「親なきあとを考える」

新宿家族会3月勉強会より 全家連相談室 佐藤智子相談員

今月の勉強会のテーマは「親なきあと」についてです。私たち家族は今日の生活のことを考えることで精一杯ですが、しかし、この病気が長期化するものであり、いずれ私たち家族は本人の一人歩きを余儀なくします。そのことは、慌ただしい生活の中でも漠然として私たちの脳裏の片隅にあり、その明解な答が見つからないまま、不安の日々を送っています。そこで今回、専門家の話を聞き、この問題への答を探ろうと企画され、東京都中部総合精神保健福祉センター・援助係の土村啓子さんの斡旋で、全家連相談員の佐藤智子さんの指導を受けることができました。以下、佐藤相談員の講演概要です。

私は普段、全家連の相談室で皆さんからの相談をお受けしています。最近の傾向として家族のほかにご本人からの相談も多くなりました。それらの相談をまとめてみますと・・・医療関係が41%、経済的な問題が21%、生活全般17%、リハビリ・就業10%、制度・機関9%、法律4%、その他1%となっています。そこで今回のテーマである「親なきあと」という問題に関して、この相談の項目をキーワードとして具体的に考えてみたいと思います。
 そこで今日は小グループに分かれて「いま困っていること、心配なこと」について話し合ってもらいたいと思います。その際、1.生活全般、2.制度・機関、3.リハビリ・就労、4.経済問題というテーマを念頭においてください。

<3グループに分かれて話し合い>
その結果
第一グループ:
1.患者本人が一人になったあとの兄弟たちの支援があるかどうか。
2.本人が病識をもっていない。
3.就業がおぼつかない。
4.日常生活だけでも自分でできるようにしたい。
5.いい病院を選んでおきたい。
6.自活を積ませてあげたい。

第2グループ
1. ヘルパーを利用したいが、ヘルパーへの信頼がない。
2. 成年後見制について、精神障害者にはどのような利用方法があるか不明。
3. 介護保健の介護士、ヘルパーが民間会社であることで、事故、事件が発生したときの責任の確立がない。
4. 10代の若年障害者にたいする地域の施設なりケアーの場がない。
5. 精神障害に対する地域の理解がない。

第3グループ
1. 保健婦等の介護者の充実がほしい。
2. 親なきあと本人の日常生活(食事、指導)のケアーはどうなるか。
3. 兄弟関係(親戚関係)が今後も続けられるのか心配。
4. 精神障害に対する国家レベルの保障機関、保障組織がない。

以上をまとめると
生活全般として
1. 自立とは、親なきあとの兄弟との関係、足し算方式での評価、ヘルパー、介護保健、成年後見制度、日常生活が一人で出来ない、家族関係の中でどうなるか、
2. 制度機関として
施設・制度が不充分、他の障害と比較し安心できる組織が少ない、
3. リハビリ、就労として
アルバイトが続かない、通信教育、
4. 経済問題として
なし
5. 医療・その他として 
薬を飲まない、病識がない、安心できる病院とは、支援者の活用・保健婦等、

とまとまりました。これらの分析を元に、「親なきあと」の問題に入っていきたいと思います。
心配点として最も多かったのが1の生活全般でした。お集まりの皆さんは通院の患者さんを抱えている方が多いようです。そうしますと日常的な対応の問題というのが皆さんの心配事だろうと思います。
そこで日常の対応をどう工夫していくか。お手元に渡した資料に書いてありますが、
1. 生活全般
 Aよい対応をするために
1) 病気の特性を理解しよう。
 これは、精神障害の場合、急性期があり、休息期があり、長期化しやすい、再発の問題があるというような病気の特性を親が知ることです。
2) 病気によってもたらされる「障害」について理解しよう。
 病気の症状として出てくる妄想、幻聴、倦怠感、無気力とかがあることを知ることです。
3) 本人の「健康な部分」と病気によって「弱まった部分」を理解しよう。
 発症してから本人が出来なくなったことと、発症後も変わらず出来ていることを親は理解していることが必要です。特に本人が以前から持っていた価値観とか、希望とかは変わらずにもっていること多いのです。しかし、生活力などは失われてしまったということがあります。これは人によって差があります。これを親がわかって対応することが大前提です。

B家族が本人と関わるとき
1) 本人の病気に巻き込まれていないか。
 本人が病気ゆえに発する言葉とか、行動をよく知ることです。
2) 本人と依存の関係ができていないか。
 家族が本人のすべてを行ってしまっていないかということです。逆に本人が回復したら家族はすることがなくなってしまう、というようなケースもあります。ですから家族は1歩引いて、客観的に見ることも必要です。

C対応の工夫
1)できることから少しづつ範囲を広げていく。
2)家族の中で抱え込まないで、家族以外の人と接する機会をつくる。
 これは本人ばかりでなく、家族にとっても必要なときもあるでしょうから、相談できる外部の人と接する機会を多く持つことが大切です。
3) 関係者・援助者を活用する。
 2)番のことと関係しますが、家族はいかに多くの知人や援助者を持つことができるかがいい対応のポイントです。
4) 本人と顔を合わせて過ごす時間を意識的に減らす。
 家族は一生本人と過ごすことは不可能なことなので、こうしたことによって、徐々に本人の自立への可能性を見つけていくことにもなります。
 資料には書きませんでしたが、偏見の問題がありますが、これは周囲の人ばかりでなく、家族自身にも偏見があると思います。家族が誰にも相談できない、隠しつづけているとなると本人への対応も間違った方向にいってしまいます。

2. 制度・機関
 これについては「道しるべ」(東京都精神障害者家族会連合会・東京つくし会発行)にほとんどのことが出ています。また、全家連から発行されています「福祉制度の手引き」がありますので、これを参考にしてください。

A知っておきたい法律・制度
1)「精神保健福祉法」は入院の形式から福祉的要素も加わった、精神障害に関するあらゆることの法律です。それまでの精神保健法は入院させるための法律でしたが、何回かの改正を経て、福祉面が加わって社会復帰のこと、福祉手帳のことなどが加わるようになりました。この法律の保護者制度の問題などが今年また改正されます。これは「ぜんかれん3月号」を参照してください。
2)「障害者基本法」はそれまで身体・知的障害が対象でしたが、平成5年に改正されて、精神障害もこの法律に加わりました。この改正によって「精神保健福祉法」も改正されてきた経緯があります。それまで、精神病は病気であって障害ではない、という考え方でした。
3) 経済的問題に対処する制度
4) 就労・雇用を援助する制度

B相談に利用できる機関
 対応の工夫で述べたことの中で、本人がどういう状態にあるのか、いまどうしたらいいのか、といったことを家族が考えなくてはならないこと自体がキツイことです。さらにこれからどうしたらいいのか、どんな施設を使ったらいいのか、この辺の判断は家族だけでは難しい問題です。そういう場合誰かに相談しなくてはなりません。かといって病院の主治医にこれら生活の面の部分についても聞いても、労力の問題、時間的な問題で主治医は答えられないことです。
ですから、問題の内容によって相談する相手を如何に変えられるかがポイントになります。そうした場合、以下に書いてあるような相談相手を選ぶことがポイントになります。
1) 病院(クリニック)→精神科ソーシャルワーカー(PSW)
2) 保健所(保健センター)→「精神保健相談日」精神保健福祉相談員・保健婦
3) 精神保健福祉センター→「相談部門」(都内は3ヵ所)
4) 各種社会復帰施設→指導員・PSW

3. リハビリ・就労
 デイケア、作業所がありますが、この中には就労を目的にしているとか、日常生活にリズムをつけることを目的にしているところとか、施設によって目的が異なり、本人の状態により選択することができます。
A.通所で利用するもの
1) 病院(診療所)デイケア
2) 保健所(保健センター)デイケア
3) 精神保健福祉センター→「リハビリ部門」
4) 共同作業所
5) 通所授産施設
6) 福祉工場
7) 生活支援センター
B.入所で利用するもの
1) 援護寮
2) 福祉ホーム
3) 入所授産施設
4) グループホーム

C就労(雇用)の援助
1) 障害者職業センター
2) ハローワーク(職安)→精神障害者職業相談員
 これは自分で仕事を探す意欲のある方が利用することになります。職安には一般の窓口と障害者のための援助係があって、精神障害者職業相談員が配置されている職安が増えてきています。病気のことを言わずに一般窓口に行くか、一般では無理と判断し援助係の窓口に行くかは本人の状況次第です。

4. 経済問題
A医療的援助
1) 医療保健制度(高額療養費)
 これは皆さん国民、厚生とか何かの健康保健に入っていると思いますが、この2割負担、3割負担ということです。そして入院の場合は高額療養費が受けられるはずです。
2) 通所医療費公費負担制度(精神福祉法32条)
 これはいま0.5%の自己負担になっています。

B所得保障
1) 障害年金
2) 生活保護
3) 各種手当て

5. 最近の動き
1) 保健福祉手帳
 これも平成7年度の精神保健福祉法の改正に伴って生まれた制度です。まだ、手帳の恩恵は少ないのですが、先輩の身体障害者手帳も、最初の頃は恩恵の少ないものだったそうです。しかし、多くの障害者が手にして恩恵を増やす努力をして今日の制度を勝ち取ったわけです。ですから精神障害の場合もこれから恩恵を拡大していくことができると思いますので、まだもらっていない人は取得されることをお勧めします。
2) 権利擁護・財産管理制度(成年後見制度)
土村:財産管理制度として成年後見制度が今年の春、国会で取り上げられることになって、これが法制化されます。
成年後見制は本人が意思能力が不十分なために不利益を被ることから保護する制度です。これまで禁治産制度というのがありました。これは意思能力がない人がサラ金から莫大な金を借りてしまったり、金遣いが粗かったりした場合、周囲が禁治産者にして身を守る制度でした。しかし、印象も悪く手続き費用(約40万円)も大変ということで、この制度が生まれることになりました。
 精神障害者の場合、すべての人が対象ということではなくて、買い物ができないとか、金銭管理ができないような人の場合、補助人という人がその財産管理を行うというものです。補助人になる人は社会福祉協議会が管理し、社会福祉士、精神保健福祉士、司法書士などがあたるようなことになると思います。
 財産管理、権利擁護の方では飯田橋のセントラルビル11階にステップがあります。これはかつて豊田事件を契機として始まった制度です。
 権利擁護センター・すてっぷ<電話(3212)1700 予約制>で財産・権利に関する相談を受け付けています。
佐藤:以上、大まかに述べてきましたが、細かいことについては「道しるべ」「福祉の手引き」を参照してください。
「親なきあと」についての話でしたが、冒頭、日常の対応についてお話しました。なぜ、この話をしたかといいますと、究極、「親なきあと」の対応とは、本人が「自立」することではないかということです。では、「自立」とは何だろうかといえば、本人が家族から独立して、何とか自分で生活していってもらうことだろうと思います。しかし本人が家族から離れ、独立してからどうしても一人では対処できない問題にぶつかるときもあるでしょう。そんな時、何らかの相談相手や援助者を本人自らが求められるようになっていてくれればいいわけです。では、そういう状況をつくるにはどうしたらいいか。それはネットワークだと言えます。
 皆さんは今相談できる人はいますか。相談相手は一人に限らず複数の数の人をもっていてもいいでしょう。そして、家族は本人に対してそのネットワークの一員となって、本人の独立した生活を見守るという立場に立つことで、本人の完全なる独立が可能になるのです。つまり、そのことが親なきあとへの対応につながるものと思います。
長い時間ありがとうございました。

編集後記

桜の花も散りはじめた。各地の桜の名所では花見客で賑わったという。しかし、今年は世相を反映してか、どことなく静かだったと聞く。中にはリストラで退社する社員の送別会を兼ねたところもあったようだ。
 今回は「親なきあと」という難しいテーマを全家連の佐藤さんにお願いしてしまった。しかし、佐藤さんが理論的に良くまとめられた内容で話をしてくれたので、皆さん、それぞれに理解されたのではないだろうか。
 難しさの原因は、個人、個人の病状が違うこと、年令が違うこと、家庭環境が違うこと。さらに追い討ちをかけて、社会環境も時事刻々と変化していることだ。
 しかし、その違いや変化をプラス発想で考えれば、息子や娘たちの病状も時事刻々と変化していることであり、その変化の方向を、回復の方向へと導けばいいのである。
 ただただ権利や制度の改善ばかりでなく、病気そのものの理解も忘れてはならい。親なきあとの最も安心策は本人の回復であることをもう一度思い起こす必要がある。             嵜