妄想・幻覚(幻聴)の理解と対処

新宿区後援・2月新宿フレンズ講演会
講師 精神科医・大泉病院社会医療部長 山澤涼子先生

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【幻覚・妄想とは】
 「幻覚」とは、「対象なき知覚」のことです。例えば、ふつう私たちは声を聞いてそれを知覚するわけですが、その対象つまり声がしないのに聞こえてしまう。本当はないのに見える、本当はないのに臭いがする、というものを幻覚と言います。
 いわゆる五感の、聴覚、視覚、嗅覚、味覚、触覚、それぞれに幻覚があります。幻覚という言葉は、「ないものが見える」つまり幻視と同じ意味でよく使われるので、見えるものだと思っている人がいますが、五感すべての幻聴・幻視・幻臭・幻味、そして体感幻覚、それらを合わせて「幻覚」と呼びます。似たような言葉で「錯覚」という言葉がありますが、これは「そう感じたけれども違うな」、つまり自分で違うと思えるものです。

 「妄想」は、「誤った確信」のことです。事実と違うことを確信していることを言います。「あの人は妄想癖があるから」とか「被害妄想だよね」のように、日常生活で一般的なものの考え方から偏っている場合に使う意味とは違います。また、間違いや偏りを指摘されて「そうか、違うのか」と受け止めるのは「思い違い」で、妄想ではありません。完全に間違った考え方を確信している場合に妄想と言い、確信なので訂正できないのが妄想の定義です。

【幻覚の原因】
 幻覚の原因は、脳の誤作動です。実際は目に入ったものを認識して、それが視神経から脳に行って「見えた」と認識しますが、脳のどこかに何か異常があって誤作動が起きるわけです。
器質的な問題:脳炎や脳腫瘍、脳梗塞などの脳の病気によっても幻覚は起こり得ます。ある種のてんかんも、脳の中で誤った電気刺激が出てしまって起きます。また、ある種の認知症でも幻覚が生じる人がいます。

・身体的な問題:高熱が出て意識がもうろうとした場合などの全身性の疾患でも、夢うつつで「誰かがいたようだ」などの幻覚が生じることもあります。

・精神疾患によるもの

・過度のストレス:有名なところでは、雪山で遭難すると、遠くに光が見えたり、助けに来た人の影が見えるような気がしたりとか自分の望むものが見えてしまうということがあります。通常の不眠では生じないのですが、48時間、72時間…と眠らせないでおくと、幻視が見え始めます。このように極限の状態に置かれると、脳の誤作動が生じて幻覚が起きます。

・薬剤性:覚醒剤や危険ドラッグ、大麻、アルコールなどにより脳の誤作動を生じることがあり、幻覚の原因になり得ます。

・本来の感覚が遮断されて生じる:例えば難聴の場合には聞こえづらい方の耳に音楽が聞こえたり、視力が白内障などで極端に低下した場合に幻視が見えたり、四肢を切断すると無い方の足の痛みを感じる幻肢痛など、本来の感覚が失われると幻覚が生じることがあります。
 このように幻覚は色んな要因で生じ得るわけですが、味覚や嗅覚で幻覚を生じることは少なく、圧倒的に多いのは幻視と幻聴です。

【幻視の原因】

・意識障害に伴って:幻視は統合失調症をはじめとした精神疾患に伴うことは稀で、どちらかというと中毒性疾患や神経変性疾患などに伴うことが多いです。

・薬剤性:覚醒剤などの不正薬剤を使用した場合にも比較的幻視が多いです。

・アルコール離脱:アルコール依存症の人がアルコールを断った時つまり禁断症状に、小さい動物が見えるという話を良く聞くと思います。実際に、シーツの上を一所懸命払ったりして「虫が一杯いるんですよ」と言ったりします。

・レビー小体型認知症:この認知症は、幻視が見えるのが特徴的です。

・視力低下に伴うもの:白内障などで視力が低下したときなどに起きる幻視を、シャルル・ボネ症候群と呼びます。

【幻聴は妄想に発展しやすい】

・難聴に伴う幻聴:音楽が聞こえる音楽幻聴や耳鳴りがするものが多いです。「音楽なら良いのでは?」と思われる場合もありますが、苦痛を伴います。

・精神疾患によるもの:幻聴は良くみられる症状で、統合失調症が圧倒的に多いです。1つは自分への悪口と噂話が聞こえるもので「○○は悪いやつだ」「また試験に落ちたらしい」とか、そういう悪い噂が多いです。2つ目は「また食べてる」など行動を批判するもの。3つ目は命令系のもので「自分をナイフで傷つけろ」とか「死んでしまえ」とか、何かをしないといけないような、それをやることが苦痛になる命令の幻聴が多いのです。

【幻聴への対処】
 
薬はやはり有効です。幻聴はドパミン神経の過活動にほぼ間違いないので、ドパミンを抑えるようなリスパダール、ジプレキサ、エビリファイなどの抗精神病薬の服薬が有効なのは確かでしょう。
 薬以外では「幻聴で悪口を言われたと言うが、どう対処してよいかわからない」などと家族の方からよく相談されますが、幻聴や妄想の対処は、肯定も否定もしないのが原則です。「それは幻聴だ」と応えてしまうと、本人は「理解されない」「辛さを分かってくれない」となるので、「私には聞こえないけれど、そんなふうに言われたら辛いよね」と答えるのが、聞こえている人の気持ちには一番楽な対応でしょう。生じた出来事そのものを肯定したり否定したりせず、辛い気持ちに共感するということです。

【妄想の原因と種類】
・脳の器質的な問題:てんかんやせん妄(意識障害の一種で、体の具合が悪くてちょっと朦朧としている)の時にも、実際とは違うことを言い始めることがあります。認知症で有名なのは「物を盗られた」というもので、大概は自分が片付けたことを忘れていることからですが、妄想となることがあります。

・精神疾患によるもの:統合失調症、うつ病、躁状態でも起こります。

・過度のストレス:特に戦争や災害のような、事実を受け止めるのが辛いストレスがかかった時にも起きます。これは統合失調症にも言われていることですが、特に精神分析の解釈では、現実のストレスにどうしても耐え切れず、直面し得なくなった時に妄想が生じて、その世界に逃げることによって自分を保つ、ある種の安全装置という考え方をしています。

・薬剤性:脳に良くない影響を与える物質はすべて妄想の原因になります。覚醒剤などの不正薬剤は、圧倒的に被害妄想が多いです。アルコールは嫉妬妄想が起きることが多く、アルコールの問題だけでも大変なのに、「配偶者が浮気をしている」というような嫉妬を向けられる家族は大変な思いをすることなります。

【精神疾患による妄想と特徴】

・うつ病に多い妄想:重症のうつ病では、本当はそうではないがお金がないと思い込む貧困妄想、ちょっとしたことでも全て自分が悪い、罪を犯している、迷惑をかけていると思いこむ罪業妄想、がんなどの重い病気にかかっていると思い込む心気妄想などが見られます。これらは確信的で、非常に辛い考えなので「死んでしまったほうが良い」という気持ちに傾きやすくなります。そのためこういう妄想がみられると入院をおすすめします。治療には抗精神病薬を使う場合もありますし、抗うつ剤などでうつが良くなってくると一緒に改善していきます。

・躁状態に多い妄想:「自分は偉い」「自分は凄い」という考え、誇大妄想が起こります。それで実際にはない地位や財産があると思い込み、浪費してしまったり、また、高貴な家系だと思い込む血統妄想があります。ただし、これらは他の状態、統合失調症などでも出る場合があります。

・統合失調症に多い妄想:被害妄想が圧倒的に多く、悪口、噂、批判など、悪意を持って嫌がらせをされていると思い込むものです。関係妄想は、例えば部屋に入った時にくしゃみをする人がいたら、それは「自分が部屋の中に入って来るなというサインだ」「黒い車は死ねという印だ」というように、何か周囲で起こることを自分に関連付けて考えてしまいます。誰かに見られているという注察妄想、誰かに追われているという追跡妄想など、被害的な色彩を帯びた妄想が多くなります。

【妄想への対処法】
 基本的に、妄想とは訂正不能であることが大前提です。医学の世界では、「非合理性を理解する程度」つまり「〇〇という気がするが、そんなことはない」というレベルのものは「念慮」と言い、妄想と区別しています。妄想も脳の中のドパミンが影響しているということは間違いないとされていて、リスパダールやジプレキサ、エビリファイなどの抗精神病薬が有効です。
 幻聴を説明する形で、いろんなことを結び付けて理屈をつけ、だんだん妄想の世界をガッチリと構築していくことを「体系化」と言います。普通に説明できないことが起きているので何とか理由をつけたくなるのも無理はないのでしょう。

 最終的には、これは妄想であって事実ではないと理解してもらうのがゴールなのですが、そうなる手前では理詰めで否定するよりは、否定も肯定もせず、「もしそれが事実だとしたら、どう感じるのか」を想像して、その辛さに共感することがスタートになると思います。

【幻覚・妄想が残ってしまったら】
 抗精神病薬で治療をしてきちんと服薬を続けていても、幻聴や被害妄想的な考えが残ってしまうことがあります。その時にどうするのかは結構難しいことなのです。
 薬の増量は最初に考えてよいと思います。ただし、幻聴を抑えようと薬の量をどんどん増やした結果、副作用が生じることもあり得るため、得られる効果と出てくる副作用、メリットとデメリットをその都度検討して選ぶしかないと思います。
 変薬もチャンスでもあり、危機でもあります。薬を変えることで格段に良くなる場合もありますし、反面、悪化することも十分あり得ます。
 今の生活状況、日常が比較的安定していて、デイケアなどの通所にも慣れてスタッフにも相談できるようであれば、薬を変更するのは良いのですが、日常の状況が動いている時、例えばデイケアに通い始めた直後、1人暮らしを始めた直後などは、薬はあまりいじらずに、まずは生活を安定させることを優先したほうが良いでしょう。

【心理教育で健康的な部分を伸ばす】
 心理教育は、一方的に事実を伝え、正しい知識を与えるのではなく双方向性であることを重視します。相手がどう受け止めているのか、どういった知識を必要としているのかを、医療者側が斟酌しながら適切な伝え方で必要とされている情報を提供します。幻聴が起こることで、日常で何が困っていて、どうなることがより良いゴールかなど、本人にとってのメリットを考えていきます。
 心理教育で妄想や幻聴の捉え方が変わると、その体験そのものが軽減することがあります。例えば、妄想を無視できるようになると、妄想が減っていくようなものです。

【「行動が先!」の認知行動療法】
 認知行動療法というと、以前はうつ病や不安障害に対する治療とされていましたが、最近では統合失調症への適用も言われ、本も出版されています。加えて病気でなくとも嫌なことがあった時の対処としても使えます。
 認知行動療法というと、考えを変える方法を思い浮かべますが、むしろ「行動認知療法」で、行動を変えると結果として考えが変わるというものだと私は理解しています。妄想的な考えが出た時に、考えを切り替えて妄想を減らすことや感情を抑えるのは無理と割り切り、まず行動を変えます。

・行動によるコントロール:妄想や幻聴が起きた時は、とにかく何か行動してみる。例えば、とりあえず部屋を出る、散歩する、音楽を聴く、おいしいものを食べる、体操する。そこまでできなくても、姿勢を変えるだけでも、水を1杯飲む、立ってトイレに行く、カーテンを開けて外を見るだけでも気分転換になるでしょう。幻聴の時にイヤホンで音楽を聴く人も多いです。考えをいじって変えるのは難しくても、何か行動するのはしやすいので、ぜひ皆様も取り入れて下さい。

・対人接触を利用する方法:誰かに話しかけることです。診察の時に「今は先生と話をしているので、幻聴が聞こえません。大丈夫です」という患者さんが多く、対話に関心が向く結果として幻聴が気にならないのですね。「では家で幻聴が聞こえてきたら、家族に話しかけてみて」と言います。

・医療資源を利用する方法:頓服を飲むのが家では一番やりやすいので、主治医に相談しておくと良いでしょう。・日常問題記録表をつける:『精神科リハビリテーション・ワークブック』(*2)には、認知行動療法やチーム医療のやり方などが書いてあります。そこに出ている「困った症状への対処法」の中に、「日常問題記録表」をつける方法があります。
 1回目は・日付と時間、・何が問題か、・その時何をしていたか、・その結果どうなったのか、この4項目を1週間、記録してきてもらいます。その記録を見ると、妄想や幻聴が起きやすい時間帯やきっかけが、例えば1人でいる時、家族に注意された後など分かってきます。そこで、きっかけになったこと、薬の時間との関係など、表を見ながら主治医と一緒に探ります。次の週には・何が問題だったか、・それにどう対処したのか、・その対処法は有効だったか、を記録してもらいます。
 しばらくの間、この記録つけを何回か繰り返してしていると、妄想や幻聴に対処するさまざまな方法を蓄積していくことができます。これはまさに「行動を変えることで認知(考え方)を変えていく」つまり行動認知療法です。
 一番強調したいのは、健康面を伸ばすのが何よりで、その時にできることをすることです。うつ病では、かつては「今は休んで下さい。良くなったらリハビリや心理療法をやりましょう」と言っていましたが、今は「その時の体調でできることを少しずつやって、元気を出しましょう」という考え方をしています。これは統合失調症でも同じです。
 いくつかの対処法を話しましたが、使えそうなものがあったらぜひ活用してください。
                                            ~了~

平成17年4月からの新宿家族会ホームページ「勉強会」の表示形式について

 新宿家族会では4月から「勉強会」ホームページの表示について、概略掲載とすることになりました。そして、「フレンズ」(新宿家族会会報紙)ではいままで同様、あるいはより内容を充実させて発行することにしました。これまで同様に勉強会抄録をお読みくださる方は、賛助会員になっていただけますと「フレンズ」紙面版が送られますので、そちらでお読みできます。
どうぞ、この機会に是非賛助会員になっていただけますよう、お願い申し上げます。

賛助会員になる方法    

新宿家族会へのお誘い 
 新宿家族会では毎月第2土曜日、12時半から新宿区立障害者福祉センターに集まって、お互いの情報交換や、外部からの情報交換を行い、2時からは勉強会で講師の先生をお招きして家族が精神障害の医学的知識や社会福祉制度を学び、患者さんの将来に向けて学習しています。
入会方法 

編集後記

 三月という月は春への玄関に立っているようで何となく気分がウキウキする。平昌オリンピックでは、日本勢がメダル十三個を取り、まずまずの成績で終わった。これからパラリンピックでも好成績で終わってほしい。

 今月は山澤先生の妄想・幻覚の理解と対処と言うタイトルでのお話。初っ端から我々のいい加減な解釈を指摘された。妄想.とは「誤った確信」であるということで、日常生活でつかっている「被害妄想だ」などと言うのと、精神科の妄想とは違うとして指摘された。

 妄想が起こる原因として病気から来るのはわかるとして、我々健常の立場にいると思われる者でも起こりうる。戦争や災害に遭われて過度のストレスで耐え切れず、直面し得なくなって妄想が起こるのだという。東日本大震災や各地で起こっている地震、火山噴火など災害の陰でこうした妄想を起こしている方もいるだろう。しかし、それは「その世界に逃げることによって自分を保つ、ある種安全装置となる」ということだ。未経験ゆえその辺の精神状態が今一つ解らない。

 本人から有り得ない話を聞く。例えば十年も昔の話を持ち出して、私は犯罪者である。だから警察に行かなければならない。当時、私も勉強不足であったことから、事実をとくとくと述べて「だから君は警察には行かなくてもよろしいのだ」と説得していた。そうではないのだ。まず否定も肯定もせず、「もしそれが事実だとしたら、どう感じるか」を想像して、その辛さに共感することがスタートであるという。最終的には妄想であって事実でないことを理解してもらうのがゴールなのだが。今、彼はそれは十分理解している。病気の回復と共に。