病態です。ですから出過ぎているドーパミンを減らせればいいのですが、今の科学では難しい。そこで受容体、受け皿に蓋をすれば刺激が先には行かないわけで、その方法でドーパミン量を調整しているのが今のリスパダール、ジプレキサ、エビリファイ、ロナセン、シクレストなどの抗精神病薬です。

【症状について】
 
幻聴、妄想、思考がまとまらない、興奮しやすいなど、元々なかったものが現れるものを陽性症状といいます。それに対して、元々あった意欲が出なくなった、人との付き合いが難しくなった、自分に閉じこもりがちになったといった症状を陰性症状といいます。

 陽性症状はドーパミンが過剰に出て起きている症状で、薬の効果が出やすいのですが、陰性症状については、劇的に改善する薬はありません。心理社会的治療といって、少しずつ意欲が出てくるようなプログラムに取り組む、そういったリハビリテーションは効果があります。

 また、統合失調症でも一時的にうつっぽくなるなどの気分の症状も出ます。以前は統合失調症には抗うつ薬は処方してはいけない、症状を悪くするとされていましたが、今は必要であれば少量を使います。

最近注目されているのは認知機能障害です。認知機能障害は個人差が非常にあります。発症前より仕事が上手くできない、物忘れがひどい、注意散漫になった、物事を計画立てるのが苦手になった、これらが認知機能障害といわれるものです。

【認知機能とは】
 認知機能障害は、一般的に多いのは注意や記憶、特に言葉の記憶が苦手になります。今いる地点からみたゴールに対し、今何をして次に何をするか、失敗したらこの道を選ぶというふうに計画を立て、試行錯誤して選択・実行するといった遂行機能や、後は社会的認知、つまり人の表情や周辺の情報を読み取ることなどが苦手になる人もいます。流暢性といって、いろんな考えを沢山思い浮かべ、情報を適切に素早く数多く処理するなども苦手になるとされています。

 これらの対処には、1つは矯正法といい、認知機能そのものを良くしようというもので、コンピューターを使ったいろんなゲームソフトができていて大学病院などで行われています。東邦大学病院のデイケア「イルボスコ」でも、認知機能リハビリは重要視してトレーニングをしています。わが大泉病院はそんなにたくさんのコンピューターがないので、OT(作業療法)のスタッフが作業を分析して、紙と鉛筆でできる課題を作ってやっています。

 もう1つは、日常生活の工夫です。私たちは特に認知機能障害があると診断されていなくても、得意なことと苦手なことがありますね。人の顔は忘れないが数字には弱いとか、注意力は続くが記憶力は悪いとか、そういう時、皆さんそれぞれ苦手なところを意識して工夫をしていると思います。

【発症から快復への経過】

前兆期:統合失調症に限らず、どんな病気でも例えば風邪でも同じような経過を辿りますが、初めに前兆期があります。これは悪くなってから顧みて「あれが前兆だったか」と分かるわけですが、だんだんストレスがたまってきて限界に近づいているから何らかの症状が出るわけです。

 前兆期に出てくる症状は、いかにも統合失調症を想起させる聴覚過敏や違和感もありますが、ストレス・サインでもあるわけで、それに気づくことがとても大切です。皆さんも「自分はストレスがたまると〇〇になる」ということがあると思います。むやみに食べたり、いくらでも眠ったり、逆に食べられず、眠れなくなる人もいるでしょう。

急性期:しかし、そこで気づかずストレスが限界を超えてしまうと、陽性症状がバッと出て急性期になってしまいます。この段階になると薬が最優先、入院になる場合もあり、とにかく急性期は薬をきちんと飲んで休むことが大事です。

消耗期・休息期:急性期が収まると、その後に消耗期もしくは休息期と呼ぶ時期があります。心理教育では「高熱の後の病み上がりですよ」と説明します。どんな病気でもそうですが、まさに無理をするとぶり返す時期です。

 なぜぶり返しやすいかというと、急性期に想像以上のエネルギーを消耗しているので、エネルギーが枯渇していることと、ストレスには限界値がありますが、体調が悪いときはその値が下がる。つまり消耗期は限界値が普段よりも下がったままの時期ですので、普段と同じことをすると簡単に限界を超えてしまいます。

【再発の原因】
ストレス:統合失調症は、ストレスが限界を超えたことで脳内のドーパミンが出過ぎて起こっているので、治療は薬でドーパミンをコントロールすることと、ストレスを減らすことです。ということは、ストレスがかかり過ぎると再発の原因になることが容易に想像できます。その意味で、ストレス・サインに気付くことは非常に大事です。

体調:また風邪を引いたり、胃が痛くなったり、便秘がひどくなるなど体の変化で精神的な具合が悪くなる人は結構います。体の影響は高齢者に多くて、便秘が解消されたら精神状態がスッと良くなることもあります。

薬物乱用:脳への有害な刺激、脳に影響を及ぼす大麻などの物質の摂取も再発の原因になります。1950年代に、統合失調症にドーパミンが関わっていることが分かった理由の1つに、覚醒剤を使っている人は統合失調症のような幻聴・幻覚・妄想が出るので、覚醒剤は脳の中で何をしているかを調べたら、シナプスでのドーパミンを増やしていたと分かったのです。つまり覚醒剤を使うことは、人工的に統合失調症を発症させているようなものです。

アルコール:お酒も脳内の化学物質のバランスを乱すことで怒ったり泣いたりするわけです。本当は、飲酒は絶対ダメと言いたいのですが、すると隠れて飲む方も多いので、きちんと報告してもらい、適切な飲み方の指導をします。アルコールや過度のカフェインは再発の理由になり得るものです。

怠薬・断薬:再発の原因として最も多いのは、服薬を止めてしまうことです。私は花粉症ですが、1日も休まずに薬を飲み続けることは本当に大変だと実感しています。睡眠薬は飲まないとすぐに寝られないので効果が分かりますが、ドーパミンを抑える薬は1、2回飲み忘れても何も起きません。1ヵ月飲まなくて初めて再発もあるということになるので、飲み続けるモチベーションを上げるのが難しいのです。いつも「どんな不平不満を言ってもいいから、決めた薬は必ず飲んでね、正直に話してね」と言っています。

【家族も自分をいたわって】
 本人には薬をきちんと飲んでもらい、支援者つまり家族に対しては、家族自身のストレス・マネジメントをすると、ぐっと再発率は下がります。

 多くの家族は、「少々無理をしても要求には応えてあげなければ」と思ってしまいます。例えば入院中、「明日も来てね」と言われる。そのとき「明日は休みたい」と言えないで、「来られるか分からないけど考えておくよ」とか「来るよ」とつい言ってしまう。そして来られないのが患者さんには辛いことなのです。曖昧な返事をして結局はできないのは良くない。はっきりと「明日は来られないけど週末には来るからね」とできないことはできないと伝えたほうが患者さんのストレスも少ない。曖昧が苦手な患者さんは多いです。

 また、無理をしていると家族がつらくなってしまう。家族のストレスは直接、本人の再発に影響するのです。むしろ家族が本人と対面している時間が短いと再発しづらい。本人と家族の物理的な距離はきわめて大事なのです。

 もし、本人を批判したり責めたりすることが多いなと思うときは、「私はダメな家族だ」と自分を責めずに、「あら、私、疲れているんだわ」と思って、休んだり気分転換をしてください。どうしても家族は患者中心の考え方になるので、自分を責めてしまいますが、むしろ家族もストレス・マネジメントが必要です。家族のストレスが減ると、本人にも良い結果となるので、ご家族は「自分にやさしく」を今日は持って帰っていただきたいと思います。
                                              ~了~

平成17年4月からの新宿家族会ホームページ「勉強会」の表示形式について

 新宿家族会では4月から「勉強会」ホームページの表示について、概略掲載とすることになりました。そして、「フレンズ」(新宿家族会会報紙)ではいままで同様、あるいはより内容を充実させて発行することにしました。これまで同様に勉強会抄録をお読みくださる方は、賛助会員になっていただけますと「フレンズ」紙面版が送られますので、そちらでお読みできます。
どうぞ、この機会に是非賛助会員になっていただけますよう、お願い申し上げます。

賛助会員になる方法    

新宿家族会へのお誘い 
 新宿家族会では毎月第2土曜日、12時半から新宿区立障害者福祉センターに集まって、お互いの情報交換や、外部からの情報交換を行い、2時からは勉強会で講師の先生をお招きして家族が精神障害の医学的知識や社会福祉制度を学び、患者さんの将来に向けて学習しています。
入会方法 

編集後記

  新しい年が明け、心機一転、再スタートの時である。皆さん、初詣はどんなことをお願いしただろうか。当方は久しぶりに朝寝ができたことが最高に幸せだった。

 さて、昨年十二月には山澤先生が当会の顧問医的役割を担っていただいて、最初の講演会であった。タイトルも最初にふさわしく「統合失調症の基礎知識」。聞いていて、二十年以上統合失調症の息子との関わりから学んで来た精神医療の話だが、まだまだ学ぶことが多いと気づかされた。また、親である我々も同病相哀れむ状態にあるのが認知機能である。

 人の名前と顔が一致しない。先日、一度会った人に対して、○○さんいらっしゃいますか?と尋ねたら「私です」と答えられ、赤面したことがある。健常と思っている私でもそんな状態だから、息子たちの苦労は如何ばかりか。

 そして、先生は親に対して無理をして本人のケアをしていると再発率が高まるという。確かにその説明には頷けるものがある。また息子の話で申し訳ないが、私と息子が離れて生活するようになってから四年?五年?経っているが、息子の病状が落ち着き、働こうという意思が出てきている。

 まず、私は親と本人とは別居が一番だと言いたい。先生は親と本人の接触の時間が短いほど再発率は低くなるという。そして、家族がもっともっとリラックスして、もし本人の病状が悪化したり再発しても自らを責めずに、「私は疲れているんだわ」と言って気分転換を図るいうことだ。私が二十年かかってこの気分転換の意味が分かって来た。山澤先生の統合失調症の基礎がこの歳になって理解するなんて恥ずかしい話だが、毎日が学習だと今年も頑張ろう。