統合失調症の早期発見

4月家族会勉強会  講師 慶應義塾大学医学部精神神経科 水野雅文先生

(今回の勉強会では水野先生が作成したスライド(Power Point)を使ったわかりやすい講演が行なわれました。HP読者の皆様には一部不明な部分があるかもしれませんがご了承ください。なお、新宿家族会では皆様の会場へのご参加をお待ちしております)

 きょうは統合失調症の早期発見というタイトルでお話しをしたいと思います。早期発見というとこれから病気になってしまうのを防ごうとか、早く見つけてなんとかしようというお話ですので、場合によっては家族会でお話するのはどうか、という意見の方もおられるかもしれません。最後のところで統合失調症に対するリスクの話とか、それと早期発見とどう連動しているかといったお話もしたいと思います。

 病気全般に言えることですが、再発の危機のような心配をもたれる方もおられると思いますが、再発というのはいろいろなきっかけでなるわけですが、精神疾患の場合しばしばいわれていることは再発の症状の始まりというのは実は始めて病気になったときの症状の形と似ているとされています。そういう意味でも最初のころの症状について知っておくというのは、再発の予防としても役に立つことになりますので、そういう意味できょうの話しを聞いてください。

 いままであまり精神科の病気の治療の際、早期発見については言われてきませんでした。むしろ世の中の関心は精神科リハビリテーションといいますか、長く入院している方を地域に迎えてどう支えていくか、ということに関心が向いていました。しかし、今日はちょっと先走っていますが、長期入院の方というのも最初から長期入院が決まっていたわけではありませんで、いつしか長い入院になってしまったというのが一般的です。できれば今後はそうした長期入院の方を生み出さないような方法をみつけ、早期の予防をする、それには皆が気が付く、皆さんの認知というものが高まっていくことが大事であろうと思います。

 諸外国では、特に欧米の精神科医療が進んでいる国では、もっぱら関心は早期発見といえます。むしろ日本のように長期入院を云々するような時代ではなくっています。世界でも早期発見の国際学会というのが3年に1度くらいありまして、参加者は急激に増えている状況です。アジアでもアジア早期発見ネットワークWEBページ http://www.asianep.net/ というのがありまして、アジアの中でも新しい取り組みをして行こうという動きが出てきています。

 日本は医療の話となると当然経済や技術の分野と同様、アジアではイニシアチブをとっています。ところが同じ医療でも精神医療となると日本はアジアの中では残念ながら、そうではなくて、香港、シンガポールといったところでどんどん早期介入のシステムが立ち上がっている中で遅れをとっています。どうして進められないか、という弁明を私はインターネット上で書いていますが、日本はそんな状況にあるといえます。

 アジアの中には精神障害に対するスティグマといいますか、地域の中での受け入れにくさとか、告白のしずらさというものがあります。それはアジアの共通部分としてあります。例えば「なぜ精神病になるか」のアンケートに対して、「超自然的な原因、あるいは宗教がかったものとか、伝統的な考え、習慣」といった答えで、これはアジアの、特に東アジアの特徴といわれています。そうしたことからアジアでは早期介入を達成していくノウハウに共通する基盤があるのではないか。そこで、アジアの人たちの経験を参考にしながら早期介入について考えていこうというものです。

 しかし、統合失調症というのは脳機能の病気であるとわかって、例えば皆さんが胃がんとか生活習慣病などについて早く見つけて早く治療しようというのと同じような意味で、心の病についても予防すべきではないかとだんだん言われるようになりました。

 ここで大事なことは、例えば治らない病気というものもありまして、治らない病気を見つけてあげて、「あなた、この病気ですから余命○○年です」という宣告ではなくて、予防、早期発見というからには、有効な治療法がキチンとあると言うことが大前提です。その一つとして非定型抗精神病薬という薬を手に入れましたので、そういった進歩によって、病気になる前から、「あやしいぞ」という段階から薬を飲んで、真性の病気になることを防ぐことができるようになりました。

 それからもう一つ、ストレスマネージメントという薬を飲むほかにストレスに対する対処方法を身につけること、あるいはストレスを減らすことによって、病気に進んでいく状況を回避することができるようになりました。そうした認知行動療法とかいくつかのストレスマネージメントの技術が出来上がってきましたので、その2つが合わさって、本当の意味での予防ということが現実のものになってきました。これらが早期発見を進める上での大きな支えになっています。

 きょうお話する予防というのは、厳密にいうと1次予防ではなくて、2次予防といわれるもので、病気の始まりの段階を過ぎて、何か症状が起こってきた、だけど本当の病気の症状は始まっていない、この期間になんとか働きかけて、解決しようというものです。本当の病気の症状が出てからでは本人は病院に行きたくないとか薬は飲みたくない、ということもありますから、その前に対処しようというものです。

 例えば元気がないとか、引きこもりがちになってしまった、家族と会話がなくなってきた、いつも機嫌が悪いとかいろいろな状態があると思います。これらが全て精神病になるわけではありません。疑陽性ともいうべき人に精神病の治療を始めてしまうことをいかに避けるかも大事な課題です。ここで、どうやって精神病であることをキャッチできるかにかかっています。きょうはその辺をお話したいと思います。(本日の講演にはスライドプロジェクタを使って説明していただきました。本紙の講演録では極力スライドを活字で表現して説明するよう配慮しておりますが、不明な点があるかもしれません。)

 病気の始まり、例えば幻聴が聞こえてくるようになって、初めて病院へ行くまでの期間、もっとわかりやすい例でいえば、歯が痛くなり出してから歯医者へ治療にいくまでの期間について考えてみたいと思います。精神科の病気の場合も幻聴などの症状が始まってから、初めて精神科の治療を受けるまでの期間、これをDUP(Duration of Untreated Psychosis)・精神病未治療期間といいます。これが平均約1年(13.7ヶ月)です。

 1年という期間は脳内の変化として非常に長い期間です。この間に脳の中でどんなことが起こっているか。(これはのちほどスライドでお見せしますが)1年間未治療放置になってしまいます。中間値というと4ヶ月くらいですが、中には6年、7年という期間家庭で引きこもったまま未治療で過ごしている方もいます。単身で、周りの人も気づかないで生活している方などに見られるケースです。

 これは外国の場合も同じようなデータです。精神科の病気というのは本当は聞こえないものが聞こえるわけですから、普通に考えたら「これは変だ」とわかりそうなものですが、そうはならず長い期間放置されてしまう傾向にあります。これを短くすることによって、もしかしたら予後が良くなるのではないか。経過も良くなるのではないか。その発想がいま研究の対象として進められています。

 その理由は早く見つけて、早く本人に言う。それは早く良くなるのなら言った方がいいわけです。グラフで説明しますと、上のラインは5ヶ月以上未治療期間があった患者さんが1年後に飲んでいる薬の量です。下は未治療期間が5ヶ月以内に治療を始めた患者さんが飲んでいた薬の量です。1年間の服用量は5ヶ月以上の方は770mg(クロルプロマジン換算値)です。5ヶ月以内に治療を開始した患者さんの場合は226mgです。さらに、もし入院した場合ですね。5ヶ月以上未治療で入院した人の入院期間は121日(約4ヶ月)で、5ヶ月以内に治療に入った人は40日と非常に短いです。

 ということは、早く見つけたら本人のつらい期間を短縮できるし、治療期間全体も短くすることができるということです。そうすれば家族の負担も少なくて済むことになります。そのことが積み重なってくれば、精神疾患というものがそれほど辛く、世を憚るというような認識も変わってくるだろうという期待が持てます。ということで、早く見つけるということが本当に「良いこと」だという研究が進められて、DUP短縮キャンペーンが欧米では社会的に行われています。また「これをどうしたら短くすることができるか」という研究が北欧を中心に進められています。

 皆さんもお気づきになったら教えてもらいたいのですが、例えばテレビでコマーシャルとして流す、ダイレクトメールを打ちます。それから成人病検診のときに精神病科のスクリーニングについての声かけを行う。学校の授業で精神保健の授業を設ける。私の大学の学生に精神保健の授業を受けた者は全然いませんでした。医学生は特に高校時代に生物学系の科目を取っていますから、よりそのような授業を受けやすいはずですが、しかし、いませんでした。

 さらに言えば今の時代ですから、性教育とかエイズの話とかは小学校から取り上げられているようですが、しかし100人に1人が罹患する精神科の病気については何も知らされていない状況です。例えば、幻聴が出てきた場合、ちょっとでも病気の可能性があるということを聞いていれば、もっと早く治療に入れるかもしれません。現在はそれが病気であることを知らないがために治療の機会を逸しているケースが非常に多いと思われます。精神科の病気についてもそうした意味でいろんな検討がなされて、少しでも正しい知識が広がって、早期発見につながっていくことが大切だろうと思います。

 話を戻しますが、早期の段階で「前駆期」というのがあります。本当の精神科の症状が始まる前に長い期間少しづつ調子が悪いというサインが出ています。最近の研究では統合失調症のうち8割の方が発病する5年くらい前から調子が悪いということがわかってきました。調子が悪いといっても、本当の精神科の病気ではなくて、集中力の低下。欲動、動機づくりの減少。この病気になる人はその意欲が低下してしまう傾向にあります。そして憂鬱な気分になる。眠れないとか、理由もない不安感を抱く。そして引きこもり。周りに対して勘ぐり深くなる。社会的役割機能の悪化というのがありますが、これは例えば会社員の場合など出社拒否、学生の登校拒否、主婦の家事の低下などです。焦燥感の増幅。こういったものが前駆症状として取り上げられます。

 ただ、これらの症状というのは大なり小なり誰でもあります。しかも初めてのお子さんであれば、例えば引きこもりの1回や2回はあるでしょう。友だちとの関係のこと、試験のこと、そんなことは誰にもあります。ですから、この歳の子なら致し方ないこととして見過ごされてしまうことも多々あります。そういうこともDUPが長くなってしまう理由の一つではないでしょうか。ですから、これを正しく見抜くには難しいことですが、見る側にもその知識があれば、こうしたちょっとした気づきから早期発見につながります。

 このグラフに29歳となっているのはドイツにおける発病の平均年齢です。若干日本より高いように思えますが、男女を平均するとこうなります。女性のほうが遅い傾向です。女性の場合は中年期、更年期といいますか、初老期に発病のピークがあります。しかし、注目したいのは日本と同じく未治療期間は1.3年であることです。さらに前駆症状も5年というデータも同じです。因みにこのデータはドイツのケルンという町で5年間に渡って全クリニックを対象に232人を連続例という1人も漏らさず調査を続けた信頼性の高い調査結果です。

 ですから、私たちとしてはこの前駆期間の5年間の間でサインを見つけて、早く治療を始めれば、病気を軽くすることができる。早く回復が期待できる。長い予後についても軽くすることができる。心理社会的技法の維持・・これはお友達との付き合い、社会的な役割をこなす、会社勤めが可能になる、といったことが維持できること。家族や社会からの支援の維持・・・家族との絆や社会の中で生きていけること。入院治療の不要・・これは、若い方が入院すると、精神科病院の入院患者の平均年齢が60歳ですから、自分もこの年齢まで入院するのか、という恐怖にも似た感覚を覚えるそうです。ですから、軽い症状であれば入院の必要はなくなり、入院となっても1週間とか長くても1ヶ月という期間で退院できるようになります。

 しかし、いままでのお話は理想的にいけばこうなりますが、実際にはなかなかクリニックへ赴くのは抵抗があります。そのことをまとめると次のようになります。

 まず、精神障害になると果たして本当に治るのだろうか。精神科病院へいけば治るのか。そこに多くの人が躊躇します。そして、精神科の病気であることを認めたくないということがあります。精神科の問題であることを否定してしまうことです。

 それから自分たちだけで頑張れると考えます。いままで、家族の対応がまずかったから、その辺を改善して病院には行かずにやっていけると思うことです。中には呪術に頼るなんていうこともあります。神社や新興宗教などに祈祷をして治そうというものです。

 こんなことで未治療期間を長くしてしまうケースもあります。それからスティグマ(ネガティブな心象・汚名)とか羞恥心から医療に関われない。あるいは専門家(精神科医等)への不信感。

 それから社会資源について知識不足があります。例えば保健所の中の精神保健相談があることも知らない。あるいは新宿家族会のような家族会があることも知らない。そういうことで専門職から離れている場合ですね。

 それから、幻聴が出てもそれが病気だと認識できないで、そのうち治るだろうといって深刻な病気になるケースもあります。こうしたことが早期治療に結びつかない理由として考えられます。

 治療が遅れてしまうと、どんなことが起こるかといいますと・・・やはり、一旦良くなるまでの時間がかかってしまいます。あるいは良くなっても完全には良くなりきれない。それから予後が悪い。例えば引きこもりとして症状が残ってしまったり、登校拒否として残ったり、あるいは人間関係がうまくいかない。家事ができない。子育てができない。情緒不安定であったり、覚せい剤に手を出す、そして暴力的となったり、再発しやすくなる。自尊心・自信の喪失。自殺企図。そして、治療費の増大という結果にもなります。

 それではDUPをどうしたら短くできるか。まず、一般社会の精神疾患についての理解を深めていただくということが大事だろうと思います。それには身近なお医者さんをもつことが良いのですが、開業医の先生方は精神疾患のトレーニングを受けている方は少ないですね。ですから軽いそう、うつの場合などは内科の先生ですと「風邪かな」くらいで総合感冒薬などを出すことがあって、それで眠れて良くなったというケースもありますが、これはレアケースで、ここで見過ごされて、精神科の病気になってしまうケースがありますので、こうした先生方にも精神科のトレーニングをお願いしたいものです。もちろん、一般の方々にも精神科の初期症状について知っておいていただいたり、地域の中でも教育の中に取り入れていただきたいものです。そして、何よりも安心して精神科の医療機関に受診できるような雰囲気作りが大切だろうと思います。

 それから精神科の方もこれからどんどんそうなると思いますが、いま都内には400の精神科クリニックがあるそうです。これは全国では大変な数になると思いますが、これらが受診しやすく敷居を低くする努力ですね、これが必要です。とかく、精神科の病院というと鉄格子のある保護室でベッドに縛られているというようなイメージがもたれますが、現在はほとんど見られない光景なので、こうした誤解を解く努力も必要です。さらに「こころの悩み相談」の24時間サービスと街のクリニックとが連携をとっているような、ときには病院にいくことを拒んでいる患者さんがいれば、往診(訪問医療)もするようなアプローチができるようになってくると早期発見、早期治療も身近なものとして現実味を帯びてくると思います。

 そういう意味では、きょうのお話の中で早期発見を中心に話させていただきましたが、これは一般の方にとっても感情面とか行動面で脆弱、あるいは敏感な若い人に対して早く注意を払って見ていただくことが大切であり、周りの家族とか、ご両親、家庭医、学校の先生はこころの病気が発生しやすい時期にあることを頭にいれて見守っていただきたいものです。

 それからハイリスクhigh riskと言いますが、例えば精神疾患の家族歴のある方ですとか、あるいは薬物乱用の経験のある方の場合は一段と注意が必要です。こういう方はより積極的に検診を受けるとか、そうしたことをしていくことで早期発見になり、早期治療に結びつくと思います。以上で私のお話は一旦終わらせていただきます。

(このあと、会場から多くの質問がありましたが、紙面の都合で割愛させていただきます。あなたも会場に来て、お互いの交流を図りませんか)

フレンズ・当事者の講演記録CD・第3弾

  CD「日本人の良心」
    
森元美代治さんの証言

 ハンセン病体験者から学ぶ「偏見」問題。周囲はおろか家族からも「死んでくれたらいい」と言われながらも生き抜いた、その生きる原点は何なのか?涙ながらに語る森元さんの言葉は私たちに「人の良心」を教えてくれているようです。

頒価 ¥1,000 (送料¥200別)

申込 フレンズ編集室
シルバーリボン

編集後記

 今回は水野先生が自ら作成されたスライド(Power Point)を持参しての講義をしていただいた。やはり、物事は映像とともに知ることで手っ取り早く理解できる。あわせて、コンピュータを駆使し、グラフや写真を使って日常の医療活動、あるいは研究活動されてい水野先生の姿を垣間見た思いでもあった。

 先生は家族会で話すには異論があるかも、とした「早期発見」。たしかに発症してしまった患者と家族に、「これから発症するかもしれないぞ」という内容には異論を唱える家族がおられるかもしれない。しかし、私たちはこの問題を自分たちの問題だけで終始していたら、ますます一般から遠ざかっていってしまう。

 こんな不幸は我々だけで十分だ。もう、これ以上の不幸をこの地球上から出さないようにしよう・・・こんな発想を持てば、一般も我々の苦しみを理解し、手を差し伸べてくれるのではないだろうか。その一般への呼びかけが「早期発見」だろうと思う。そして、一般がこの知識を持てば、我々の息子や娘たち患者は、一般との共存がしやすくなるのは想像に難くない。

 そのために先生は教育現場での取り組みや一般市民の精神科医療への関心を促し、テレビ広告でのキャンペーンまでという具体的なお話があった。大賛成である。とにかく、我々は一般に向かって、絶えずそのメッセージを発し続けることが必要であろう。