「精神障害者の暴力・暴言を考える」

2月定例会 拡大家族交流会 講師 東邦大学医学部 教授 水野雅文 先生

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【はじめに】

 本日は正確には、暴力・暴言についてのお話です。このお題はだいぶ前にいただいていたのですが、これは大変重いテーマでありまして、特にご家族や当事者の方を前にこうしたことについて触れるということは大変難しいことです。とても深刻な問題でございますし、精神障害の多面的な問題について皆様と考える機会が得られますし、このようなデリケートな問題を語らせていただくということは私にとっても貴重な機会です。

【アメリカにおける暴力と統合失調症の問題】

 実はこのテーマについて調べ出した矢先、私の目に衝撃をもって留まりましたのは、アメリカで大変有名な統合失調症の研究者であり、また、アメリカの精神保健研究所の発行紙であるスキゾフレニアブルテン(Schizophrenia Bulletin)という専門誌の副編集長でもある、ウェイン・フェントン先生(Dr. Wayne Fenton)が昨年9月に亡くなられたという記事です。2006年9月3日、日曜日の午後、フェントン先生は診察室で殺されているのを発見されました。19歳の未治療の統合失調症の青年の緊急診察中の出来事でした。

【トーリー先生の著書】
 ご存知の方も大勢いらっしゃるかと思いますが、トーリー先生は日本でも有名な先生です。特に訳本として『分裂病が分かる本』というのが日本評論社から出ております。その副題には「私たちに何ができるか」という言葉が添えられている本で、当事者の立場を大切にしたとてもわかりやすい本です。もうひとつは『ふたごが語る精神病のルーツ』という本で紀伊國屋書店から出ています。少し専門的な本で、同じ遺伝子を持った、同じ環境で育った人たちが与えてくれるヒントについての本です。

【暴力と統合失調症についてのフラー・トーリー先生の見解】

 統合失調症研究を熱心にしてこられたフェントン先生が殺されたという事実は、我々がしばしば無視してきたあるいは目をそむけてきた重要な問題に気づかせてくれた、という言葉でこの文章は始まっています。やはり、特に妄想性障害あるいは妄想を持っている場合、そして治療を受けていない場合、統合失調症や躁うつ病も含めた精神病の方の中には周囲にとっても本人にとっても非常に危険な状態になる方がいらっしゃる。さらに、薬物依存やアルコール依存が重なっていますと、なおさらそういった問題も強まってくるということは事実として認識しなければなりません。

【アメリカにおける研究】
 2006年5月号のアメリカのArchives of General Psychiatryという精神医学専門誌には、1410人の統合失調症の患者さんについて、調査時点からさかのぼること6ヶ月間、いかなる暴力行為があったかということを全国56箇所で調査をした研究が掲載されています。結果では暴力を軽い暴力と深刻な暴力の2種類に分けています。軽い暴力は相手を怪我させたり武器を使ったりしないもの。深刻な暴力は怪我をさせたり殺人に使われるような凶器を使ったり婦女暴行にあたるものです。

【病識を持てないことが大きな問題】
 ここまでが、トーリー先生のご意見を中心とした、アメリカでの状況のご紹介です。アメリカのようなところでも、団体によっては暴力の問題は全然触れられない問題になってしまっています。19%が低めに出ているという意見ですけれども、それにしてもほぼ20%ですから少なくはないと思います。統合失調症の方が病気になってから引き起こす暴力は治療の対象であって、治療を受けた後、著しくそうした行為が減るのだという、科学的な調査結果がぞくぞくと上がってきているわけですので、治療は何らかの形でしなければなりません。

【暴力行為と強制的な治療について】
 アメリカの多くの州で暴力的行為がある方には外来での強制治療を法的に決めることで明らかに暴力が減っていくという報告があります。果たしてそれが倫理的に正しいのか、そして政治的によい選択であるかどうかは、アメリカの例をみてもまだ取り入れていない州があるわけですから、当然反対の人もいるのでしょう。当事者をお持ちのところ以外から意見を出すと、ともすると社会防衛とか安全確保のために精神障害に対しての偏見があるからそういうことを言うのではないかという意見が出てしまう。そういう問題であるために議論されにくいのだろうと推測します。必ずしも言い出した人がそういう人でなくても、議論が進む中で、バランスのいい議論をしなければいけないでしょう。

 今の日本のように病院に来られなければ診られないんですよというようになっていますと、地域における治療はとても困難なものになります。しかしどこからどこまで制度として整備したらいいのか、これは本当に議論の尽きないところです。当事者の方や家族の方が議論されることは重要なことだと思います。トーリー先生も、蓋をしてきた事実に対して今回また新しく問題提起されたという書き方をされています。アメリカでは法整備がしっかりなされていても、長い間否認してきた問題という書き方をしています。是非その辺のことについては家族会の方からご意見をうかがって参考にしていきたいと思います。

平成17年4月からの新宿家族会ホームページ「勉強会」の表示形式について

 新宿家族会では4月から「勉強会」ホームページの表示について、概略掲載とすることになりました。そして、「フレンズ」(新宿家族会会報紙)ではいままで同様、あるいはより内容を充実させて発行することにしました。これまで同様に勉強会抄録をお読みくださる方は、賛助会員になっていただけますと「フレンズ」紙面版が送られますので、そちらでお読みできます。
どうぞ、この機会に是非賛助会員になっていただけますよう、お願い申し上げます。

賛助会員になる方法

新宿家族会へのお誘い 
 新宿家族会では毎月第2土曜日、12時半から新宿区立障害者福祉センターに集まって、お互いの情報交換や、外部からの情報交換を行い、2時からは勉強会で講師の先生をお招きして家族が精神障害の医学的知識や社会福祉制度を学び、患者さんの将来に向けて学習しています。
入会方法 

編集後記

  暖冬異変が続く今年の冬も、もう桜の話題が聞かれる頃となった。

 二月の勉強会テーマ「暴力・暴言」については水野先生から家族会に重要な課題が与えられた。これまで、我々内輪(家族たち)の暗黙の合意かのように「精神障害は怖くない」が通っていた。しかし、アメリカで精神障害の研究者・ウェイン・フェントン先生が患者の手によって殺害されたことにより、この精神障害者の暴力が問題となり、アメリカの専門誌が特集記事を掲載していることが語られた。

 日本ではどうだろうか。一時期、この編集後記の欄でも書いた日本各地で起きた通り魔事件や全日空機長殺害、バスジャック事件があった。その時の各紙や団体声明の表現に大きな違いがあったことを記憶している。

 編集子もかねてより「精神障害は怖くない」と一言で済ましていることや団体がそうした言葉で初期の当事者や家族に安心感を与えていることに疑問を持っていた。

 そして今回水野先生から「病態失認」という言葉を聞いた。他の病気ではほとんどあり得ないこの現象は、考えてみれば実に「怖いこと」である。ある意味目隠し運転の車に乗せられているような、そんな方向性のない状態であることなのだ。したがって、この目隠し運転者の目隠しを外してあげること、それが「薬物治療」の大きな目的であると。

 ともすればこれまで当事者への薬物治療を社会防衛のため、安全確保のためと言われてきたわけであるが、今後は当事者自身のため、家族のためとして真剣に取り組むべき問題である。

 そして、第三者の援助も受けながら社会の理解を得て進められる治療こそ今後の精神科治療ではないだろうか。