家族と当事者の関係 ~生活臨床を学ぶ~

5月新宿家族会勉強会 講師  群馬県立精神医療センター 長谷川憲一先生

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【はじめに-生活臨床とは?】

 生活臨床は、1958年に臺(うてな)弘先生が群馬大学精神科教授として赴任され、江熊要一助教授らとともに始めた統合失調症患者さんに対する治療実践です。生活臨床は、「生活をみなければ病気は治せない」と主張しました。しかし当時、「権力の手先になって患者さんの生活を管理するものだ」と激しく非難する人たちがいました。反精神医学を信奉する人たちでしたが、彼らは「精神病はそもそも社会のせいで起きたのだから、社会復帰は却って病気を悪化させる」と考えていました。反精神医学の嵐に見舞われた1970~1990年は、精神医学・医療にとっては大きな停滞の時期になってしまいました。

【群馬大学の長期予後調査】

 臺先生が群大医学部に赴任した1958年、生活臨床の出発点となった「再発予防5カ年計画」が始まりました。対象は統合失調症になって間もない患者さんでした。群大病院精神科病棟に入院して退院した患者さんは、万一再発して入院が必要になった場合、再び群大に入院してもらうようにしました。そうして5年経ったところ、群大精神科の40床ほどの病床は統合失調症の再入院患者で一杯になってしまいました。

 当時の患者さんや家族は、熱心に取り組んでくれる医師への信頼感が厚く、年賀状で「最近は通院していませんが、元気です」などと近況報告をしてくれることも少なくなかったようです。また、長い間安定して就職・結婚し、問題なく暮らしていたのに突然不安定になることもあります。患者さんや家族にとっては、関係を維持することで困ったときにすぐ相談できるという利点が大きかったと思われます。

【予後調査の方法】

 群大精神科を退院した患者さん140人について、社会適応に注目して経過が調査されました。社会適応度を自立から入院まで5段階に分けて1ヶ月単位で判別します。患者さん一人ずつ短冊をつくり、入院は黒く塗りつぶし、自立は白、その中間は灰色と、5段階の適応度を濃淡で示します。1ヶ月1センチメートルとすれば1年で約10センチ、10年で約1メートルになります。江熊助教授室にはいつもこのような短冊がひらひらしていたようです。

【どんなときに再発するか?】

 生活臨床では再発は闇の力ではなくて、「患者さんが生活上の課題を上手く処理できないとき」に起きると主張しました。患者さんは生活上の課題に直面すると馬車馬的に突進したり、躊躇逡巡して決断を放棄したりするために結局生活が破綻してしまい、再発に至ると考えたのです。

 生活と再発が関係しているというのが生活臨床の主張ですが、これを科学的に証明するのは容易ではありません。そもそも、何をもって再発というかというのも専門家の間で意見が一致していないのです。新たに精神病症状が始まった時が再発であると定義しても、異常体験を患者さんが報告してくれるとは限りません。

【生活の変化・拡大をどう乗り切るか】

 再発に結びつく生活の変化・拡大にどう対処するのでしょうか。例えば、「服薬していたら結婚できない」と考えて怠薬し始めたとします。治療者が「結婚は駄目」と説得してうまくいく確率は低そうです。治療者から離れて行くかもしれません。生活臨床では「ぜひ結婚できるようにしよう」と働きかけます。どうしたら結婚できるかを一緒に考え、具体的な当面の課題、たとえばまず炊事を3ヵ月きちんとやろうとか、半年間働いて50万円の貯金をしようとかを決めて、そうしたら結婚相談所で相手を探そうと約束をします。もちろん、結婚できるようになるために今は服薬が必要であり、結婚して妊娠するときに改めて薬を減らす相談をしようと働きかけます。このような方法で生活の変化・拡大を上手に乗り越えられるように援助して行くわけです。

【能動型と受動型】

 能動型の患者さんは、再発の危険性が高いので治療者は常に生活状況を把握していないといけません。いろんなことに手を出しますが、よく見ると一定の課題を指向していることがあります。指向している課題は、誰にでも理解できる卑近な課題であって、「色、金、名誉、健康」のどれかの範疇に分類できるものです。課題指向性は周りから見て明らかであっても、患者さん自身は自覚していないばかりか、否認することもあります。「色」が課題の患者さんは異性に関係するストレスに弱いので、診察時はそうした刺激がなかったかどうか、今後予測されるかどうかを確かめなければなりません。指向している課題は、不変ではないようですが、一定期間変わらないので有用です。指向している課題を実現する方向で治療契約を結ぶことができると、治療方針が立て易くなります。

【二極分化の要因】

 若いうちは親が頑張って支えてくれるからいいのですが、10年、20年と経過すると親も歳をとってきます。そのときに本人が何らかの形で社会に拠り所があるかどうかが重要になってきます。「外装整わば内おのずから順ず」、あるいは「立場が人を作る」といいます。結婚して自分の家庭を築ければ最高の拠り所になります。恋人、友人、医療スタッフを拠り所として、自分なりの役割を果たせればそれもよし。これまでとは反対に、老いた親を世話する役割を自ら任じて、拠り所としている患者さんもいます。両親の墓を守ることが拠り所になるかも知れません。自立安定群は職業を得て経済的に自立するだけでなく、障害年金を受給していても、それなりに満足できる役割があるならば、それを拠り所として安定できるかもしれません。

【生活の多様化と生活臨床】

  生活臨床のなかに家族研究グループがありました。家族研究グループは「指向する課題」の由来を調べましたが、患者さんは父母の世代からの家族史的課題の影響を強く受けていることが分かりました。家族の歴史をじっくり聴取してみると、家族史的課題に押しつぶされそうになりながらも必死に努力を続けてきた父母の姿が見えてきます。手間ひまかかる治療法ですが、歴史を踏まえた家族運営の工夫によって、家族も患者さんも納得できる現実的な方針へと結実することが期待されます。家族内の価値観の相違が歴史に立ち返って再統合され、患者が実現可能な目標へと変わることができた事例は稀ではありません。

 生活臨床は今まで、就労、結婚について具体的な働きかけのノウハウを提示してきました。これからは多様でユニークな生き方が認められる時代です。時代に即した新しい働きかけのノウハウが求められています。生活臨床が今後、応えていかなければならない課題であると思っています。

平成17年4月からの新宿家族会ホームページ「勉強会」の表示形式について

 新宿家族会では4月から「勉強会」ホームページの表示について、概略掲載とすることになりました。そして、「フレンズ」(新宿家族会会報紙)ではいままで同様、あるいはより内容を充実させて発行することにしました。これまで同様に勉強会抄録をお読みくださる方は、賛助会員になっていただけますと「フレンズ」紙面版が送られますので、そちらでお読みできます。
どうぞ、この機会に是非賛助会員になっていただけますよう、お願い申し上げます。

賛助会員になる方法

新宿家族会へのお誘い 
 新宿家族会では毎月第2土曜日、12時半から新宿区立障害者福祉センターに集まって、お互いの情報交換や、外部からの情報交換を行い、2時からは勉強会で講師の先生をお招きして家族が精神障害の医学的知識や社会福祉制度を学び、患者さんの将来に向けて学習しています。
入会方法 

編集後記

 長谷川先生から生活臨床について伺った。前回伊勢田先生からご講演をお願いした際にも同じようなことを書いたが、五十年近く前に始められた「生活臨床」が何故か今関心がもたれている。

 一方「地域医療」という言葉が飛び交っているが、医療の現場が地域へと流れる、ということは生活の場での医療、つまり病院から外に出た医療へと移行されることであろう。  

 「生活臨床」も一見同じように生活の場での治療である。しかし、病院が外に出て診療を行なうというものであり、今の「地域医療」とは大きな違いがある。

 「地域医療」において地域に出された患者の医療保障はどうなっているのであろうか。自立支援法が自殺支援法と言われる中、医療費予算の削減策としか感じられない。

 確かに精神科の医療は院内の治療だけでは治まらない特徴がある。従って院外での治療は賛成であるが、単に院外への放り出しでは何が「地域医療」かと言いたくなる。地域というのであれば、地域がそれを受け入れる体制を構築すべきである。それを具体的に政府は行なうべきである。何も変らない精神科の現状は相変わらず「家庭医療」である。

 精神科地域医療とは何なのか。今号では偶然にも「家庭でのリハビリ」というタイトルで山澤先生から講義をいただいた。やはり家庭、家族の役割は大きく、また「地域医療」とはそういうことであると再認識した次第。

 山澤先生の「小さな目標の設定と達成感」を肝に命じ家庭医療に邁進していこう。